外科学

外科学 · B/17

膵腫瘍——根治手術と緩和手術

Tumors of the pancreas – radical and palliative surgery

前提:病態
膵腫瘍(外分泌・内分泌)膵炎
疾患
Trousseau症候群
症状
閉塞性黄疸
検査値
糖鎖抗原19-9

ポッドキャスト

🧠 は「発見が遅く、手術可能なのは少数」という現実を軸に理解する。 最多は膵管由来の腺癌で、大半は膵頭部に生じる。診断時になのは10〜15%にとどまり、30〜35%は局所進行、50〜55%は遠隔転移である。は・・・遠隔転移の4区分を基本に決定し、この区分を決めるのは腫瘍径ではなく主要血管との接触の程度である。膵頭部・の腫瘍には、膵頸部(胆管に及ばないもの)・体部・尾部の腫瘍にはを行い、例では化学療法を軸に、閉塞症状にはまずを置く(外科的バイパスは第一選択ではない)。1

1. 病理分類

最多は膵管由来の腺癌——膵管構造の変化と細胞浸潤を特徴とする。

由来 病型
外分泌膵腫瘍 腺癌(膵管上皮細胞由来)、(房細胞由来)、、腺腫、
内分泌膵腫瘍 (ホルモン分泌性)——、()、、MEN-1(1型)関連腫瘍

2. 危険因子

年齢50歳超、遺伝性症候群、喫煙、(B/16参照)、肥満、大量飲酒、長期に及ぶ2型糖尿病。

3. 局在と進展様式

部位 頻度
膵頭部 60%
15%
5%
びまん性 20%

膵頭部が最多である点は資料間で一致するが、その割合には幅がある——総説では約70%が膵頭部に生じるとされる1。

  • : 膵臓の他部位、十二指腸、門脈
  • : 腹膜、(左リンパ節)、臍周囲リンパ節、胃、脾臓
  • (門脈経由): 肝、肺

⭐ 膵頭部が最多——だからこそが近接する解剖学的位置関係により、比較的早期にとして症状が出やすい。 実際、膵頭部腫瘍では胆道閉塞に由来する症状(49%、黄疸49%)が前面に出るのに対し、・尾部の腫瘍は腹痛・・食欲低下・体重減少・倦怠感といった非特異的な症状にとどまるため無症状のまま進行しやすく、発見時にはより進行していることが多い。1

4. 臨床像

flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pancreatic cancer'>膵癌</span>の臨床像"]
  A --> B["消化器症状"]
  A --> C["全身症状"]
  A --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypercoagulability'>過凝固状態</span>"]
  B --> B1["上腹部痛→背部への放散(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='girdle pain (band-like pain)'>帯状痛</span>)"]
  B --> B2["悪心、吸収不良、<span class='jp-term jp-term-diagram' title='steatorrhea'>脂肪便</span>"]
  B --> B3["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='extrahepatic bile duct'>肝外胆管</span>閉塞による黄疸<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='Courvoisier sign'>Courvoisier徴候</span>:無痛性の腫大胆嚢+<span class='jp-term jp-term-diagram' title='painless jaundice'>無痛性黄疸</span><br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='acholic stool'>灰白色便</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dark urine'>褐色尿</span>"]
  C --> C1["体重減少、<span class='jp-term jp-term-diagram' title='anorexia'>食欲不振</span>、脱力"]
  D --> D1["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Trousseau syndrome'>Trousseau症候群</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='superficial thrombophlebitis'>表在性血栓性静脈炎</span>)"]
  D --> D2["血栓症"]
  • 消化器症状: 上腹部痛(背部への放散=)、悪心、吸収不良、。(の閉塞による)——(無痛性に腫大した胆嚢+)、、を伴う。
  • 全身症状: 体重減少、、脱力。
  • : ()、血栓症。

⭐ (無痛性の腫大胆嚢+)は「胆石による閉塞ではない」ことを示唆する古典的所見。 胆石性の閉塞なら慢性炎症で胆嚢は萎縮・線維化し腫大しにくい——無痛性に腫大した胆嚢は悪性腫瘍による緩徐な閉塞を疑わせる。

