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Microbe Atlas · ウイルス

Variola virus

痘瘡ウイルス

分類
ポックスウイルス / Poxviruses
性状
エンベロープあり EnvelopeddsDNA
科目
Medical Microbiology
トピック
3/19: Poxviruses微生物学 5/25:発疹(皮疹)を特徴とする小児感染症
作用する薬剤
テコビリマットブリンシドフォビル

🧠 全体像:(の原因ウイルス)は、人類がに成功した唯一のヒト感染症という一点で他のすべての病原体と一線を画す。最後の自然感染例は1977年で、1980年の宣言は感染症学における最大の成功例であり1、そのを可能にした条件(やが存在しない、有効なワクチンがある、発疹という見分けやすい臨床像を持つ)は今もワクチン戦略を考える際の教科書的な指標になっている。同時に、されたがゆえにが失われ、としてのリスクが今なお警戒されるというを抱える。

構造・ゲノム型・複製様式

Poxviridae科()Orthopoxvirus属に属する。この属には・・・ラクダ痘ウイルス・など互いにが近い近縁種が含まれ、感染・ワクチン接種による免疫が属内で交差する(ワクチンがmpoxにも有効な理由はここにある)。

項目 内容
ゲノム 線状(dsDNA)、約190kb——ウイルスの中で最大
エンベロープあり(宿主膜由来ではなく自前で合成)、ではなく
大きさ 直径200〜400nm——でも観察できる最大級のウイルス
増殖部位 細胞質のみ——ウイルスで唯一の例外
特殊酵素 自前の依存性ポリメラーゼを内に保有

💡 なぜ細胞質だけで増殖できるのか。 通常のウイルスは宿主核内のポリメラーゼIIを借りて転写するため、核内への侵入が増殖の前提になる。は自分専用の依存性ポリメラーゼと転写因子一式をに積んで持ち込むため、核に入らず細胞質だけで転写・複製を完結できる——最大級のゲノムサイズを持ちながら宿主の核内装置に依存しない、ウイルスとしては例外的な自己完結性を持つ。

病原性の仕組み

ウイルスは上気道から吸入され、局所リンパ節で増殖したのちリンパ系を介して播種し、第1次ウイルス血症を起こす。この時点では無症候(潜伏期)。ウイルスは脾臓・骨髄などのでさらに増殖し、第2次ウイルス血症を経て全身の皮膚・粘膜・内臓に到達し、古典的な「痘疹」を形成する。

flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='variola virus'>痘瘡ウイルス</span>吸入<br>(上気道)"] --> B["局所リンパ節・<br>リンパ系で増殖・播種"]
  B --> C["第1次ウイルス血症<br>(無症候・潜伏期)"]
  C --> D["脾臓・骨髄など<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='reticuloendothelial system (RES)'>細網内皮系</span>でさらに増殖"]
  D --> E["第2次ウイルス血症<br>(発熱・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='prodromal symptoms'>前駆症状</span>)"]
  E --> F["全身の皮膚・粘膜への到達"]
  F --> G["口腔粘膜から発疹開始<br>→顔面→四肢へ遠心性に拡大"]
  G --> H["全身の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pocks'>同時性発疹</span>"]

臨床像

潜伏期は通常10〜14日(範囲7〜19日)で、この間は無症状であり他人にうつさない。続いて約4日間の高熱・頭痛・・感などインフルエンザ様のが先行する。とともに発疹が現れ、まずに出て、次に顔面と四肢、その後に体幹・手掌・足底へと遠心性に広がる2。

⭐ 水痘との鑑別が最頻出。 では体の同じ部位の病変がそろって同じ発育段階にある()のに対し、水痘は新旧の病変が混在する()。分布も対照的で、は顔面・四肢優位(遠心性)で手掌・足底にも及ぶ、水痘は体幹優位(求心性)2。

項目 水痘
軽く、目立たない 約4日の高熱と強い全身症状が先行
病変の深さ 表在性 深く硬い(真皮内の膿疱)
病変の段階 混在() 同じ部位ではそろう()
好発部位 体幹優位 顔面・四肢優位、手掌・足底にも出る
リンパ節腫脹 目立たない 目立たない

💡 「」は部位ごとの話として押さえる。 発疹は→顔面・四肢→体幹の順に出るので、全身が完全に一斉なのではなく、ある部位を見るとそこの病変の段階がそろっているという意味である2。

病型は通常型が全症例の85%超を占め、ほかにワクチン接種既往者に生じる修飾型(病変が少なく浅い)、扁平型(悪性)、出血型がある。致死率はワクチン未接種者全体で約30%で、これはの数字である——のの致死率は約1%にとどまった21。生存例ではの破壊による瘢痕()が最も多いで、顔面に最も目立つ2。

⚠️ はとしてのリスクを今なお持つ。 1980年にがを宣言して以降、は世界からしなくなったが、に認められたウイルス保管施設(米国・ロシアのVECTOR研究所)が存在し、実験室株の流出や合成生物学による人工合成のリスクから、依然として生物学的テロのとして警戒される。

診断

  • 現在は自然感染例が存在しないため、は上の緊急事態として扱い、専門施設での確認と当局への即時通報が原則
  • 歴史的には細胞質内好酸性(=巣)の証明が診断に用いられた

