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Disease Atlas · 内分泌・代謝 · 疾患

シーハン症候群

Sheehan syndrome

臓器系
内分泌・代謝生殖・産婦人科
科目
Internal MedicinePathologyGynecologyObstetrics
トピック
内科学 S-07:下垂体機能低下症病理学 C/84:視床下部・下垂体系の機能低下・亢進婦人科 02:続発性無月経産科学 03:妊娠に伴う生理的変化(腎・内分泌系)
上位概念
下垂体機能低下症
治療薬
ヒドロコルチゾンレボチロキシン
症状
倦怠感体重減少
検査値
コルチゾール
画像所見
空虚トルコ鞍

🧠 全体像は、分娩時の大量出血によるである。妊娠中はがラクトトロフ増生により生理的に肥大するが、それを養う血流は増えないまま低圧のに依存し続けるため、が起きると前葉だけが選択的に梗塞する——この解剖・生理のが病態の幹である。から直接灌流されるため比較的保たれ、は少ない。臨床像は時間軸が特徴的で、早期の不全・無月経(プロラクチン・ゴナドトロピンの脱落)で始まり、何年も経ってから副腎不全・として顕在化することがあり、これが診断の遅れに直結する。治療では全般と同じく、甲状腺ホルモンを先に補充するとを誘発するため、必ずグルココルチコイドを先に開始する。

病態

にかけては主にラクトトロフ(プロラクチン産生細胞)の増生により体積・細胞数が増加し、栄養・代謝需要が高まる。しかし前葉を灌流する血流はというもともと低圧の系であり、この需要増に見合うだけのは起こらない1。この状態で分娩時に大量出血・低血圧・ショックが生じると、需要と供給のがすでに大きい前葉が優先的にに陥る。一方、から前葉を経由せず直接灌流を受けるより高圧の系であるため、同じ低血圧イベントでも障害を免れやすく、を来す例は多くない。

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='third trimester'>妊娠後期</span>:ラクトトロフ増生による<span class='jp-term jp-term-diagram' title='anterior pituitary'>下垂体前葉</span>肥大"] --> B["前葉の代謝需要が増加"]
    B --> C["前葉を灌流する<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypophyseal portal system'>下垂体門脈系</span>はもともと低圧で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='increased blood flow'>血流増加</span>が伴わない"]
    C --> D["分娩時大量出血・ショック"]
    D --> E["前葉が選択的に<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ischemic necrosis'>虚血性壊死</span>"]
    F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='posterior lobe'>後葉</span>は<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypophyseal artery'>下垂体動脈</span>から直接・高圧で灌流"] --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='posterior lobe'>後葉</span>機能は比較的保たれる(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='diabetes insipidus, DI'>尿崩症</span>は少ない)"]
    E --> H["プロラクチン・ゴナドトロピン欠乏が最初に出現"]
    H --> I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='puerperium (postpartum period)'>産褥</span>早期:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lactation (milk secretion)'>乳汁分泌</span>不全・無月経"]
    E --> J["ACTH・TSH欠乏は遅れて進行することが多い"]
    J --> K["数か月〜数年後:副腎不全・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypothyroidism'>甲状腺機能低下</span>として顕在化"]

臨床像

⭐ 診断上もっとも重要なのは時間軸である。急性期には早期の不全(無乳)と月経再開の欠如(無月経)という、プロラクチン・ゴナドトロピン欠乏を反映した症候が最初に前面に出る。一方でACTH・TSH欠乏は緩徐に進行することが多く、、寒がり、便秘、低血圧、体重減少といった非特異的な症候として、分娩から数か月〜数年を経てはじめてされることがある1

⚠️ 診断が数年遅れることが、この疾患の臨床的な核心である。 早期の無乳・無月経という手がかりが見過ごされると、患者自身にも医療者にも分娩との関連がされないまま経過し、副腎不全やとして気づかれるまでに長い年月を要することが少なくない。分娩時大量出血の既往がある患者で説明のつかない感・低血圧・低Na血症をみたら、たとえ出産から何年経っていてもを鑑別に挙げる。

