Medical Microbiology

Medical Microbiology · 2/27

ボツリヌス菌とクロストリジオイデス・ディフィシル

Clostridium botulinum and C. difficile

応用トピック
クロストリディオイデス・ディフィシル感染症
微生物
Clostridioides difficileClostridium botulinumClostridium novyiClostridium perfringensClostridium septicumClostridium tetani
疾患
クロストリディオイデス・ディフィシル感染症ボツリヌス症血清病
症状
眼瞼下垂弛緩性麻痺

🧠 破傷風毒素の「鏡像」として読む。 どちらもSNARE(可溶性NSF付着タンパク質受容体, Soluble NSF Attachment protein REceptor)タンパク質を切断するという同じ酵素活性を持つが、標的とする神経伝達物質とそのが逆——は脊髄の抑制性ニューロン(GABA=ガンマアミノ酪酸, gamma-aminobutyric acid・グリシン)を止めてを起こすのに対し、は末梢の興奮性アセチルコリン放出そのものを止めるためになる。一方、同じ回でまとめて扱うC. difficileは全く別の話——毒素で神経を狙うのではなく、A毒素・B毒素でを直接破壊する菌であり、しかも自然界の菌というより抗菌薬による破壊の産物として発症する点が対照的である。

ボツリヌス菌

形態・生化学的性状

Clostridium属に共通する性質(グラム陽性・)を持つ。

項目 内容
形態 、太い鞭毛を持つ
発育条件
芽胞 中央〜端寄り(central/subterminal)に位置

病原性因子

  • 宿主・感染源:土壌、埃
  • 伝播経路不適切な缶詰・瓶詰食品蜂蜜(芽胞がな環境)の摂食、あるいは感染創傷(外傷)
  • ——(60℃・10分の加熱で失活する)

発症までの機序

  1. 芽胞が発芽して産生された毒素が腸管から吸収され、血流に乗ってへ運ばれる(血液脳関門を通過できないため中枢神経系には到達しない
  2. PNSでプロテアーゼとして働き、を切断して終末からのアセチルコリン放出を阻害する→可逆性の
flowchart TD
  A["芽胞由来の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='botulinum toxin'>ボツリヌス毒素</span>(AB型)"] --> B["腸管から吸収され血流へ"]
  B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='PNS'>末梢神経系</span>に到達<br>(血液脳関門は通過できない)"]
  C --> D["SNARE タンパク質を切断"]
  D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='motor neuron'>運動神経</span>終末からの<br>アセチルコリン放出を阻害"]
  E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='flaccid paralysis'>弛緩性麻痺</span>(可逆性)"]

臨床像:ボツリヌス症

病型 機序 症状
未加熱の缶詰食品中に既に存在する毒素を摂食する食餌性中毒(=毒素が循環血中に入る) (破傷風とは対照的)。——)が先行し、その後下方へ進行。腹痛、により死亡しうる
蜂蜜中の芽胞を摂食し、(腸管内)で毒素が産生される感染型(潜伏期約6ヶ月)——乳児の腸内には成人のような競合する正常フローラが未発達なため発症する。 、嚥下障害、便秘、哺乳力低下、減弱。に至ることもある
創傷内で毒素が産生される(潜伏期は長い) 食餌性中毒と同様の症状

⚠️ 乳児に蜂蜜を与えてはいけない理由。 蜂蜜にはC. botulinumの芽胞が混入しうる。成人の腸内では正常フローラが芽胞の発芽・定着を抑えるが、1歳未満の乳児はが未成熟なため芽胞が発芽・定着し、腸管内で毒素産生が起こる()——このため1歳未満児への蜂蜜投与は禁忌とされる。

診断・治療

項目 内容
診断 糞便・食品・血清からの菌または毒素の分離による(患者血清を用いることが多い)。血清学的検査:
治療 受動免疫——年齢層で製剤が異なる。:BabyBIG抗A型・抗B型免疫グロブリン)。成人・1歳以上(食餌性・創傷性):(ウマ由来、血清型A〜G全てをカバー)——⚠️ は乳児には使用しない(アナフィラキシー・のリスク、のBabyBIGの方が安全かつ有効)。症状発現から24時間以内の投与が望ましく、循環血中の未結合毒素のみを中和するため既存の麻痺は改善しない

