薬理学

薬理学 · Core3

ハンガリー製薬産業の歴史

Core3: History of the Hungarian pharmaceutical industry

前提:病態
Core1:薬物開発の段階(概要)

🧠 全体像:ハンガリーは人口規模に比して製薬産業が突出して厚い国で、19世紀後半から続く伝統がある。覚えるべき企業は Richter・Chinoin・Egis・Alkaloida の4社で、それぞれに「何で知られるか」が1つずつ紐づく——Richter=工業規模のの出発点、Chinoin=ビタミンC、Egis=Wanderを前身とする現Servier系、Alkaloida=を採らずにケシから直接モルヒネを取り出す方法。現代の代表例が (Vraylar/Reagila)である。

年表

年 出来事 ポイント
1867 最初の Central Hungarian Pharmaceutical and Artificial Material Chemical Company。創設者は Dániel Wagner
1901 Richter Gedeon ブダ市内の Sas(鷲)薬局を買い取り、その実験室から産業が始まる1
1910 Chinoin の前身が創設 Alka Chemical Factory として創設。1932年にはビタミンC(Vitamin C)製造技術で重要となり、現在は Sanofi グループ
1913 Wander/Egis の前身が創設 Sándor Balla が創設。現在は Servier グループ
1927 Alkaloida Chemical Factory Kabay János らが創設。を採取せずケシから直接モルヒネを単離する方法を開いた点が要点2
2019 トップ20入り ハンガリーが世界のトップ20に入った

⚠️ Alkaloida の創設年は、同じ出典の中で書き方が割れている。 2025年の総説は、では「1927年に János Kabay が創設」とする一方、本文では創設者を Kabay János・Péter・József の3兄弟とし、設立契約の署名を1926年9月10日としている2。主たる創設者が薬剤師 Kabay János(1896–1936)であることは両方に共通する。授業のどおり1927年で覚えてよいが、「1926年の契約署名」という記述が同じ資料にあることは知っておく。

💡 Kabay の方法は2段階で完成した。 ①1925年の特許は、ケシの植物体からを直接抽出する「green method」で、樹脂を集める手間のかかる採取そのものを回避するものだった。②1931年の改良(「dry method」)で、それまで無価値とされていた芥子殻と乾燥した蒴果から、モルヒネ・主にからなる混合物・ナルコチン(ノスカピン)を商業的に採算の合う形で取り出せるようになった2。⭐ 「芥子殻から」が効いてくるのは②のほうで、これがハンガリーのモルヒネ産業の基礎になり、Kabay の工程は世界中で採用された2。

主要企業

  • Richter(Gedeon Richter Plc.):1901年の Sas 薬局の買収に始まり、の社史はここを「当社と産業全体の発祥地」と位置づける。1902年にアドレナリンを含む初の臓器療法製剤 Tonogen Suprarenale を発売、1906年にブダの Kőbánya 地区に土地を得てを建設、1912年に Kalmopyrin を上市(現在も製造)、1926年にハンガリーで初めてインスリンの工業生産を開始、20世紀で最も成功した自社創製品 Cavinton を発売、2012年に Debrecen にを開設した1。現代の代表が (Vraylar)である。
  • Chinoin:ビタミンC製造技術で知られ、現在は Sanofi の一部。
  • Egis:は Wander で、現在は Servier グループ。
  • Alkaloida:モルヒネ製造で知られ、現在は SUN グループ。
  • その他の:TEVA、Human、Béres。

💡 4社のうち3社が外資系になっている。 Chinoin は Sanofi、Egis は Servier、Alkaloida は SUN に属し、独立した本社機能をもつ大手はRichterだけである。ハンガリー発のが「Richterの薬」として語られやすいのはこのためでもある。

ハンガリー発の主な薬

商品名/一般名 種類 押さえどころ
No-Spa/ の疝痛に用いる。と違い口渇・尿閉を起こさない
Cavinton/ ・ Richter の20世紀で最も成功した自社創製品1
Jumex/ 阻害薬 パーキンソン病に用いる
Ebrimycin/ 抗菌薬 ハンガリー発の抗菌薬
Arduan/ の長時間作用型
Hevizos/ 外用抗ウイルス薬 ・2型による皮膚病変に用いる3
Vraylar(Reagila)/ 抗精神病薬 米国でとなった現代の代表例

💡 Hevizos の(5-isopropyl-2-deoxyuridine, IPDU)は、ウイルスに取り込まれて働く。 取り込まれたIPDUがのを変え、ウイルスがヌクレアーゼに感受性になる。選択性はウイルスが誘導すると、取り込みを触媒する由来のポリメラーゼに由来する。皮膚への蓄積が高くなどのに抵抗性である点が、としての利点になっている3。

カリプラジン——現代の代表例

は Gedeon Richter が開発した抗精神病薬で、優先のD3・薬であり、への結合は既存の抗精神病薬の中で最も強い4。Richter における選択性の研究は20年続いてこの薬に結実した。

適応は、の躁病相、、およびへの追加療法である4。

⚠️ 同じ薬でも、承認した当局と商品名が地域で違う。 米国が2015年に Vraylar、欧州EMAが2017年に Reagila の商品名で販売承認を与えた——2年のずれと、別の商品名がある4。論文や添付文書を読むときは、どちらの地域の話かを商品名から判別する。

⚠️ この総説の著者3名はいずれも Gedeon Richter の Medical Division 所属で、内容は自社の試験成績のまとめである。承認年やのような事実はそのまま使えるが、有効性の評価については利益相反を意識して読む。

