脳神経内科学

脳神経内科学 · G1-32

排尿・排便障害

G1-32: Disturbance of micturition and defecation

前提:正常
自律神経系の微細構造・伝導路自律反射
疾患
神経因性膀胱馬尾症候群排尿筋括約筋協調不全

🧠 全体像:排尿・排便障害は、・腸管だけでなく、感染、前立腺、薬剤、骨盤底、腸管疾患を含む。急な尿閉、、新規の・下肢麻痺は・脊髄圧迫を示す緊急徴候である。

排尿の神経支配と病変高位

・排尿は末梢の3つの神経路と、それを統御する中枢からなる。

経路 神経 起始 働き
副交感神経 S2-S4 を収縮させ排尿を起こす
交感神経 胸T11-L2 にを抑制しを維持する
Onuf核 を収縮させにを保つ

この3経路の起始は1で確認できる。(Barrington核)は排尿中枢(S2-S4)へ下行し、の収縮との弛緩を協調させるとして働く23。はこのをに抑制・許可することで、排尿のタイミングをに適切な場面まで先送りする。

⭐️ 病変での型が決まる。

病変 代表疾患 ・協調の状態 臨床像
橋より 脳卒中、パーキンソン病、認知症 。ととの協調路は保たれる
橋との間(脊髄) 、 に加え、とが協調せず同時に収縮する(DSD)を伴いうる1 高尿。放置すると上部尿路障害に至りうる(下記)
・・末梢神経 病変、 ・ 、増加
期(急性期) 直後 (一過性) 。ショックが解除されるにつれへ移行しうる

⚠️ 上部尿路を傷めるのは「協調不全」そのものではなく時の高い膀胱内圧である。 による42例のコホートで、尿道からの漏出時膀胱内圧が40cmH2O以下だった群(20例)は0%・2例にとどまったのに対し、40cmH2Oを超えた群(22例)では68%・81%に達した4。ただしこのコホートは83%がで、を認めたのは42例中3例にすぎない。すなわちこの数値が示しているのは「DSDが上部尿路を傷める」ことではなく、原因が協調不全であれ低コンプライアンスであれ、時の内圧が高いこと自体が危険であるという点である。

⚠️ ただし、40 cmH2Oという圧を単独の危険指標として使うことを現行の神経泌尿器科ガイドラインは支持していない。 同ガイドラインは漏出時圧について「診断のとしては役に立たないようにみえる」とし、陽性所見の報告はあるものの「感度が低すぎて上部尿路への危険や二次的なを見積もれない」と述べている5。💡 これはMcGuireを否定するものではない。 40 cmH2Oを超える群が危ないこと(McGuireが示したこと)と、40 cmH2O以下なら安全だと言えること(=感度の問題)は別の主張である。危険度は病歴・・画像・尿流動態所見を合わせて層別化し、侵襲的に調べるならが最適の手技とされる5。

排便も同じ枠組みで整理できる。よりの脊髄病変(型)では、大脳からの抑制が失われる一方での排便自体は保たれるため、便は直腸に貯留し用手刺激などで反射的に排便を起こせる。・・末梢神経の病変()では自体が破綻し、括約筋が弛緩性となってをきたしやすい6。

排尿障害の分類

型 内容・典型的機序
腹圧性尿失禁 咳・くしゃみなど腹圧上昇時の漏れ。骨盤底・尿道支持の障害を考える。
強い尿意の直後に漏れる。、脳卒中、パーキンソン病、MSなど。
不完全排出・膀胱に伴う漏れ。、末梢神経障害、・など。
機能性尿失禁 移動・認知・環境の障害でトイレに間に合わない。
尿閉 急性なら疼痛・を伴い緊急処置が必要。慢性ではの原因になりうる。
・ は感染など、は排尿量・睡眠・心腎疾患・薬剤も含め評価する。

原因の整理

系統 代表例
神経系 MSの(のは自己申告68%・尿流動態評価64%7)、の、パーキンソン病の・頻尿(の27〜85%と報告8)、脳卒中、糖尿病性自律神経。
泌尿器・骨盤底 尿路感染症、良性、の・機能不全。
薬剤 利尿薬、鎮静薬、薬、オピオイドなど。薬剤の種類により頻尿・尿閉の方向が異なる。

評価と排尿管理

病歴では発症、頻度、夜間症状、尿意、漏れの状況、飲水、便通、薬剤、神経症状を聴く。腹部・、、、尿検査を基本とし、(飲水量、排尿時刻・量、失禁)でパターンを可視化する。はや複雑例で・排出機能を評価する。