破傷風とボツリヌスの対比

同じ・同じSNARE切断という酵素機構を持ちながら、が異なるために正反対の麻痺型を呈する好対照である。

項目 破傷風(C. tetani
毒素の型 AB型(SNARE切断) AB型(SNARE切断)
作用部位 脊髄(中枢) (末梢)
阻害される伝達物質 抑制性:GABA・グリシン 興奮性:アセチルコリン
麻痺の型 (ブレーキが外れる) (アクセルが切れる)
進行パターン 全身性の持続痙攣 下行性(眼→下方)

ディフィシル(クロストリジオイデス・ディフィシル)

分類上は現在に再分類されているが、臨床では従来通り「C. difficile」と呼ばれることが多い。

形態・生化学的性状

項目 内容
形態
発育条件
芽胞 非常に抵抗性が強い芽胞を形成——環境中で長期間生存しにも強い
保菌率 成人の約1〜2%、新生児では約70%に定着

病原性因子

  • 院内感染としての下痢症——医療従事者の不十分なにより伝播
  • 芽胞は患者間で容易に伝播し、治療後も再発しやすい(芽胞が残存するため)
  • 通常はに競合排除されているが、抗菌薬投与により正常フローラが一掃されると異常増殖するリスクが高まる

2つの主要な外毒素

毒素 機序 効果
A毒素( 腸管のに結合し酵素を傷害 炎症、細胞死()、体液分泌亢進→水様性下痢
B毒素( アクチンをさせ細胞骨格のを破壊 壊死+黄灰色の滲出物が蓄積し、を覆うを形成
細菌の付着能を増強
flowchart TD
  A["抗菌薬投与により<span class='jp-term jp-term-diagram' title='normal intestinal flora (normal gut microbiota)'>正常腸内フローラ</span>が一掃"] --> B["C. difficile が異常増殖"]
  B --> C["A毒素:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='brush border'>刷子縁</span>を傷害"]
  B --> D["B毒素:アクチンを<span class='jp-term jp-term-diagram' title='depolymerization'>脱重合</span>"]
  C --> E["炎症・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hemorrhagic necrosis'>出血性壊死</span>・水様性下痢"]
  D --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='intestinal epithelial cell'>腸上皮細胞</span>壊死<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='pseudomembrane formation'>偽膜形成</span>"]
  E --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pseudomembranous colitis'>偽膜性大腸炎</span>"]
  F --> G

臨床像

  • A毒素による水様性下痢→重症化すると大腸炎を伴う
  • B毒素による——が覆う

診断

検査 内容
迅速検査 糞便中の毒素(菌体そのものではない)をELISAPCR(IC)で検出
培養 CCFA培地——C. difficile。コロニーは扁平・・灰色で「小屋様」のを呈する

治療・予防

  • 原因抗菌薬(例:クリンダマイシン)の中止——クリンダマイシンはC. difficile感染症の代表的な誘因薬であり、治療薬ではない点に注意
  • が初回・再発いずれも第一選択(IDSA/SHEA 2021年改訂)——経口バンコマイシンは有効な代替薬
    • ⚠️ メトロニダゾールは初回治療の第一選択からは外れている(バンコマイシン・に比べ治療成績が劣るため)。ただし劇症型(イレウス・ショック・)では高用量バンコマイシン(経口/経管、必要に応じ)に静注メトロニダゾールを併用する
  • 多回再発例では、直近6ヶ月以内の再発や高リスク例では抗体製剤の併用を検討する
  • 予防:徹底したアルコール手指消毒だけでは芽胞を除去できず石鹸と流水が必要)、患者の・隔離

まとめ

  • C. botulinumは(AB型、SNARE切断)によりアセチルコリン放出を阻害し弛緩性・を起こす——脊髄のを止めてを起こすとはが対照的。
  • は成人型(缶詰食品中の)・乳児型(蜂蜜由来の芽胞、腸管内毒素産生、)・創傷型の3病型に分かれる。
  • C. difficileは抗菌薬によるの破壊を契機に異常増殖する院内感染菌で、A毒素(水様性下痢)とB毒素()という性質の異なる2つの外毒素を持つ。
  • C. difficile感染症の治療の第一歩は原因抗菌薬(クリンダマイシンなど)の中止であり、その上でまたはを投与する(メトロニダゾールは初回治療の第一選択からは外れた)。難治・多回再発例ではを行う。
  • 診断はいずれも菌体でなく毒素そのものの検出(ボツリヌスは、C. difficileはELISA/PCR)が中心となる点が共通する。