まとめ

  • の4社は「何で知られるか」で覚える——Richter=工業規模の生産の出発点、Chinoin=ビタミンC、Egis=Wanderを前身とする現Servier系、Alkaloida=モルヒネ。独立を保っている大手は Richter だけである。
  • Kabay/Alkaloida=モルヒネ。 1925年の「green method」で採取を回避し、1931年の「dry method」で芥子殻と乾燥蒴果から商業的にモルヒネを取れるようにした。これがハンガリーのモルヒネ産業の基礎となり、世界中で採用された2。⚠️ 創設年は出典の中で1927年()と1926年9月10日の契約署名(本文)に割れている。
  • Richter は1901年の Sas 薬局から始まり、1902年のアドレナリン製剤 Tonogen Suprarenale、1912年の Kalmopyrin、1926年のハンガリー初のインスリン工業生産、そして Cavinton へと続く1。
  • Vraylar/=現代の代表例。 D3優先のD3・薬で、米国が2015年(Vraylar)、欧州EMAが2017年(Reagila)に承認した——同じ薬で地域ごとに商品名が違う4。

出典

  1. 1.Our History — Gedeon Richter Plc.(Gedeon Richter Plc.(発行元の公式社史)・2025)公式ページのHTMLを取得して年表を逐語で確認した。1901年の項は逐語「Hungarian pharmacist Gedeon Richter files an application to purchase a pharmacy in downtown Budapest. It is regarded as the birthplace of our company and that of the Hungarian pharmaceutical industry as a whole」で、2021年の項がこの薬局を逐語「the Sas (Eagle) Pharmacy」と呼ぶこと。1902年に初の臓器療法製剤としてアドレナリンを含む Tonogen Suprarenale を発売したこと(⚠️ 同ページはその作用を逐語「antihypertensive and hemostatic effects」と記すが、アドレナリンは昇圧方向に働くので訳出上の誤りと思われる。本ノートは作用の記述を採っていない)。1906年にブダペスト郊外(Kőbánya地区)の土地を購入して工場を建てたこと。1912年に解熱鎮痛薬 Kalmopyrin を上市し現在も製造していること。1923年に株式会社化したこと。1925年にハンガリー製薬業界で初の生物学の実験室と独立した分析の実験室を設置したこと。逐語「Industrial production of insulin starts in Gedeon Richter, first in Hungary」が1926年の項にあること。1977年に Cavinton を発売したこと。2012年に Debrecen にバイオテクノロジー工場を開設したこと。year はページ上の最新の記載年(2025年)から採った。閲覧 2026-09-21
  2. 2.Morphinan Alkaloids and Their Transformations: A Historical Perspective of a Century of Opioid Research in Hungary(International Journal of Molecular Sciences・2025)PMC11943231の全文で確認した。Alkaloida Chemical Company(Alkaloida Vegyészeti Gyár)について、抄録は逐語「founded in 1927 by János Kabay」とする一方、本文は逐語「founded by the Kabay brothers János, Péter and József ... with the signing of the foundation agreement taking place on 10 September 1926」とし、同一文献の中で創設年の書き方が割れていること。主たる創設者は薬剤師 János Kabay(1896–1936)であること。1925年の特許はケシの植物体から直接アヘンアルカロイドを抽出する「green method」で、樹脂を集めるアヘン採取を回避するものであり、1931年の改良(「dry method」)によって、それまで価値がないとされていた芥子殻と乾燥した蒴果からモルヒネ・主にコデインからなるアルカロイド混合物・フタリドイソキノリン誘導体のナルコチンを商業的に採算の合う形で取り出せるようになったこと。この工程がハンガリーのモルヒネアルカロイド産業の基礎となり、逐語「was adopted the world over」=世界中で採用されたこと。2015年に Kabay の業績が「Hungarikum」として国の文化的価値の登録簿に加えられたこと。閲覧 2026-09-21
  3. 3.[Hevizos ointment efficacy in view of molecular pharmacology](Acta Pharmaceutica Hungarica・1993)PubMedの英文抄録で確認した(本文はハンガリー語)。Hevizos 軟膏の有効成分が 5-isopropyl-2-deoxyuridine(IPDU、エペルブジン)であり、単純ヘルペスウイルス1型・2型に対する抗ウイルス作用が、ウイルスDNAへの取り込みとそれに伴うDNA構造の変化によってウイルスDNAがヌクレアーゼに感受性になることに基づくこと。ウイルス選択性はウイルス誘導性チミジンキナーゼ活性と、取り込みを触媒するHSV誘導のポリメラーゼに由来すること。皮膚への蓄積が高くホスホリラーゼなどの代謝酵素に抵抗性という薬物動態上の利点をもつこと。閲覧 2026-09-21
  4. 4.D3 Receptor-Targeted Cariprazine: Insights from Lab to Bedside(International Journal of Molecular Sciences・2024)PMC11172134の全文で確認した。カリプラジンがハンガリーの Gedeon Richter Plc. で開発された抗精神病薬であり、逐語「a D3-preferring D3-D2 partial agonist with the highest binding to the D3 receptors compared to all other antipsychotics」であること。米国FDAが2015年に Vraylar の商品名で、欧州EMAが2017年に Reagila の商品名で販売承認を与え、その後さらに各国の当局が承認したこと。適応は統合失調症・双極性障害の躁病相・双極性うつ病・大うつ病への追加療法であること。Richter における D3 受容体選択性の研究が20年続いてカリプラジンに結実したこと。本総説執筆時点で約130万人に処方されていること。⚠️ 著者3名はいずれも Gedeon Richter Plc. Medical Division の所属で、本総説は自社の試験成績をまとめたものである。閲覧 2026-09-21