病理学

病理学 · B/13

遺伝性腫瘍症候群(遺伝性がん症候群)

Inherited cancer syndromes (autosomal dominant, recessive and familiar)

タグ
Mechanism / 機序High-yield / ポイント
応用トピック
子宮体癌の病因と前癌病変(子宮内膜増殖症)卵巣腫瘍の病因・臨床像・スクリーニング乳癌がんの病因小腸癌・大腸癌の疫学・病因・組織・病期・症状・診断骨腫瘍の疫学・病因・組織型・病期・症状・診断軟部腫瘍の疫学・病因・組織型・病期・症状・診断
疾患
Bloom症候群Cowden症候群Lhermitte-Duclos病Li-Fraumeni症候群Rothmund-Thomson症候群von Hippel-Lindau病Werner症候群コケイン症候群遺伝性乳癌卵巣癌症候群血管芽腫色素性乾皮症神経線維腫症2型脳眼顔面骨格症候群皮膚癌毛根鞘腫毛細血管拡張性運動失調症
症状
毛細血管拡張
検査値
マイクロサテライト不安定性

🧠 全体像:を見分ける鍵は「発症が早い・多発性・両側性・強い家族歴」であり、その理由は生殖細胞系列にすでに1ヒット目を持っているぶん、体細胞でもう1回ヒットが起こればの機能が失われ、が始まるからである(常染色体優性。癌への進展にはさらに変異が加わることが多い)。の症候群はこれとは別の仕組みで、両アレルの修復欠陥そのものが変異蓄積を招く。

概念

癌は+環境因子から生じる。遺伝性症候群はをもつ → 生涯リスクが高く、発症が早く、多発性・両側性の腫瘍、強い家族歴。これらの遺伝子は散発性癌も駆動する。

⭐ 病的なをもつ癌患者は、包括的でも概ね一桁台の割合にとどまる。 TCGAの成人癌33種類・10,389例をした解析では、病的または病的の疑いのあるが同定されたのは症例の8%で、よく引かれる「遺伝性腫瘍は5〜10%」という目安と矛盾しない(ただし中遺伝子のバリアントも含む数字である)1。ただしは症候群ごとに大きく異なる——の生殖細胞系列TP53480例のコホートでは全癌のが一般集団の23.9倍(50歳以降でも10.3倍)という高を示す一方2、乳癌感受性遺伝子には同じ「遺伝性」でもBRCA1/2のような高遺伝子と、ATM・CHEK2・PALB2のような中遺伝子が併存する3。

常染色体優性症候群

1つの変異腫瘍抑制対立遺伝子を継承。後年に体細胞での2つ目のヒットが癌を引き起こす(Knudsonの2ヒット)。

遺伝子 症候群 腫瘍
RB1 家族性 両側性(の網膜腫瘍)、二次性
APC (FAP) 数百〜数千の大腸腺腫性ポリープ(平均16歳で出現し始め、35歳までに95%)→ 大腸切除をしなければ大腸癌は事実上必発(未治療例の診断時平均39歳)4
TP53 肉腫、乳癌、白血病、、(古典的LFSの生涯がんリスクは女性90%・男性70%で、がんの半数が40歳未満に起こる5)
BRCA1/2、PTEN 遺伝性乳癌卵巣癌/ 乳癌、卵巣癌、 →
RET(機能獲得型) (MEN2A・MEN2B)、家族性 、(MEN2Aはを、MEN2Bは・Marfan様体形を伴う)
MEN1、VHL、NF1、NF2、STK11 //・2型/ ・副甲状腺過形成・()、・・血管芽腫()、・(NF1)、(NF2)、消化管+粘膜+

⚠️ RET(MEN2A/2B)は、この表の他の遺伝子と作用の向きが逆である。 RB1・APC・TP53・BRCA1/2・・MMR遺伝子はいずれもの変異だが、RETはの機能獲得型変異で発症する——NIH 3T3細胞への実験では、MEN2A型体が細胞膜上でにし恒常的に活性化することが直接示されている6。さらに変異部位(コドン634・768・804・918など)によって随伴病変やが異なるが477家系の国際コンソーシアム解析で確認されており7、「常染色体優性=の2ヒット」という単純化はRETには当てはまらない。

常染色体劣性症候群

両対立遺伝子が変異。通常は修復の欠陥。

家族性癌

  • 明確な遺伝様式がない家系での高い癌頻度。おそらく。
  • 特徴:早期発症、2人以上の罹患親族、多発性・両側性の腫瘍。例:結腸、乳房、卵巣、脳。

💡 ポイント: AD(2ヒットの):RB1()、APC(FAP)、TP53(Li-Fraumeni)、BRCA1/2、Lynch(MMR → MSI、結腸+子宮内膜)。AR(修復):(NER → )、(ATM)。家族性 = 集積、、早期・両側性。

