麻酔・集中治療

麻酔・集中治療 · B-06

急性右心不全・左心不全の病態・診断・治療

Acute right- and left heart failure: pathophysiology, diagnostics, therapy

前提:病態
心不全の原因と症状心不全の二次的影響と治療選択肢
前提:正常
心臓のポンプ機能・心拍出量の調節
疾患
右心不全

🧠 全体像:( 2026年版の呼称では)は左室・右室の上昇または拍出低下により肺・と低灌流を来す症候群で、急性の原因を直ちに同定して治療し、うっ血と灌流の病型に合わせて利尿、血管拡張、強心・昇圧、原因治療を選ぶ。原因検索の語呂CHAMPITは 2021年版のもので、2026年版はこの語呂を用いず「急性の原因の同定と可能な治療が決定的」とだけ述べる。

心不全の分類

分類 ( 2021年版) ( 2026年版=現行)
40%以下 50%未満
軽度低下心不全 41〜49% 廃止(に含める)
50%以上 50%以上

⚠️ 3区分は()2021年版の書き方である。2021年版を置き換えた2026年版は軽度低下心不全()を廃止し、低下( 50%未満)と保持(50%以上)の2区分に改めた1。同じ 45%でも版によって区分名が変わるので、拠った指針と版を添える。

は心不全の有無そのものではなく表現型を示す。急性期にはうっ血と低灌流の程度、右室・弁・心膜、原因病態を優先して評価する。

呼称:急性心不全と非代償性心不全

⚠️ 2026年版は「」という呼称そのものを改めた。 新概念のは逐語で Decompensated HF replaces acute HF と述べ、本ノートが扱う病態は2026年版ではと呼ばれる。定義は「症状・徴候が急性または緩徐に出現し、緊急の医学的対応と治療の開始・強化を要するほど重いもの」で、予定外の入院・救急受診に加え予定外の外来受診まで含む。2021年版のの定義(予定外の入院または救急受診に至るもの)より範囲が広い21。

💡 は「の」に限らない。 2026年版は、既存の心不全の悪化として現れることも、心不全の初発として現れることもあると明記する。既存の心不全で症状・徴候が悪化する事象は悪化心不全と呼び、は「治療の変更を要すること」で規定される点が違う、と書き分けている1。

⭐ 本ノートの題(・)に対応する区分も名前が変わった。 2021年版はの主な臨床像を・・孤立性・の4つに分けていた2。2026年版は・・・の4カテゴリーとし、を「」として独立した節(7.3.2)で扱う1。授業で使う「急性/」は2021年版までの呼称として読み、版を添えて使う。

左心不全と右心不全

項目 急性
左房・肺毛細管圧上昇、左室拍出低下 右室拍出低下、体静脈圧上昇、左室前負荷低下
所見 呼吸困難、、、肺水腫、 、浮腫、、腹水、低血圧、は清明なこともある
原因 ACS、高血圧、弁膜症、不整脈、心筋炎 肺塞栓、、肺高血圧、、心タンポナーデ
注意 酸素化とを整える 前負荷依存だがで・左室が悪化する
flowchart TD
    A["心室収縮・拡張・弁・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='afterload'>後負荷</span>の異常"] --> B["心拍出量低下"]
    A --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ventricular filling'>心室充満</span>圧上昇"]
    B --> D["臓器低灌流"]
    C --> E["肺または<span class='jp-term jp-term-diagram' title='systemic venous congestion'>体静脈うっ血</span>"]
    D --> F["腎機能低下・乳酸上昇"]
    E --> G["呼吸困難・浮腫"]
    F --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='neurohumoral'>神経体液性</span>活性化"]
    H --> C

緊急に治す急性の原因(CHAMPIT)

CHAMPITは 2021年版が挙げた語呂で、・・不整脈・急性機械的原因・肺塞栓症・感染(心筋炎を含む)・心タンポナーデを指す。これらを除外・是正したうえで臨床像別の治療へ進む、という順序も同版の書き方である2。2026年版も、など生命を脅かす病態では診断の詰めと救命的治療を同時に進め、急性の原因の同定と治療が決定的だとしている(7.4.1節の逐語は Identification and possible treatment of acute causes is crucial.)。⚠️ ただしCHAMPIT という語呂そのものは2026年版の本文には一度も出てこない(実測。補足資料は未確認)。語呂は2021年版の覚え方として使い、版を添える1。

