Disease Atlas · 感染症 · 疾患
発疹チフス
Epidemic typhus
- 別名
- 流行性発疹チフス
- 臓器系
- 感染症全身
- 科目
- Medical MicrobiologyDermatology
- トピック
- 微生物学 2/35:リケッチア・オリエンチア・コクシエラ微生物学 5/9:節足動物媒介性細菌感染の起因菌(一覧)皮膚科 2-15:シラミ症
- 鑑別疾患
- レプトスピラ症
- 関連疾患
- 回帰熱(シラミ媒介性)塹壕熱
- 治療薬
- ドキシサイクリンクロラムフェニコール
- 原因微生物
- Rickettsia prowazekii(発疹チフスリケッチア)
- 症状
- 頭痛発熱筋肉痛掻破痕
- 検査値
- Weil-Felix反応
- 下位分類
- Brill-Zinsser病
- 原因となる疾患
- シラミ症
🧠 全体像:発疹チフス epidemic typhus 発疹チフス(epidemic typhus) epidemic typhus(発疹チフス) はRickettsia prowazekiiが引き起こす、戦争・難民キャンプ・刑務所・ホームレス状態という衛生環境の破綻と結びついた「集団の病気」である。媒介するのはアタマジラミ head louse アタマジラミ(head louse) head louse(アタマジラミ) ではなくコロモジラミbody louseコロモジラミ(body louse)body louse(コロモジラミ)で、感染は刺咬そのものではなくシラミlouse シラミ(louse)louse(シラミ) の糞を掻き込んだ創から成立する。回復しても終わりとは限らず、とくに初感染時に治療を受けなかった人では、数か月〜数十年後に軽症の形で再燃 relapse 再燃(relapse) relapse(再燃) するBrill-Zinsser病Brill-Zinsser diseaseBrill-Zinsser病(Brill-Zinsser disease)Brill-Zinsser disease(Brill-Zinsser病)という長期の落とし穴を持つ点が、この疾患を理解するうえでの核心である。
病原体と感染経路
起因菌のR. prowazekiiは偏性細胞内寄生菌 obligate intracellular bacteria 偏性細胞内寄生菌(obligate intracellular bacteria) obligate intracellular bacteria(偏性細胞内寄生菌) で、病原体としての詳細は個別ノートに譲る。臨床理解に直結するのは次の2点である。
- 媒介動物はコロモジラミbody louseコロモジラミ(body louse)body louse(コロモジラミ)(体虱body louse体虱(body louse)body louse(体虱))。アタマジラミhead louseアタマジラミ(head louse)head louse(アタマジラミ)・ケジラミcrab louse (pubic louse) ケジラミ(crab louse (pubic louse))crab louse (pubic louse)(ケジラミ) は媒介しない
- 💡 感染経路はシラミ louse シラミ(louse) louse(シラミ) の刺咬ではない。 本菌はシラミ louse シラミ(louse) louse(シラミ) の腸管内で増殖してシラミ louse シラミ(louse) louse(シラミ) 自身を殺してしまうため、シラミlouse シラミ(louse)louse(シラミ) は長期の保菌者 carrier 保菌者(carrier) carrier(保菌者) になれない。感染性を持つのはシラミ louse シラミ(louse) louse(シラミ) の糞便で、吸血時の掻破痕excoriation掻破痕(excoriation)excoriation(掻破痕)から菌が侵入する——シラミ louse シラミ(louse) louse(シラミ) 駆除と同時に「掻かせない」衛生管理 hygiene 衛生管理(hygiene) hygiene(衛生管理) が予防の要になる理由である
過密・不衛生な集団生活(難民キャンプ・刑務所・戦時下の塹壕)が典型的な流行環境で、歴史的にはナポレオン戦争・第一次世界大戦の大流行が知られる。例外として、米国では在来のアメリカモモンガが人獣共通の病原巣 reservoir 病原巣(reservoir) reservoir(病原巣) で、モモンガが家屋に入り込んだときに散発例 sporadic case 散発例(sporadic case) sporadic case(散発例) が出る1。症状は曝露の8〜16日後に突然現れる2。
flowchart TD
A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='body louse'>コロモジラミ</span>の糞便中の<br>Rickettsia prowazekii"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='excoriation'>掻破創</span>から皮膚へ侵入"]
B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='vascular endothelial cell'>血管内皮細胞</span>に感染・増殖"]
C --> D["血管炎"]
D --> E["頭痛・高熱で発症"]
E --> F["症状出現の2〜3日後に体幹の<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='maculopapular exanthema'>斑丘疹性発疹</span>が四肢へ拡大<br>(発疹が無い例もある)"]
D --> G["脳症・肺炎などの重症化"]
C -->|"とくに未治療で回復した場合"| H["菌が体内に潜伏<br>(部位・機序は未確立)"]
H -->|"数か月〜数十年後"| I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Brill-Zinsser disease'>Brill-Zinsser病</span><br>(軽症の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='relapse'>再燃</span>)"]
