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Disease Atlas · 内分泌・代謝 · 疾患

甲状腺機能低下症

Hypothyroidism

臓器系
内分泌・代謝免疫・膠原病
科目
Internal MedicinePathophysiologyPathology
トピック
内科学 E-02:甲状腺疾患の症状・診断・治療内科学 L-30:甲状腺機能低下症病態生理学 I-18:甲状腺機能低下症の発症機序と症状病理学 C/85:甲状腺炎/甲状腺機能低下・亢進内科学 S-10:甲状腺炎
鑑別疾患
リウマチ性多発筋痛症気分障害(うつ病・双極性障害)認知症非中毒性甲状腺腫・甲状腺結節
続発疾患
慢性心不全思春期早発症脱毛症徐脈性不整脈(洞不全症候群・房室ブロック)末梢神経絞扼症候群横紋筋融解症
関連疾患
1型糖尿病MALTリンパ腫(節外性辺縁帯リンパ腫)セリアック病バセドウ病原発性副腎不全尋常性白斑疱疹状皮膚炎
治療薬
レボチロキシンヒドロコルチゾン
原因薬剤
アミオダロンアパルタミドリチウムスニチニブアレムツズマブ
症状
筋痛筋力低下倦怠感浮腫便秘嗄声徐脈体重増加皮膚乾燥
検査値
甲状腺刺激ホルモン抗TPO抗体
画像所見
心嚢液貯留
組織像
橋本病(慢性リンパ球性甲状腺炎)橋本病の臨床経過(一過性中毒症相)と鑑別診断
下位分類
先天性甲状腺機能低下症
元疾患
サラセミア
原因となる疾患
ターナー症候群ダウン症候群(21トリソミー)下垂体機能低下症甲状腺炎(亜急性・産後・無痛性・リーデル)舌性甲状腺先天性頸部嚢胞(甲状舌管嚢胞・鰓裂嚢胞)

🧠 全体像症は「甲状腺ホルモン作用の全身的な不足」であり、代謝という名のアクセルが緩んだ状態と捉えると理解しやすい。診療の骨格はまず原発性(甲状腺自体の障害、TSH↑)か中枢性(下垂体・視床下部の障害、TSH↓〜)かをTSHと遊離T4(FT4)のパターンで見分けることにある。での原発性の最多原因はという自己免疫疾患で、世界的にはが依然として最多である。治療の柱はによる補充で、原発性はTSH、中枢性はFT4を指標に調整する。もっとも警戒すべきは、重度のが感染やなどで破綻するで、これはの重症型ではなく独立した救急疾患として扱う。

病態

視床下部のTRHからTSHを分泌させ、TSHがを刺激してT4・T3を合成・分泌させる(TRH-TSH-甲状腺ホルモン軸)。分泌されたホルモンは視床下部・下垂体に負のフィードバックをかけて軸を安定させ、細胞内では遺伝子発現を調節して酸素消費・(BMR)・ATP回転を高め、全身の代謝速度を規定する。ホルモン合成にはヨウ素が必須だが、高用量のヨウ素はかえって甲状腺の取り込み・放出を抑制するな作用(的な自己制御)を持つ。

症は、この軸のどこが障害されるかで原発性中枢性に大別する。原発性は甲状腺自体の障害でホルモン産生そのものが低下し、負のフィードバックが外れるためTSHは代償性に上昇する。中枢性は下垂体・視床下部がTSH(またはTRH)を十分に出せない状態で、FT4は低下してもTSHは低値または見かけ上「不適切に正常」にとどまる。

