症状ノート一覧へ

Symptoms · Published

前房蓄膿

Hypopyon

別名
前房膿瘍
臓器系
眼科
科目
Medical MicrobiologyInternal MedicinePediatrics
トピック
微生物学 5/3:眼感染を起こす細菌とウイルス(一覧)とその診断内科学 S-48:血清反応陰性脊椎関節炎内科学 R-07:小血管炎小児科 3-03:小児脳腫瘍と網膜芽細胞腫
関連疾患
ベーチェット病角膜炎眼内炎網膜芽細胞腫

🧠 全体像は症状ではなく所見である。実体は内に貯留した炎症細胞——主に好中球——がで下方に沈降し、前面との間に水平な液面をつくったものにすぎず、それ自体は診断名ではない。同じ「白っぽい液面」という見た目の裏に、感染性(角膜潰瘍)、・無菌性(前部ぶどう膜炎、とくにHLA-B27関連や)、腫瘍性の細胞沈降()という機序の全く異なる病態が同居しており、臨床の仕事は「がある」ことの確認では終わらず「何のか」を決めることにある。

定義と用語の整理

同じ「下方の液面」でも中身が違えば意味が変わるため、近縁の所見と並べて整理する。

所見 中身 色調・性状 代表病態
(本ノートの主題) 好中球主体の炎症細胞 白〜黄白色、水平な液面 感染性(角膜潰瘍)、(前部ぶどう膜炎)
出血 赤血球 赤色〜赤褐色 外傷、
腫瘍細胞(白血病細胞・細胞) 白〜血性を帯びることがある、フィブリンに乏しい 白血病の再発・

という語自体は重症度の指標であって病名ではない。 眼痛を伴って初診する患者でを見つけたら、そこで診断を終えず、感染性か無菌性か腫瘍性かを次に決めにいく。

病態生理

すべてのは、の破綻により炎症細胞が内へ滲出し、に従って下方へ沈降するという同じ物理過程をたどる。何が細胞を動員するかで3系統に分けると整理しやすい。

  • 感染性:細菌・真菌がで増殖すると、因子に応じて好中球が強く動員される。角膜潰瘍では緑膿菌・肺炎球菌などが、術後・外傷後のではグラム陽性菌(が主体)が典型的なになる。
  • ・無菌性:前部ぶどう膜炎、とくにHLA-B27関連のでは、病原体が存在しないまま自己免疫性の炎症カスケードが好中球とフィブリンを内へ引き込む。
  • 腫瘍性(:白血病細胞や細胞が内にしたもので、炎症細胞ではなく腫瘍細胞そのものが沈降している点で真のと区別される1

💡 実際の疫学でも、この二極性がそのまま表れる。に救急受診した患者の約半数はHLA-B27関連が中心のぶどう膜炎性で視力予後が良く、残り半数はで視力予後が不良という報告があり、良性群と悪性群がほぼ同じ頻度で混在する2

所見の質から原因を推定する

は「ある・ない」だけでなく、質感が原因を示唆する

  • 動きやすくサラサラした(フィブリンに乏しい)は、HLA-B27関連前部ぶどう膜炎やなどを示唆する。
  • 粘稠でフィブリンに富み動きにくいは、感染性を示唆する。

この違いを利用した診察手技が(頭位を横に傾けて10分ほど置く)で、フィブリンに乏しい物は方向へ移動するのに対し、フィブリンに富む感染性の物質はより性が強く位置を変えてもほとんど動かない3。この所見単独で感染性を除外することはできないが、所見に迷ったときの補助的な手掛かりになる。

⚠️ 見逃してはいけないもの

危険度の高い順に並べる。

  • ⚠️ 眼内手術後・穿孔性眼外傷後・内因性(全身のからの)のいずれも時間単位で視力を失いうる眼科緊急である。水よりも検体の方が培養陽性率が高く、視力が以上なら水・のタップと投与、以下なら早期のという視力に応じた方針が確立している4
  • ⚠️ 角膜潰瘍に伴う 角膜潰瘍を伴うことは潰瘍が重症であることの証拠であり、進行すれば穿孔に至りうる。
  • ⚠️ 小児の びまん様の腫瘍細胞で発症することがあり、といった通常のぶどう膜炎・に伴う炎症所見を欠く点が手掛かりになる1。小児のは緊急の眼科紹介の適応である。
  • ⚠️ 白血病性 を中心に、血性を帯びフィブリン反応を欠くがみられ、副腎皮質ステロイドに反応せず、白血病の再発・の初発徴候になりうる5
  • ⚠️ 原因を確定する前に副腎皮質ステロイド点眼を開始しない。 感染性であればステロイドはかえって病原体の増殖を助け、・穿孔・への進行を早める。

