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Disease Atlas · 肝胆膵 · 症候群

肝肺症候群

Hepatopulmonary syndrome

臓器系
肝胆膵呼吸器
科目
Pathology
トピック
病理学 C/50:肝硬変
鑑別疾患
肺高血圧症門脈肺高血圧症卵円孔開存
症状
呼吸困難起座呼吸チアノーゼクモ状血管腫
検査値
低酸素血症動脈血液ガス
原因となる疾患
肝硬変

🧠 全体像:は「肝臓の病気なのに、患者が立つと苦しくなる」という一点から入るのが早い。が臥位で悪化するのに対し、この症候群では立位で悪化し臥位で軽快する()——方向が逆である。理由は、拡張しているのがの毛細血管だからで、立てばで血流がに集まり、そこを素通りする血液の割合が増える。そしてこの「拡張」は穴の開いたシャントではなく血管が太くなっただけなので、酸素を吸わせれば改善しうる。この機序の理解が、診断(で遅れて現れる)と治療(根治はのみ)の両方を貫いている。

入口は「起座呼吸と逆向きの体位性呼吸困難」

主症状は進行性の呼吸困難で、これに次の2つが伴う1。

用語 内容
立位・で悪化し臥位で軽快する呼吸困難。とは逆方向の体位依存性
起立時に PaO₂ が5%超または4 mmHg超低下すること(⚠️ で5%超の低下とする定義もある)

⚠️ 「体位で変わる呼吸困難」を全部まとめて心不全と読まない。 臥位で悪くなるなら(・大量腹水・)、立位で悪くなるなら(、など体位でシャント率が変わる病態)である。方向を取り違えると原因検索が正反対に走る。

身体所見としてはチアノーゼとを伴う1。もの徴候として挙げられる。

機序:シャント「孔」ではなく肺内血管の拡張である

flowchart TD
    A["門脈圧亢進を伴う<span class='jp-term jp-term-diagram' title='chronic liver disease'>慢性肝疾患</span>"] --> B["腸管由来の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='endotoxin'>エンドトキシン</span>移行・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Systemic Inflammation'>全身性炎症</span>"]
    B --> C["肺血管内皮で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='inducible nitric oxide synthase'>誘導型NO合成酵素</span>が亢進<br>NO過剰+CO・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='prostacyclin (PGI2)'>プロスタサイクリン</span>増加"]
    B --> D["IL-6・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tumor necrosis factor-alpha'>TNF-α</span>が<span class='jp-term jp-term-diagram' title='vascular endothelial growth factor'>VEGF</span>を介し血管新生を促進"]
    C --> E["cGMPを介した<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pulmonary capillary'>肺毛細血管</span>のびまん性拡張<br>(とくに<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lung base'>肺底部</span>)"]
    D --> E
    E --> F["拡張した血管の中心を流れる赤血球が<br>肺胞から遠く十分に酸素化されない"]
    F --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='V/Q mismatch'>換気血流不均衡</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='diffusion-perfusion impairment'>拡散灌流障害</span>による低酸素血症"]
    E --> H["立位で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lung base'>肺底部</span>への血流が増える"]
    H --> I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='platypnea'>扁平呼吸</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='orthodeoxia'>起立性低酸素血症</span>"]

の亢進によるNO過剰に・が加わり、cGMPを介した血管拡張が起こる。組織学的にはのびまん性拡張、とくにが特徴で、これがとを説明する。IL-6・がを介した血管新生を促し、形態的に異常な血管路がを助長する1。

⭐ 「拡張」と「孔」の違いが、酸素への反応の違いを生む。 では静脈血が肺を完全に迂回するため、どれだけ酸素を吸わせても混ざる血液のは変わらない。では血液は拡張した毛細血管を通っている——ただ血管が太すぎて中心部の赤血球が肺胞から遠いだけなので、のを上げればを克服できる。実際、酸素投与は症状の緩和に役立つ2。ただしそれは対症療法であり、根治にはならない。