文字 原因
C
H
A 不整脈
M 急性機械的原因:、、急性弁逆流など
P 肺塞栓症
I 感染
T 心タンポナーデ

診断

  • 、、血算、電解質、腎肝機能、血糖、を病態に応じて測定する。
  • BNPまたはNT-proBNPの低値はを否定する助けとなるが、年齢、心房細動、腎機能、肥満で解釈が変わる。2026年版の年齢調整のないは <300 pg/mL/BNP <100 pg/mL(2026年版の本文はこの行のだけ単位を ng/mL と印刷している)/MR-proANP <120 pg/mL で、下回っても臨床的な疑いが残るなら専門的評価と心エコーへ進む。年齢別の「可能性が高い」側の目安( 50歳未満で >450 pg/mL、50〜74歳で >900 pg/mL、74歳超で >1800 pg/mL)を併用すると不要な検査を減らせるとされる1。
  • 心エコーで左右室機能、壁運動、弁膜症、、容量・を評価する。
  • 胸部X線とで肺水腫、胸水、別の肺疾患を調べる。
  • ショックでは、乳酸、尿量、を反復する。2026年版は、血行動態が不安定で低灌流が疑われる患者では血清を速やかに測ること、の生化学的な裏づけには >2 mmol/L を要することを述べ、に固有の血圧の閾値は置いていない(正常血圧のまま低灌流を呈する型もあり、低血圧を伴う型より予後がよい)1。

血行動態プロファイル

うっ血(湿潤/乾燥)と灌流(温暖/)の4型は、 2021年版がの主な臨床像を「湿潤・温暖」「乾燥・」「湿潤・」と記述した枠に対応する2。2026年版は同じ所見を左側うっ血・右側うっ血・低灌流の3群(Table 12)として整理しており、左右のうっ血を分けて見る点が違う1。

プロファイル 主所見 治療の軸
温暖・乾燥型 低灌流なし・うっ血なし 原因修正、慢性治療の調整
温暖・湿潤型 灌流良好・うっ血あり IV、血圧が高ければ
・乾燥型 低灌流・うっ血乏しい 真のなら慎重な少量輸液、反応なければを検討
・湿潤型 低灌流・うっ血あり 利尿、低血圧なら昇圧・強心、補助循環と原因治療を早期検討

急性期治療

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='acute HF'>急性心不全</span>を認識"] --> B["急性の原因(CHAMPIT)と<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cardiogenic shock, CS'>心原性ショック</span>を評価"]
    B --> C{"SpO₂ 90%未満またはPaO₂ 60未満か"}
    C -->|"はい"| D["酸素・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='work of breathing'>呼吸仕事量</span>が高ければNIV"]
    C -->|"いいえ"| E["酸素の一律投与は不要"]
    B --> F{"うっ血があるか"}
    F -->|"はい"| G["IV<span class='jp-term jp-term-diagram' title='loop diuretics'>ループ利尿薬</span>"]
    G --> H{"SBP 110 mmHg超か"}
    H -->|"はい"| I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='nitrates'>硝酸薬</span>など血管拡張を検討"]
    B --> J{"低灌流・低血圧か"}
    J -->|"はい"| K["ノルアドレナリン±<span class='jp-term jp-term-diagram' title='inotropic agent'>強心薬</span>・補助循環"]
  • 酸素はSpO₂ 90%未満またはPaO₂ 60 mmHg未満のときに投与する(2026年版でClass I)。低酸素血症のない患者への一律投与は有害となりうる。呼吸数25/分超・SpO₂ 90%未満の呼吸窮迫ではを可能なかぎり早く始め(Class IIa/レベルB2)、酸素・を行っても呼吸不全が持続・進行すれば挿管する(Class I/レベルC)1。
    • ⚠️ は、同じ2026年版の中で節ごとに書き方が違う。 推奨表9は上記のとおりClass IIa/レベルB2 だが、7.5.2節の本文はまたはで呼吸不全を伴う患者について Non-invasive ventilation is recommended と書き、推奨表より強く読める(本文が挙げる根拠は複数の試験とによる酸素化改善と挿管回避)。本ノートは推奨表の格付けを採る。
  • うっ血にはIVを用い(で入院したの全例にClass I)、尿量、体重、Na、K、腎機能を追跡する。利尿が不十分なときは静注用量の倍増か、短期の静注・経口の追加を検討する(Class IIa)1。
  • 高血圧性肺水腫では、110 mmHg超を目安に、症状とうっ血の緩和目的でなどを選択的に検討する。予後改善薬とは位置づけない。2 2026年版でもはこの血圧域でClass IIb(レベルC)にとどまり、投与中は血圧を注意深く監視する(血管拡張に伴う低血圧は有害となりうる)1。
  • モルヒネを一律に投与しない(2026年版でClass III。強い/難治性の疼痛・不安がある例に限る)1。
  • 低血圧・低灌流がなければやを用いない。ショックではノルアドレナリンを第一選択とし、低心拍出が持続すればなどを最短期間で追加する。はルーチン投与や予後改善目的に用いない。⚠️ 2026年版では、(90 mmHg未満で低灌流があり、輸液負荷を含む標準治療に反応しない例)も(でノルアドレナリンを優先)もClass IIb(レベルC)で「考慮してもよい」にとどまる。 β遮断薬を投与中の患者ではやIII阻害薬(など)をより優先してよいとされるが、での死亡率改善は、いずれのについても十分な根拠が無い1。
  • ACSは再灌流、は緊急手術、不整脈は電気・薬物治療、PEは再灌流を含む原因治療を行う。

