病態生理学

病態生理学 · P-1-12

内分泌疾患 症例4

Endocrine disorder, Case 4

前提:病態
甲状腺機能低下症の発症機序と症状

🧠 全体像:倦怠感・冷たく乾燥した皮膚・体重増加・便秘・徐脈・という「全身のスローダウン」をそろえた52歳女性。鍵は fT4・fT3 低値+ (原発性) と ・抗Tg抗体陽性+リンパ球・(自己免疫性) の2点で、によると読む。脂質異常・心電図・低血糖はその全身影響として解釈し、と低血糖は補充を始める前に確かめる所見として拾う。

症例提示

病歴: 52歳女性が、最近の強い倦怠感、、増加をに受診した。近頃は仕事の能率が以前より落ち、全身不調感を訴える。集中力が低下し、機会があると職場で居眠りする。食事量は少ないのに体重が増えることを苦痛に感じている。過去2か月で 8 kg 増加し、体重増加に気づいた約1か月前から便秘対策として低糖質・低カロリーかつの多い食事にしているが改善しない。

: 体格中等度女性。身長: 158 cm、体重: 70 kg、: 28。皮膚は蒼白・・乾燥し、触れると “蝋様”。血圧: 130/90 mm Hg、安静時 脈拍 56/min。呼吸数: 10/min。はむくみ様で頬が丸い。衣服には目立つ脱毛が付着。触診で甲状腺は触知困難。は減弱し徐脈。肺・心の他所見に明らかな異常なし。腹部は軟で圧痛なし。肝脾は触知しない。音は低下。は弱く触知。両側でを認める。

ECG: 。全12誘導で。V1 から V4 に を認める。その他に明らかな異常なし。

: 注目すべき結果は、 26 mm/h、: 3.1 mmol/L、: 7.4 mmol/L、トリグリセリド: 3.4 mmol/L、fT4 と fT3 の著明低下、 40 mIU/L ↑↑。: ↑↑。抗Tg抗体 ↑↑。

: 甲状腺は平均より小さく、構造は非典型で線維化を示唆する領域を認める。 が推奨された。

: 甲状腺は小型で、甲状腺全域で取り込み低下。は認めない。

穿刺生検 結果: 標本でリンパ球・を伴う甲状腺組織を認め、一部に線維化変化がみられる。は。

主要な記述と解釈

所見・数値 解釈
「強い、抑うつ、増加」; 集中力低下; 勤務中の居眠り 甲状腺ホルモン欠乏によると中枢抑制
「少食にもかかわらず体重増加」(2か月で8 kg); 便秘 低下と
皮膚は蒼白・・乾燥・蝋様、膨隆、脱毛 甲状腺機能低下症に典型的な性皮膚変化
脈拍 56/min; 呼吸数 10/min; 「」 徐脈・・を伴う全身性の低代謝(甲状腺機能低下症の腱反射は、低下に加えての遅延が特徴的とされる)
血圧 130/90 mm Hg(拡張期優位) 上昇と障害による拡張期優位ので、甲状腺機能低下症に特徴的な。⚠️ 単回のなので、これだけで高血圧とは診断しない
心電図: 、「全12誘導で」 甲状腺機能低下症にみられる電気活動低下。未治療甲状腺機能低下症39例の心エコーでは12例(約3割)にがあり、貯留例は機能低下がより重い傾向にあった。一方、貯留の有無と特異的に関連する心電図所見は無く、確認には心エコーを要する1
心電図: V1〜V4 の 甲状腺機能低下症だけでは説明しきれない所見として扱い、の評価につなげる。高血症は動脈硬化の危険因子でもある。冠動脈疾患が確かめられれば、補充は低用量から始める(下の要点を参照)
fT4・fT3 著明低下; TSH 40 mIU/L(↑↑) (甲状腺ホルモン低値に対する代償性 高値)
7.4 mmol/L(約286 mg/dL)、トリグリセリド 3.4 mmol/L(約301 mg/dL)(高値) 甲状腺ホルモン欠乏により受容体活性が低下して・の(クリアランス)が低下するための。肝の還元酵素活性はむしろ低下するため、律速はコレステロール合成の亢進ではなく受容体を介した低下である2
3.1 mmol/L(約56 mg/dL)(低値) 甲状腺機能低下症で低血糖を来すことは頻度の高い所見ではないが、糖新生・の低下やグルカゴン反応性の低下などが機序として想定される。遷延・再発する場合は合併する自己免疫性副腎不全(、)の除外が必要
↑↑; 抗Tg抗体 ↑↑; 穿刺生検: 「リンパ球・…一部に線維化」; 超音波・で小型・取り込み低下 自己免疫性()による腺破壊・萎縮。取り込み低下は破壊された腺でホルモン合成が落ちていることを示す
26 mm/h 軽度の亢進で非特異的。診断を左右する所見ではない