管理 具体例
保存的 、時間排尿、、飲水・便通調整。
薬物・手技 のではまたはなどのを個別に選択する(強い推奨)。ただし尿流動態で確認されたを減らす目的では用いない(強い推奨)5。ではなど。A注入は注入部位で適応が違う——が無効なには(膀胱壁)へ注入する(強い推奨)のに対し、DSDに対するへの注入は効果が数か月にとどまり反復を要し、適応外である5。、手術は適応例で検討。
尿閉 原因を評価し、排出不全では実施可能なら間欠自己/介助をより優先する。はに比べ尿路感染・結石・尿路瘻・狭窄・尿路悪性腫瘍の頻度が低いとされる9。留置が必要なら適応を限定し感染・結石・を監視する。

排便障害の分類と原因

型 内容
便秘 排便回数減少・・・。、MS、パーキンソン病、脳卒中、オピオイド、抗うつ薬、低繊維・脱水・活動低下が原因となる。
下痢 軟便・が頻回。急性または4週超の慢性として感染、炎症、吸収不良、薬剤を評価。
不随意の便漏れ。神経障害、括約筋・骨盤底、便性状、認知・可動性を評価する。
閉塞性排便 直腸の構造的閉塞または骨盤底協調障害で排出困難。大腸癌などの症状を除外。

腹部診察とで、腫瘤、緊張を確認し、必要に応じ・を行う。・水分・規則的な食事・活動性を整え、便秘は原因に応じ、下痢は脱水を評価して原因治療、・閉塞性排便はを検討する。にはを選択する。

flowchart TD
    A["尿閉・失禁・便秘・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='fecal incontinence'>便失禁</span>を評価"] --> B{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='saddle anesthesia (saddle sensory loss)'>鞍部感覚低下</span>、下肢脱力、<span class='jp-term jp-term-diagram' title='acute urinary retention'>急性尿閉</span>/<span class='jp-term jp-term-diagram' title='fecal incontinence'>便失禁</span>はあるか"}
    B -->|"ある"| C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cauda equina'>馬尾</span>・脊髄圧迫を疑い緊急<span class='jp-term jp-term-diagram' title='magnetic resonance imaging'>MRI</span>と専門科連絡"]
    B -->|"ない"| D["病歴、薬剤、<span class='jp-term jp-term-diagram' title='neurological examination'>神経診察</span>、腹部・骨盤/<span class='jp-term jp-term-diagram' title='digital rectal examination, DRE'>直腸診</span>"]
    D --> E["尿検査、<span class='jp-term jp-term-diagram' title='residual urine (post-void residual)'>残尿</span>、<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bladder diary'>排尿日誌</span>、必要時尿流動態・内視鏡"]
    E --> F["原因別に保存的、薬物、<span class='jp-term jp-term-diagram' title='urinary catheterization'>導尿</span>、骨盤底、手術を選択"]

まとめ

  • 尿失禁は腹圧性・切迫性・・機能性に、排便障害は便秘・下痢・・閉塞性に分ける。
  • だけでなく、感染、前立腺、薬剤、骨盤底、腸疾患を並行して探す。
  • または新規の膀胱直腸障害に・下肢症候が加われば、として緊急評価する。