臨床像
- 頭痛・高熱というインフルエンザ様症状 flu-like symptoms インフルエンザ様症状(flu-like symptoms) flu-like symptoms(インフルエンザ様症状) で急激に発症する
- 症状出現の2〜3日後に斑丘疹性発疹maculopapular exanthema 斑丘疹性発疹(maculopapular exanthema)maculopapular exanthema(斑丘疹性発疹) が体幹から出現し四肢へ遠心性に拡大する。手掌・足底は通常侵されない23——四肢末端から体幹へ求心性に広がり手掌・足底も侵される紅斑熱群 Spotted fever group 紅斑熱群(Spotted fever group) Spotted fever group(紅斑熱群) (ロッキー山紅斑熱Rocky Mountain spotted fever ロッキー山紅斑熱(Rocky Mountain spotted fever)Rocky Mountain spotted fever(ロッキー山紅斑熱) など)とは対照的な広がり方である。重症では点状出血を伴う
- ⚠️ 発疹が出ない例もあり、発疹の有無や形で診断してはならない2
- 筋肉痛・関節痛を伴い、血管炎に基づく肺炎や脳症(めまい・錯乱confusion 錯乱(confusion)confusion(錯乱) から昏睡に至りうる)を来しうる
- 未治療では致死的たりうる重症感染症 severe infection 重症感染症(severe infection) severe infection(重症感染症) である
⚠️ Brill-Zinsser病Brill-Zinsser diseaseBrill-Zinsser病(Brill-Zinsser disease)Brill-Zinsser disease(Brill-Zinsser病):初感染から回復した後も菌が体内に潜伏し、数か月〜数十年後(40年以上を経た報告もある)に軽症の形で再燃 relapse再燃(relapse) relapse(再燃)する24。潜伏の部位と機序は確立していない4。米国CDCCDC(Centers for Disease Control and Prevention)は、初感染時に治療を受けなかった人にみられる再燃 relapse 再燃(relapse) relapse(再燃) とし、急性期のドキシサイクリン治療で予防できる可能性はあるが確かなデータは無いとしている2(適切に治療しても潜伏感染が残りうるとする総説もあり3、両論の詳細は個別ノートに譲る)。症状は初感染より軽いが体内には活動性の菌が存在し、周囲にコロモジラミ body louse コロモジラミ(body louse) body louse(コロモジラミ) がいる環境(難民キャンプなど)では新規流行の火種になりうる2。シラミ寄生louse infestation シラミ寄生(louse infestation)louse infestation(シラミ寄生) 歴・曝露歴が無い患者に原因不明の発熱をみたときも、遠い過去の流行地居住歴があれば鑑別に挙げる。
診断
血清学・PCRPCR(polymerase chain reaction)が診断の中心で、Weil-Felix反応Weil-Felix reactionWeil-Felix反応(Weil-Felix reaction)Weil-Felix reaction(Weil-Felix反応)(Proteus属抗原OX-19との交差凝集 cross-agglutination交差凝集(cross-agglutination) cross-agglutination(交差凝集))は歴史的検査に位置づけられる。Brill-Zinsser病Brill-Zinsser disease Brill-Zinsser病(Brill-Zinsser disease)Brill-Zinsser disease(Brill-Zinsser病) では急性期・回復期recovery phase 回復期(recovery phase)recovery phase(回復期) のペア血清 paired sera ペア血清(paired sera) paired sera(ペア血清) による間接蛍光抗体法 indirect immunofluorescence assay (IFA) 間接蛍光抗体法(indirect immunofluorescence assay (IFA)) indirect immunofluorescence assay (IFA)(間接蛍光抗体法) とWestern blotで確定診断する4。
治療
- ドキシサイクリンが成人・全年齢の小児で第一選択で、成人(45 kg超)は100 mgを1日2回、45 kg未満の小児は2.2 mg/kg(最大100 mg)を1日2回、解熱antipyresis 解熱(antipyresis)antipyresis(解熱) 後少なくとも3日かつ臨床的改善まで(通常最低7〜10日間)続ける2。Brill-Zinsser病Brill-Zinsser disease Brill-Zinsser病(Brill-Zinsser disease)Brill-Zinsser disease(Brill-Zinsser病) も同じ薬剤で治療する
- ドキシサイクリンが使用できない状況ではクロラムフェニコールchloramphenicolクロラムフェニコール(chloramphenicol)chloramphenicol(クロラムフェニコール)を用いる
- 検査結果を待たず、臨床的疑いのみで経験的に治療を開始する——リケッチア感染症 rickettsial infections リケッチア感染症(rickettsial infections) rickettsial infections(リケッチア感染症) 全般に共通する原則である
予防と公衆衛生
