外科学

外科学 · A/12

腹部外科における腹腔鏡手術の役割

Role of laparoscopy in abdominal surgery

前提:正常
心臓のポンプ機能・心拍出量とその調節腹部:腹膜

ポッドキャスト

🧠 小さい穴から見る・触る手術。 で腹腔に入り、CO₂で膨らませて視野とを作る()。低侵襲ゆえ疼痛少・回復早・傷跡小という利点がある一方、「奥行きが分からない」「触覚がない」「自体が循環・呼吸に負荷をかける」という代償を払う。循環・が乏しい患者では、術前評価と厳重な管理のもとで適応を個別に判断する。1

1. 概要

  • は、腹壁に開けた小切開から専用器具を挿入して腹腔内で行う。
  • 腹腔へのアクセスはまずまたはVeress針を用いて行い、多くはから挿入する。
  • 腹腔をCO₂でした後、を最初のから挿入して腹腔内を可視化し、に他のポートを追加作成する。

💡 開腹手術より合併症が少ないのは、切開創が小さく回復が早いため。

2. 手技の流れ

  1. 麻酔: 全身麻酔、または(の併用の有無を問わず)
  2. 腹腔へのアクセス: /Veress針を腹壁()から腹腔内へ挿入
  3. の作成:
    • 腹腔をCO₂で膨らませる
    • 腹腔内容の可視化との確保が可能になる
    • へのガス注入によりが上昇する
  4. 追加ポートの作成、器具・の操作
  5. の排出
  6. の

3. 利点と欠点

利点

欠点

  • がモニター上の二次元画像に変換される
  • 奥行き感覚や触診の感覚がない → 手技の難易度が上がる
  • 術中出血のコントロールが難しい
  • ・などの標準的な創部位からは既往手術の情報が得られない → 既往歴の正確な聴取がより重要になる
  • 「」 → 器具の先端はの手の動きと逆方向に動く

⚠️ は腹壁を支点として器具が動くために生じる、に特有の操作感覚のクセ。トレーニングを要する代表的なポイント。

4. 関連リスク

  • 損傷:
    • 腹壁血腫
    • 臍創感染
    • 血管穿刺
  • ガス曝露に伴う低体温・腹膜損傷のリスク上昇
  • 既存の呼吸器疾患を持つ患者は、によるに耐えられないことがある
  • CO₂の排出不十分 → 横隔膜・へのガスの圧迫 → 疼痛
  • や既往腹部手術による高度癒着は、のリスクを高める
  • 圧の上昇は心拍出量を低下させうる。結腸切除を受けた55〜85歳の50例を10・12・14 mmHgに無作為に割り付けた試験では、開始5分後の心拍出量が14 mmHg群だけ10・12 mmHg群より有意に低かった2。国際的な指針は「決まった圧」ではなくを十分に展開できる最も低いを用いることを求めており、低圧は術後のと使用を有意に減らす(44件のの。入院期間・開腹移行率・には有意差なし)3

5. 禁忌と慎重を要する状況

⚠️ 本節の出典としている総説は冒頭で「に禁忌は無い」と述べており、以下は「やってはいけない条件」ではなく術前評価と術中管理を厚くすべき条件として読む。同総説は肥満・妊娠・開腹手術の既往をいずれも禁忌ではないとし、既往開腹手術で唯一の禁忌に挙げているのはfrozen abdomen(高度の癒着で腹腔がになっていることが記録されている状態)である。心肺機能が低下した患者についても「禁忌ではない。高リスクであることのと厳重なモニタリングが必須」としている。1

  • (低い): 重症度、術式、圧、代替術式を踏まえて個別に判断する。1

    によるは、静脈還流を減少させる一方でと血圧()を上昇させる。この負荷は循環血液量の状態によって現れ方が異なる。

    • の患者では、もともと前負荷が乏しいため、静脈還流のさらなる低下(venous resistance の上昇が優位)が前面に出てをきたしやすい。
    • の患者では、が優位に現れ、静脈還流の低下は目立ちにくい。

