生化学

生化学 · 15/2

増殖・分化・生存・血管新生・転移の中心的分子と創薬標的(第II部)

Molecules of central importance and drug targets of proliferation, differentiation, survival, angiogenesis and metastasis (Part II) — L II

応用トピック
分子標的治療の基礎分子標的治療の副作用

🧠 Part Iの(-Ras-MAPK、-AKT-mTOR)が「アクセルを踏みっぱなしにする」機構なら、Part IIは「ブレーキ(アポトーシス)を壊し」「新しい道路(血管新生)を作らせ」「を突破させる」という、増殖以外の3つのがんの必須能力を扱う。 アポトーシス抵抗性・血管新生・浸潤/転移は独立した現象ではなく、しばしば同じ上流因子(HIF-1、Aktなど)で統合的に駆動される。どの能力にも「止める薬」があるが、実用化できた標的とできなかった標的がある。

アポトーシス回避

アポトーシス抵抗性は初期のだけでなく、にも直結する。がん細胞は透過化(MOMP。内因性アポトーシスの)への抵抗性をしばしば獲得する。

BCL-2ファミリー:外膜に穴を開けるかどうかの決定

flowchart TD
  S["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='deoxyribonucleic acid'>DNA</span>損傷・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='growth factor'>増殖因子</span>の欠乏・化学療法などのストレス"]
  S --> B3["BH3のみをもつタンパク(BIM・BID・PUMA・NOXAなど)が増える・活性化する"]
  B3 --> N["抗アポトーシスタンパク(BCL-2・BCL-xL・MCL-1)を中和"]
  B3 --> BX["BAX・BAKが解放されて<span class='jp-term jp-term-diagram' title='oligomerization'>オリゴマー化</span>"]
  N --> BX
  BX --> M["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mitochondrial outer membrane'>ミトコンドリア外膜</span>透過化(MOMP)"]
  M --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cytochrome'>シトクロム</span>cが細胞質へ放出"]
  C --> AP["APAF-1と<span class='jp-term jp-term-diagram' title='apoptosome'>アポトソーム</span>を作り、カスパーゼ-9を活性化"]
  AP --> C3["実行カスパーゼ(カスパーゼ-3・-7)→ アポトーシス"]
群 代表 働き
抗アポトーシス BCL-2、BCL-xL、MCL-1 BAX・BAKとBH3のみタンパクを結合して抑える
実行役 BAX、BAK 外膜に孔を作る
BH3のみ(センサー) BIM、BID、PUMA、NOXA、BAD ストレスを感知し、抗アポトーシスタンパクを中和する

⭐ BCL-2阻害薬=「BH3のまねをする薬」。 ではt(14;18)転座でBCL-2がし、の細胞もBCL-2に生存を頼る。はBCL-2のBH3結合溝に入り、捕まっていたBIMなどを放してアポトーシスを起こす。⚠️ 効きすぎると大量の腫瘍細胞が一度に壊れてを起こすため、少量から段階的に増量する。

ヘキソキナーゼ-VDAC相互作用

IIは解糖の第一段階の酵素だが、のチャネル(VDAC)に結合すると、代謝とアポトーシス制御を同時に担う。

flowchart TD
  GLC["グルコース"] -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hexokinase'>ヘキソキナーゼ</span>II(外膜のVDACに結合)<br>ミトコンドリアで作られたATP → ADP"| G6P["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='glucose-6-phosphate'>グルコース-6-リン酸</span><br>(解糖・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pentose phosphate pathway (PPP)'>ペントースリン酸経路</span>へ)"]
flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='growth factor'>増殖因子</span>シグナル・Akt活性化・代謝再プログラム"]
  A --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hexokinase'>ヘキソキナーゼ</span>IIの<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mitochondrial outer membrane'>ミトコンドリア外膜</span>への会合促進"]
  B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hexokinase'>ヘキソキナーゼ</span>IIがVDACと強固に結合"]
  C --> D["ミトコンドリア産生ATPを解糖の第一段階に直接回す(効率的利用)"]
  C --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='intermembrane space'>膜間腔</span>タンパクの放出が抑えられ、ミトコンドリア性アポトーシスの感受性が低下"]

