疾患ノート一覧へ

Disease Atlas · 運動器 · 外傷

舟状月状骨間靱帯損傷

Scapholunate ligament injury

別名
舟状月状骨解離舟状月状骨間靱帯断裂
臓器系
運動器
科目
Traumatology and Orthopedics
トピック
外傷学 20:月状骨周囲損傷・舟状骨骨折・手指骨折外傷学 19:橈骨遠位端骨折の原則と治療
鑑別疾患
Kienböck病
合併症
変形性関節症
関連疾患
月状骨周囲脱臼舟状骨骨折橈骨遠位端骨折
症状
圧痛腫脹

🧠 全体像:は、やとまったく同じ「手をついて転ぶ」機転で起こるのに、骨が折れていないために単純X線が「正常」と読まれて帰される——その一点で有名な損傷である。しかし⭐ 放置したときに起こることは決まっている。が破綻すると舟状骨は屈曲・しは伸展して、手根の噛み合わせがずれたまま荷重を受け続ける。その結果として→→という決まった順序で軟骨が壊れていき、(手)というなになる1。進行の道筋が予測できるからこそ、に意味がある——手術でのを取り戻す目的は、痛みを取ることよりもこの行進を止めることにある2。

なぜここが壊れると手根全体が崩れるのか

舟状骨はとの両方にまたがる唯一の骨で、2つの列の動きを連結している。舟状骨とは・背側・近位のからなる複合体で結ばれており、では背側のが最も強い1。

  • 手関節を通るのうち約50%が、約35%がを通ると報告されている1。は、この荷重を担う2つの骨のあいだにある。
  • 舟状骨は長軸に対して斜めに立っているためで屈曲し、で伸展する。はの底面が広く伸展位をとりたがる。は、この向きの違う2つの骨を束ねている1。
  • 二次的な安定化要素として、・・・がある。実験では、とを全部切っても解離は起こらず、を切って初めて不安定性が現れた1。

💡 この「二次安定化装置」の存在が、見逃しの構造そのものである。 が切れた直後は二次安定化装置が支えているので、安静時の単純X線では手根の並びが崩れない。⭐ 孤立性のは、静止時単純X線に異常な手根のや虚脱を生じさせるには不十分である——にもかかわらず、関節力学の異常・軟骨の・へと容赦なく進む前触れでありうる2。二次安定化装置がするにつれて、所見は「無い→負荷をかけると出る→常に出る→」と段階的に現れる。

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='wrist extension'>手関節伸展</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ulnar deviation'>尺屈</span>位で手をついて転倒"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='scapholunate ligament'>舟状月状骨間靱帯</span>の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='rupture (tear)'>断裂</span><br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='palmar (side)'>掌側</span>から背側へ)"]
    B --> C{"二次安定化装置<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dorsal intercarpal ligament'>背側手根間靱帯</span>など)は残っているか"}
    C -->|"残っている"| D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='predynamic instability'>前動的不安定性</span><br>単純X線は正常"]
    C -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='exhaustion'>疲弊</span>してくる"| E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dynamic instability'>動的不安定性</span><br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='clenched fist'>握り拳</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='stress radiography'>ストレス撮影</span>で開大"]
    E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='static scapholunate dissociation'>静的舟状月状骨解離</span><br>通常のX線で開大と<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dorsal intercalated segment instability'>DISI</span>"]
    F --> G["舟状骨は屈曲・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pronation'>回内</span>し背側へ<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='lunate'>月状骨</span>は伸展"]
    G --> H["異常な軟骨接触圧"]
    H --> I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='scapholunate advanced collapse'>SLAC</span> 第1期:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='radial styloid process'>橈骨茎状突起</span>"]
    I --> J["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='scapholunate advanced collapse'>SLAC</span> 第2期:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='radioscaphoid joint'>橈骨舟状骨関節</span>"]
    J --> K["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='scapholunate advanced collapse'>SLAC</span> 第3期:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='capitolunate joint'>有頭月状骨関節</span>"]
    K --> L["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='scapholunate advanced collapse'>SLAC</span> 第4期:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='radiolunate joint'>橈骨月状骨関節</span><br>(後年追加された段階)"]

受傷機転と併存損傷

  • はのうち最も多い12。
  • 典型的な機転は、手関節を伸展・したで手をついて転倒することである1。
  • Mayfieldらのの4段階のうち、は第1段階に当たる。同じ外力が強く続けばまで進む1。
  • 本総説が引用する報告では、の約13.4%にが合併する1。とくにの()で見落としやすい。
  • とも同一機転で起こり、で見ると非転位のの一部に併存する。