    ⚠️ は「血圧を上げつつ静脈還流を減らす」という一見矛盾したを同時に起こす。の乏しい患者・患者では特に危険。

  • 妊娠: 三半期を問わず禁忌ではない。SAGES 2024 は妊娠中のに対して非治療よりを提案し(conditional recommendation, very low certainty evidence)、でも同様に提案している(conditional recommendation, low certainty of evidence)。に対するの提案も全三半期に適用されると明記されている(conditional recommendation, very low certainty of evidence)。ただしの(ではないもの)に限っては、非治療とのいずれも考慮してよいとしている(conditional recommendation, expert opinion due to low quality of evidence)——「だから手術しない」ではなく「の疝痛だけは待つ選択肢も残る」と読む。同指針が引用する米国産科婦人科学会の勧告は「妊婦に対して医学的に必要な手術を拒否したり遅らせたりしてはならない。三半期を問わない」である。4

    • 術式の選択は三半期ではなく子宮底の高さで分ける。子宮底が臍より下なら開腹よりを、臍より上なら腹腔鏡・開腹のいずれでもよくの裁量とする。
    • の作成はopen 法(Hasson 法)が提案されている(expert opinion)。を避けたポート位置を選び、を避けるためを調節して呼気終末CO₂を25〜33 mmHgに保ち、分析も併せて行う。41
  • 、肝硬変(の発達により出血リスクが上がる)

  • 重度の

  • 外科的に困難な状況(広範な既往手術による高度癒着=frozen abdomen、歴、著明な腸管拡張)

6. 代表的な腹腔鏡手術

  • :
    • 胆嚢の摘出(適応となるの詳細は(B/11)を参照)

    • 合併症 → 胆道損傷、損傷

    • 外科解剖の要 → critical view of safety(CVS)を得る。胆道損傷の頻度はで0.3〜0.8%と、開腹の0.2%より高い。CVSは次の3要素すべてが満たされたときに達成とみなす5

      1. Calot三角(・・肝下縁で囲まれる領域)が周囲のと脂肪から完全に剥離されている
      2. 胆嚢の下1/3が肝床から剥離され、剥離面を通して肝表面とRouvière溝が視認できる
      3. 胆嚢に入る構造が2本だけであることが確実に確認できる
  • :
    • 感染した虫垂の摘出(詳細は虫垂炎を参照)
  • :
  • :
    • 慢性腹痛の精査
    • の精査
    • 悪性腫瘍でのリンパ節生検

7. 腹腔鏡の器材

基本器材

  • (ポート):径5/10/12/15mm(小児は3mm)
  • モニター
  • ・スコープ(30°)
  • 吸引洗浄システム
  • 装置(CO₂)。実際の圧は10〜14 mmHgの範囲で運用されることが多い。で従来「標準圧」とされてきたのは約15 mmHg3で、これに対し10〜12 mmHgの低圧に十分な輸液を併せると前負荷・への影響を防ぎうるとされる1。⚠️ ただし全例に当てはまる上限値が定まっているわけではない——肥満例では腹壁を十分に挙上するために圧が15〜20 mmHgまで上がることがあり、その場合は完全な筋弛緩と呼気終末CO₂の厳重な監視を要する1
  • 光源
  • 剥離、、、電極、クリップなど
  • Veress針

高度手技用器材

  • エネルギーデバイス(Ligasure®、Ultracision®、Thunderbeat® など)
  • 血管用・腸管用、持針器、臓器牽引器、、腸管、検体回収バッグ(薬事上の一般的名称は組織収納サック。摘出した組織を腹腔内で袋に収めてから体外へ出し、播種と創部汚染を防ぐ)、内視鏡用自動縫合器()など

8. 代表的な切開部位

腹腔鏡以外も含めた腹部・胸部の代表的な切開部位(既往の聴取・鑑別に有用)。

番号 切開名
1 Kocher
2
3 術(thoracotomy:後側方・前側方・腋窩)
4
5 術(median laparotomy:上部・中部・下部・全長)
6
7
8
9 (Pfannenstiel切開)
10 McBurney切開
11

まとめ

  • は挿入 → CO₂ → の操作、という共通の手技フローを持つ。
  • 利点は疼痛軽減・入院短縮・・だが、二次元視野・触覚喪失・という技術的を伴う。
  • はを介して静脈還流↓・/血圧↑というを起こし、患者やの乏しい患者で危険となる。
  • などは一律のではなく、の生理学的負荷、患者の、代替術式を踏まえて適応を個別に判断する。引用した総説はに禁忌は無いとしている。1
  • 妊娠も三半期を問わず禁忌ではない。腹腔鏡と開腹の選び分けは三半期ではなく子宮底の高さで行う。4
  • 代表的な適応は(Calot三角の剥離・胆嚢下1/3の剥離・胆嚢に入る構造が2本のみ、というcritical view of safetyの3要素が要)、、(下腹部痛・上腹部痛)、(慢性腹痛精査、不妊精査、リンパ節生検)。
  • 既往手術の痕跡が創部から分かりにくいため、の重要性が開腹手術よりむしろ高い。