治療と予防

世代 代表 位置づけ
第1世代 NYCBH株・Lister株など(動物の皮膚で培養) あり 計画で用いられた
第2世代 ACAM2000(で製造) あり 米国でに承認
第3世代 LC16m8(日本。Lister株のB5R遺伝子に変異) わずかに複製 日本で1975年にへ承認、2022年8月に予防へ
第3世代 MVA-BN(米国名JYNNEOS) 複製しない 2013年にカナダとで18歳以上の予防に承認、2019年に米国で成人の・予防に承認。18歳未満には承認されていない

💡 があるほど免疫応答は強いが、接種部位のウイルスがへ広がりうるうえ、免疫不全者では重い副反応を起こしうる。 のMVA-BNが開発されたのはこのためで、免疫不全やがある人にも使える。妊娠中・進行した免疫不全・などの皮膚疾患がある人ではのあるワクチンと、わずかに複製するワクチンは禁忌で、を用いる1。そのものの性質はを参照。

  • ⭐ 曝露後接種が意味を持つ。 のあるワクチンは曝露後2〜3日以内の接種で発症を防ぐか軽症化しうる3——潜伏期が10日以上あることがこれを可能にしている
  • 後にが中止されたため、若年世代はOrthopoxvirus属に対する免疫を持たない——これがなど近縁種の流行が起こりやすくなっている一因

まとめ

  • ヒト感染症で唯一に成功した病原体(1980年宣言)。
  • Orthopoxvirus属:線状dsDNA・エンベロープあり・、最大のウイルスで自前のポリメラーゼにより細胞質のみで増殖する例外的存在。
  • →リンパ系播種→第1次ウイルス血症→での増殖→第2次ウイルス血症→全身性のという経過。
  • 潜伏期は通常10〜14日で、その間は無症状かつ感染性がない。水痘との鑑別は発疹の vs 、顔面・四肢優位 vs 体幹優位が最重要。致死率はワクチン未接種者で約30%(小は約1%)。
  • 治療は支持療法が基本で、・は動物データに基づく承認にとどまる。ワクチンは世代ごとにが違い、曝露後早期の接種は発症予防になりうる。
  • 後もとしてのリスクが残り、の低下がなど近縁種の流行余地を生んでいる。

出典

  1. 1.Smallpox and mpox (orthopoxviruses): WHO position paper, August 2024(World Health Organization・2024)Weekly epidemiological record 2024年第34号のPDF全文(WHO IRIS)で確認した。最後の自然感染例が1977年、WHOの根絶宣言が1980年であること、大痘瘡では最大30%が死亡し小痘瘡の致死率は約1%であること、第1・第2世代ワクチン(ACAM2000など)は複製能を持ち、第3世代にはLister株のB5R遺伝子に変異を導入した日本のLC16m8(わずかに複製する)と非複製型のMVA-BNが含まれること、LC16m8は日本で1975年に天然痘へ承認され2022年8月にエムポックス予防へ適応が拡大されたこと、MVA-BNは2013年にカナダとEU、2019年に米国で承認されたことを確認した。閲覧 2026-09-27
  2. 2.Clinical Signs and Symptoms of Smallpox(Centers for Disease Control and Prevention (CDC)・2024)2024年10月23日付のCDC医療者向けページ本文で確認した。潜伏期は通常10〜14日(範囲7〜19日)でその間は無症状かつ感染性がないこと、前駆期は約4日続くこと、皮疹はまず口咽頭に出て次に顔面と四肢、その後に体幹・手掌・足底へ遠心性に広がること、体の同じ部位の病変はふつう同じ発育段階にあること、致死率は臨床病型で異なるがワクチン未接種者全体で約30%であること、通常型が全症例の85%超を占め、ほかに接種既往者の修飾型・扁平型(悪性)・出血型があること、最も多い後遺症が皮脂腺破壊による痘痕であることを確認した。閲覧 2026-09-27
  3. 3.Clinical Treatment of Smallpox(Centers for Disease Control and Prevention (CDC)・2024)2024年10月23日付のCDC医療者向けページ本文で確認した。治療は基本的に支持療法であること、罹患したヒトで有効性が証明された治療は無いこと、テコビリマットは2018年7月・ブリンシドフォビルは2021年6月にFDAが天然痘の治療薬として承認し、いずれも動物有効性試験に基づくAnimal Ruleによる承認であること、シドフォビルはオルソポックスウイルス感染症に対してFDA未承認であること、複製能のあるワクチンは曝露後2〜3日以内の接種で発症を防ぐか軽症化しうることを確認した。閲覧 2026-09-27
  4. 4.承認品目一覧(新医薬品:2024年4月~2025年3月)(独立行政法人医薬品医療機器総合機構・2025)PDF本文で、2024年12月27日承認の「テポックスカプセル200 mg(日本バイオテクノファーマ㈱)テコビリマト水和物」の効能・効果が「痘そう、エムポックス、牛痘、痘そうワクチン接種後のワクチニアウイルスの増殖による合併症」で、【迅速審査】の新有効成分含有医薬品として収載されていることを確認した。閲覧 2026-09-27