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Symptoms · Published

侵害可塑性疼痛

Nociplastic pain

別名
ノシプラスティック疼痛nociplastic pain
臓器系
神経運動器
科目
AnesthesiologyInternal Medicine
トピック
麻酔科学 B-20:疼痛管理内科学 S-49:変形性関節症・関節症・線維筋痛症
関連疾患
過敏性腸症候群線維筋痛症

🧠 全体像は、組織にもにも痛みを説明できるだけの損傷が見当たらないのに痛みが持続する状態を指す、疼痛の機序分類における第三のカテゴリーである。で扱った「中枢神経系が痛みの信号を過剰に増幅する」という病態は、実は単一疾患の専売特許ではなく、複数の疾患が共有する枠組みである。ここではとの違いを整理したうえで、臨床でどこまで確からしいと言えるかという段階づけと、決めつける前に外すべき疾患を扱う。

定義と用語の整理

IASPは2017年に、のどちらにも当てはまらない痛みを説明するため、を第三の機序区分として採択した。定義は「を活性化するの明確な証拠がなく、かつの疾患・病変の証拠もないにもかかわらず、の変化から生じる痛み」である1病歴・診察・検査を尽くしてもや神経病変が見当たらないことを積極的に確認したうえで置く区分であり、単なる「原因不明の痛み」という消去法の言い換えではない。

項目
何が壊れているか 組織(皮膚・関節・内臓) そのもの どちらにも明確な損傷がない
痛みの分布 損傷部位に一致 神経に一致 限局しない、または損傷部位を明らかに超える
・画像 損傷の程度に対応した異常が出うる 等で異常が出ることがある 基本的に正常
効きやすい治療 NSAIDs、局所鎮痛 運動療法・+中枢性

1人の患者が複数の機序を併せ持ちうる。 の関節痛にが重なる、術後遷延痛に侵害の要素が加わるなど、疼痛で述べたの考え方はにもそのまま当てはまる。

この枠組みを共有する代表的なには、の一部などがある。臓器としては別々でも、痛みのという一段深い層では共通しているという理解が、これらの疾患を横断してを考えるときの土台になる。

病態生理

の本体は、末梢からの入力量とは不釣り合いに中枢神経系が痛みを増幅する状態である。3つの機序に分けて理解する。

  • の機能低下からセロトニン・ノルアドレナリン系を介してへ届く「ブレーキ」が弱まり、通常なら抑えられる入力が痛みとして通過する。
  • :同じ強さの刺激を反復するとの反応が刺激ごとに増大していく現象で、健常者では見られない大きさの増大が起こる。
  • の障害:ある部位への痛み刺激が別の部位の痛みを軽減させるという、健常者に備わる痛みが働きにくくなる。
flowchart TD
    A["末梢からの侵害入力<br>軽微、時に消失"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='descending pain inhibitory system'>下行性疼痛抑制系</span>の機能低下"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dorsal horn'>脊髄後角</span>〜脳での<span class='jp-term jp-term-diagram' title='temporal summation'>時間的加重</span>"]
    C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='conditioned pain modulation (CPM)'>条件刺激性疼痛調節</span>の障害"]
    D --> E["本来無害な刺激も痛みとして知覚"]
    E --> F["広範な疼痛過敏+疲労・睡眠障害・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cognitive symptoms'>認知症状</span>"]

💡 3つの機序はいずれも「痛みの量を決める最終的な調整弁が中枢側に移っている」という一点に集約される。末梢の炎症・損傷をいくら追いかけても説明がつかないのはこのためで、治療の軸も末梢ではなく中枢の調節系に向く。

⚠️ 侵害可塑性疼痛と決めつける前に除外すべき器質的疾患

ではないが、臨床基準を満たす前に痛みの分布と一致する疾患を病歴・診察の範囲で除外する順序は守る。2021年に公表された臨床基準は、①3か月以上の持続、②限局しない分布(体幹を含む複数部位・に及ぶ、または損傷部位を明らかに超える領域)、③のいずれの機序でも痛みの分布を説明できないこと、④誘発される所見、の4項目を満たせば「可能性のある」とし、これに⑤的な過敏の既往と、疲労・睡眠障害・などの心理併存症状が加われば「確からしい」に格上げする段階分類である2

  • ⚠️ 新規の局所症状・炎症所見・体重減少・は、の枠組みに乗せる前に評価し直す。で述べたとおり、既存の診断があっても新たな疾患の合併は除外されない。
  • ⚠️ この臨床基準はもともと運動器領域のを対象として提唱されたもので3以外の疾患へそのまま当てはめると識別力が下がることが臨床研究で示されている。単独のとして使うには向かない2
  • ⚠️ 甲状腺機能異常、炎症性関節炎、悪性腫瘍、感染など、痛み以外の随伴所見から拾える疾患を優先して除外する。典型的な症状パターンがあれば、際限のない検査の反復は不要である。