flowchart TD
    A["視床下部:TRH"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='anterior pituitary'>下垂体前葉</span>:TSH"]
    B --> C["甲状腺:T4・T3合成"]
    C -->|"負のフィードバック"| A
    D["甲状腺自体の障害(原発性・頻度最多)"] --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Hashimoto thyroiditis'>橋本甲状腺炎</span>"]
    D --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='iodine deficiency'>ヨウ素欠乏</span>・過剰"]
    D --> G["甲状腺手術・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='radioactive iodine, RAI'>放射性ヨウ素</span>・頸部照射"]
    D --> H["薬剤(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='amiodarone'>アミオダロン</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lithium'>リチウム</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='immune checkpoint inhibitor (ICI)'>免疫チェックポイント阻害薬</span>など)"]
    E --> I["TSH上昇+FT4低下(原発性)"]
    F --> I
    G --> I
    H --> I
    J["下垂体・視床下部の障害(中枢性・頻度少)"] --> K["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pituitary adenoma'>下垂体腺腫</span>・視床下部腫瘍・手術・放射線・浸潤性疾患"]
    K --> L["FT4低下+TSH低値または<span class='jp-term jp-term-diagram' title='inappropriately normal'>不適切正常</span>(中枢性)"]
    I --> M["全身の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='slowed metabolism'>代謝低下</span>:徐脈・低体温・便秘・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='non-pitting edema'>非圧痕性浮腫</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='myxedema'>粘液水腫</span>)"]
    L --> M

💡 原発性か中枢性かは「TSHがどう振る舞うか」で見分ける。原発性は甲状腺という末端のが止まっているのでTSH(司令)は増える一方、中枢性は司令塔自体が指令を出せないのでTSHは増えない。

主な原因

分類 代表原因
原発性(頻度最多) (世界的に最多)・ヨウ素過剰、甲状腺手術・・頸部放射線照射、薬剤(など)、先天性(・合成酵素欠損)
中枢性 、視床下部腫瘍、下垂体手術・放射線、(出血・梗塞)、浸潤性疾患、
一過性 の低下期、重症疾患からの

⭐ ヨウ素充足地域における症の最多原因は、世界的には依然としてが最多である。

橋本甲状腺炎

)は、45〜65歳の女性に好発するで、無痛性の甲状腺腫とを来す。小児甲状腺腫の主要原因でもある。機序は3つ重なり合う:①由来のIFN-γがマクロファージを活性化して甲状腺細胞を傷害する、②が直接甲状腺細胞を殺傷する、③抗甲状腺抗体()がNK細胞と結合し(ADCC)を起こす。組織学的にはの減少と、を伴う・Hürthle(好酸性)細胞への置換がみられる。1型糖尿病、など他の自己免疫疾患を合併しやすく、B細胞性(甲状腺MALTリンパ腫)のリスクも高まる。

💡 は濾胞破壊の初期に貯蔵ホルモンが漏れ出し、一過性のを呈することがある。これは合成亢進ではなく漏出によるものなので、は無効である。この経過はのようなTSH受容体刺激による持続的な合成亢進とは機序が異なり、両者は同じ「」というスペクトラムの両極として理解するとよい。

甲状腺炎の病型と機能低下への関連

病型 疼痛 経過 機能低下への影響
通常なし 進行性 の原発性症が中心(原因の第1位)
強い・圧痛、しばしば →低下期→回復の 低下期は一過性で多くは
無痛性・ なし 同様のを取り得る 一過性が多いが一部で永続化する
通常なし(岩のように硬い線維化) 進行性の線維化、悪性腫瘍を模倣し得る 線維化そのものにより機能低下

(de Quervain、無痛性・産後)では濾胞破壊で貯蔵ホルモンが漏出するため、が低下し、は無効である。低下期の症状が強い場合や妊娠希望がある場合は一時的にを用い、回復後に減量・中止を再評価する。

flowchart TD
    A["濾胞破壊(亜急性・無痛性・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='postpartum thyroiditis'>産後甲状腺炎</span>)"] --> B["貯蔵T4/T3が漏出"]
    B --> C["一過性<span class='jp-term jp-term-diagram' title='thyrotoxicosis'>甲状腺中毒症</span>+摂取率低下"]
    C --> D["貯蔵ホルモン枯渇"]
    D --> E["一過性<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypothyroidism'>甲状腺機能低下</span>"]
    E --> F["多くは回復、一部は<span class='jp-term jp-term-diagram' title='permanent'>永続性</span>低下"]