鑑別の進め方

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='slit-lamp examination'>細隙灯検査</span>で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypopyon'>前房蓄膿</span>を確認"] --> B{"眼内手術・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='penetrating trauma'>穿孔性外傷</span>の<br>既往があるか"}
    B -->|"あり"| C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='endophthalmitis'>眼内炎</span>として扱い<br>緊急の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='anterior chamber'>前房</span>水・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='vitreous body'>硝子体</span>タップへ"]
    B -->|"なし"| D{"小児で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='leukocoria'>白色瞳孔</span>を伴うか"}
    D -->|"あり"| E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='retinoblastoma'>網膜芽細胞腫</span>を疑い<br>緊急小児眼科紹介"]
    D -->|"なし"| F{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='corneal infiltrate'>角膜浸潤</span>・角膜潰瘍を伴うか"}
    F -->|"あり"| G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='infectious keratitis'>感染性角膜炎</span>の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='severe features'>重症所見</span>として<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='corneal scraping'>角膜擦過</span>培養へ"]
    F -->|"なし"| H{"全身の自己免疫兆候<br>(口腔・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='genital ulcer'>外陰部潰瘍</span>、<span class='jp-term jp-term-diagram' title='inflammatory back pain'>炎症性腰痛</span>)は"}
    H -->|"あり"| I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='HLA-B27-associated uveitis'>HLA-B27関連ぶどう膜炎</span>・<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='Behçet disease'>Behçet病</span>として評価"]
    H -->|"なし"| J{"血性を帯び<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='blood dyscrasias'>血液疾患</span>の背景があるか"}
    J -->|"あり"| K["白血病性<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pseudohypopyon'>偽前房蓄膿</span>を疑い<br>血液内科と連携"]
    J -->|"なし"| L["特発性前部ぶどう膜炎として<br>眼科で経過を追う"]

対応の考え方

そのものを吸引・除去することは、通常は治療の中心にならない。無菌性のものは原疾患の炎症が制御されれば自然に吸収される。治療のは、感染性か無菌性かを最初に決めることにある。

  • 感染性が疑われれば、に向けた治療を急ぐ。 角膜潰瘍なら培養に基づく抗菌薬点眼、なら水・の検体採取と視力に応じた投与・に進む4
  • 無菌性であれば、原疾患への抗炎症治療に委ねる。 HLA-B27関連前部ぶどう膜炎やでは、そのものではなく背景にある全身性の炎症を制御することで消退する。
  • 腫瘍性()はとしての治療対象ではない。 ・白血病いずれも、への全身治療に委ねる。では生検・穿刺が腫瘍の眼外播種を招くため、診断確定前の穿刺的処置は避ける。
  • ⚠️ 原因が確定するまで副腎皮質ステロイド点眼を開始しない。 感染性か無菌性かの判断を誤ったままステロイドを使うと、感染性の場合は増悪を招く。

まとめ

  • は診断名ではなく所見で、好中球主体の炎症細胞がで沈降し水平な液面をつくったものである。
  • 原因は感染性(角膜潰瘍・)、・無菌性(HLA-B27関連前部ぶどう膜炎・)、腫瘍性(白血病・による)の3系統に分かれ、頻度はほぼ二極化する。
  • 動きやすくフィブリンに乏しいを、粘稠でフィブリンに富み動きにくいは感染性を示唆する。
  • 最も危険なのはで、視力に応じてタップ+か早期かを選ぶ時間単位の緊急疾患である。小児のではを、血性で治療抵抗性のでは白血病を疑う。
  • 治療の第一分岐は感染性か無菌性かの判断であり、原因確定前の副腎皮質ステロイド点眼は避ける。

出典

  1. 1.Etiology of hypopyon in patients presenting acutely to the emergency eye department and characteristics of hypopyon uveitis(Canadian Journal of Ophthalmology・2025)426件の前房蓄膿エピソードを後ろ向きに検討し、約半数がぶどう膜炎性(うち最多の単一原因はHLA-B27関連ぶどう膜炎34.3%)で若年・視力予後良好、残り半数が感染性角膜炎(29.3%)・眼内炎(14.8%)で視力予後不良という二極化を確認した。閲覧 2026-08-03
  2. 2.Endophthalmitis(American Academy of Ophthalmology (EyeWiki)・2026)術後眼内炎に関する大規模無作為化比較試験EVSに基づき、視力が手動弁以上なら前房水・硝子体液のタップと硝子体内抗菌薬(バンコマイシン+セフタジジムまたはアミカシン)投与を行い、光覚弁以下なら早期の硝子体手術を行う方針、および前房水より硝子体検体の培養陽性率が高いことを確認した。閲覧 2026-08-03
  3. 3.Infectious Endophthalmitis vs Noninfectious 'Pseudohypopyon' After Intravitreal Triamcinolone Acetonide(Journal of Vitreoretinal Diseases・2023)頭位を10分程度傾ける体位変換試験で、感染性の前房蓄膿はフィブリンに富み粘稠で位置を変えても動きにくいのに対し、フィブリンに乏しい非感染性の沈殿物は重力方向へ数分〜10分程度で移動しうることを確認した。閲覧 2026-08-03
  4. 4.Retinoblastoma presenting as pseudohypopyon and preserved visual acuity(American Journal of Ophthalmology Case Reports・2021)びまん浸潤型網膜芽細胞腫が前房蓄膿様の腫瘍細胞沈殿(偽前房蓄膿)で発症しうること、その際は羞明・結膜充血・房水フレア・角膜後面沈着物など通常のぶどう膜炎・眼内炎に伴う炎症所見を欠く点が鑑別の手がかりになることを確認した。閲覧 2026-08-03
  5. 5.Leukemic pseudohypopyon(University of Iowa (EyeRounds)・2019)急性リンパ性白血病を中心とする白血病性偽前房蓄膿は血性を帯びフィブリン反応を欠く点で感染性・炎症性の前房蓄膿と区別され、副腎皮質ステロイドに反応せず、白血病の再発・急性転化の初発徴候になりうることを確認した。閲覧 2026-08-03