生理学

生理学 · 2.4

心臓のポンプ機能。心拍出量とその調節。

Pump function of the heart. Cardiac output and its control.

応用トピック
拡張型心筋症急性心不全・心原性ショック―病因、症状、診断慢性心不全―病因、症状、診断心臓カテーテル検査・血行動態評価・心周期ICDとCRT:適応と種類機械的循環補助による末期心不全の治療体外循環と人工心肺装置の理論・実際ショックの病態・分類・診断・治療心原性ショック心拍再開後管理血管収縮薬と強心薬急性右心不全・左心不全の病態・診断・治療心不全妊娠に伴う生理的変化(心血管・呼吸器系)妊娠と心血管疾患小児一次・二次救命処置腹部外科における腹腔鏡手術の役割
検査値
左室駆出率

🧠 心拍出量の調節は「」と「」の2軸で整理する。 =機構=「筋線維の(前負荷, preload)を変えて力を変える」、=神経・=「線維長を変えずに収縮力そのものを変える」。この2つが独立に、しかし協調してCOを決めている。

心拍出量

左心室が大動脈へ1分間に拍出する血液量。

CO=HR×SV=70 拍/分×80 mL=5.6 L/分(安静時)CO = HR \times SV = 70\ \text{拍/分} \times 80\ \text{mL} = 5.6\ \text{L/分(安静時)}

⚠️ 心拍出量の測定法には「唯一正しい値」はなく、どの方法にも誤差がある。 ヒトでの既報14件を統合した解析では、・Fick法・色素は互いに同程度の正確さを持つ独立参照法とみなせる一方、の装置による再現性には限界があり、3回測定の平均同士の比較で12〜15%(平均13%)、1回測定同士の比較で20〜26%(平均22%)以上の差がなければ臨床的に意味のある変化とはいえない1。心エコーによる推定にも同様に測定・計算過程に由来する誤差が伴う。

: 動静脈と血流量(≈CO)の比。

TPR=P−PvenousCO=ΔPCO⇒MABP=CO×TPRTPR = \frac{P_{} - P_{venous}}{CO} = \frac{\Delta P}{CO} \quad\Rightarrow\quad MABP = CO \times TPR

一回拍出量(SV)と駆出率(EF)

SV=EDV−ESV=140−60=80 mLSV = EDV - ESV = 140 - 60 = 80\ \text{mL}
EF=SVEDV,0.5<EF<0.75EF = \frac{SV}{EDV},\quad 0.5 < EF < 0.75

COを決める4因子

flowchart TD
  A["心拍出量 CO"]
  A --> B["心臓因子"]
  A --> C["結合因子(心臓+循環系)"]
  B --> B1["心拍数 HR(heart rate)"]
  B --> B2["心筋<span class='jp-term jp-term-diagram' title='contractility'>収縮性</span>(SYM活動の影響を受ける)"]
  C --> C1["前負荷:拡張期に筋線維を伸展させる力(=<span class='jp-term jp-term-diagram' title='diastolic filling'>拡張期充満</span>)"]
  C --> C2["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='afterload'>後負荷</span>:収縮する筋が抗すべき力(=<span class='jp-term jp-term-diagram' title='aortic pressure'>大動脈圧</span>)"]

異長性調節=内因性機構機構

筋線維のの違いが収縮力を変える、という原理。

  • Otto Frankの実験: 生理的範囲内では収縮力は初期線維長に比例する。(前負荷)が大きいほど収縮が強くなるが、ある点を超えるとそれ以上圧は増えない。
  • Starlingの実験: 静脈還流増加→増加→SV増加という。

⭐ の: 他の条件が一定なら、の増加に応じてSVが増加する。

収縮力への影響機序

flowchart TD
  A["静脈還流増加→EDV増加(前負荷↑)"]
  A --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='sarcomere length'>筋節長</span>増加"]
  B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='troponin C'>トロポニンC</span>(TnC)のCa2+感受性上昇"]
  C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cross-bridge'>クロスブリッジ</span>の結合/<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dissociation rate'>解離速度</span>↑・張力↑"]
  D --> E["SV増加"]
  • 張力の観点: 至適長で太い・細いフィラメントの重なりが最適になり、が最大になる。
  • の観点: 筋節が伸びるとTnCのCa²⁺親和性が上がり、同じ[Ca²⁺]ICでもより強い収縮が生まれる。

💡 がどのようにTnCのCa²⁺感受性を変えるかは、100年以上研究されてなお完全には解明されていない。 心筋の依存性活性化を扱ったレビューでは、フィラメント間隔の変化・太い/細いフィラメントを介した調節・制御タンパクなど複数の候補機序が検討されているが、の情報が収縮装置へどう伝達されるかは依然未解明と総括されている2。Frank-Starling機序は「現象としては確立しているがは今も研究途上」という位置づけで理解する。

後負荷の影響

()が上昇すると、最初の拍動では通常量をできずEDVが増加する→(前負荷一定下で)より強い収縮が誘発される。・はともに上昇するが、その差(脈圧, pulse pressure)は静脈還流一定なら変わらない。

心室充満を決める因子

  • 静脈還流(静脈圧、、)
  • 心拍数(拡張期の長さ):HR↑→拡張期短縮→間が制限される
  • (充満の約20%を担う)
  • 心室に房室境界が方向へ移動し、静脈から血液を吸引する効果