先天性甲状腺機能低下症

は出生約1:4000の頻度で、原発性(甲状腺の、ホルモン合成酵素欠損、母体の)と続発性()、およびに分けられる。中枢神経系の障害は2歳より前は不可逆で、無治療のまま経過すると重度の、聴覚・を来す。骨放出の一部がT3依存性のため)、冷たく乾燥した皮膚、もみられる。

💡 中枢神経障害のの窓が2歳までに限られるからこそ、のスクリーニングと早期の開始が発達予後を左右する。

臨床像

甲状腺ホルモンは全身の代謝速度を規定するため、不足すると全身がスローダウンする。

系統 主な所見
全身 、寒がり、体重増加、、特に)、乾燥・冷たい皮膚、脱毛、嗄声、
循環器 徐脈、心拍出量低下、上昇、
消化器 便秘、腸管運動低下、
神経・精神 記憶障害・緩慢な思考、抑うつ、末梢神経障害(など)、筋痛・筋力低下
内分泌・代謝 (LDL上昇)、インスリン抵抗性、・不妊
の低下
血液 (T3依存性の産生低下)
低Na血症、CK・LDL-C・上昇

💡 高齢者では寒がり・浮腫のような典型症状が乏しく、代わりに低Na血症やCK・LDL-C・クレアチニン上昇のような非特異的な検査異常が最初の手掛かりになることがある。

診断

TSHとFT4(必要ならT3も)の組み合わせで機能低下の有無とパターンを判定する。T3単独の測定は診断に通常不要で、超音波や核医学スキャンもびまん性の機能低下ではルーチン検査ではない。結節、左右差、急速な増大がある場合にのみ画像・穿刺を追加する。

TSH・FT4パターン

病型 TSH 遊離T4 備考
原発性・ 高値 低値 最も頻度が高い
高値 正常 治療要否はTSH値・症状・リスクで個別化する
中枢性 低値〜 低値 下垂体・視床下部疾患を示唆、TSHでは治療調整に使えない
一過性(甲状腺炎の低下期) 変動しつつ高値 変動しつつ低値 摂取率低下の既往があり、多くはする

を裏づける有力な手掛かりだが、抗体値そのものを治療反応の追跡には用いない。中枢性を疑うときは他のホルモン軸(とりわけ副腎系)を先に評価する。

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypothyroidism'>甲状腺機能低下</span>を疑う症状"] --> B["TSH+遊離T4を測定"]
    B --> C{"TSHは高値か"}
    C -->|"高値・FT4低値"| D["原発性・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='overt hypothyroidism'>顕性甲状腺機能低下症</span>"]
    C -->|"高値・FT4正常"| E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='subclinical hypothyroidism'>潜在性甲状腺機能低下症</span>"]
    C -->|"低値〜<span class='jp-term jp-term-diagram' title='inappropriately normal'>不適切正常</span>・FT4低値"| F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='central hypothyroidism'>中枢性甲状腺機能低下症</span>を疑う"]
    D --> G["TPO抗体・既往歴・薬剤歴を確認"]
    F --> H["他の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='anterior pituitary'>下垂体前葉</span>ホルモン・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pituitary MRI'>下垂体MRI</span>を評価"]
    F --> I["先に副腎機能を評価・治療"]
    G --> J["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='levothyroxine, LT4'>レボチロキシン</span>治療へ"]
    H --> J
    I --> J
    E --> K["TSH値・症状・TPO抗体・妊娠希望・心血管リスクで治療要否を個別化"]

治療

標準治療は(LT4)単剤で、やT3併用療法は第一選択ではない。原発性はTSH、中枢性はFT4を指標に用量を調整する。

状況 方針
若年・心疾患のない低下症 体重に基づく補充量でフルドーズ開始できる
高齢者・冠動脈疾患・長期間の重症例 少量から開始し、ゆっくり漸増する
服用方法 空腹時に水で一定条件で服用し、・Ca製剤・薬とは服用間隔を空ける
モニタリング(原発性) 開始・変更から6〜8週後にTSHを再検し、安定後は6〜12か月ごとに確認する
モニタリング(中枢性) TSHではなくFT4で調整し、開始前に副腎不全を除外・治療する
妊娠 必要量が早期から増加するため、妊娠が判明したら直ちに連絡し頻回にTSHを測定する

