眼科学

眼科学 · ML-10

視覚リハビリテーション・補助具とロービジョン・失明の法的側面

Visual rehabilitation, visual aids and legal aspects of low vision

前提:正常
視覚の生理学
症状
ロービジョン

🧠 全体像:治療を尽くしても戻らないやは残る。そこで終わりにせず、残った視機能を最大限に使えるようにするのがである。眼科医の役割は「①最良の視機能を確保する → ②補助具を処方する → ③情報を伝えてへつなぐ」の3つ。補助具の基本は拡大だが、拡大するほど見える範囲は狭くなるので「最大ではなく、その作業に必要な最小の拡大」を選ぶ。さらに、失明やには手当・税の優遇・教育の配慮といったな権利と、運転や職業の制限という法的な側面がある。

なぜリハビリテーションが必要か

一部の眼疾患は、不可逆的な、あるいは進行性のを残す。代表は、緑内障、、、である。

は生活の質を大きく下げる。

影響を受ける領域 具体例
読むこと 新聞・薬の説明書・請求書が読めない
と移動 や障害物が分からず、外出が怖くなる
自立した生活 料理・服薬・金銭管理に人の手が要る
余暇 テレビ・読書・趣味が楽しめない
自己評価と心理 自信の喪失、抑うつ、不安
安全 転倒・火傷・服薬の誤り

こうした悪影響は、時機を逃さない包括的なリハビリテーションで減らせる。

リハビリテーションの柱 内容
光学的リハビリテーション 、・・などの補助具
環境の調整 照明、をつけた目印、大きな文字の表示、家具の配置
心理的支援 障害の受容、抑うつへの対応
教育・訓練 補助具の使い方、白杖歩行、、の訓練

関わるのは患者本人、眼科医、リハビリテーションの専門職(視能訓練士・歩行訓練士など)、、などで、チームで取り組む。

誰にリハビリテーションを勧めるか

測定できる指標

指標 目安
良いほうの眼で0.32以下(0.5以下を目安にする考え方もある)
視野 Goldmann 視野計で、どの方向かに30度以下しか残っていない
低下している

機能上の必要

数値の基準に当てはまらなくても、本人が日常生活で困っているかどうかが同じくらい重要である。生活上の困難はで拾い上げる。

💡 米国眼科学会の診療指針も、良いほうの眼のが20/40(小数視力0.5)未満、の低下、、の欠損、視覚作業の困難のいずれかがあれば、リハビリテーションにつなぐ対象として認識するよう勧めている1。視力の数字だけで判断しないことが共通の考え方である。

⭐ とは、標準的な・コンタクトレンズや内科的・では矯正できないをいう1。「をかければ見える」はではない。

眼科医の役割

flowchart TD
    A["不可逆的・進行性の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='visual disturbance'>視覚障害</span>"] --> B["① 最良の視機能を確保し維持する"]
    B --> B1["診察と経過観察"]
    B --> B2["原疾患の治療<br>(保存的・外科的)"]
    B --> B3["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='eccentric fixation'>偏心固視</span>の<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='biofeedback'>バイオフィードバック</span>訓練"]
    B --> B4["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='refractive correction'>屈折矯正</span>の処方"]
    B1 --> C["② 補助具を処方する"]
    B2 --> C
    B3 --> C
    B4 --> C
    C --> D["③ 情報を提供し<br>専門職・支援制度へ紹介する"]

と:黄斑が障害されて中心にができると、患者はの代わりにの縁の健常な網膜で見るようになる。この習慣的に使う偏心した部位をという1。訓練は、微小視野計などでの位置を示しながら、より良い網膜部位で安定して見る練習をさせる方法である。

⚠️ 現行の米国眼科学会の診療指針では、偏心視の訓練や訓練が、拡大の効果にして読書を改善するという質の高い証拠はまだない1。訓練はと組み合わせる補助的な手段と位置づける。

ロービジョン患者の屈折矯正

の人にもは欠かせない。ただし健常者とは考え方が違う。

原則 理由
検査が重要 視力が低いと的に「どちらがよく見えるか」を比べる力が落ちる。や自動屈折計の値を重視し、大きな度数の差で比べる
両眼矯正か片眼矯正かを選ぶ 左右の視力差が大きいと、悪いほうの眼がかえって邪魔になることがある
作業ごとに別の処方 歩行、テレビ、パソコンの画面、読書、の併用で、必要な距離と度数が違う
二重焦点・累進多焦点のは避ける 下の理由による