現在、リケッチア感染症rickettsial infections リケッチア感染症(rickettsial infections)rickettsial infections(リケッチア感染症) を予防するワクチンは無い1。第二次世界大戦中には米兵の予防に発疹チフス epidemic typhus 発疹チフス(epidemic typhus) epidemic typhus(発疹チフス) ワクチンが用いられた歴史があるが、現在は通常の臨床用には製造されていない3。予防の中心はコロモジラミbody louse コロモジラミ(body louse)body louse(コロモジラミ) の駆除と衛生環境の改善(衣類の洗濯・入浴・過密の解消)である。
まとめ
- 発疹チフスepidemic typhus 発疹チフス(epidemic typhus)epidemic typhus(発疹チフス) はR. prowazekiiによるコロモジラミ body louse コロモジラミ(body louse) body louse(コロモジラミ) 媒介感染症で、感染経路はシラミ louse シラミ(louse) louse(シラミ) の刺咬ではなく糞便を掻き込んだ創から成立する。
- 過密・不衛生な環境(戦争・難民キャンプ・刑務所・ホームレス状態)と結びつく「集団の病気」である。
- 曝露の8〜16日後に発症し、発疹は症状出現の2〜3日後に体幹から四肢へ遠心性に拡大し、手掌・足底は通常侵されない(発疹が無い例もある)。
- 回復から数か月〜数十年を経た軽症再燃 relapse 再燃(relapse) relapse(再燃) がBrill-Zinsser病 Brill-Zinsser disease Brill-Zinsser病(Brill-Zinsser disease) Brill-Zinsser disease(Brill-Zinsser病) で(米国CDCは初感染時に未治療だった人に起こるとする)、同じドキシサイクリンで治療する。
- 予防用のワクチンは無く、シラミlouse シラミ(louse)louse(シラミ) 駆除と衛生環境の改善が中心である。
- 同じコロモジラミ body louse コロモジラミ(body louse) body louse(コロモジラミ) が媒介する塹壕熱trench fever塹壕熱(trench fever)trench fever(塹壕熱)・回帰熱relapsing fever 回帰熱(relapsing fever)relapsing fever(回帰熱) (シラミlouse シラミ(louse)louse(シラミ) 媒介性)とは起因菌の属がすべて異なる別疾患である。
出典
- 1.Rickettsial Diseases(Centers for Disease Control and Prevention(CDC Yellow Book 2026)・2025)2025年4月23日付の2026年版の章(ウェブアーカイブで本文を取得)で、米国ではこの1世紀流行は起きていないが在来のアメリカモモンガが人獣共通の病原巣で、モモンガが家屋や小屋に入り込んだときに散発的な森林型の伝播が起きていること、リケッチア感染症を予防するワクチンは無いことを確認した閲覧 2026-09-27
- 2.Clinical Overview of Epidemic Typhus(Centers for Disease Control and Prevention・2024)2024年5月15日付のページ(cdc.govは直接取得で403のため、ウェブアーカイブで本文を取得)で、症状が曝露の8〜16日後に突然現れること、発疹は症状出現の2〜3日後に体幹の斑丘疹として始まって四肢へ広がり通常は手掌・足底を避け、発疹が無いこともあるため発疹の有無や形態に診断を頼ってはならないこと、米国ではモモンガやその巣への曝露に関連した症例があること、Brill-Zinsser病は初感染の数か月〜数年後に強いストレスや免疫低下の時期に起こる再燃で、初感染時に治療を受けなかった患者にみられ、一般に軽症でまれにしか致死的でないが活動性の菌を保有するため新たな流行の源になりうること、ドキシサイクリンが成人・全年齢の小児の急性発疹チフスとBrill-Zinsser病の第一選択で、成人(45 kg超)100 mg 1日2回、45 kg未満の小児2.2 mg/kg(最大100 mg)1日2回を解熱後少なくとも3日かつ臨床的改善まで(通常最低7〜10日)投与すること、急性期のドキシサイクリン治療がBrill-Zinsser病を予防しうるが確かなデータは無いことを確認した閲覧 2026-09-27
- 3.Rickettsia Prowazekii(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2023)2023年8月8日更新版(NCBIは直接取得不可のため2025年4月のウェブアーカイブで本文を取得。同じURLは2026年9月に別題の改訂章へ置き換わっている)で、発疹は数日以内に体幹から始まり末梢へ広がり手掌・足底は侵されないこと、感染はシラミの糞便が創部・刺咬部から侵入することで成立すること、R. prowazekiiは適切な治療にもかかわらず潜伏感染(Brill-Zinsser病)を起こすことが知られると述べ、Brill-Zinsser病は初感染から数年〜数十年後に再燃すること、第二次世界大戦中にR. prowazekiiのワクチンが米兵の予防に成功したが現在は通常の臨床用には製造されていないこと、ドキシサイクリン100 mg 1日2回を解熱後24〜48時間まで(総投与期間は通常7〜10日間)とする記載があることを確認した(本ノートの投与期間は米国CDCの記載に合わせた)閲覧 2026-09-27
- 4.Brill-Zinsser Disease in Moroccan Man, France, 2011(Emerging Infectious Diseases (CDC)・2012)Europe PMCの全文で、Brill-Zinsser病はシラミ寄生と無関係に初感染から数年後に散発発症する再燃型で症状は初感染より軽いこと(本症例は初感染歴の申告なし)、40年以上を経て発症しうること、R. prowazekiiの潜伏の機序は確立しておらず、マウスモデルで脂肪組織が潜伏の場として検討されていること、診断は急性期・回復期ペア血清の間接蛍光抗体法とWestern blotによる血清学で確定したことを確認した閲覧 2026-09-27