⚠️ を開始する前に、必ず副腎不全の有無を評価・治療する。を残したままLT4で代謝速度を上げると代謝需要が急増し、急性副腎不全()を誘発し得る。

症状が残る場合は用量そのものよりも先に、・吸収阻害(・Ca製剤・などとの併用)、貧血、睡眠障害、うつ、他の、あるいはの可能性を再評価する。

潜在性甲状腺機能低下症の治療判断

はFT4正常・TSH高値で定義する。一過性の上昇を除外するため再検し、以下を踏まえて個別化する。

  • TSHが持続的に10 mIU/L以上なら治療を強く検討する。
  • 10 mIU/L未満では、症状の有無、TPO抗体陽性、甲状腺腫、心血管リスク、妊娠・妊娠希望、若年かどうかで判断する。
  • 高齢者では加齢に伴うTSHの軽度上昇を自動的に治療せず、過剰治療による心房細動・骨折リスクと利益を比較する。

粘液水腫性昏睡

は「重度の症が破綻した状態」であり、の重症型ではない。感染、、鎮静薬、手術などが誘因となり、意識障害、低体温、低換気、徐脈、低血圧、低Na血症、低血糖を来す救急疾患である。

  • ICUで気道・換気・循環・電解質を管理し、急激な外部加温は避けて受動的にする。
  • 感染症などの誘因を検索し、並行して治療する。
  • 副腎不全を除外できるまではを先行または同時に投与する。
  • 静注で負荷投与を行い、経口摂取が困難な場合やが疑われる場合は静注を優先する。24時間で反応が乏しければ、少量のを慎重に追加することがある。

⚠️ を疑ったら、検査結果を待たずに甲状腺ホルモン補充と副腎不全への備えを同時に開始する。より先にホルモン補充だけを急ぐと、隠れた副腎不全を顕在化させてをかえって悪化させ得る。

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='myxedema coma'>粘液水腫性昏睡</span>を疑う臨床像<br>(意識障害・低体温・低換気・徐脈・低血圧)"] --> B["ICUで気道・循環・電解質を支持し受動的に<span class='jp-term jp-term-diagram' title='rewarming'>復温</span>"]
    B --> C["感染などの誘因を検索・治療"]
    C --> D["副腎不全を除外できるまで<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hydrocortisone'>ヒドロコルチゾン</span>を先行投与"]
    D --> E["静注<span class='jp-term jp-term-diagram' title='levothyroxine, LT4'>レボチロキシン</span>を負荷投与"]
    E --> F["24時間反応が乏しければ少量の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='liothyronine, T3'>リオチロニン</span>を追加"]

まとめ

  • 症は、甲状腺自体の障害による原発性(TSH↑・FT4↓)と、下垂体・視床下部の障害による中枢性(FT4↓・TSHは低値〜)に大別する。
  • での原発性の最多原因はという自己免疫疾患で、初期に一過性のを呈することがあるがは無効。(de Quervain、無痛性・産後)の低下期は多くが一過性である。
  • 全身のとして、易疲労・寒がり・体重増加・便秘・・徐脈・・貧血・低Na血症などが現れ、高齢者では非特異的な検査異常が先に気づかれることがある。
  • 治療の柱は単剤で、原発性はTSH、中枢性はFT4で調整する。中枢性では開始前に必ず副腎不全を除外・治療する。
  • はTSH≥10 mIU/Lで治療を強く検討し、それ未満は症状・TPO抗体・妊娠・心血管リスクで個別化する。
  • は重度のが破綻した独立した救急疾患であり、先行投与と静注を軸に、支持療法・誘因治療を並行して行う。