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Symptoms · Published

眼瞼後退

Eyelid retraction

別名
上眼瞼後退Dalrymple徴候
臓器系
眼科内分泌・代謝
科目
AnatomyPathophysiologyNeurology
トピック
解剖学 7.4:頭部:眼窩と眼病態生理学 1-19:甲状腺機能亢進症の発症機序と症状神経内科 G2-06:中脳障害の症候群
関連疾患
バセドウ病
起因薬
アプラクロニジン

🧠 全体像は「瞼が上がりすぎている」という説明では捉え損なう。本質は瞼縁との位置関係の異常で、正常なら隠れているはずのが露出することで診断する所見である。だからこそ最初の仕事は、これをそのものと取り違えないことになる——容物の増加で眼球が前方へ出る所見であるのに対し、は眼球の位置を変えずに「見開いた」印象だけを作る。では両者が高頻度に併存し、だけでがあるかのように見えるの原因にもなる。機序は交感神経性・筋性/機械的・神経性の3群に整理でき、どの群かによって対応(所見そのものへ介入するか、原疾患の治療に委ねるか)が変わる。

定義と用語の整理

「目が大きく見開いている」「まぶたが吊り上がっている」という訴えの背景には、瞼縁の位置そのものが上がった状態と、隣接する構造の異常によって相対的にそう見えるだけの状態がある。

用語 何が起きているか との関係
(本ノートの主題) 瞼縁がから見て正常域を外れて位置し、間にが露出する
容物の増加により眼球そのものが前方へ変位する ではと高頻度に併存し、両者の寄与を分けて評価する必要がある
眼球の前後位置は正常だが、見かけ上突出して見える による露出の増加が原因の一つになる
の対側で生じる代償性の偽性 対側が真に下垂しているとき、を含む両眼共通の神経支配()によりの瞼が過剰に挙上して見える だけを見るとのように見えるが、患側の下垂を治療すると消退する

は上眼瞼・下眼瞼のどちらでも起こり、露出するの位置が異なる。正常な上眼瞼はより1〜2mm下方に位置し、上は瞼縁と輪部上端の間にが露出する状態を指す。から上眼瞼縁までの距離(MRD-1、正常4〜5mm)を超えれば上を疑う1。下は瞼縁が輪部下端より下がり間にが露出する状態で、から下眼瞼縁までの距離(MRD-2、正常5.5mm未満)を超えれば疑う2

の文脈では3つの徴候名が使われる。 安静時の上、下方視で上眼瞼が眼球の下方への動きに追随せず遅れるのは、両者が重なって生む「凝視するような・驚いたような外観」はと呼ばれる。の初発徴候として最も高頻度で、患者の最大90%にみられる3

病態生理

瞼縁の位置は、支配の骨格筋)・(交感神経支配の平滑筋)・下眼瞼ではという複数の力のつり合いで決まる(解剖学 7.4)。は全身のを高める状態であり(病態生理 1-19)、この亢進がにも及ぶ。はこのつり合いが崩れる機序で3群に整理できる。

機序 代表
①交感神経性 によるの亢進がの過緊張を招く 原因を問わずどのでも起こりうる。に限らない
②筋性・機械的 でのの線維化と、外傷後や術後の瘢痕・ が最多。そのものが瞼を機械的に押し出すことも寄与する
③神経性 でのによる、対側へのによる代償 局在診断につながる。の随伴所見としてのも参照

💡 ①と②の違いが実務で重要になる。 ①交感神経性のは甲状腺機能が正常化すれば軽快しうるが、②筋性・機械的な線維化・は甲状腺機能を治療しても自然には戻らず、瘢痕が固定したあとに手術でしか矯正できない。

⚠️ 見逃してはいけないもの

危険度の高い順に並べる。

  • ⚠️ から角膜潰瘍・穿孔。を来し、のたびに角膜上方が保護されないまま曝露される。の初期はにとどまるが、放置すれば角膜潰瘍・穿孔という不可逆的な転帰に至るため、原因検索と並行して眼表面保護を最優先する。
  • ⚠️ の程度は甲状腺機能や治療経過と必ずしも並行しない。の腫大がで視神経を圧迫すると急速なを来し、緊急の評価を要する。病期に応じた薬物治療はの項に譲る。
  • ⚠️ を示唆する 両側性のを伴えば、を含むや閉塞性水頭症を疑う緊急である(神経学 G2-06)。甲状腺機能が正常なのにがあるときほど、この鑑別を飛ばさない。

