微生物学

微生物学 · 2/14

エルシニア属(ペスト菌とエルシニア症)

Yersinia genus (Y. pestis and yersiniosis)

微生物
Yersinia enterocoliticaYersinia pestis
疾患
ペスト

🧠 Yersinia属菌はすべて「の」と「低温での増殖」という共通の身分証を持つが、伝播経路が病像を丸ごと決める。 糞口感染(生・加熱不十分な豚肉が最大の感染源)で腸に入るY. enterocolitica・Y. pseudotuberculosisは腸炎という「局所の病気」に留まるのに対し、や(げっ歯類由来)で侵入するY. pestisは由来の(Yersinia outer proteins)でを無力化し全身に広がる「()」という致死的なを起こす。同じ属・同じ武器()でも、入り口が違うだけで運命が変わる好例として読む。

Yersinia enterocolitica・Y. pseudotuberculosis(エルシニア症)

形態・生化学的性状

項目 内容
形態 グラム陰性桿菌。で「」の外観を呈する
生息地 人獣共通感染症
莢膜 あり()
増殖特性 低温でも増殖・運動可能(多くの腸内細菌科と異なり寒冷環境を好む)

💡 低温増殖性は診断にそのまま応用される。 「」と呼ばれる手法で、便検体を4℃で保存・培養すると、他の常在腸内細菌の増殖が抑えられる一方でYersiniaだけが増殖できるため、選択的に分離できる。

⚠️ 同じ低温増殖性が、輸血関連敗血症という致命的な副産物を生む。 は4℃前後で保存されるが、Y. enterocolitica はこの温度で増殖できるため、無症状の菌血症のドナーから採血された血液バッグの中で保存期間中に増え続ける。10〜25 CFU/バッグという極少量を接種した実験でも、保存14〜21日目には約10⁹ CFU/mLの定常期に達する——だからこその生物学的製剤標準化専門委員会は Y. enterocolitica をの評価用の参照株に採用している1。「低温で増える」は試験対策の語呂ではなく、輸血医学の実務上の問題である。

感染経路

⚠️ 最大の感染源は加熱不十分な豚肉であり、動物やその糞便との接触は頻度の低い経路である。 米国は「Yersinia感染は生または加熱不十分な豚肉の摂取と結びつくことが多い」を要点の筆頭に置き、よくある原因として①汚染された食品(とくに生または加熱不十分な豚肉)、②チトリンズなど豚肉製品を調理した人との接触の2つを挙げる2。汚染された・未処理の水の摂取、動物・その環境・その糞便との接触、ヒト-ヒト接触は頻度の低い原因の側に置かれている2。

区分 経路
よくある原因 生・加熱不十分な豚肉の摂取/豚肉製品を調理した人の手を介した接触2
頻度の低い原因 汚染された・未処理の水の摂取/動物・その環境・その糞便との接触/ヒト-ヒト接触(感染児のおむつ交換後の不十分な手洗いなど)2
  • 小児のほうが成人より感染しやすい2
  • 人獣共通感染症で、ブタが主要な保有動物である。げっ歯類・イヌなども本菌を保有しうるが、これらとの接触は上表の「頻度の低い原因」に当たる経路として扱う
  • 予防の要点は豚肉の十分な加熱と、豚肉を扱ったあとに乳幼児・哺乳瓶・・玩具へ触れる前の手洗いである2

病原性因子

⚠️ 鉄過剰とが本菌のを跳ね上げる。 Y. enterocolitica の主要血清群(O3・O9)はを自前で持たないため、宿主側の鉄が利用可能かどうかで病原性が決まる。マウスでは投与が半数を約10分の1に下げるのに対し、(デス)は10万分の1以下にまで下げた——この薬は菌にとって「そのまま使える」として働いてしまう3。・の鉄過剰で治療中の患者に全身性が起こりやすいのはこのためである。

臨床像

= 胃腸炎+腸炎、または胃腸炎+(Y. pseudotuberculosis)

  • 菌血症に伴う炎症・により、小児では血性下痢を起こす
  • 全身症状:発熱、、膿瘍形成
  • 合併症:
合併症 内容
年長児ではに酷似しうる()
免疫複合体形成 成人では関節炎や(spondylitis ankylopoetica、Bechterew病)を起こす
その他 、肝炎、骨髄炎、敗血症

⚠️ はの重要な。 年長児の痛でYersiniaによるを虫垂炎とし、不要な手術に至る例が国家試験でも頻出のひっかけポイントである。

診断

  • 血液寒天培地:(「」)
  • またはを4℃で培養
  • 血清学的検査

治療

+アミノグリコシドの併用

💡 ただし腸炎そのものは多くが自然軽快する。 抗菌薬が要るのは菌血症・全身感染・免疫不全者・鉄過剰患者などの重症例で、健常者の単純な胃腸炎に対する抗菌薬の有益性は確立していない。上の併用は重症・全身感染を想定した組み合わせとして読む。