鑑別の進め方

flowchart TD
    A["3か月以上持続する痛み"] --> B{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='red flag'>危険徴候</span>の有無<br>発熱・体重減少・神経脱落・夜間増悪"}
    B -->|"あり"| C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='organic (structural, as opposed to functional)'>器質的</span>疾患を標的に精査"]
    B -->|"なし"| D{"痛みの分布は<br>損傷・神経<span class='jp-term jp-term-diagram' title='territory of innervation'>支配域</span>に一致するか"}
    D -->|"一致する"| E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='nociceptive'>侵害受容性</span>または<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='neuropathic'>神経障害性</span>を優先して評価"]
    D -->|"一致しない・限局しない"| F["誘発される<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hyperalgesia'>痛覚過敏</span>所見と<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='awareness (subjective)'>自覚</span>的過敏の既往を確認"]
    F --> G{"疲労・睡眠障害・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cognitive symptoms'>認知症状</span>などの<br>心理<span class='jp-term jp-term-diagram' title='social'>社会的</span>併存症状を伴うか"}
    G -->|"伴う"| H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='nociplastic pain'>侵害可塑性疼痛</span>として<br>中枢性アプローチを選択"]
    G -->|"伴わない・不明瞭"| I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mixed pain'>混合性疼痛</span>を含めて再評価"]

対症療法の考え方

は末梢の炎症を標的にした治療の効果が乏しく、NSAIDsとオピオイドはいずれも効果が限定的で、長期使用はかえって症状を悪化させうる4の治療原則と同じく、を土台に置くことが軸になる。

⚠️ オピオイドはに対する有効性のエビデンスが乏しく、を悪化させる懸念があるため第一選択にしない。

まとめ

  • は、組織にもにも明確な損傷がないのにが変化して生じる痛みで、IASPがに次ぐ第三の機序として位置づけた。
  • 2021年の臨床基準は持続期間・分布・除外・誘発所見の4項目で「可能性のある」を、心理併存症状の有無で「確からしい」を段階づける段階分類だが、運動器領域向けに設計されており他疾患への適用には識別力の限界がある。
  • 病態の中心はの機能低下・の障害という中枢側の増幅であり、や画像は基本的に正常にとどまる。
  • の一部など、臓器の異なる複数の疾患がこの機序を共有する。
  • 治療は運動療法・を土台に置き、NSAIDs・オピオイドではなくSNRI・など中枢に働く薬物を補助的に用いる。

出典

  1. 1.IASP Terminology(International Association for the Study of Pain・2017)侵害可塑性疼痛の正式定義(侵害受容器を活性化する組織損傷の明確な証拠がなく、かつ体性感覚神経系の疾患・病変の証拠もないにもかかわらず、侵害受容の変化から生じる痛み)と、患者が侵害受容性疼痛と侵害可塑性疼痛を併せ持ちうるという付記を確認した。閲覧 2026-08-04
  2. 2.Application of the grading system for "nociplastic pain" in chronic primary and chronic secondary pain conditions: a field study(PAIN・2024)2021年に公表された侵害可塑性疼痛の臨床基準の内容(3か月以上の持続、限局しない分布、侵害受容性・神経障害性機序では説明できないこと、誘発される痛覚過敏所見の4項目を満たせば「可能性のある侵害可塑性疼痛」、これに自覚的な過敏の既往と心理社会的併存症状が加われば「確からしい侵害可塑性疼痛」に格上げされる段階分類)と、本基準を線維筋痛症以外の慢性痛疾患に適用すると識別力が下がり単独のスクリーニングには向かないとする本研究自体の知見を確認した。閲覧 2026-08-04
  3. 3.Chronic nociplastic pain affecting the musculoskeletal system: clinical criteria and grading system(PAIN・2021)臨床基準と段階分類を提唱した原著の題名が「運動器系を侵す慢性侵害可塑性疼痛」であり、この基準がもともと運動器領域の慢性痛を対象として組み立てられたことを確認した(PubMedに抄録は掲載されておらず、確認できたのは書誌情報と題名が示す適用範囲までである)。閲覧 2026-08-04
  4. 4.Nociplastic Pain: A Critical Paradigm for Multidisciplinary Recognition and Management(Journal of Clinical Medicine・2024)侵害可塑性疼痛に対してNSAIDs・オピオイドは効果が乏しく症状を悪化させうること、非薬物療法(運動療法・認知行動療法)が第一選択であること、薬物療法としてSNRI(デュロキセチン・ミルナシプラン)・三環系抗うつ薬(アミトリプチリン)・α2δリガンド(ガバペンチン・プレガバリン、効果は一貫しない)が用いられることを確認した。閲覧 2026-08-04