二重焦点・累進多焦点のを避ける理由:

  • があり視野が狭い人は、レンズの狭い近用部に視線を合わせにくい。
  • 偏心したで見る人は、頭や眼を独特の向きにして見るので、レンズの境目や度数の変化する部分と視線がずれる。
  • 足元が近用部の度数でぼやけ、を踏み外して転倒する危険がある(安全)。

拡大補助具

拡大の3つの方法

方法 原理 補助具の例
相対的な大きさの拡大 対象そのものを大きくする 大活字の本、(手持ち型・据え置き型の)
相対的な距離の拡大 対象を眼に近づける。距離を半分にするとは2倍になる 強いの読書用(近づけてもピントが合うようにする)
相対的な角度の拡大 光学系で見かけのを大きくする (遠くの標識・黒板・テレビ)

💡 距離の拡大と:物を眼に近づけるほどは大きくなるが、ピントを合わせるには強いが必要になる。のはその度数の逆数なので、+4 D の読書用なら25 cm、+10 D なら10 cm の距離で読むことになる。度数が強いほど大きく見えるが、本を眼にかなり近づけて持たなければならない。

💡 の強み:拡大率を自由に変えられ、白黒反転や色の組み合わせでを強められる。が落ちた人には、明るさとを補う補助具が特に役立つ1。

拡大と視野の引き換え

⭐ 拡大率を上げるほど、一度に見える範囲(視野)は狭くなる。

flowchart TD
    A["拡大率を上げる"] --> B["1文字が大きく見える"]
    A --> C["一度に見える範囲が狭くなる"]
    C --> D["視線の移動が増え<br>行を見失いやすい"]
    C --> E["読む速さが落ちる"]
    B --> F["目標:その作業に必要な<br>最小の拡大率を選ぶ"]
    D --> F
    E --> F

したがって目標は最大の拡大ではなく、その作業に必要な最小の拡大である。値札を一瞬読むなら強い拡大でもよいが、長い文章を読むなら視野が広く取れる弱めの拡大のほうが速く読める。

その他の補助具

問題 補助具 仕組み
・ 見えない側の像を見える側へずらす
縮小鏡(逆向きの) 像を小さくして、狭い視野に広い範囲を収める。ただし視力は下がる
まぶしさ・低下 (特定の波長を遮る) 散乱しやすい短波長の光を減らし、まぶしさを抑えてを上げる
読めない・測れない 音声で知らせる機器・読み上げ機器 しゃべる血糖測定器、容器の液面を音で知らせる器具、しゃべる体重計、印刷物の読み上げ装置

⚠️ の位置を移す目的のは、偽のと比べた試験で有意な効果が示されず、米国眼科学会は推奨していない1。は主になどのへの対策として使われるが()、に対するも効果の証拠は乏しく、軽い副作用がしばしば起こる。では、見えない側へ視線を動かすのほうが推奨されている1。

💡 視力をほとんど失った人のリハビリテーションは、残った視力を使う補助具から、視覚の代わりになる手段(、白杖歩行、盲導犬、音声機器)へと重心が移る1。

💡 の高齢者が、実際には無い人や模様がくっきり見えると訴えることがある。精神疾患ではなく視覚入力の喪失による(シャルル・ボネ症候群)なので、その説明自体が不安を和らげる。

視覚障害と失明の定義

「失明」の基準は、医学・疫学の国際分類と、各国が福祉や手当の対象を決める法律上の基準とで別物である。混同しない。

WHO の国際分類(ICD-11)

WHO の国際分類は、良いほうの眼の日常視力(普段のをかけた状態の視力。ではない)で重症度を決める。

区分 良いほうの眼の視力 小数視力の目安
なし 6/12 以上 0.5 以上
軽度 6/12 未満〜6/18 以上2 0.5 未満〜0.3 以上
中等度 6/18 未満〜6/60 以上3 0.3 未満〜0.1 以上
重度 6/60 未満〜3/60 以上、または視野がの周囲20度未満32 0.1 未満〜0.05 以上
失明 3/60 未満、または視野がの周囲10度未満3 0.05 未満