💡 同じ門脈圧亢進から、正反対の肺血管反応が生じうる。 は血管収縮とリモデリング、は血管拡張と血管新生・シャント形成であり、両者は同じ土壌に生えた逆向きの合併症である1。の可否に与える意味も逆で、重症のは術中ののリスクから移植の妨げになるのに対し、は移植後に消退する。

診断

診断は次の4つの必須項目からなる1。

  1. 門脈圧亢進を伴うがあること
  2. 動脈血の低酸素血症:PaO₂ 80 mmHg未満、または()の開大(15 mmHg以上、64歳超では20 mmHg以上)。⚠️ 本総説はをこの形で要約しているが、での開大が必須項目で、PaO₂ 80 mmHgはの側の閾値である
  3. の証明:通常は(試験)による
  4. 他の低酸素血症の原因の除外

⭐ の「遅れ」が決め手になる。 撹拌したのは、正常ならに捕捉されてには現れない。3〜6心拍後に左房へが出現すればと判定する1。(など)ではがこれより早く左房に現れるため、出現までの心拍数が肺内と心内を分ける。

  • (99mTc標識)では、6%超の粒子が肺を迂回して体循環に現れればシャントを示す1。やは定量に使えるが標準化されていない。
  • はで測る。はPaO₂が保たれている段階でも先に開くため、低酸素血症が明らかでない早期例を拾う指標になる。

重症度

重症度はの PaO₂ で4段階に分ける1。

段階 PaO₂
軽症 80 mmHg以上
中等症 60〜79 mmHg
重症 50〜59 mmHg
最重症 50 mmHg未満

鑑別

鑑別 分かれ目
(の一型) 低酸素血症より労作時・が前面。で上昇と上昇を確認する。ではは正常〜低下1
など でがより早く左房に現れる。酸素投与への反応が乏しい
大量腹水・による 体位の影響は受けるが方向が異なり、画像で肺の虚脱が説明できる
の併存 と併存しうる。除外ではなく「他に説明がつくか」を問う

疫学と治療

  • は進行した肝硬変・の患者で10〜30%、候補では15〜20%(最大30%)とされる1。では、評価中の肝硬変患者で17.2%、患者で26.1%と統合されている3。があると死亡リスクは2倍を超える2。
  • ⭐ 根治はのみである。 酸素投与や薬物療法は症状を和らげるにとどまり、確立した薬物療法は存在しない。やはの段階で、なヒト試験を欠く2。
  • 重症度は移植の優先度に反映される。 低酸素血症が進んだ患者にMELDを与える運用が導入され、それが移植後生存の改善につながった2。現行のMELD例外規定のもとでの期間中死亡率は13.1%と報告されている3。
  • 移植後の成績は良い。 移植後生存はのない患者と同等で、MELD時代の前向き研究における1年93.9%・5年生存率92.9%(ではそれぞれ83.8%・76%)と報告される。は移植後6か月で90.1%が消失し、評価されたすべての患者で1年以内に完全に消失した3。は基礎の重症度によらず5年生存率を3倍にするとされる2。
  • ⚠️ ただし最重症例は別扱いが要る。 移植前のPaO₂が低いほど移植後生存は不良で、とくに最重症型で顕著であった3。「移植すれば治る」を根拠に紹介を遅らせない。
  • 肝硬変・の患者で説明のつかない低酸素血症や体位性の呼吸困難を見たら、移植評価の一部として能動的に探す。

まとめ

  • は門脈圧亢進を伴うに生じるによる低酸素血症で、進行した肝硬変の10〜30%にみられる。
  • 入口は立位で悪化し臥位で軽快すると、起立時にPaO₂が5%超または4 mmHg超低下するであり、臥位で悪化するとは逆向きである。
  • 診断は①門脈圧亢進を伴う、②PaO₂ 80 mmHg未満またはの開大、③によるの証明、④他の原因の除外、の4項目による。
  • でが3〜6心拍後に左房へ現れればで、より早く現れると区別する。
  • 病態は肺内血管の「拡張」であってシャント孔ではないため、酸素投与に反応しうる。ただし対症療法にすぎない。
  • 根治はのみで、重症度がMELDとして移植の優先度に反映される。移植後6か月で90.1%が消失するが、移植前のPaO₂が低い最重症例では移植後生存が不良である。