要点

  • 診断: ()による。
  • 病態生理: 自己免疫性で甲状腺組織が破壊され、fT4/fT3 欠乏に対して が代償性上昇。腺は萎縮・線維化する。
  • 臨床像: 全身の(倦怠感、体重増加、便秘、徐脈、冷乾皮膚、脱毛)。
  • 代謝影響: 受容体活性低下によるクリアランス低下で/を来す(肝コレステロール合成はむしろ低下している)2。は頻度の高い所見ではないが、遷延する場合は合併する自己免疫性副腎不全の除外が必要。
  • 治療の考え方: で補充する。 2014 は初回から完全補充量( が著明に高いときの目安は約1.6 µg/kg/日)で始めても、部分量から漸増してもよいとするが、既知の冠動脈疾患があれば 12.5〜25 µg/日の低用量から始めて漸増する3。本例は V1〜V4 のがあるので、開始量を決める前に虚血を評価する。⚠️ はコルチゾール代謝を速めうるとされ、隠れた副腎不全を顕在化させた症例報告がある3。低血糖が続くなら、補充の前に副腎機能を確かめる。
  • との対比: 低遊離ホルモン + 高 + 小型/萎縮甲状腺という、甲状腺機能亢進症と鏡像的な所見。

出典

  1. 1.Pericardial effusion in hypothyroidism(Clinical Endocrinology・1980)抄録(Europe PMC、PMID 7438477)で確認した。未治療甲状腺機能低下症39例を心エコーで検討したところ12例に心嚢液貯留を認め、貯留例は機能低下がより重い傾向にあった(原文 "tended to be more severely hypothyroid"。約3割という割合は39例全体が分母)。心嚢液貯留の有無と特異的に関連する心電図変化は無く、再検査した9例では貯留は甲状腺ホルモン補充で甲状腺機能検査値が正常化するまで消退しなかった閲覧 2026-08-26
  2. 2.Effects of thyroid dysfunction on lipid profile(The Open Cardiovascular Medicine Journal・2011)甲状腺機能低下症では肝のHMG-CoA還元酵素活性はむしろ低下するにもかかわらず総コレステロール・LDL-Cは上昇する。これはLDL受容体活性の低下によりLDL・IDLの異化(クリアランス)が低下するためであり、コレステロール合成の亢進が原因ではない。LPL活性の低下によるTG-richリポ蛋白のクリアランス低下でトリグリセリドも上昇しうる閲覧 2026-08-26
  3. 3.Guidelines for the treatment of hypothyroidism: prepared by the American Thyroid Association task force on thyroid hormone replacement(American Thyroid Association(Jonklaas et al.)・2014)全文(PMC4267409)で確認した。推奨4bは初回から完全補充量で始めても、部分補充から漸増してもよいとし、解説はTSHが著明に高いときの完全補充量を体重あたり約1.6 µg/kg/日とする。既知の冠動脈疾患がある患者は「常に」低用量(12.5〜25 µg/日)から開始し、症状とTSHを見ながら漸増するとしている。入院中の患者の項では、甲状腺ホルモン補充がコルチゾール代謝を速めうること、補充で副腎不全が顕在化した症例報告があることを挙げる閲覧 2026-09-24