眼科学

眼科学 · P-03

網膜の解剖と血液循環

Anatomy and circulation of the retina

前提:正常
頭部:眼窩と眼感覚器:眼視覚の生理学

🧠 全体像:網膜はのいちばん内側の層で、光をに変えると、その外側を裏打ちするの2枚からできている。血液の供給も2系統に分かれ、内側の網膜は、外側のはの毛細血管板から養われる。はのないなので、詰まればは数時間で不可逆に壊れる。「2枚の層」「2系統の血流」「2つの関門」の3組を押さえれば、・動脈閉塞・がなぜ起こるかがつながる。

眼球の中での網膜の位置

は外から()、()、網膜()の3層で、網膜は最も内側にあってに接する。眼球の前後の構造を前から順に並べると次のようになる。

部位 構造
角膜、、、、、、
、網膜、、
眼球 。ここからと網膜が出入りする
眼球外 ・などのがに付着する

網膜は光を感じる部分と光を感じない部分に分かれる。境界はで、それより後方のの部分(視部)がを含む本来の網膜である。より前方では網膜はを失い、との裏面を覆う2層の上皮(盲部)として続く。

💡 で見ているのは視部の網膜である。付近の周辺部は通常のでは見えにくく、が見落とされやすい場所でもある(詳細は)。

肉眼解剖(眼球・付属器・眼窩)の詳しい整理は眼の解剖にまとめてある。

網膜の2つの層:神経網膜と色素上皮

網膜は組織学的に、側の厚いと、側の単層のに分かれる。両者は発生学的にの内板と外板に由来し、成体でも強く癒着していない。

⚠️ この2層の間は潜在的な隙間であり、ここに液体が入り込んでがから浮き上がるのがである。剥がれたはからの酸素と栄養を失うため、剥離が黄斑に及ぶ前に治療することが視力予後を左右する。

網膜の層構造

光は側から入り、の全層を通り抜けてから、いちばん奥のに届く。つまり光の進む向きと信号の進む向きは逆である。光の入る側(側)から順に並べると次のとおり。

層 主な内容 血液の供給
のがつくる基底膜。と接する
の軸索。乳頭へ向かって集まる
の細胞体
・とのシナプス
・・・の核
と・のシナプス 境界域(おおむね内側半分が、外側が)
杆体と錐体の細胞体(核)
とをつなぐの列
層 杆体と錐体の・
単層の細胞

⭐ 古典的な「網膜10層」は、からまでのこの10層を数えたものである。層の名前は「=細胞体(核)が並ぶ層」「=シナプスが並ぶ層」と覚えると迷わない。核を含む層は・・の3つである。

神経網膜を構成する細胞

細胞 位置 役割
杆体 層・ 暗所で働く。感度が高く色を区別しない。に多い
錐体 層・ とを担う。長波長・中波長・短波長に感受性をもつ3種類がある。に集中する
からへ信号を縦に中継する
の外側寄り でどうしを横につなぎ、周囲の明暗との対比()をつくる
の内側寄り でとの間を横につなぐ
網膜の出力ニューロン。軸索がを通って視神経になる
からまで全層を貫く 網膜の主要な。支持、イオンと水の調節、代謝支援

信号の流れ

網膜の縦の伝達は → → の3つのニューロンの連鎖で、これにとが横方向の修飾を加える。

flowchart TD
    A["光が<span class='jp-term jp-term-diagram' title='vitreous body'>硝子体</span>側から入る"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='nerve fiber layer'>神経線維層</span>から<span class='jp-term jp-term-diagram' title='inner nuclear layer'>内顆粒層</span>までを通過する"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='photoreceptor'>視細胞</span>(杆体・錐体)の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='outer (external) segment'>外節</span>で光を吸収"]
    C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='outer plexiform layer'>外網状層</span>のシナプス<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='horizontal cell'>水平細胞</span>が横方向に修飾"]
    D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bipolar cell'>双極細胞</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='inner nuclear layer'>内顆粒層</span>)"]
    E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='inner plexiform layer'>内網状層</span>のシナプス<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='amacrine cell'>アマクリン細胞</span>が横方向に修飾"]
    F --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ganglion cell'>神経節細胞</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ganglion cell layer'>神経節細胞層</span>)"]
    G --> H["軸索が<span class='jp-term jp-term-diagram' title='nerve fiber layer'>神経線維層</span>を走り<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='optic disc'>視神経乳頭</span>に集まる"]
    H --> I["視神経として眼球を出る"]

💡 がいちばん奥にある逆向きの配置は不合理に見えるが、のがと接していることに意味がある。は毎日先端から削られてに貪食され、の再生にもが欠かせない。はとに密着していなければ働けない。