⚠️ 手関節の骨折を見つけた時点で探索をやめない。 骨折という「答え」が出るとの評価が省かれる。骨折の整復・固定を終えたあとに、あらためてとを見直す。

⚠️ 外傷以外の原因もある。 関節リウマチ・・では、が性にしてが生じうる1。

病期の考え方

Watsonらの分類は、単純X線に何が写るかで4群に分ける1。

群 単純X線の所見 意味
通常撮影でもでも異常なし。診察のみ陽性 二次安定化装置が完全に代償している
やでのみ間隙が開大する 代償が荷重下で破れる
通常の単純X線で開大と整列異常が写る はで代償も破綻
上記に加えて性変化 不可逆の段階

の決定には、所見(I〜IV度)と、修復可能性・整復可能性・軟骨の状態を組み合わせたGarcia-Eliasの第1〜6期が用いられる1。

診断

身体所見

  • 背(のすぐ遠位、の直上)の圧痛、腫脹、の低下1。
  • 手関節を動かしたときの・クランク感。
  • :一方の手の母指でをから押さえて舟状骨の屈曲を止め、他方の手で手関節を位から位へ動かす。が破綻していると舟状骨のが背側へ乗り上げ、圧を解いた瞬間に整復されて触知できるシフトが生じる1。

⚠️ Watsonテストの陽性を過信しない。 本総説が引用するWatsonらの1,000人の調査では、21%が正常でも一方の舟状骨にを示した1。必ずと比較し、疼痛の再現を伴うかどうかを見る。

⚠️ 急性期にはを見落とさない。 手関節の急性外傷後に生じうるため、神経血管の評価を省かない1。

単純X線

初期に撮るのは正面(PA)・側面・・の4方向である1。

所見 内容
正面像でが3 mm以上開大する。前歯の隙間が特徴的だった英国の喜劇俳優にちなむ1
ring sign 舟状骨が異常に屈曲して長軸方向から撮影される形になり、遠位極の皮質が輪として写る(舟状骨のリング像)1
の破綻 正面像での並びが描く3本の滑らかな弧が途切れる
変形 側面像の。正常は30〜60度で、これを超えると()である1

⚠️ もring signも、外傷歴のない手関節で見られることがある1。必ずと比較する。逆に、の段階では通常撮影が正常なので、(手を握って手根にをかける)や・シネ撮影を追加する1。

断層画像・関節鏡

  • CTは舟状骨の長軸に沿って1〜2 mm間隔で撮り、骨折との位置関係を見る1。
  • MRIは3 Tの装置で、手を頭上に挙げた・手関節、3方向1〜2 mm間隔で撮るのが望ましい。に対する舟状骨のが10%あることの感度は72%、特異度は100%と報告されている1。
  • は評価と治療を兼ねる。との両方を鏡視することが重要で、(I〜IV度)で段階づける1。

治療

治療は病期に沿って選ばれる。以下はGarcia-Eliasの分類に対応した選択肢である1。

病期 状態 主な治療
第1期 不完全 、電気熱による収縮術
第2期 だが背側は修復可能 と背側の+K-wire固定
第3期 修復不能だが整列は正常 、各種、
第4期 修復不能で整列不良だが整復可能 による再建(など)、RASL
第5期 だが軟骨は保たれる (など)
第6期 であり 、+、、

⭐ 時間が治療の選択肢を決める。 背側が修復可能なのは受傷後およそ1か月までで、それを過ぎると自体が縫合に耐えなくなる1。形態としては舟状骨側からのが最も多い1。「手関節」として2か月経過観察した時点で、修復という選択肢は失われている。

修復後の後療法は、8週の固定に加えて取り外し可能なで4週の保護を行い、K-wireは8〜10週で、と筋力強化は12週から始める。手指のはできるだけ早く開始する1。

⚠️ 早期に手術してもの進行を止められるという根拠は、まだ十分でない。 第2期の修復がの進行を止めるという証拠は不十分であり、や各種は可動域との低下を伴う一方で、手関節のを予防することを示せていない1。⭐ の価値は「治せる」ことではなく、修復可能な時間枠の中で患者に選択肢を提示できることにある。

SLAC手——放置の終着点

⭐ は手関節ののうち最も多いパターンである。 手関節単純X線4,000枚をし、他の関節炎を除外した210例を検討した研究では、最多(57%)が舟状骨・・橈骨のあいだのパターンで、27%が舟状大間、両者の合併が15%であった3。