5. 診断

  • (CA19-9)と臨床検査(、上昇)
  • 超音波(US)→ 初発症状である黄疸から胆道閉塞を検出
  • 膵プロトコール造影CT → 膵腫瘍の検出と評価の中心
  • 必要に応じて、およびEUSで病理学的に確認する
  • は胆道・膵管評価の補助に用い、は主としてに対する・に用いる1

⚠️ 診断が遅れるため予後は極めて不良で、多くの患者が治癒不能な病期で発見される。 早期発見の困難さそのものがの予後を規定する最大の因子。

6. 治療

外科的治療

外科的切除のみが根治的選択肢であり、が陰性にできる見込みがあるときに行う。1

⚠️ 「の癌は成績が良い」と一括りに覚えない。 手術そのものの負担はのほうが軽く、は10%・13%とが高い。だからこの術式は年間20件を超えてすると症例数の多い施設で最も良い成績が得られるとされる1。一方、長期予後はそう単純ではない——体部・尾部の腫瘍は症状が非特異的で発見が遅れるため、上の⭐のとおり進行した状態で見つかりやすい。「術式の周術期リスク」と「その部位の癌の予後」は別の話として扱う。

flowchart TD
  A["診断確定・病期評価"]
  A --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='resectable'>切除可能</span>"]
  A --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='borderline resectable'>境界切除可能</span>"]
  A --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='locally advanced unresectable'>局所進行切除不能</span>・遠隔転移"]
  B --> B1["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='curative resection'>根治切除</span>+リンパ節郭清 → 術後<span class='jp-term jp-term-diagram' title='adjuvant chemotherapy'>補助化学療法</span>"]
  C --> C1["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='neoadjuvant chemotherapy'>術前化学療法</span>(±放射線療法)→ 再病期評価 → 切除"]
  D --> D1["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='systemic chemotherapy'>全身化学療法</span><br>+症状に応じた<span class='jp-term jp-term-diagram' title='stenting'>ステント留置</span><br>(外科的バイパスは第一選択ではない)"]

は、腫瘍が主要血管にどれだけ接しているかで決まる。 対象となる血管は・門脈と・・で、接触の程度を次の3段階に分ける。1

接触の程度 定義
非接触 血管に接していない
接触 血管周の180度以下の接触
巻き込み 血管周の180度を超える接触

おおまかには、主要血管への接触がごく軽いか無ければ、静脈に浸潤があるか動脈に部分的な接触がある段階で、のために切除できないものがである。

⚠️ の分類は1つではない。 総説自身が「いくつもの分類が用いられている」と断っており、施設・国・学会によって線引きが違う。試験や症例検討で「」と言うときは、どの基準によるものかを併せて確認するのが本来の作法である。1

区分ごとの診断時の割合・予後・方針は次のとおりである。1

病期 診断時の割合 5年生存率 方針
10〜15% 35〜45% +リンパ節郭清 → ならmFOLFIRINOXなどの術後2
— 10〜15% (必要に応じて放射線療法)→ 再病期評価 → 切除
30〜35% 10〜15% を基本とし、症状に応じて低侵襲な緩和処置を行う
遠隔転移 50〜55% 5%未満 を基本とし、症状に応じて低侵襲な緩和処置を行う

⚠️ の割合だけは書かない。 出典の表はこれを30〜35%としているが、その値を他の3区分と足すと100%を大きく超え、同じ論文の要旨が示す「10〜15%・局所進行30〜35%・遠隔転移50〜55%」と噛み合わない。出典の中で数字が割れているものは採らない。

⚠️ 「20%・40%・40%」という3分割で覚えている資料もある。 ⚠️ この3分割の「40%」は、上の表の「」と「遠隔転移」を1つにまとめた枠であって、上の表のどの行とも同じものではない——同じ区分どうしを比べているつもりで数字を置き換えないこと。そのうえで、比較できる「」の欄は20%対10〜15%と食い違い、まとめた側の「40%」も総説の30〜35%+50〜55%とは合わない。4区分+上の割合のほうを覚える。