出典

  1. 1.Portopulmonary Hypertension and Hepatopulmonary Syndrome: Contrasting Pathophysiology and Implications for Liver Transplantation(Journal of Clinical Medicine・2025)肝肺症候群の有病率が進行した肝硬変・門脈圧亢進症の患者で10〜30%と報告され肝移植候補では15〜20%(最大30%)に及ぶこと、主症状が進行性の呼吸困難で立位で悪化する扁平呼吸と起立時にPaO₂が5%超または4 mmHg超低下する起立性低酸素血症を伴うこと、チアノーゼ・クモ状血管腫を認めうること、診断が①門脈圧亢進を伴う慢性肝疾患②PaO₂ 80 mmHg未満またはA-a較差の開大(15 mmHg以上、64歳超では20 mmHg以上)③造影心エコー(マイクロバブル試験)などによる肺内血管拡張の証明④他の低酸素血症の原因の除外、という4つの必須項目からなること、造影心エコーはマイクロバブルが3〜6心拍後に左房に出現したときに肺内シャントを示すと判定すること、肺血流シンチグラフィ(99mTc-MAA)では6%超の粒子が肺を迂回すればシャントを示すこと、重症度がPaO₂で軽症80 mmHg超・中等症60〜79 mmHg・重症50〜59 mmHg・最重症50 mmHg未満に分けられること、病態が誘導型NO合成酵素の亢進によるNO過剰にCO・プロスタサイクリンが加わったcGMP介在性の血管拡張であり、とくに肺底部の毛細血管のびまん性拡張が起立性低酸素血症と扁平呼吸を説明すること、IL-6・TNF-αがVEGFを介した血管新生を促し異常な血管路の形成に寄与すること、門脈肺高血圧症が同じ門脈圧亢進を背景としながら血管収縮とリモデリングという正反対の反応であること、肝肺症候群は移植成功後に通常は消退し可逆性であることを確認した。本総説は診断基準をESC/ERS 2022およびILTS Consensus 2024からの引用として示している。閲覧 2026-09-03
  2. 2.Hepatopulmonary syndrome: pathophysiological mechanisms and clinical implications(Current Opinion in Anaesthesiology・2025)肝肺症候群が肝硬変・門脈圧亢進症の患者の最大30%に生じ死亡リスクを2倍超に高めること、酸素投与と薬物療法は呼吸困難・扁平呼吸・起立性低酸素血症・倦怠感といった症状の緩和に役立つにとどまり肝移植が唯一の根治的治療であること、肝移植が基礎の重症度によらず5年生存率を3倍にすること、PaO₂に基づく重症度分類と移植待機中死亡率の相関については見解が一致していない一方でMELD例外点数の導入が移植後生存の改善につながったこと、ノルフロキサシンやメチレンブルーなどの薬物療法は動物実験の根拠にとどまり大規模なヒト試験が欠けていることを確認した。抄録のみを閲覧しており全文は未取得。閲覧 2026-09-03
  3. 3.Liver transplantation for hepatopulmonary syndrome: A systematic review and meta-analysis(JHEP Reports・2026)22研究のシステマティックレビュー・メタ解析で、肝移植が肝肺症候群の唯一の根治的治療であること、統合有病率が肝移植評価中の肝硬変患者で17.2%(11.6〜24.7%)・門脈圧亢進症患者で26.1%(18.5〜35.5%)・肝移植レシピエントで21.6%(11.2〜37.4%)であること、現行のMELD例外規定のもとで待機期間中の死亡率が13.1%であったこと、移植後生存が肝肺症候群のない患者と同等であり1年生存率がMELD時代の前向き研究で93.9%・登録研究で83.8%、5年生存率がそれぞれ92.9%・76%であったこと、移植前のPaO₂が低いほど移植後生存が不良でとくに最重症型で顕著であったこと、移植後6か月で90.1%が消失し評価されたすべての患者で1年以内に完全消失したことを確認した。抄録のみを閲覧しており全文は未取得。閲覧 2026-09-03