失明は、のない人とが残る人とを区別できるよう、2010年の改訂で3段階に細分された2。ICD-10(2019年版)の区分表では、3/60 未満〜1/60 以上(または1 m )、1/60 未満〜あり、の3つである4。

💡 日常視力で数える理由:が合っていない・持っていないために見えない人も「」に数えることで、やで防げる障害の大きさが見えるようにしている。実際、2020年の50歳以上の失明の原因のは・緑内障・矯正されていない、中等度〜重度ののは矯正されていない・・だった3。失明の疫学と予防は失明の原因とスクリーニング・予防で扱う。

💡 古い版の ICD では、視力6/18未満〜3/60以上を「」とまとめて呼んでいた。改訂後の ICD-10 では、ケアを必要とする人と混同しないよう、この呼び方を中等度・重度の(カテゴリー1・2)に置き換えた4。現在の分類で「」という区分名は使わず、軽度・中等度・重度・失明という重症度で呼ぶ。臨床のリハビリテーションでいう「」(治療で矯正できない全般)とは範囲が違う。

各国の法律上の失明

法律上の失明は、手当や税の優遇などの対象を決めるための基準で、と視野で決めることが多く、国ごとに数値が違う。例えば米国の社会保障庁は、良いほうの眼で20/200(小数視力0.1)以下、または視野の直径20度以下をとする1。と認定される人の多くは部分的な視力を残しているので、やはりリハビリテーションの対象になる1。

観点 WHO の国際分類 各国の法律上の基準(米国の例)
目的 疫学・統計・国際比較 手当・税・福祉の対象の認定
視力の測り方 日常視力(普段の矯正のまま)
失明の視力 3/60 未満(小数視力0.05未満) 20/200 以下(小数視力0.1以下)
失明の視野 の周囲10度未満(半径) 直径20度以下

⚠️ ハンガリーを含む各国の法律上の失明・の数値基準はここでは扱わない。手当や認定の実務では、その国の現行の法令の基準を確認する。

法的な側面

や失明は、手当や権利の根拠になると同時に、社会生活上の制限も伴う。

分類 内容
手当 法律上の失明者への手当、税の優遇(本人にも、者を雇う雇用主にも)
権利・配慮 学校の試験の調整や代わりの評価方法、者向けの職場・職種、交通運賃の割引
教育 通常の学校で学ぶ統合教育か、児のための特別な学校で学ぶ分離教育か
制限 就ける職業の制限、運転免許の制限

💡 運転免許は、視力だけでなく視野も基準になる。緑内障やのようには保たれているのにが狭い人は、本人にがなくても基準を満たさないことがある。眼科医は視力と視野の結果をもとに、運転の可否について正しく情報を伝える必要がある。

flowchart TD
    A["治療しても戻らない<span class='jp-term jp-term-diagram' title='visual disturbance'>視覚障害</span>"] --> B["視力・視野・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='contrast sensitivity'>コントラスト感度</span>を測る"]
    B --> C["生活上の困難を<span class='jp-term jp-term-diagram' title='questionnaire'>質問票</span>で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='grasp'>把握</span>"]
    C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='refractive correction'>屈折矯正</span>と補助具の処方"]
    C --> E["リハビリテーション専門職へ紹介"]
    B --> F{"法律上の基準に<br>当てはまるか"}
    F -->|"当てはまる"| G["手当・税の優遇・教育の配慮<br>などの制度を案内"]
    F -->|"当てはまらない"| H["基準外でも<br>補助具とリハビリは受けられる"]
    B --> I["運転免許・職業の制限について<br>情報を伝える"]