進行の順序は決まっており、①(のと、―舟状骨遠位極のあいだの・硬化)、②の全体、③(とのあいだの狭小化・硬化が①②に加わる)、と進む。⭐ ④は後年追加された段階で、にが及んだ手を含めるためのものである1。

⚠️ 第4期の書き方は同じ総説の中で2通りある。 総説の前半は第4期を「との全体にが及ぶ段階」と記し、の節は「のを含めるために第4期が追加された」と記している1。本ノートは後者を採る——術式の禁忌を決めているのはの状態だからである。

💡 なぜこの順序なのかは力学で説明でき、その順序がそのままの適応表になる。 舟状骨が屈曲するととの接触面が狭い一点に集中し、まずと舟状骨遠位が当たる。次にの全体へ広がる。と橈骨の関節面は互いに凹凸が合ったままなので最後まで保たれ、荷重が近位へ抜けられなくなった段階でがへ落ち込み、が壊れる。

⭐ はどれも「荷重の通り道を、まだ壊れていない関節へ移す」手術なので、どこまで壊れたかで使える術式が決まる。 は舟状骨・・を切除してと橈骨ので新しい関節を作るため、にが及んだ第3期では禁忌になる(のあるが荷重の集中点になる)。+(=・・・の固定)は第2期・第3期で用いるが、⚠️ にが及んだ第4期ではが禁忌になる——荷重がすべて橈骨のへ集中してしまうからである。ので疼痛が強ければとなる1。

まとめ

  • はの最多の原因で、・と同じ「手をついて転ぶ」機転で起こる。の約13.4%に合併する。
  • ⚠️ 孤立性損傷では静止時の単純X線が正常でありうる。 二次安定化装置(とくに)が代償している段階では所見が出ない。
  • 所見は「前動的→動的→静的解離→」と段階的に現れる。は・でしか出ない。
  • 単純X線の手がかりは(3 mm以上)、ring sign、の破綻、側面像の60度超()。いずれもと比較する。
  • 診察は。ただし正常者の21%が一方の舟状骨にを示すので、単独では確定しない。
  • ⭐ 放置すると→→→という決まった順序で手へ進む(第4期のは後年追加された段階)。この順序がそのままの適応と禁忌を決める——第3期でが、第4期でが禁忌になる。は手関節のの最多パターン(57%)である。
  • 治療は病期による。背側の修復が可能なのは受傷後およそ1か月までで、以降は再建・部分固定・へ移る。
  • がの進行を止めるという根拠はまだ不十分である。それでもが要るのは、修復可能な時間枠を逃さないためである。

