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Disease Atlas · 腫瘍 · 腫瘍

遺伝性乳癌卵巣癌症候群

Hereditary breast and ovarian cancer syndrome (HBOC)

別名
HBOC遺伝性乳がん卵巣がん症候群BRCA関連遺伝性腫瘍症候群
臓器系
腫瘍生殖・産婦人科
科目
PathologyGynecologyPharmacology
トピック
病理学 B/09:BRCA1・BRCA2・ATM遺伝子(腫瘍抑制遺伝子)病理学 B/13:遺伝性腫瘍症候群(遺伝性がん症候群)婦人科 26:卵巣腫瘍の病因・臨床像・スクリーニング婦人科 35:乳癌薬理学 B35:抗がん薬V(低分子シグナル伝達阻害薬・レチノイド)
鑑別疾患
Cowden症候群Li-Fraumeni症候群Lynch症候群
続発疾患
乳癌卵巣癌前立腺癌膵癌
治療薬
オラパリブ

🧠 全体像:HBOCの学習の幹は「常染色体優性で受け継いだBRCA1BRCA2の1つ目のヒットが、(HRR)という精密なDNA経路をあらかじめ片肺飛行にしている」という一点に尽きる。体細胞でもう片方のアレルが失われた瞬間にHRRが完全に破綻し、乳房・卵巣(卵管)・前立腺・膵臓など複数臓器で早期・多発の癌が生じる。同じ破綻はによるという治療機会にもなる——発症前に見つければ手術で予防でき、発症後に見つければ薬で狙い撃てる、という表裏一体の疾患である。

概念と遺伝形式

BRCA1BRCA2に関わるで、ATMとともに同じの異なる持ち場を担う(ATMが損傷を感知→BRCA1が現場を呼ぶ→BRCA2がRAD51を装填)。HBOCは生殖細胞系列にを1つ持って生まれる常染色体優性遺伝疾患で、に従う。すなわち生涯を通じてどの体細胞でも、もう一方の正常アレルが後天的に失われた組織から癌が生じうるため、乳房・卵巣(卵管)だけでなく複数臓器にまたがるリスク上昇と、若年発症・多発性・両側性というに共通する特徴を示す。

flowchart TD
    A["生殖細胞系列のBRCA1/BRCA2<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pathogenic variant'>病的バリアント</span><br>(1つ目のヒット)"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='homologous recombination repair (HRR)'>相同組換え修復</span>(HRR)が半分機能不全"]
    B --> C["体細胞で残る正常アレルの喪失<br>(2つ目のヒット)"]
    C --> D["HRRの完全な破綻"]
    D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Genomic instability'>ゲノム不安定性</span>の蓄積"]
    E --> F["若年発症・多発性・両側性の癌"]
    D --> G["PARP経路依存の生存"]
    G --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='PARP inhibitor'>PARP阻害薬</span>による<span class='jp-term jp-term-diagram' title='synthetic lethality'>合成致死</span>"]

腫瘍スペクトラムと発症年齢:BRCA1とBRCA2の違い

同じHRR破綻という機序でも、BRCA1BRCA2では好発する腫瘍の性質と発症年齢が異なる。

遺伝子 乳癌の性質 発症年齢の傾向 相対的に高いその他のリスク
BRCA1 との関連が強い より若年発症 卵巣癌(
BRCA2 との関連が相対的に強い BRCA1よりやや遅い(卵巣癌は平均8〜10年遅い) 前立腺癌

⭐ 「BRCA=乳癌・卵巣癌だけ」という理解は不十分で、BRCA2は・前立腺癌・のリスクを相対的に高める点が鑑別・計画上重要である。

生涯リスク

⚠️ 「BRCAで卵巣癌5〜10%、乳癌生涯リスク50〜85%」という旧来のまとめ方は、(全卵巣癌患者に占めるBRCA関連の割合)と保有者個人の臓器別生涯リスクを混同している。現在は遺伝子ごとの個人リスクで説明する。

リスク BRCA1保有者(女性) BRCA2保有者(女性)
乳癌生涯リスク(80歳まで) 約65〜72% 約45〜69%
卵巣(卵管)癌生涯リスク(80歳まで) 約39〜44% 約11〜17%

一般集団の乳癌生涯リスク(約12%)・卵巣癌生涯リスク(約1〜2%)と比べ、いずれも大幅に高い。数値は研究間で幅があるため、個別の遺伝では家系・変異部位も考慮する。