出典

  1. 1.Secrets of safe laparoscopic surgery: Anaesthetic and surgical considerations(Journal of Minimal Access Surgery・2010)全文を確認した。腹腔鏡手術に絶対的禁忌は無いとし、肥満・妊娠・開腹手術の既往はいずれも絶対的禁忌ではなく、既往開腹手術で唯一の禁忌は記録された frozen abdomen だと述べる。心肺機能が低下した患者も禁忌ではなく、高リスク同意と厳重なモニタリングを必須とする。安全な手技の要点として、十分な輸液を伴う10〜12 mmHgの低圧気腹、妊婦・既往手術例での open/Hasson 法または視認下トロッカーによる初回ポート作成、妊婦では呼気終末CO₂を25〜33 mmHgに保つことと動脈血ガス分析を挙げる。一方で肥満例では腹壁挙上のため気腹圧が15〜20 mmHgまで上がりうるとも述べており、全例一律の上限値は示していない閲覧 2026-09-21
  2. 2.Impact of pneumoperitoneum pressure on cardiac output in laparoscopic surgery(BMC Anesthesiology・2025)抄録で確認した。腹腔鏡下結腸直腸癌切除を受けた55〜85歳の50例を気腹圧10・12・14 mmHgの3群へ無作為に割り付け、経食道心エコーで心拍出量を測定した試験である。全群で麻酔導入後および気腹確立後に心拍出量が低下し、気腹開始5分後には14 mmHg群が10・12 mmHg群より有意に低かった。推奨する上限圧そのものは述べていない閲覧 2026-09-21
  3. 3.Low-pressure versus standard-pressure pneumoperitoneum in laparoscopic cholecystectomy: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials(Surgical Endoscopy・2022)全文を確認した。待機的腹腔鏡下胆嚢摘出術での気腹圧を比較した無作為化比較試験44件のメタ解析で、入院期間・開腹移行率・合併症率に有意差はなく、術後疼痛と鎮痛薬使用量に有意差が出た(低圧群で肩痛と1日目・3日目の鎮痛薬使用が少ない)。本文は同術式の「標準圧」を従来約15 mmHgとし、また「定型の圧ではなく術野を十分に展開できる最も低い腹腔内圧を用いる」という文言を国際的な指針からの引用として掲げている(この文言は本メタ解析自身の推奨ではない)閲覧 2026-09-21
  4. 4.SAGES guidelines for the use of laparoscopy during pregnancy(Surgical Endoscopy・2024)全文を閲覧。妊娠中の胆道疾患には非手術的治療より腹腔鏡下胆嚢摘出術を提案(conditional recommendation, very low certainty evidence)、急性胆嚢炎では同じく腹腔鏡下胆嚢摘出術を提案(conditional recommendation, low certainty of evidence)、第3三半期の胆石疝痛に限っては非手術的治療と腹腔鏡下胆嚢摘出術のいずれも考慮してよいとすること(conditional recommendation, expert opinion due to low quality of evidence)、急性虫垂炎には非手術的治療より虫垂切除を提案し「この conditional recommendation は全三半期に適用される」と明記(conditional recommendation, very low certainty of evidence)、術式は子宮底が臍より下なら腹腔鏡下虫垂切除を提案(expert opinion due to low quality of evidence)・臍より上なら腹腔鏡でも開腹でもよく術者の裁量とすること、気腹の作成は open 法が提案されること(expert opinion)を確認した。米国産科婦人科学会の勧告として「妊婦に対して医学的に必要な手術を拒否したり遅らせたりしてはならない。三半期を問わない」を引用していることも確認した閲覧 2026-09-05
  5. 5.The critical view of safety during laparoscopic cholecystectomy: Strasberg Yes or No? An Italian Multicentre study(Surgical Endoscopy・2021)腹腔鏡下胆嚢摘出術でcritical view of safetyを得ることと胆道損傷低減閲覧 2026-08-09