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Disease Atlas · 消化器 · 疾患

過敏性腸症候群

Irritable bowel syndrome

別名
IBS
臓器系
消化器
科目
Internal Medicine
トピック
内科学 G-04:大腸疾患と機能性消化管疾患内科学 S-28:過敏性腸症候群
鑑別疾患
クローン病機能性ディスペプシア憩室症・憩室炎顕微鏡的大腸炎小腸内細菌異常増殖潰瘍性大腸炎
関連疾患
間質性膀胱炎線維筋痛症
治療薬
リナクロチドロペラミドリファキシミンコレセベラムアミトリプチリンジオスメクタイト植物繊維
原因微生物
Campylobacter jejuni
症状
下痢血便体重減少発熱便秘腹部膨満侵害可塑性疼痛
スコア
Rome IV基準
原因となる疾患
細菌性急性胃腸炎

🧠 全体像:IBSは「検査で異常が見つからないから病気ではない」症候群ではなく、・運動異常・の破綻によって症状が生じる障害である。診療の幹は、①を評価したうえでによりではなく積極的(陽性)診断を行う、②(IBS-D)・混合型(IBS-M)・(IBS-U)に分ける、③食事・を土台に、便型別の薬物療法とを標的としたを組み合わせる、の3段階で理解する。

疫学

  • 世界的に成人の約4〜10%が有病するとされ、最も頻度の高いの一つである。
  • 女性にやや多く、発症は若年〜中年成人に多い。
  • 医療機関受診のきっかけとして頻度が高く、消化器外来受診の主要な理由の一つである。

病態

IBSは単一の原因を持つ疾患ではなく、複数の機序が重なり合って腹痛・便通異常を生む症候群として理解する。

機序 要点
腸管の伸展・拡張刺激に対する痛覚閾値が低下し、生理的な範囲の腸管運動でも腹痛として知覚される
異常 大腸の異常(IBS-Cでは遅延、IBS-Dでは促進)や食後のの亢進
の異常 中枢(情動・ストレス処理)ととの双方向シグナルが破綻し、心理的ストレスが症状を増悪させる一方、腸管の炎症・不快感が不安・抑うつを助長する
腸管透過性・軽度炎症 一部の患者での軽度低下、肥満細胞・の腸管粘膜への浸潤が報告されている
の変化 健常者と比較した細菌叢構成の違いが報告され、との関連も議論される

感染後IBS

急性の細菌性胃腸炎(Campylobacter jejuniSalmonella属、Shigella属などが代表的な起因菌)の後に、感染は治癒したにもかかわらず腹痛・便通異常が遷延する(post-infectious IBS)が一部の患者で生じる。腸管の軽度炎症・知覚過敏が感染を契機に遷延すると考えられている。

胆汁酸性下痢

IBS-Dと診断される患者の一部は、実際にはが下痢の主因である。回腸での胆汁酸再吸収が不十分なため大腸へ流入する胆汁酸が増え、からの水分・電解質分泌を促して下痢を来す。難治性のIBS-Dではの関与を疑い、への反応性で間接的に評価することがある。

💡 「IBS=機能性=異常が何もない」と単純化しない。知覚過敏・軽度炎症・細など、生物学的な基盤を持つ病態として理解する方がに直結する。

分類(Rome IV・Bristol便形状スケール)

診断されたIBSは、排便時の主要なに基づいてへ分類する。

形状 解釈
1 硬いの塊 強い便秘傾向
2 塊が連なるソーセージ状 便秘傾向
3 表面にのあるソーセージ状 正常範囲
4 滑らかで軟らかい一本便 正常範囲
5 境界明瞭な軟便塊 やや軟らかい
6 境界不明瞭な泥状便 下痢傾向
7 固形分のない 強い下痢傾向
定義
IBS-C 硬便(Bristol型1〜2)が排便異常のある日の25%以上を占め、軟便・(型6〜7)は25%未満
IBS-D 軟便・(型6〜7)が排便異常のある日の25%以上を占め、硬便(型1〜2)は25%未満
IBS-M 硬便・軟便のいずれも排便異常のある日の25%以上を占める
IBS-U 上記いずれの基準も満たさない

分類はに直結するため必須である。便秘型に下剤を、・抗菌薬を、というように薬物療法はごとに大きく異なる。

診断

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='recurrent abdominal pain'>反復性腹痛</span>+便通異常を<span class='jp-term jp-term-diagram' title='chief complaint'>主訴</span>に受診"] --> B{"血便・体重減少・貧血・夜間症状・50歳以降の新規発症・大腸癌/IBD家族歴などの<span class='jp-term jp-term-diagram' title='alarm feature'>警告徴候</span>"}
    B -->|"あり"| C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='organic disease (as opposed to functional)'>器質疾患</span>を標的とした精査(内視鏡等)"]
    B -->|"なし"| D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Rome IV criteria'>Rome IV基準</span>で積極的(陽性)診断"]
    D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Bristol stool form scale'>Bristol便形状スケール</span>でIBS-C/D/M/Uへ分類"]
    E --> F["IBS-Dならセリアック病血清学+CRP/<span class='jp-term jp-term-diagram' title='fecal calprotectin'>便中カルプロテクチン</span>を選択的に検査"]
    F --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Subtype'>サブタイプ</span>・主症状に応じた治療を開始"]