急性右心不全

多くのは容量過多を伴うため、「前負荷依存」だけを理由に輸液しない。低充満が疑わしいときのみ少量輸液を試し、上昇、、肝・があれば追加を止める。低血圧にはノルアドレナリン、にはやを選択的に用いる。では再灌流、肺塞栓では抗凝固・必要な再灌流、肺高血圧クリーゼでは低酸素・アシドーシスを修正し、専門的療法を検討する。3

2026年版ガイドラインは、この病態をとして独立させ、右室圧・の上昇がを生み、進行すると低灌流に至ること、を伴いやすく、心室相互依存によって左室充満と全身心拍出も落ちることを機序として挙げる。⚠️ 臨床経過をふつう決めるのは、腎・肝の機能ではなく、右室機能と、それが他臓器(腎・肝)に及ぼす影響である。 だからこそ腎機能・肝機能を綿密に監視する必要がある、という順序で述べられている。最重症例ではとして現れうるとも書く1。

⚠️ は右心不全では慎重に使う。 2026年版は、の上昇が静脈還流と左の前負荷を減らし、心拍出量と血圧を下げうるため、前負荷が乏しく低血圧の患者(すなわち)では注意して用いると明記している1。ので早期に導入する方針とは、同じ処置でも向きが違う。

まとめ

  • ではだけでなく、うっ血と低灌流、右室と左室、そして急性の原因を同時に評価する。原因検索の語呂CHAMPITは 2021年版のもので、2026年版は語呂を置かず「急性の原因の同定と可能な治療が決定的」とだけ述べる。
  • 温暖・湿潤型は利尿、血圧が十分なら血管拡張、型では原因治療と選択的な昇圧・強心が軸となる。
  • 右心不全は前負荷依存でもあり過剰容量にも弱いため、盲目的な輸液を避ける。も、前負荷が乏しく低血圧の右心不全では慎重に用いる。
  • 呼称は版で違う。 2021年版の「」とその4つの臨床像(・・孤立性・)は、2026年版で「」と・・・に置き換えられた。は心不全の初発も含む。