光の受容と変換の生理は視覚の生理学、杆体と錐体の性質の違いは網膜ので扱う。

網膜色素上皮の働き

は、との間にはさまれた単層の上皮で、と一体となって視機能を支える1。

働き 内容 障害されると
代謝物質の能動輸送 側から栄養をへ運び、からイオンと水を側へくみ出す 網膜下に液体がたまりやすくなる
の代謝 血中からを取り込み、光でしたのを再生してへ戻す(視覚サイクル) の障害、
外側 隣り合う細胞を密着帯(閉鎖帯)がつなぎ、側のが網膜へ漏れるのを防ぐ 網膜下への滲出
光の吸収 メラニンがを吸収し、眼内での光の散乱を抑える まぶしさ、像の質の低下
の貪食 の先端を毎日貪食・分解する の蓄積
分泌 やを方向性をもって分泌する やの維持が崩れる

上の4つ(能動輸送・代謝・外側関門・光吸収)を基本の4機能として押さえ、貪食と分泌をそれに加える。

💡 とは機能的に一つの単位であり、どちらが先に傷んでも他方が続いて変性する。やは、この単位の破綻として理解できる。

眼底で見える重要な部位

正常眼底では、橙赤色の背景の上に、から上下へ弓状に広がるが見え、乳頭の耳側にやや暗い黄斑がある。

部位 眼底での見え方 機能上の意味
黄白色の円板。中心から網膜中心動静脈が出入りする の軸索が眼球を出る場所。がないので視野のになる
黄斑 乳頭の耳側にあるやや暗い領域。中心に小さな反射点がある 最も鋭い視力(高い)を担う

黄斑の同心円構造

黄斑は乳頭の耳側にある直径約5 mmの領域で、中心に向かってに区分される。

区分 直径 特徴
黄斑 約5000 µm キサントフィル色素を含み、剖検眼では黄色く見える(黄斑=黄色い斑)
約1500 µm 網膜が状にくぼむ。錐体が密集する
中心小窩 約500 µm くぼみの底。錐体だけがあり、杆体とがない
の中心点 中心小窩のさらに中心 で見える小さな光の反射点(反射)の位置

の寸法も同じ整理に入る。乳頭の縁から中心までがおよそ750 µm、つまり乳頭の直径は約1500 µmで、の直径とほぼ同じである。眼底の病変の大きさや位置を「」を単位にして表すのはこのためで、1はおよそ1.5 mmにあたる(実際の乳頭はやや縦長の楕円で、縦径は2 mm近い)。

💡 これらの数値は覚えやすいよう丸めたものである。教科書や定義によって値には幅があり、たとえば中心小窩をもっと小さく200〜350 µm程度とするものもある。数値そのものより「黄斑 > ≒ 乳頭 > 中心小窩」というと、中心ほど錐体が密になり血管がなくなることを押さえる。

⭐ には錐体が集中し、その中心の中心小窩には錐体しかない。 では内側の層(・などの核を含む層)が周囲へ押しのけられて壁のように盛り上がり、底にはだけが残る。光は他の細胞層に妨げられずに錐体に届くので、ここが最高のをもつ。

💡 黄斑のキサントフィル(と)は短波長の青い光を吸収し、光による傷害から黄斑を守ると考えられている。

flowchart TD
    A["黄斑 約5000 µm<br>キサントフィルで黄色い"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='fovea'>中心窩</span> 約1500 µm<br>錐体が密集し網膜がくぼむ"]
    B --> C["中心小窩 約500 µm<br>錐体だけ・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='retinal vessel'>網膜血管</span>なし"]
    C --> D["中心点<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='fovea'>中心窩</span>反射の位置"]
    B --> E["核を含む層が周囲へ押しのけられ<br>光が直接錐体に届く"]
    E --> F["最高の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='resolution'>解像度</span>=最良の視力"]

網膜の血液循環

2系統の血流

網膜は二重のを受ける。どの層がどちらから養われるかは、先の層構造の表の右列に対応する。

系統 経路 供給する範囲 血管の性質
系 → → :からまで(の内側寄りまで) 内皮細胞がでつながる。能がある
系 → 毛様動脈 → → :層・と 毛細血管板の内皮は有窓で漏れやすい。血流量は多いが調節能は限られる

との受け持ちの境目をあたりに置いて簡略に描くこともあるが、のが届くのはの深さまでで、から外側(とその核)には血管がなく、からの拡散で養われる。境目のは両方から一部ずつ受ける。

網膜の血管は自らの血流を調節できるのに対し、はを欠き、の被覆も乏しいため、血流を調節する力がはるかに限られる2。

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='internal carotid artery, ICA'>内頸動脈</span>"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ophthalmic artery'>眼動脈</span>"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='central retinal artery'>網膜中心動脈</span><br>視神経の中を走る"]
    B --> D["後毛様動脈"]
    C --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='optic disc'>視神経乳頭</span>から網膜表面へ<br>上下の枝に分かれる"]
    E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='inner retina'>内層網膜</span><br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='nerve fiber layer'>神経線維層</span>〜<span class='jp-term jp-term-diagram' title='inner nuclear layer'>内顆粒層</span>"]
    D --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='choroid'>脈絡膜</span>"]
    G --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='choriocapillaris'>脈絡膜毛細血管板</span>"]
    H --> I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='outer retina'>外層網膜</span><br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='photoreceptor'>視細胞</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='external granular layer'>外顆粒層</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pigment epithelium'>色素上皮</span>"]
    F --> J["網膜<span class='jp-term jp-term-diagram' title='central vein'>中心静脈</span> → 乳頭から眼球を出る"]