遺伝学的検査の適応

遺伝学的検査は発症者(乳癌・卵巣癌などの罹患者)への検査から始めるのが原則である。家系内で最初に検査を受ける人を的確に選ばないと、家系にBRCA関連変異があっても未発症のだけを検査して「陰性」と誤って安心させる恐れがある。発症者でが同定されれば、その家系内の既知バリアントを指標にを広げる。

flowchart TD
    A["乳癌・卵巣癌などの家族歴・若年発症・多発癌"] --> B["遺伝<span class='jp-term jp-term-diagram' title='counseling'>カウンセリング</span>"]
    B --> C["まず罹患者(発症者)でBRCA1/2遺伝学的検査"]
    C --> D{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pathogenic variant'>病的バリアント</span>が同定されたか"}
    D -->|"はい"| E["家系内の既知バリアントとして登録"]
    E --> F["未発症の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='blood relative'>血縁者</span>へ<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cascade testing'>カスケード検査</span>"]
    D -->|"いいえ・未確定"| G["家族歴に応じた個別管理"]

サーベイランスとリスク低減手術

保有者の管理は、強化とリスク低減手術の2本柱で構成する。

対象 内容
乳房 25〜29歳から年1回の、30歳以降はを併用した年1回検診
発症前の両側乳房切除で乳癌リスクを90%以上低下させる。実施は個人の選好・不安・美容面を含め個別に判断する
BRCA1保有者は35〜40歳、BRCA2保有者は卵巣癌発症が平均8〜10年遅いため40〜45歳を目安に、挙児希望終了後に実施する。摘出組織はなどでを詳細に病理検索し、由来のの有無を確認する
男性BRCA2保有者 40〜45歳からの前立腺癌
BRCA2保有者は家族歴を問わず、BRCA1保有者は近親者にがあれば考慮する

⭐ RRSOは卵巣・リスクを大きく下げるだけでなく、閉経前に実施すると乳癌リスクも下げる(エストロゲン依存性の低下を介する)。CA-125・による経過観察はRRSOの代替にならない。

日本における保険適用

日本では2020年4月から、乳癌患者のうちHBOCと診断された者へのRRSOおよび対側、卵巣癌患者のうちHBOCと診断された者への両側、BRCA1/2遺伝学的検査とその遺伝、HBOCと診断された患者へのが保険適用となった。当初は本人が乳癌または卵巣癌を発症していることが条件だったが、その後の改定で、HBOCと診断された患者の(父母・子・兄弟姉妹)に対しても、未発症の段階での遺伝学的検査と、一定の条件下でのリスク低減手術・が保険診療として認められるようになっている。

治療的意義:合成致死とPARP阻害薬

BRCA欠損腫瘍はHRRでを修復できず、PARP依存の修復に生存を頼っている。などのはこのPARP経路も塞ぐことで(片方だけの経路破綻では生存できるが、両方を同時に壊すと細胞死に至る)を引き起こし、正常細胞を温存しながらBRCA欠損腫瘍を選択的に死滅させる。この機序はBRCA関連の乳癌・卵巣癌・・前立腺癌で治療薬剤選択の根拠になっている。

鑑別

若年発症・多発性・両側性・強い家族歴という同じ手がかりから鑑別に挙がるがある。

症候群 特徴的な腫瘍スペクトラム
HBOC BRCA1BRCA2 乳癌(BRCA1は優位)、卵巣(卵管)癌、・前立腺癌・(BRCA2で相対的に高い)
TP53 肉腫、乳癌、白血病、など多彩な腫瘍
PTEN 、乳癌、
MLH1MSH2など) 大腸癌、、卵巣癌など。BRCA関連の卵巣癌とは異なりを示す

いずれも・常染色体優性・という共通の枠組みを持つが、ごとに腫瘍スペクトラム、発症年齢、推奨されるの内容が異なるため、家系内で同定された遺伝子に応じて個別化する。

まとめ

  • HBOCはBRCA1BRCA2による疾患で、HRR経路の破綻()を機序とする。
  • BRCA1はより若年発症・・卵巣癌と関連が強く、BRCA2・前立腺癌・のリスクが相対的に高く、卵巣癌の発症もやや遅い。
  • 遺伝学的検査は罹患者(発症者)から始め、同定された家系内の既知バリアントをもとにを広げる。
  • 管理の柱は強化(25〜29歳からのなど)とリスク低減手術(RRM、遺伝子別の推奨年齢でのRRSO)で、日本では2020年からHBOC発症者に対する検査・手術・が保険適用となり、その後未発症のにも一部拡大している。
  • BRCA欠損腫瘍は)によるの標的となり、など他の・腫瘍スペクトラムで鑑別する。