まとめ

  • 不可逆的・進行性のは生活の質(読書、移動、自立、余暇、心理、安全)を大きく下げるが、時機を逃さない包括的なリハビリテーション(光学的補助、環境調整、心理支援、教育)で軽減できる。
  • リハビリテーションの対象の目安は、良いほうの眼の0.32(0.5)以下、Goldmann 視野で30度以下、の低下。数値に加えて生活上の困難()で判断する。
  • 眼科医の役割は、最良の視機能の確保(治療・の訓練・)、補助具の処方、情報提供と紹介。
  • のは検査を重視し、作業ごとに処方を分け、二重焦点・多焦点は避ける(・視野・・転倒の危険)。
  • 拡大は大きさ(大活字・)、距離(強い)、角度()の3通り。拡大するほど視野は狭くなるので、作業に必要な最小の拡大を選ぶ。
  • ・にはや縮小鏡、まぶしさ・低下には、読めないものには音声機器を使う。
  • WHO の国際分類は良いほうの眼の日常視力で、中等度6/18未満、重度6/60未満、失明3/60未満または視野10度未満。法律上の失明は国ごとに違い、米国では20/200以下または視野直径20度以下。
  • 法的な側面には、手当・税の優遇、試験や職場の配慮・運賃割引、統合教育と分離教育、職業と運転免許の制限がある。

出典

  1. 1.Vision Rehabilitation Preferred Practice Pattern®(American Academy of Ophthalmology・2022)AAO配布のPDF本体(2026-09-29 に最終監査で再照合)で、ロービジョンは標準的な眼鏡・コンタクトレンズや内科的・外科的治療で矯正できない視覚障害と定義されること、良いほうの眼の矯正視力20/40未満・コントラスト感度低下・暗点・周辺視野欠損・視覚作業の困難がある患者を見つけてリハビリテーションにつなぐよう勧めていること、米国社会保障庁の法的失明は矯正視力20/200以下または良いほうの眼の視野直径20度以下で、法的失明の多くは部分的な視力を残すこと、偏心固視で習慣的に使う網膜部位を優先網膜部位とよぶこと、偏心視やバイオフィードバックの訓練は拡大に上乗せする効果を示す質の高い証拠がないこと、固視移動を目的としたプリズム眼鏡は推奨されない(Level 1+、強い推奨)こと、半盲に対する扇形プリズムは効果の証拠が不十分で軽い副作用が多く、代償的な探索訓練が推奨される(裁量的推奨)こと、高度のコントラスト感度低下には照明やコントラスト強調を与える補助具(照明付き拡大鏡・電子拡大鏡・タブレット)が要ること、視力のごく乏しい人のリハビリテーションは点字・白杖・盲導犬などの視覚の代替を含むことを確認した閲覧 2026-09-29
  2. 2.World report on vision(World Health Organization・2019)本文(Box 1.2〜1.3)で、良いほうの眼の視力による重症度区分が軽度(6/12未満〜6/18以上)・中等度(6/18未満〜6/60以上)・重度(6/60未満〜3/60以上)・失明(3/60未満)であること、重度視覚障害と失明は良いほうの眼の中心視野がそれぞれ20度未満・10度未満に狭窄した場合にも分類されること、2010年の改訂で最良矯正視力が日常視力(presenting)に置き換えられ、失明が3段階に細分されたことを確認した閲覧 2026-09-29
  3. 3.Causes of blindness and vision impairment in 2020 and trends over 30 years, and prevalence of avoidable blindness in relation to VISION 2020: the Right to Sight: an analysis for the Global Burden of Disease Study(Lancet Global Health・2021)PMC全文(PMC7820391)で、WHOの基準に従い、良いほうの眼の日常視力(presenting)で失明を3/60未満または固視点周囲10度未満の視野、重度視覚障害を3/60以上6/60未満、中等度視覚障害を6/60以上6/18未満と定義していること、2020年の50歳以上の失明の原因の上位が白内障・緑内障・矯正されていない屈折異常、中等度〜重度視覚障害の上位が矯正されていない屈折異常・白内障・加齢黄斑変性であることを確認した閲覧 2026-09-29
  4. 4.ICD-10 Version:2019 H54 Visual impairment including blindness (binocular or monocular)(World Health Organization・2019)H54 の区分表で、日常視力による区分が中等度(6/18未満〜6/60以上)・重度(6/60未満〜3/60以上)・失明カテゴリー3(3/60未満〜1/60以上または1 m 指数弁)・4(1/60未満〜光覚あり)・5(光覚なし)であること、良いほうの眼の視野が固視点の周囲半径10度以下ならカテゴリー3に入れること、旧版の「ロービジョン」という用語はロービジョンケアを要する人との混同を避けるためカテゴリー1・2に置き換えられたことを確認した閲覧 2026-09-29