診断

臨床的に疑ったらと同様、基礎ホルモン値(コルチゾール・ACTH、遊離T4・TSH、LH/FSH、PRL、IGF-1)を一括測定し、必要に応じて、グルカゴンなど)でACTH・GHを確認する。造影では、急性期は前葉の腫大・域、慢性期には壊死組織が吸収された結果としての(約70%)または部分(約30%)を認める1

リンパ球性下垂体炎との鑑別

と同じく妊娠関連で下垂体機能低下を来す病態にがあるが、機序が根本的に異なる自己免疫性ので、のような分娩時大量出血の病歴を伴わない2。造影MRIでは、を反映した域を示すのに対し、は下垂体腫大との均一な造影増強を示す点で区別できる2も慢性期には線維化・下垂体萎縮を経て様の像に至りうるため、急性期の病歴と造影パターンが鑑別の鍵になる2

治療

治療は生涯にわたるホルモン補充が基本で、欠乏する軸に応じて・性ホルモン・を補充する。

⚠️ 複数軸の欠乏がある場合、必ずを先に補充してから甲状腺ホルモンを開始する3は代謝を亢進させてコルチゾールの必要量・クリアランスを増やすため、副腎が不十分なまま先に投与するとを誘発しうる(この順序が推奨される背景にある一般的な機序)。この補充順序の原則は全般に共通するが、では診断自体が遅れやすいぶん、複数軸の欠乏に同時に気づいて治療を開始する場面に遭遇しやすく、順序を誤らないことの重要性が特に高い。

まとめ

  • は、妊娠中に生理的肥大したが、低圧のへの依存というもともとの脆弱性のうえに分娩時大量出血・ショックを受けて選択的にに陥る病態である。は別系統の高圧灌流を受けるため比較的保たれ、は少ない。
  • 臨床像は時間軸が特徴で、早期の不全・無月経(PRL・ゴナドトロピン欠乏)に始まり、ACTH・TSH欠乏は数か月〜数年後に副腎不全・として顕在化することがあり、診断の遅れがこの疾患の臨床的な核心である。
  • MRIでは急性期に前葉の域、慢性期には(約70%)または部分(約30%)を認める。
  • は分娩時大量出血の既往を欠き、造影MRIで下垂体腫大と均一な増強を示す点でと区別できる。
  • 治療は生涯のホルモン補充が基本で、を避けるため必ずを先に、甲状腺ホルモンをその後に開始する。

出典

  1. 1.Sheehan Syndrome(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2023)妊娠後期に生じる下垂体前葉のラクトトロフ増生が低圧系の血流需要を増大させる一方で下垂体前葉の血流量自体は増えないため、産科的大量出血・ショックにより虚血性壊死に陥りやすいこと、後葉は前葉と異なるより高圧の血流を受けるため通常は障害を免れること、急性期の乳汁分泌不全に対し、慢性期の下垂体機能低下症状(甲状腺機能低下症状など)は分娩後数か月〜数年を経て出現しうること、急性期には腫大した下垂体に出血を伴わない中心性梗塞(acute central infarction without hemorrhage in an enlarged pituitary)を認めること、MRIで空虚トルコ鞍が約70%、部分空虚トルコ鞍が約30%にみられること閲覧 2026-08-11
  2. 2.Hypopituitarism(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2023)複数軸の下垂体ホルモン欠乏がある場合、副腎クリーゼ誘発を防ぐため糖質コルチコイド補充を甲状腺ホルモン補充より先に開始すべきであること閲覧 2026-08-11
  3. 3.Hypophysitis(Endotext (MDText.com)・2025)リンパ球性下垂体炎の鑑別として妊娠に伴う生理的下垂体腫大とシーハン症候群が挙げられ、シーハン症候群例は分娩時大量出血の病歴を欠かない点で区別されること、造影MRIでリンパ球性下垂体炎は下垂体腫大と茎の均一な濃染を示すこと、原発性下垂体炎は慢性期に線維化・下垂体萎縮へ進展し、自己免疫性下垂体炎の動物モデルでは空虚トルコ鞍への移行が示されていること閲覧 2026-08-11