⭐ 術後の効き幅は大きい。 切除後の493例をしたPRODIGE 24試験では、修正群の中央値が21.6か月(群12.8か月、0.58、95%信頼区間 0.46〜0.73、P<0.001)、中央値が54.4か月(同35.0か月、0.64、95%信頼区間 0.48〜0.86、P=0.003)だった。⚠️ ただし代償がある——Grade 3以上の有害事象が75.9%対52.9%で、原著自身が「毒性の増加と引き換えに」とに明記している。だから「全身状態が良ければ修正」という条件が付く。2

⭐ は「だけのもの」ではない。 上の総説は要旨で「術前の(放射線療法の併用の有無を問わない)とその後の手術適応の再評価は、例と例の双方で受け入れられている方法である」と述べる一方、本文では同じ組み合わせを「評価が進みつつある」と書いており、例での位置づけは文書の中でも一段弱い1。例に対するを一律の標準として扱わない(詳細は を参照)。

術式:

術式 適応 切除範囲と再建
(Whipple手術) 膵頭部・の腫瘍 膵頭部・胃遠位側・十二指腸・胆嚢・をに切除し、リンパ節郭清を加える。再建は腸管どうしの吻合(Roux-en-Y再建を含む)で行い、膵空腸吻合とを置く
同上(胃の出口を残せる場合) 胃と幽門輪を温存する。Traverso-Longmire手術とも呼ぶ
(±) 膵頸部(胆管に及ばないもの)・体部・尾部の腫瘍 膵の左側を脾臓とともに切除する。部分切除で足りない場合、根治を目指して十二指腸ごと切除しを加えることがある

⚠️ Traverso-Longmire手術は「膵頭部の手術」である。 の別名であって、体部・尾部の術式ではない。体部・尾部の術式にこの名前を当てている図表を見かけるが、図の配置ではなく名前の中身(の幽門輪温存型)で覚える。

があれば血管合併切除・再建を要する。門脈に浸潤した症例で門脈をに切除・再建して断端陰性を得た場合の予後は、の無い症例と同等であり、例では標準的な対応とされる。1

⚠️ 膵腫瘍の外科の項に、十二指腸温存膵頭切除術(Beger手術)やFrey手術が並べて挙げられることがある。この2つをの式のカタログに混ぜない。 これらは の術式であり、膵実質をできるだけ残して炎症と疼痛を取ることが目的なので、腫瘍学的な切除範囲とリンパ節郭清を確保できない。の基本術式はあくまでである。両者に共通するのは「膵臓へどう到達するか」という解剖学的な発想までで、切除範囲を決める論理は正反対(炎症の除去 vs 断端陰性の確保)である。

緩和治療

目的は症状の緩和であり、標的は・路(十二指腸)閉塞・疼痛の3つである。

症状 現在の第一手 外科を選ぶとき
経由の胆道(現在の標準)。欧州内視鏡学会はの留置を推奨する の再閉塞を繰り返すとき、または技術的にを置けなかったとき
消化管 開腹して初めてと分かった症例で、術前から症状があった場合
疼痛 経口オピオイド。効果不十分なら下または経皮的な融解——外科的アプローチより好まれる ほぼ選ばない

外科的バイパスを行う場合は「二重バイパス」=胆道バイパス(肝管空腸吻合)+である。

  • ⚠️ 胆嚢を使った胆道バイパス()は選ばない。 腫瘍が進展するとの手前で再び詰まるため、現在はを切離して肝管空腸吻合をRoux-en-Y脚に置き、胆嚢は必ず摘出する
  • 二重バイパスが単独の肝管空腸吻合より優れることはで示されている(の発生を有意に減らし、は増えなかったため、が明らかになった時点で試験が早期中止された)。Cochraneのレビューでもを置いた群のは2.5%対27.8%だった
  • ⚠️ ただし症状の無い患者への予防的バイパスを推奨できるほどの根拠は無い。上の根拠は10年以上前の研究に基づくもので、その後にと化学療法が進歩している3

💡 歴史的には「三重バイパス」(++)がの定型として教えられてきた。 がを、が胆道閉塞を迂回し、が食物を胆道側から逸らす、という組み立てである。⚠️ 現在の標準はこれではない——黄疸の緩和はまず胆道であり、外科を選ぶ場合も胆嚢ではなく肝管を使う二重バイパスである。旧い定型として覚えておき、現行の方針と取り違えない。3