出典

  1. 1.Optimal management of scapholunate ligament injuries(Orthopedic Research and Reviews・2018)舟状月状骨間靱帯(SLL)損傷の解剖・生体力学・診断・病期分類・治療を扱った総説。本総説自身の記述として、舟状月状関節では背側のSLLが最も強いこと、手関節を通る軸圧の50%が橈骨舟状骨関節を・35%が橈骨月状骨関節を伝わりSLLがこの荷重を担う2骨のあいだにあること(本総説が引用する報告)、舟状月状関節の二次的安定化要素が舟状大小菱形骨間・舟状有頭骨間・橈骨舟状有頭骨・背側手根間の各靱帯であり、屍体実験ではSLL全体と掌側靱帯を切離しても離開や過剰な舟状骨屈曲は生じず背側手根間靱帯を切離して初めて不安定性が認められたこと(本総説が引用する報告)、舟状月状骨解離は手根不安定症のうち最も多いこと、手関節を伸展・尺屈した肢位で手をついて転倒する機転で起こることが最も多いと考えられていること、Mayfieldらの月状骨周囲不安定症の4段階のうち舟状月状骨解離が第1段階に当たること、SLLが破綻すると舟状骨が屈曲・回内して背側へ変位し月状骨が伸展すること、この不整合が異常な軟骨接触圧を生み舟状月状骨進行性虚脱(SLAC)という段階的な変形性関節症へ進むこと、SLACが橈骨茎状突起→橈骨舟状骨関節→有頭月状骨関節、の順に進むこと(総説前半では第4期を「橈骨手根関節と手根中央関節の全体」と記す一方、救済術の節では「橈骨月状骨関節の関節症を含めるために第4期が追加された」と記しており、本ノートは術式の禁忌を決める後者を採った)。SLAC第1期は橈骨茎状突起の嘴状変化と茎状突起―舟状骨遠位極間の裂隙狭小化・硬化、第2期は橈骨舟状骨関節全体の硬化と狭小化、第3期は①②に加えて月状骨―有頭骨間の狭小化・硬化であること。救済術は病期で決まり、近位手根列切除は有頭骨に関節症のある第3期では禁忌、舟状骨切除+手根中央固定(四隅固定)は第2期・第3期で用いるが橈骨月状骨関節に関節症があるときは月状骨窩が荷重の集中点になるため禁忌であり、汎手根の関節症では手関節固定術が有用であること。Watsonらの分類が前動的不安定性・動的不安定性・静的舟状月状骨解離・SLACの4群であること。診察では背橈側の圧痛・腫脹・握力低下がみられ、Watson舟状骨シフトテストが用いられること、手関節の急性外傷後には急性手根管症候群が起こりうるため神経血管の評価が重要であること、単純X線は初期に正面(PA)・側面・舟状骨撮影・斜位の4方向を撮ること、ただしWatsonらの1,000人の調査では21%が正常でも一方の舟状骨に過可動性を示したこと(本総説が引用する報告)。単純X線では正面像で舟状月状間隙3 mm以上の開大(Terry Thomas徴候)と舟状骨のring signがみられるが、いずれも外傷歴のない手関節でも見られ特異的ではないこと、側面像の舟状月状角の正常値が30〜60度でこれを超えると背側介在分節不安定症(DISI)であること、握り拳正面像や動的透視で動的不安定性を捉えられること。MRIで舟状骨の橈骨舟状窩に対する背側亜脱臼が10%あることの感度が72%・特異度100%であること(本総説が引用する報告)。橈骨遠位端骨折の約13.4%に舟状月状骨解離が合併すること(本総説が引用する報告)。Geisslerの関節鏡分類がI〜IV度であること、Garcia-Eliasの病期分類が第1〜6期であり不完全損傷は鏡視下デブリドマン、修復可能な完全断裂は背側SLLの直達修復とK-wire固定、修復不能で整列が正常なら背側関節包固定術や靱帯形成術、整復可能な整列不良には腱移植による再建やRASL、整復不能で軟骨が保たれていれば部分固定術、軟骨変性があれば橈骨茎状突起切除・舟状骨切除+手根中央固定・近位手根列切除・手関節固定術が対応すること。背側SLLは受傷後およそ1か月までは修復可能で、断裂形態としては舟状骨側からの裂離が最も多いこと。修復後はK-wireを8〜10週で抜去し8週の固定と追加4週の保護を行い12週から可動域訓練と筋力強化を始めること。第2期の修復がSLACの進行を止めるという根拠は不十分であること、背側関節包固定術や靱帯形成術は可動域と握力の低下を伴い手関節の変形性関節症の予防を示す根拠が無いこと(PMC6209348で全文を取得して確認)閲覧 2026-09-02
  2. 2.Scapholunate instability: current concepts in diagnosis and management(The Journal of Hand Surgery・2012)舟状月状関節の損傷が手根不安定症の最も多い原因であり、手関節の機能障害・休業・活動制限の大きな部分を占めること。舟状月状骨間靱帯の孤立性損傷は静止時単純X線で異常な手根の肢位や虚脱を生じるには不十分であるが、関節力学の異常・軟骨の摩耗・変性変化へと容赦なく進行する前触れでありうること。舟状月状骨不安定症に対する介入は、靱帯の連続性を回復し手根の運動学を正常化することによって変性の進行を止めることを目的とすること。著者らが損傷の病期と二次的な靱帯損傷・関節症性変化の程度に基づく治療アルゴリズムを提案していること(抄録のみを閲覧しており全文は未取得)閲覧 2026-09-02
  3. 3.The SLAC wrist: scapholunate advanced collapse pattern of degenerative arthritis(The Journal of Hand Surgery・1984)手関節単純X線4,000枚を読影して手関節の変形性関節症における変化の順序のパターンを調べ、他の関節炎をすべて除外したうえで変形性関節症210例を検討したこと。最も多いパターン(57%)は舟状骨・月状骨・橈骨の間の関節症であり、27%は舟状骨・大菱形骨・小菱形骨の間、両者の合併が15%であったこと。舟状月状骨進行性虚脱(SLAC)のパターンをもつ19例に20件の手術を行い、19例中18例で術後の疼痛が軽減し鎮痛薬を要した例は無かったこと、屈伸と橈尺屈の可動域が術後にかなり改善したこと(抄録のみを閲覧しており全文は未取得)閲覧 2026-09-02