Rome IV診断基準

直近3か月間、平均して週1日以上のがあり、以下の3項目のうち2項目以上を満たし、症状発症が診断の6か月以上前であること。

  1. 排便に関連する
  2. 便回数の変化を伴う
  3. (外観)の変化を伴う

⚠️ 「腹部不快感」だけではを満たさない。腹を必須項目とし、単なる・不快感のみの訴えは基準を満たさないことに注意する。

警告徴候と限定的な検査

  • 血便、、意図しない体重減少、夜間に増悪する症状、発熱、腹部腫瘤、50歳以降の新規発症、大腸癌・の家族歴はを疑うであり、あれば内視鏡等の精査を優先する。
  • がなければルーチンに画像検査・広範な血液検査・を繰り返さず、による積極的診断で治療を開始する。
  • IBS-D・IBS-Mでは、セリアック病血清学的検査と、CRP・によるの選択的除外を検討する。
  • にはなどの、セリアック病、、乳糖・、薬剤性下痢、甲状腺機能異常などが挙がる。

💡 ACG()ガイドラインは、症状のたびに検査を積み重ねるではなく、による積極的診断を用いることで治療開始までの時間を短縮するよう推奨している。

治療

flowchart TD
    A["IBSの<span class='jp-term jp-term-diagram' title='positive diagnosis'>陽性診断</span>を説明し病態を共有"] --> B["食事・睡眠・運動・ストレスの生活調整"]
    B --> C["水溶性<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dietary fiber'>食物繊維</span>を試す"]
    C --> D["必要なら管理栄養士の指導下で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='low FODMAP diet'>低FODMAP食</span>を短期間試行し、除去→再導入→個別化"]
    D --> E{"主症状・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Subtype'>サブタイプ</span>は?"}
    E -->|"IBS-C"| F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='osmotic laxative'>浸透圧性下剤</span>・分泌促進薬(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='linaclotide'>リナクロチド</span>等)"]
    E -->|"IBS-D"| G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='loperamide'>ロペラミド</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='rifaximin'>リファキシミン</span>、選択例で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bile acid sequestrant'>胆汁酸吸着薬</span>"]
    E -->|"腹痛が主体"| H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Antispasmodics'>鎮痙薬</span>・ペパーミント油・低用量<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tricyclic antidepressant'>三環系抗うつ薬</span>"]
    F --> I["改善不十分なら<span class='jp-term jp-term-diagram' title='gut-directed behavioral therapy'>腸脳行動療法</span>を追加"]
    G --> I
    H --> I
    I --> J["反応を評価し、不要な食事制限・薬剤を<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tapering'>漸減</span>"]

生活・食事療法

  • 良性だが実在する慢性疾患であることを説明し、症状と食事・睡眠・ストレスとの関連を患者と共有することが治療の出発点になる。
  • 水溶性等)を用いる。不溶性の(ふすま等)はかえってを悪化させ得る。
  • (発酵性・ポリオールを制限する食事)は、管理栄養士の指導下で①除去、②段階的再導入、③個別化の3段階を短期間で行う。長期の過剰な食事制限は栄養欠乏・QOL低下のリスクとなるため避ける。
  • 定期的な運動、睡眠の確保もIBS全般症状の改善に寄与する。

⚠️ を「一度始めたら永続する制限食」として指導しない。再導入フェーズでできる食品を見極め、個別化した最小限の制限に落ち着かせるのが目標である。

薬物療法(サブタイプ別)

・症状 主な薬物選択
IBS-C などの(分泌促進薬)が中心。も選択肢
IBS-D は便回数のコントロールに、は全般症状に有効性が示されている。難治例・が疑われる例ではなどのを検討する
腹痛・膨満が主体 ペパーミント油、低用量のなどの
併存する気分・不安症状 SSRI(選択的)を併存症の治療として用いることはあるが、IBS全般症状に対する標準治療としては推奨されない

の薬物療法ガイドラインは、IBS-Cに対する強い推奨とする一方、IBS-C・IBS-Dいずれに対してもSSRIのな使用は推奨しない(条件付き)としている。はいずれのでも低い確実性ながら条件付きで推奨される。

⚠️ (IBS-D治療薬)は、胆嚢摘出後の患者ではのリスクが高く禁忌とされる(FDA安全性情報)。国内での位置づけは施設・添付文書を確認する。

腸脳相関を標的とした治療

  • などが、IBS全般症状・QOLの改善に有効なエビデンスを持つ。薬物療法と並列の選択肢として、特に持続症状例・心理要因が強い例で積極的に検討する。
  • は菌株・製剤ごとに効果が不均一で、特定の菌株を一律に推奨する根拠は限定的である。

まとめ

  • IBSは・運動異常・の破綻を基盤とする障害であり、を評価したうえで(週1日以上の+排便関連/便回数変化/変化のうち2項目以上、発症6か月以上前)により積極的診断を行う。
  • に基づきIBS-C・IBS-D・IBS-M・IBS-Uへ分類し、治療は別に選択する。
  • 一部のIBS-Dはが背景にあり、難治例ではなどを超えた病態評価が有用である。
  • 治療の土台は食事・生活調整と短期の(除去→再導入→個別化)であり、IBS-Cにはなどの分泌促進薬、IBS-Dにはを中心に用いる。SSRIはIBS全般症状の標準治療ではない。
  • 持続症状には低用量に加え、などのを組み合わせる。