⭐ 同じII–VDAC結合が「代謝効率」と「アポトーシス抵抗性」を結びつける。 IIは外膜のVDACとの相互作用でミトコンドリアに結合し、タンパクの放出を抑えてアポトーシスを阻害する。こうして解糖とミトコンドリアでのアポトーシス制御が1つの結合で統合される。1 Aktはミトコンドリア結合型の活性を高め、Aktの抗アポトーシス作用にはによるグルコースリン酸化の段階が必要とされる2。ただしAktはこの会合を促す上流経路の1つであり、機構全体をAktだけで説明することはできない。

OXPHOS障害とアポトーシス抵抗性

(OXPHOS)やミトコンドリア機能の異常は、状況によって内因性アポトーシス感受性を変化させうる。ただし、多くの腫瘍は機能的なミトコンドリアとOXPHOSを保持しており、阻害細胞やmtDNA欠損細胞で得られた結果を腫瘍一般へ外挿することはできない。

免疫監視の回避

腫瘍のそのものが、抗の(細胞傷害性、NK細胞)の機能を抑制する。乳酸の生成と排出の反応はで扱う。

⚠️ の乳酸は「」ではなく免疫調節因子でもある。 乳酸蓄積と酸性化はやNK細胞の増殖・サイトカイン産生・を抑えうる一方、(Treg)や(MDSC)を支持し、免疫抑制性の微小環境形成に寄与する。3

血管新生

血管新生の分子的基盤(の選択、、/軸、などの)はで詳述した。ここでは低酸素または機能喪失→HIF-1/HIF-2→という軸が、がんの・代謝改変(参照)と統合されている点が核心。

⭐ –軸はと血管新生を結ぶ重要なである。 機能喪失では-αが恒常的に安定化し、を介する血管新生や代謝遺伝子の発現変化が生じる。腎細胞がんの多くでが不活化しており、--/経路が転移性腎細胞がんの治療標的となってきた。抗療法が標準治療となったのち、との併用も用いられるようになった。4 効果や耐性は腫瘍型と微小環境に依存する。

血管新生を止める薬:どの段階を狙うか

狙う段階 薬 機序
HIF-2α(転写) HIF-2αとHIF-1βの二量体形成を妨げ、などの転写を減らす
リガンド() に結合する抗体
受容体(VEGFR2) VEGFR2の細胞外部分に結合する抗体
受容体のキナーゼ など ・など複数のチロシンキナーゼを阻害する低分子

💡 病ではHIF-2αそのものを止められるようになった。 に伴う腎細胞がんを対象とした第2相試験で、HIF-2α阻害薬のは49%だった。最も多い有害事象は貧血(90%)だった。5 貧血が多いのは、腎での産生を担う転写因子もHIF-2だからである。

⚠️ は正常な血管の維持も妨げる。 高血圧・・出血・創傷治癒遅延・消化管穿孔などが代表的な副作用で、手術の前後では投与時期の調整が要る。

浸潤と転移

腫瘍細胞がバリアを突破して浸潤・転移するには、による基質分解が中心的役割を果たす(の/システム参照)。

  • MT1-MMPは浸潤する腫瘍細胞のに局在し、I〜などの基質を直接分解する。
  • MT1-は細胞表面でTIMP-2と協働してproMMP-2を活性化し、を含む基底膜成分の分解にも寄与する。6
  • こうした細胞表面に局在した分解系により、腫瘍細胞は内に浸潤経路を形成する。

⚠️ は「重要なのに薬にできなかった」標的の代表例。 1990年代〜2000年代初めに試された広域の合成阻害薬は、有望なデータにもかかわらず、での減少もの改善も示せず、予期しない重い副作用も生じた。抗腫瘍的に働くまでまとめて阻害したこと、が働く早期ではなく進行例で試験したことが理由とされる。7 MT1-を狙う介入も、のためまだ実用化されていない。6

💡 転移は「増殖」「生存」「血管新生」「浸潤」の4能力が時間的・空間的に連携して初めて完結する。 で(前稿)と(本稿)を獲得した腫瘍細胞が、血管新生(新しい)と介在浸潤(バリアの突破)を経て初めて、転移という最終段階に到達する——がんの各「」は独立ではなく、共通の(Akt、HIF-1など)でリンクした連鎖である。