Yersinia pestis(ペスト菌)

形態・生化学的性状

項目 内容
形態 グラム陰性桿菌。で「」の外観
細胞内寄生性
生息地 人獣共通感染症(主にげっ歯類=ネズミ・など)
莢膜 あり()
その他の因子 プロテアーゼ遺伝子——C3bを分解し、を妨げる

病原性因子

  • 主要なはげっ歯類・プレーリードッグ
  • 伝播経路は(げっ歯類を吸血したノミ)または飛沫感染(=ヒト-ヒト感染)
  • (type III secretion system, )により(、Yersinia outer proteins)を注入し、マクロファージ・好中球の・サイトカイン産生を阻害する機能不全を誘導——これにより菌は急速に増殖・拡散する4

💡 は「温度スイッチ」で動く。 ノミの体内を通過している間、Y. pestis の遺伝子は発現していない。宿主に入った瞬間の温度上昇で急速に誘導され、宿主細胞と接触すると膜に孔をあける複合体が組み上がり、そこからYopsが宿主細胞質へ注入される4。「ノミの中では大人しく、ヒトに入った途端に武装する」という切り替えが、伝播と病原性を両立させている。

臨床像

(、“Black Plague”)

病型 特徴
皮膚に——腫脹し圧痛を伴うリンパ節
→リンパ節→血流に達し、罹患組織が黒色化・壊死する。皮膚などの臓器で出血性炎症・膿瘍・を起こしうる
未治療ではほぼ確実に致死的(従来「致死率100%」と教えられる)。呼吸困難・の・胸痛を呈する。大きなによる ヒト-ヒト感染を起こす唯一の病型で、を要する

⚠️ 未治療致死率は病型で桁が違い、治療の有無で大きく動く。 の2021年ガイドラインは、未治療のの致死率を66%、抗菌薬治療により13%とし、未治療のは「ほぼ確実に」と記述する5。またヒト-ヒト伝播を起こす病型はだけで、空気中に長く漂わない大きなによる伝播であるため、標準的なで対応する5。「の致死率」と一括りにせず、病型と治療の有無で分けて覚える。

flowchart TD
  A["Yersinia pestis<br>(げっ歯類が<span class='jp-term jp-term-diagram' title='reservoir host'>貯蔵宿主</span>)"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='flea bite'>ノミ刺咬</span>"]
  A --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='respiratory droplets'>飛沫</span>(ヒト-ヒト、<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pneumonic plague'>肺ペスト</span>由来)"]
  B --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bubonic plague'>腺ペスト</span><br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='buboes'>バブー</span>形成)"]
  D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='septicemic form'>敗血症型</span><br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tissue necrosis'>組織壊死</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='disseminated intravascular coagulation'>DIC</span>)"]
  C --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pneumonic plague'>肺ペスト</span><br>(未治療でほぼ確実に致死的)"]

診断

  • 培養は安全でないため推奨されない
  • 検体:喀痰、血液、髄液
  • 血清学的検査:血液から

治療

・は単剤治療が第一選択( 2021年改訂)——アミノグリコシド系(または)、(・・、2021年改訂で第一選択に追加)、ドキシサイクリンのいずれかを単剤で用いる。アミノグリコシド+ドキシサイクリンなどの併用療法は・髄膜炎・重症例に限る5。治療期間は10〜14日5。

⚠️ 「といえば」はもう正確ではない。 2000年の旧勧告からの主な変更点は、(1) が「代替」から第一選択(preferred)へ格上げされ、(2) ・が新たに第一選択または代替として収載され、(3) 病型別(腺・・肺・咽頭・髄膜)に勧告が拡張されたことである5。アミノグリコシド・フルオロキノロン・テトラサイクリンのいずれも第一選択になりうる。はより入手性・使いやすさで優先される。散布()が疑われる場合は、最初から異なる2系統の併用とし、臨床改善後に単剤へ絞る5。

予防:ではなくによる(有効性は高くない)