鑑別の進め方

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='eyelid retraction'>眼瞼後退</span>に気づく"] --> B["甲状腺機能・TRAbを測定<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='Hertel exophthalmometer'>Hertel眼球突出計</span>で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='exophthalmos'>眼球突出</span>の有無を確認"]
    B --> C{"片側性か両側性か"}
    C -->|"両側性・甲状腺機能異常あり"| D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='thyroid eye disease'>甲状腺眼症</span>を疑う<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='active phase'>活動期</span>か<span class='jp-term jp-term-diagram' title='inactive (quiescent) phase'>非活動期</span>かを評価"]
    C -->|"片側性"| E{"挙上試験で対側の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ptosis'>眼瞼下垂</span>があるか"}
    E -->|"あり"| F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Hering&#39;s law'>Heringの法則</span>による<br>代償性の偽性<span class='jp-term jp-term-diagram' title='retraction'>後退</span>と判断"]
    E -->|"なし"| G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='neurological'>神経学的</span>所見を確認"]
    C -->|"両側性・甲状腺機能は正常"| G
    G --> H{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='vertical gaze palsy'>垂直注視麻痺</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='light-near dissociation'>対光近見解離</span>を伴うか"}
    H -->|"伴う"| I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Collier sign'>Collier徴候</span>として<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dorsal midbrain syndrome'>中脳背側症候群</span>を評価<br>頭部MRIで<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pineal region tumor'>松果体部腫瘍</span>・水頭症を検索"]
    H -->|"伴わない"| J["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='facial nerve palsy'>顔面神経麻痺</span>による<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lagophthalmos'>兎眼</span>、<br>瘢痕・術後変化などの機械的原因を検索"]
    D --> K["原因検索と並行して眼表面保護を開始"]
    F --> K
    I --> K
    J --> K

対応の考え方

所見自体への介入と、原疾患の治療のどちらに委ねるかは機序で分かれる。

  • 眼表面保護はどの機序でも共通の初期対応になる。 、夜間の補助でを予防する。
  • 交感神経性(①)は甲状腺機能の正常化で軽快しうる。 そのものの治療がへの介入になる。
  • 筋性・機械的(②)は甲状腺機能を治療しても自然には戻らない。 一時的な矯正には、側からを注射しの緊張を弱める方法が、永久的な矯正までのつなぎとして用いられる1
  • の外科的矯正はを過ぎてから行う。 リハビリテーション手術()はを除きに限られ、の順で段階的に進める4の測定値が少なくとも6か月安定してから手術を計画する1
  • 神経性(③)は原因の局在診断そのものが対応になる。 なら中脳背側の器質病変、によるなら末梢顔面神経の評価、対側代償なら原疾患であるの治療に委ねる。

まとめ

  • は瞼が上がりすぎているのではなく瞼縁との位置関係の異常で、上方または下方の露出で診断する。との区別と、の原因になりうる点が最初の分岐になる。
  • 機序は交感神経性(の過緊張、一般で起こる)・筋性/機械的(の線維化・、瘢痕、術後)・神経性(、対側へのによる代償)の3群に整理する。
  • 最も見逃してはいけないのはからの角膜潰瘍・穿孔で、次いでが示唆する・水頭症)である。
  • 鑑別は甲状腺機能・突眼から片側/両側、対側の有無、所見の順に進める。
  • 対応は眼表面保護が共通の土台で、交感神経性は甲状腺機能の正常化、筋性・機械的はによる一時的矯正と術、神経性は原因の局在診断に委ねる。

出典

  1. 1.Upper Eyelid Retraction(American Academy of Ophthalmology (EyeWiki)・2026)正常な上眼瞼は角膜輪部より1〜2mm下方に位置し眼瞼後退は瞼縁と角膜輪部の間に強膜が露出する状態であること、MRD-1(正常4〜5mm、それを超えると後退)やMPLD(正常3.5〜5.5mm、5.3mm超で後退)で定量できること、原因を神経性(対側眼瞼下垂へのHering則による代償、中脳背側症候群のCollier徴候)・筋性(甲状腺眼症が最多、術後変化)・機械的(眼球突出、瘢痕、眼窩骨折、コンタクトレンズ)・先天性に分類する枠組み、甲状腺眼症による上眼瞼後退へ結膜側からのボツリヌス毒素A注射が永久的な手術前の一時的な内科的管理として用いられること、甲状腺眼症では手術前に後退の測定値が少なくとも6か月安定していることを要することを確認した閲覧 2026-08-03
  2. 2.Lower Eyelid Retraction(American Academy of Ophthalmology (EyeWiki)・2026)下眼瞼後退は瞼縁が下方角膜輪部よりも下がり両者の間に強膜が露出する状態で、MRD-2(正常5.5mm未満、それを超えると後退)で定量できること、甲状腺眼症(瞼板下筋膜の線維化)が最も頻度の高い原因であり術後瘢痕・顔面神経麻痺・加齢性弛緩・先天性も原因になること、軽症は人工涙液で対応し重症は障害された層(前葉・中葉・後葉)に応じたスペーサー移植や中顔面リフトなどの手術を要することを確認した閲覧 2026-08-03
  3. 3.Thyroid Eye Disease(American Academy of Ophthalmology (EyeWiki)・2026)眼瞼後退(Dalrymple徴候)が甲状腺眼症で最も高頻度にみられる初発徴候で患者の最大90%にみられること、Dalrymple徴候(安静時の上眼瞼後退)・von Graefe徴候(下方視で上眼瞼が眼球の動きに追随せず遅れる所見)・Kocher徴候(凝視するような・驚いたような外観)という3つの徴候名が記載されていることを確認した閲覧 2026-08-03
  4. 4.Comparison of the 2021 EUGOGO guidelines and the 2022 ATA/ETA consensus statement for the management of Graves' orbitopathy(European Thyroid Journal(Bartalena et al.)・2025)リハビリテーション手術(眼窩減圧・眼筋手術・眼瞼手術)は緊急減圧を除き待機的手術であり甲状腺眼症の非活動期に限られること、標準的な手順は眼窩減圧を先行させ次に眼筋手術、最後に眼瞼手術を行う段階的アプローチであることを確認した閲覧 2026-08-03