出典

  1. 1.2026 ESC Guidelines for the management of heart failure(European Society of Cardiology・2026)本文全文(Wayback Machine の id_ 付き出版社ページ、20260910061149)で次を逐語で確認した。①前文は「This guideline updates and replaces the previous version from 2021」。②Table 4 New concepts は「HFrEF has been expanded to include LVEF up to 50%」「HFmrEF has been removed」「HFpEF includes LVEF from 50% and above」。③3.3.1節は、2021年版の3区分(HFrEF LVEF ≤40%、HFmrEF LVEF 41%–49%、HFpEF LVEF ≥50%)を振り返ったうえでHFmrEFを廃止し、HFrEF(LVEF <50% and symptoms and/or signs of HF)とHFpEF(LVEF ≥50%かつ症状・徴候があり、左室拡張障害または充満圧上昇に合致する構造的・機能的異常の客観的証拠を伴う)の2区分に再分類した。④Table 4 は逐語で「Decompensated HF replaces acute HF」とし、7.1節は非代償性心不全を「acute or gradual onset of symptoms and/or signs of HF, severe enough to require urgent medical attention and treatment initiation or intensification」と定義して、予定外の入院・救急受診に加え予定外の外来受診を含め、既存の心不全の悪化としても心不全の初発(de novo HF)としても現れること、既存の心不全での悪化心不全(WHF)とは治療の変更を要する点で区別されることを述べる。⑤7.3節は非代償性心不全を非代償性左心不全(7.3.1)・非代償性右心不全(7.3.2)・急性肺水腫(7.3.3)・心原性ショック(7.3.4)の4カテゴリーに分け、7.3.2は右室圧・右房圧上昇による体静脈うっ血、三尖弁逆流の合併、心室相互依存による左室充満と心拍出の低下を挙げ、最重症例は難治性ショックとして現れうるとする。同節は臨床経過を決める主語を右室機能の側に置いており、逐語は「The RV function and its effect on other organs (kidney, liver) usually determine the clinical trajectory, thus a close monitoring of kidney and hepatic function is needed」で、腎・肝の機能が経過を決めるとは書いていない。Table 12 は所見を左側うっ血・右側うっ血・低灌流の3群で整理する。⑥7.5.2節は、急性肺水腫または心原性ショックで呼吸不全を伴う患者について「Non-invasive ventilation is recommended」と書く一方(推奨表9の格付けはClass IIa/レベルB2で、節の本文のほうが強い)、非侵襲的陽圧換気が胸腔内圧上昇で静脈還流と両心室前負荷を減らし心拍出量・血圧を下げうるため、前負荷予備能が乏しく低血圧の患者(すなわち非代償性右心不全)では注意して用いるとする。⑦推奨表9は、酸素(SpO2 90%未満またはPaO2 60 mmHg未満)・体液過剰例への静注ループ利尿薬・呼吸不全が進行する例の挿管をClass I、非侵襲的陽圧換気(呼吸数25/分超、SpO2 90%未満)と非ループ利尿薬の追加をClass IIa、静注血管拡張薬(収縮期血圧110 mmHg超)・強心薬(収縮期血圧90 mmHg未満で低灌流があり輸液負荷を含む標準治療に反応しない例)・昇圧薬(心原性ショックでノルアドレナリンを優先)をClass IIb/レベルC、オピオイドの一律使用をClass III とする。7.5.8節はβ遮断薬投与中の患者でレボシメンダンまたはホスホジエステラーゼIII阻害薬をドブタミンより優先してよいとし、Cochraneの解析ではいずれの強心薬も死亡率改善の根拠が不十分だとする。⑧7.2節の非代償性心不全の除外閾値はNT-proBNP 300 pg/mL未満、BNP 100未満(この行だけ単位が ng/mL と印刷されている)、MR-proANP 120 pg/mL未満で、年齢別の「可能性が高い」側の目安はNT-proBNP 450 pg/mL超(50歳未満)・900 pg/mL超(50〜74歳)・1800 pg/mL超(74歳超)。7.3.4節は心原性ショックに特定の血圧閾値を置かず、乳酸 2 mmol/L超を組織低灌流の裏づけとし、正常血圧の心原性ショックは低血圧例より予後がよいと述べる。⑨7.4.1節は、心原性ショックなど生命を脅かす病態で診断の詰めと救命的治療を同時に開始すべきとしたうえで「Identification and possible treatment of acute causes is crucial.」と述べる。CHAMPIT という語呂は、この本文(約81万字のテキスト化、補足資料を除く)に一度も出現しない(CHAMP を含む語は文献欄の CHAMP-HF と CHAMPION のみ)閲覧 2026-09-16
  2. 2.2021 ESC Guidelines for the diagnosis and treatment of acute and chronic heart failure(European Society of Cardiology・2021)誌上版PDF全文(リエージュ大学リポジトリの ehab368.pdf、表紙は European Heart Journal 42巻3599-3726頁)で確認した。急性心不全で静注ループ利尿薬をうっ血治療の中心とし、血管拡張薬は血圧が保たれた患者の症状緩和目的、強心・昇圧薬は低灌流・ショックの選択例に限定すること。11.1節は急性心不全を「症状・徴候が急速または緩徐に出現し、患者が緊急の受診を求めるほど重く、予定外の入院または救急受診に至るもの」と定義する。11.2節は主な臨床像を急性非代償性心不全(11.2.1)・急性肺水腫(11.2.2)・孤立性右室不全(11.2.3)・心原性ショック(11.2.4)の4つに分け、表では臨床像を湿潤・温暖/乾燥・冷感/湿潤・冷感で記述する。緊急に是正すべき原因の語呂はCHAMPIT(急性冠症候群・高血圧緊急症・不整脈・急性機械的原因・肺塞栓症・感染(心筋炎を含む)・心タンポナーデ)で、昇圧薬はノルアドレナリンを優先しつつ推奨は「考慮してもよい」である閲覧 2026-08-20
  3. 3.Contemporary management of acute right ventricular failure: a statement from the Heart Failure Association and the Working Group on Pulmonary Circulation and Right Ventricular Function of the European Society of Cardiology(European Society of Cardiology Heart Failure Association・2016)急性右心不全では容量状態を先に評価し、低充満のみ少量輸液を試し、右室拡張や静脈うっ血のある例で過剰輸液を避けること閲覧 2026-08-20