まとめ

  • Yersinia属は()と低温増殖性を共有するが、伝播経路によって病像が大きく分かれる。
  • Y. enterocolitica・Y. pseudotuberculosisは糞口感染で腸炎・を起こし、後者はとされうる。最大の感染源は生・加熱不十分な豚肉で、汚染された・未処理の水や動物・その糞便との接触は頻度の低い原因である2。合併症として成人の・がある。
  • Y. pestisはげっ歯類をとし、または飛沫感染で伝播、由来のでマクロファージ・好中球の機能を阻害し急速に拡散する。
  • は()→(・)→(未治療でほぼ確実に致死的、ヒト-ヒト感染)という進展を示す5。
  • Y. pestisの培養は危険なため推奨されず、治療はアミノグリコシドまたはフルオロキノロンの単剤が第一選択で、併用療法は・髄膜炎など重症例に限る( 2021年改訂でが第一選択へ格上げ、・が新収載)5。
  • 致死率は病型で分けて覚える:未治療の66%→治療で13%、未治療のはほぼ確実に致死的。ヒト-ヒト伝播を起こすのはのみ5。

出典

  1. 1.Establishment of transfusion-relevant bacteria reference strains for red blood cells(Vox Sanguinis / ISBT Working Party on Transfusion-Transmitted Infectious Diseases・2021)赤血球濃厚液は低温保存下でも細菌汚染を受けうること、少数(10〜25 CFU/バッグ)を接種した Yersinia enterocolitica は保存14〜21日目に定常期に達し約10⁹ CFU/mLに増殖すること、そのため WHO 生物学的製剤標準化専門委員会が Y. enterocolitica を赤血球濃厚液の公式参照株として採用したことを確認した閲覧 2026-08-26
  2. 2.About Yersinia Infection(Centers for Disease Control and Prevention・2024)cdc.gov 直接取得は bot 判定で 403 だったため、Wayback Machine の保存版(`https://web.archive.org/web/20260901231107id_/https://www.cdc.gov/yersinia/about/index.html`、ページ末尾の更新表示は April 25, 2024)を `curl --compressed` で取得して逐語を確認した。要点の筆頭が「Infection with Yersinia is often linked to eating raw or undercooked pork.」であり、感染のよくある原因(Common causes of infection)が①汚染された食品、とくに生または加熱不十分な豚肉、②チトリンズなど豚肉製品を調理した人との接触の2つ、頻度の低い原因(Less common causes of infection)が①汚染された牛乳や未処理の水を飲むこと、②動物・その環境・その糞便との接触("Contact with animals, their environments, or their poop")、③ヒト-ヒト接触の3つであることを確認した。本文に「puppy(子犬)」「rodent(げっ歯類)」の語は無い。あわせて、小児のほうが成人より感染しやすいこと、症状が年齢で異なり幼児では発熱・腹痛・血性下痢、年長児と成人では発熱・右側腹部痛で虫垂炎と混同されうること、診断が検査室検査によること、大半の患者は幼児を含め抗菌薬なしで回復し抗菌薬は重症例に限られること、血性下痢に止痢薬を使わないこと、調理後に小児や哺乳瓶・おしゃぶり・玩具へ触れる前の手洗いを促していることを確認した。閲覧 2026-09-28
  3. 3.Effects of iron and desferrioxamine on infections with Yersinia enterocolitica(Infection and Immunity・1985)マウスで鉄デキストランは Yersinia enterocolitica O3・O9 の半数致死量を約10分の1に下げるのに対し、鉄キレート薬デセフェロキサミン(デフェロキサミン)は10万分の1以下にまで下げること、これが鉄過剰状態の患者が全身性エルシニア症に罹りやすい理由の一部を説明することを確認した閲覧 2026-08-26
  4. 4.The Yersinia pestis type III secretion system: expression, assembly and role in the evasion of host defenses(Immunologic Research・2013)Yersinia pestis のIII型分泌装置はノミ体内の通過中には発現せず、哺乳類宿主に入った時点の温度上昇で急速に誘導されること、宿主細胞と接触すると膜孔を作るトランスロコン複合体を介して Yops(Yersinia outer proteins)を宿主細胞質へ注入し、細菌の貪食を阻害し炎症性サイトカイン産生を抑制することを確認した閲覧 2026-08-26
  5. 5.Antimicrobial Treatment and Prophylaxis of Plague: Recommendations for Naturally Acquired Infections and Bioterrorism Response(Centers for Disease Control and Prevention (MMWR Recommendations and Reports)・2021)自然発生のペストでは単剤治療が推奨され、重症の敗血症型・肺ペストや意図的散布後の症例では異なる2系統による併用療法を初期治療とし臨床改善後に単剤へ絞ること、シプロフロキサシンが代替から第一選択(preferred)へ格上げされ、レボフロキサシン・モキシフロキサシンが新たに第一選択または代替として収載されたこと、治療期間は10〜14日であること、未治療の腺ペストの致死率は66%で抗菌薬治療により13%まで低下すること、未治療の肺ペストはほぼ確実に致死的であること、ヒト-ヒト伝播を起こす病型は肺ペストのみで飛沫予防策が必要であることを確認した閲覧 2026-08-26