等長性調節=神経・液性調節

線維長とは独立に収縮力を変える機構。外因性(神経・化学的)調節がを上書きしうる。

交感神経

NE→β1-AR(Gs)→AC↑→cAMP↑→PKA↑NE \to \beta_1\text{-AR}(G_s) \to AC\uparrow \to cAMP\uparrow \to PKA\uparrow

PKAが以下をリン酸化:

標的 効果
L型VDCC 活性化→Ca²⁺流入増大
SR内腔からのCa²⁺放出増大
(troponin I, TnI) TnCのCa²⁺結合を阻害する方向に働き、が早く戻る→弛緩を促進
SERCA活性化→[Ca²⁺]IC低下だがより速い弛緩を可能にする
効果の分類 内容
If↑→心拍数↑
I_Ca↑→↑
I_Ca↑→収縮力↑
SERCA↑・a²⁺親和性↓→弛緩速度↑

💡 交感神経刺激は「速く強く収縮し、かつ速く弛緩する」という一見矛盾した効果を同時に起こす。 これはTnIリン酸化によるCa²⁺親和性低下とSERCA促進(経由)が、収縮力自体はCa²⁺流入増大で確保しつつ弛緩だけを速めるため。頻脈時に拡張期を確保するための合目的的な仕組み。(β-AR作動薬)も同じ効果を再現する。

副交感神経

ACh→M2-R(Gi)→AC↓→cAMP↓→PKA↓ACh \to M_2\text{-R}(G_i) \to AC\downarrow \to cAMP\downarrow \to PKA\downarrow

上記のリン酸化(、TnIなど)が起こらず、さらにGβγがGIRKを開口させる。

効果の分類 内容
If↓、I_K,ACh↑
I_Ca↓(主にAV結節)
I_Ca↓、I_K,ACh↑(心房のみ——心室はPARA支配をほぼ受けない)
SERCA↓、a²⁺親和性↑

💡 心拍数そのものも収縮力を変える(force-frequency relationship、現象/Bowditch効果)。 1871年にBowditchが報告した現象で、刺激頻度を上げると心筋の収縮力が増大する。神経系を介さず心筋自体が持つ頻度依存的な性質であり、交感神経刺激(β刺激)とは独立に存在しつつβ刺激でさらに増幅される。頻脈時に心拍数と収縮力がともに高まるよう協調して働く3。

⚠️ 副交感神経のは心房に限られる。 心室にはPARA神経終末がほとんど分布しないため(1-10-parasympathetic-and-sympathetic-efferent-mechanisms、2-01-impulse-generation-and-conduction-in-the-heart-mechanism-of-pacemaker-potential参照)。

収縮性に影響するその他の因子

因子 効果
低体温 ・(摘出心)
[Ca²⁺]EC↑ (I_Ca↑)
[K⁺]EC↑
低酸素・虚血 心室APの短縮、I_K,ATP↑、イオン勾配(特にK⁺)の喪失、脱分極した細胞でチャネルが不活性化したまま

まとめ

  • CO = HR × SV = 5.6 L/分(安静時)。TPR = ΔP/CO、MABP = CO × TPR。
  • :前負荷↑→筋節伸展→TnCのCa²⁺感受性↑→SV↑。↑は一時的にEDVを増やしに収縮力を高める。
  • :交感神経(β1-Gs--PKA)は変時・変伝導・変力・変弛緩のすべてを陽性に、副交感神経(M2-Gi)はほぼ逆向き(ただしは心房限定)に動かす。
  • 温度・電解質・低酸素もに影響し、特に[Ca²⁺]EC↑は、[K⁺]EC↑はに働く。

出典

  1. 1.Reliability of the thermodilution method in the determination of cardiac output in clinical practice(The American Review of Respiratory Disease・1982)ヒトを対象に熱希釈法とFick法・色素希釈法を比較した既報14件を統合した解析で、3法は互いに同程度の正確さを持つ独立参照法とみなせる一方、市販の熱希釈法装置による測定の再現性には限界があり、3回測定の平均同士の比較では12〜15%(平均13%)、1回測定同士の比較では20〜26%(平均22%)以上の差がなければ臨床的に意味のある変化とはいえないと結論したこと閲覧 2026-08-26
  2. 2.Myofilament length dependent activation(Journal of Molecular and Cellular Cardiology・2010)レビューで、Frank-Starling機序の細胞レベルの実体はサルコメア長が長いほど心筋のフィラメントがCa2+に応答しやすくなる現象(筋節長依存性活性化)であるとしたうえで、フィラメント間隔・太いフィラメント/細いフィラメントを介した調節・サルコメア制御タンパクなど複数の候補機序を検討し、サルコメア長の情報が収縮装置へどう伝達されるかは依然として解明されていないと総括したこと閲覧 2026-08-26
  3. 3.The force-frequency relationship: insights from mathematical modeling(Advances in Physiology Education・2013)レビューで、force-frequency relationship(頻度を上げると心筋収縮力が増大する現象、階段現象)が1871年にBowditchによって発見されたこと、この性質がβ交感神経刺激によって増幅されつつも神経系とは別に心筋自体の頻度依存的性質として存在し、頻脈時に心拍数と収縮力の両方を高める向きに協調して働くことを確認したこと閲覧 2026-08-26