網膜中心動脈の走行と性質

  • の最初の枝であるから分かれる。
  • と網膜は、視神経の中を通ってから眼球に入る。
  • 乳頭から網膜表面を上下・耳側・鼻側へ分かれて広がり、との深さにをつくる。中心小窩には毛細血管がない。
  • ⚠️ はで、をもたない。 一本の枝が詰まれば、その領域のを代わりに養う血管はない。

💡 一部の人には、系(毛様動脈系)から出て乳頭の縁から黄斑へ向かうがあり、5〜30%に存在する3。が詰まってもこの血管が黄斑を養っていれば、が残ることがある。

血液網膜関門

網膜は脳と同じく、血液の成分が自由に入り込まないよう2つの関門で守られている。

関門 つくる構造 守る向き
内側 の内皮細胞どうしの の中からへ
外側 どうしの密着帯(閉鎖帯) (有窓)からへ

💡 は有窓で、造影剤ももへ漏れる。それでも網膜が守られているのは、の外側関門がせき止めているからである。で網膜に色素の漏れが見えるのは、どちらかの関門が壊れたことを意味する(造影の読み方はの解剖と画像検査)。

解剖から読み解く臨床

病態 解剖学的な背景 典型的な所見・経過
が詰まりが虚血に陥る 突然の無痛性の高度な。が白くする
桜実紅斑 中心小窩にはがなく、の赤みが透けて見える 白くしたの中でだけが赤く残る。の急性期に高頻度に認める3
による黄斑の温存 黄斑が系の枝で養われる 動脈閉塞でも乳頭と黄斑の間の帯状の領域が温存され、が残る
との間が離れる がからの供給を失い、黄斑に及ぶとが落ちる
内側の破綻(糖尿病、など) 網膜が厚くなり、造影で漏れを認める
乳頭部の静脈が詰まり、網膜の血液が出ていけない 4に広がる出血と静脈の拡張()

⚠️ は眼の脳卒中として扱う緊急疾患である。では閉塞がおよそ97分以内に解除されればは可逆でありうるが、240分前後が広範な不可逆的虚血の境界とされる3。網膜は脳の一部であり、で養われるには時間の猶予がほとんどない。診断と初期対応は障害で扱う。

まとめ

  • 網膜はの最で、を境に光を感じる視部と光を感じない盲部に分かれる。
  • 網膜はとの2層からなり、この間が離れるのがである。
  • の縦の伝達は → → で、とが横に修飾し、が全層を支える。光は側から全層を通り抜けてに届く。
  • の基本4機能は、代謝物質の能動輸送、の代謝、外側(密着帯)、メラニンによる光の吸収である。
  • は軸索の出口でがなくになる。黄斑(約5000 µm)→ (約1500 µm)→ 中心小窩(約500 µm)と中心に向かい、には錐体が集中し、中心小窩には錐体だけがある。乳頭の直径(約1500 µm)はとほぼ同じで、1が眼底の距離の単位になる。
  • は → → 、(・)はから養われる。
  • と静脈はから出入りし、はのないである。があれば黄斑が温存されうる。
  • 内側の関門は内皮の、外側の関門はの密着帯がつくる。

出典

  1. 1.The cell biology of the retinal pigment epithelium(Progress in Retinal and Eye Research・2020)PMC全文(PMC8941496)の序論で、網膜色素上皮の機能として視細胞外節先端の毎日の貪食、ビタミンAの再利用と視細胞への輸送(視覚サイクルの開始)、血液網膜関門の維持、メラノソームによる迷光の吸収、栄養とイオン(したがって水)の上皮を横切る輸送、成長因子と細胞外基質の方向性のある分泌が挙げられていることを確認した閲覧 2026-09-29
  2. 2.Cellular and physiological mechanisms underlying blood flow regulation in the retina and choroid in health and disease(Progress in Retinal and Eye Research・2012)抄録(Europe PMC、PMID 22580107)で、網膜血管は自らの血流を調節できるのに対し、脈絡膜循環はグリア細胞を欠き、周皮細胞による被覆が著しく少なく、脈絡膜の周皮細胞に中間径フィラメントがないため血流調節能がはるかに限られることを確認した閲覧 2026-09-29
  3. 3.Central retinal artery occlusion: a stroke of the eye(Eye (London)・2024)全文を閲覧した総説。急性期眼底で桜実紅斑を90%に認めること、毛様網膜動脈が5〜30%に存在すること、動物モデルでは97分以内に閉塞が解除されれば網膜虚血が完全に可逆でありうる一方240分が広範な不可逆的虚血の境界とされることを確認した閲覧 2026-09-02