まとめ

  • 透過化はBCL-2ファミリーの力関係で決まり、BH3のみタンパクがBCL-2などを中和するとBAX・BAKが孔を開ける。BCL-2阻害薬はBH3のまねをしてアポトーシスを起こし、に注意して段階的に増量する。
  • II–VDAC結合は代謝効率化とミトコンドリア性アポトーシス抵抗性を結びつけ、Aktはその上流経路の1つである。
  • OXPHOS障害は特定の実験系でアポトーシス抵抗性に寄与するが、腫瘍一般の必須機序ではない。
  • の乳酸は・NK細胞を抑制し、Treg・MDSCを支持しうる。
  • –HIF-1/HIF-2軸は血管新生と代謝改変()を結びつける重要なである。HIF-2α()、()、VEGFR2()、受容体キナーゼ(など)の各段階に薬がある。
  • (特にMT1-)が浸潤でを分解し転移を可能にするが、阻害薬はで失敗した。増殖・生存・血管新生・浸潤の各能力は共通ので連鎖している。

出典

  1. 1.Hexokinase II: the integration of energy metabolism and control of apoptosis(Current Medicinal Chemistry・2003)Consensus の抄録で確認。ヘキソキナーゼIIが外膜のVDACとの相互作用でミトコンドリアに結合し、膜間腔タンパクの放出を抑えてアポトーシスを阻害すること、解糖とミトコンドリアでのアポトーシス制御を統合する位置にあること閲覧 2026-09-27
  2. 2.Inhibition of early apoptotic events by Akt/PKB is dependent on the first committed step of glycolysis and mitochondrial hexokinase(Genes & Development・2001)Consensus の抄録で確認。Aktがミトコンドリア結合型ヘキソキナーゼの活性を高め、Aktの抗アポトーシス作用にはヘキソキナーゼによるグルコースリン酸化段階だけが必要で、ヘキソキナーゼの過剰発現がAktと同様にシトクロムc放出とアポトーシスを抑えること閲覧 2026-09-27
  3. 3.Impact of lactate on immune cell function in the tumor microenvironment: mechanisms and therapeutic perspectives(Frontiers in Immunology・2025)Consensus の抄録で確認。腫瘍微小環境の乳酸がCD8陽性T細胞・NK細胞を抑え、制御性T細胞・骨髄由来抑制細胞を支持して免疫抑制性の微小環境を作ること閲覧 2026-09-27
  4. 4.Loss of Von Hippel-Lindau (VHL) Tumor Suppressor Gene Function: VHL-HIF Pathway and Advances in Treatments for Metastatic Renal Cell Carcinoma (RCC)(International Journal of Molecular Sciences・2021)Consensus の抄録で確認。淡明細胞型腎細胞癌の多くでVHLが不活化しており、VHL-HIF-VEGF/VEGFR経路が転移性腎細胞癌の治療標的で、抗VEGFR薬が標準治療となったのち免疫チェックポイント阻害薬との併用戦略も用いられるようになったこと閲覧 2026-09-27
  5. 5.Belzutifan for Renal Cell Carcinoma in von Hippel-Lindau Disease(The New England Journal of Medicine・2021)Consensus の抄録で確認。VHL病では腎細胞癌が多く、その原因がVHL不活化によるHIF-2αの恒常的活性化であること、HIF-2α阻害薬ベルズチファン120 mg1日1回の第2相単群試験で腎細胞癌の客観的奏効率が49%(95%CI 36〜62)、最も多い有害事象が貧血(90%)と疲労(66%)であったこと閲覧 2026-09-27
  6. 6.MT1-MMP as a Key Regulator of Metastasis(Cells・2023)Consensus の抄録で確認。膜結合型のMT1-MMPがI〜III型コラーゲンを直接分解し、TIMP-2と協働してMMP-2を活性化することでIV型コラーゲンを間接的に分解すること、オフターゲット作用による副作用のためMT1-MMPを標的とする介入はまだ実現していないこと閲覧 2026-09-27
  7. 7.Matrix Metalloproteinase Inhibitors in Cancer Therapy: Turning Past Failures into Future Successes(Molecular Cancer Therapeutics・2018)Consensus の抄録で確認。1990年代〜2000年代初めの合成MMP阻害薬の臨床試験は、有望な前臨床データにもかかわらずいずれも腫瘍量の減少や全生存の改善を示せず、予期しない重い副作用もあったこと、理由として抗腫瘍的に働くMMPまで広く阻害したことと、進行例で試験したことを挙げていること閲覧 2026-09-27