まとめ

  • は膵管由来腺癌が最多、局在は膵頭部が最多(総説では約70%)で、近接により早期のを来しやすい。体部・尾部は症状が非特異的で発見が遅れる。
  • (無痛性腫大胆嚢+)は悪性腫瘍による緩徐な胆道閉塞を示唆する古典的所見。
  • 診断はCA19-9・造影CTが中心、確定診断にはが必要になることもある。診断の遅れが予後不良の最大要因で、診断時になのは10〜15%にすぎない。
  • ・・・遠隔転移の4区分でを決める。区分を決めるのは腫瘍径ではなく主要血管との接触の程度(非接触/180度以下の接触/180度超の巻き込み)であり、どの分類基準によるかは資料ごとに違う。
  • は膵頭部・=、膵頸部(胆管に及ばないもの)・体部・尾部=が基本術式。で用いるBeger手術・Frey手術は腫瘍学的切除にならないので混ぜない。
  • 切除後は全身状態が良ければ修正による術後を行う(中央値54.4か月対35.0か月。ただしGrade 3以上の有害事象は75.9%対52.9%)。
  • 例ではを基本とし、にはまずによる胆道、には消化管を用いる。はもはや第一選択ではなく、の再閉塞を繰り返す場合や留置できなかった場合、あるいは開腹して初めてと分かり術前から症状があった場合に二重バイパス(肝管空腸吻合+)を行う。疼痛には融解が外科的アプローチより好まれる。

膵臓の炎症性疾患であるB/15: ・B/16: と併せて膵臓外科の全体像を押さえるとよい。

出典

  1. 1.Pancreatic Cancer: A Review(JAMA・2021)膵癌の切除可能性分類、膵プロトコールCTと病理診断、病期別治療閲覧 2026-08-09
  2. 2.FOLFIRINOX or Gemcitabine as Adjuvant Therapy for Pancreatic Cancer(The New England Journal of Medicine・2018)切除後膵癌に対するmFOLFIRINOX補助療法の有効性閲覧 2026-08-09
  3. 3.Palliative therapy in pancreatic cancer-palliative surgery(Translational Gastroenterology and Hepatology・2019)全文を閲覧(PMC6556680)。閉塞性黄疸について「歴史的には手術が標準で胆道消化管吻合が行われた」とし、十二指腸や遠位胆管へ腫瘍が伸びている場合はRoux-en-Y脚への肝管空腸吻合を行うべきで、腫瘍の伸展による症状再燃を避けるためであると述べる。いずれの場合も胆嚢摘出は必ず行うとする。現在については「切除不能膵癌の閉塞性黄疸の緩和では内視鏡的胆道ステントが標準として受け入れられている」とし、欧州消化器内視鏡学会がERCP時の自己拡張型金属ステント留置を推奨するとする。結論部は、緩和手術はもはや第一選択としては推奨されず、ステントの再閉塞を繰り返す場合や技術的にステントを留置できなかった場合にのみ考慮すべきであること、疼痛管理では超音波内視鏡下または経皮的な腹腔神経叢融解が外科的アプローチより好まれること、手術時に切除不能と判明した患者では術前から症状があった場合に二重バイパスを行いうるが、無症状の患者への予防的バイパスを推奨するにはエビデンスの水準が低すぎることを述べる。二重バイパス(肝管空腸吻合+胃空腸吻合)が単独の肝管空腸吻合より優れることはVan Heek 2003の多施設無作為化比較試験で示され、胃排出路閉塞の発生を有意に減らし合併症率を増やさなかったため優越性により試験が早期中止されたこと、2013年のCochraneレビューでは胃空腸吻合群の胃排出路閉塞が2.5%、対照群が27.8%だったことも記載されている。ただし本総説自身が、これらの推奨は10年以上前に公表された研究に基づいており、その後に内視鏡的ステント留置と化学療法の選択肢が発展したと但し書きを付けている閲覧 2026-09-21