出典

  1. 1.Neural control of the lower urinary tract(Comprehensive Physiology・2015)下部尿路の神経制御に関する総説で、副交感神経性の骨盤神経が仙髄S2-S4分節から、交感神経性の下腹神経が胸腰髄T11-L2分節から、体性神経性の陰部神経が仙髄の運動ニューロン(Onuf核)からそれぞれ起始することを確認したほか、対麻痺患者の排尿時膀胱内圧曲線を示した図で、排尿筋と外尿道括約筋の協調関係が失われ排出障害につながることを確認した(本文で直接確認)。閲覧 2026-08-27
  2. 2.A PET study on brain control of micturition in humans(Brain・1997)健常男性17名(排尿できたのは10名)を対象としたPETによる脳血流測定で、排尿時にネコの橋排尿中枢(Barrington核)に相当するとされる右背内側橋被蓋の血流増加を認めたことを報告し、ヒトの脳幹にも橋排尿中枢に相当する部位が存在することを示した。閲覧 2026-08-27
  3. 3.The pontine micturition centres(Scandinavian Journal of Urology and Nephrology. Supplementum・2002)ネコの刺激・破壊実験とヒトのPET研究を統合した総説で、ネコのM領域(Barrington核、橋排尿中枢)に相当する領域がヒトにも存在し、膀胱の排尿筋収縮と外尿道括約筋弛緩を協調させる最終共通路であることを述べた。閲覧 2026-08-27
  4. 4.Prognostic value of urodynamic testing in myelodysplastic patients(The Journal of Urology・1981)二分脊椎による神経因性膀胱42例を平均7.1年追跡したコホートで、尿道からの漏出時膀胱内圧が40cmH2O以下だった20例では膀胱尿管逆流0%・尿管拡張2例にとどまったのに対し、40cmH2Oを超えた22例では膀胱尿管逆流68%(15例)・尿管拡張81%(18例)に達したこと。なおこのコホートは35例(83%)が排尿筋無反射で、反射性排尿筋活動は7例、うち排尿筋括約筋協調不全を伴ったのは3例にとどまるため、この所見は協調不全に固有のものではなく蓄尿時内圧の高さに帰属する閲覧 2026-08-27
  5. 5.EAU Guidelines on Neuro-Urology — The Guideline(European Association of Urology (EAU)・2026)2026年3月改訂版(Limited Update March 2026)の全文PDFを発行元サイトから取得して確認した。セクション3.3.7.bの尿流動態検査の項が、排尿筋漏出時圧について「診断の道具としては役に立たないようにみえる」「陽性所見の報告はあるが、感度が低すぎて上部尿路への危険や二次的な膀胱障害を見積もれない」と述べていること。同項がビデオ尿流動態検査を下部尿路機能障害の尿流動態検査として最適の手技としていること。薬物治療の推奨が「神経因性過活動膀胱には抗ムスカリン薬またはβ3作動薬を用いる(強い推奨)」「尿流動態で確認された神経因性排尿筋過活動を減らす目的でβ3作動薬を用いない(強い推奨)」「膀胱出口抵抗を下げるためにα遮断薬を処方する(強い推奨)」であること。ボツリヌス毒素Aの推奨は「抗ムスカリン薬が無効なら神経因性排尿筋過活動を減らすために排尿筋へ注入する」(強い推奨、エビデンスレベル1a)であり、排尿筋括約筋協調不全に対する外尿道括約筋への注入は別の節(3.4.2.e.7 膀胱頸部・尿道の処置)に置かれ、効果が数か月しか続かず反復注入を要し、利益は限定的で、かつ適応外(原文 not licensed)と記されていることを確認した閲覧 2026-09-07
  6. 6.Neurogenic bowel dysfunction after spinal cord injury: clinical evaluation and rehabilitative management(Archives of Physical Medicine and Rehabilitation・1997)脊髄損傷後の神経因性腸管障害を、仙髄より上位の脊髄病変による上位運動ニューロン型(反射性直腸で用手刺激により反射的排便が可能)と、仙髄・馬尾・末梢神経の病変による下位運動ニューロン型(弛緩性で便失禁をきたしやすい)の2型に整理した総説(本文で直接確認)。閲覧 2026-08-27
  7. 7.Prevalence of Lower Urinary Tract Symptoms in People with Multiple Sclerosis: A Systematic Review and Meta-analysis(International Journal of MS Care・2020)MS患者12研究のメタ解析で、下部尿路症状の統合有病率は自己申告で68.41%、尿流動態検査など客観的評価で63.95%であり、症状別では尿意切迫頻度が73.45%と最も多く、尿流動態所見では排尿筋過活動が42.9%で最多だったことを確認した。閲覧 2026-08-27
  8. 8.Lower urinary tract symptoms in Parkinson's disease: Prevalence, aetiology and management(Parkinsonism & Related Disorders・2017)パーキンソン病では下部尿路症状(過活動膀胱様の刺激症状が主体)の有病率が27〜85%と報告され、年齢を揃えた対照群より高頻度で病初期から出現すること、尿流動態検査で排尿筋過活動の頻度が高いことを確認した。閲覧 2026-08-27
  9. 9.Bladder Management Strategies for Urological Complications in Patients with Chronic Spinal Cord Injury(Journal of Clinical Medicine・2022)清潔間欠導尿は、尿路感染・結石・尿路瘻・尿道狭窄・尿路悪性腫瘍のいずれも留置カテーテルより頻度が低く、脊髄損傷後の神経因性下部尿路機能障害における膀胱排出の最適な方法として一般的に推奨されることを確認した(本文で直接確認)。閲覧 2026-08-27