まとめ

  • はを持つため、生涯リスクが高く、発症が早く、多発性・両側性の腫瘍、強い家族歴という特徴がある。
  • は1つの変異腫瘍抑制対立遺伝子を継承し、体細胞での2つ目のヒットでが始まる(RB1→、APC→FAP、TP53→、BRCA1/2→遺伝性乳癌卵巣癌、のMMR遺伝子→MSI)。
  • は両対立遺伝子の変異が必要で、多くは修復の欠陥(、)。
  • は明確な遺伝様式を持たずで、早期発症・複数の罹患親族・多発性/両側性の腫瘍を特徴とする。
  • TCGAの成人癌10,389例の包括的では8%に病的(疑いを含む)が見つかり、は症候群・遺伝子ごとに大きく異なる。FAPは未治療ならほぼ必ず大腸癌に至り(診断時平均39歳)、古典的の生涯がんリスクは女性90%・男性70%に達する。のRET遺伝子は例外的にで発症するである。

出典

  1. 1.Pathogenic Germline Variants in 10,389 Adult Cancers(Cell・2018)TCGAの33種類・10,389例の癌をシークエンスした包括的解析で、病的または病的の疑いのある生殖細胞系列バリアントが症例の8%(853件)に同定されたことを確認した。腫瘍抑制遺伝子(ATM、BRCA1、NF1を含む)の変異は高頻度(43%)のヘテロ接合性喪失を伴っていた一方、癌遺伝子(MET、RET、PTPN11を含む)にも33件の生殖細胞系列変異が見つかり高い遺伝子発現と関連していたことを確認した。閲覧 2026-08-27
  2. 2.Cancer incidence, patterns, and genotype-phenotype associations in individuals with pathogenic or likely pathogenic germline TP53 variants: an observational cohort study(The Lancet Oncology・2021)米国国立がん研究所の前向きコホートに登録された病的または病的の疑いのある生殖細胞系列TP53バリアント保有者480例を対象にした観察研究で、Li-Fraumeni症候群保有者は一般集団に比べ全癌の罹患率が標準化罹患比23.9倍(95%CI 21.9-26.0)と高く、50歳以降でもなお10.3倍(95%CI 7.9-13.2)高かったことを確認した。同論文はLi-Fraumeni症候群を、まれで浸透率が可変な(variably penetrant)癌素因症候群と位置づけている。閲覧 2026-08-27
  3. 3.Detection of Germline Mutations in a Cohort of 139 Patients with Bilateral Breast Cancer by Multi-Gene Panel Testing: Impact of Pathogenic Variants in Other Genes beyond BRCA1/2(Cancers・2020)両側性乳癌患者139例を多遺伝子パネル検査した研究で、52例(37.4%)が高浸透率・中浸透率の乳癌感受性遺伝子(BRCA1、BRCA2、PTEN、PALB2、CHEK2、ATM、RAD51C)に病的バリアントを保有し、そのうち19例はBRCA1/2以外の遺伝子に病的バリアントを持っていたことを確認した。遺伝性乳癌の感受性遺伝子には高浸透率遺伝子と中浸透率遺伝子が併存することを示した。閲覧 2026-08-27
  4. 4.APC-Associated Polyposis Conditions(GeneReviews(University of Washington, Seattle)・2022)GeneReviewsのAPC関連ポリポーシスの章(Last Update 2022年5月12日。Wayback保存版で全文取得)で、古典型FAPでは数百〜数千の大腸腺腫性ポリープが平均16歳(範囲7〜36歳)で出現し始め、35歳までに95%がポリープをもつこと、大腸切除をしなければ大腸癌は事実上必発で、未治療例の大腸癌診断時の平均年齢は39歳(範囲34〜43歳)、未治療例の7%が21歳までに・87%が45歳までに・93%が50歳までに大腸癌を発症することを確認した。閲覧 2026-09-23
  5. 5.Li-Fraumeni Syndrome(GeneReviews(University of Washington, Seattle)・2025)GeneReviewsのLi-Fraumeni症候群の章(2025年5月1日更新版をWayback保存版で全文取得)で、古典的LFSの生涯がんリスクが女性90%・男性70%で、がんの50%が40歳未満に起こること、コア腫瘍が副腎皮質癌・乳癌・中枢神経系腫瘍・骨肉腫・軟部肉腫の5つであることを確認した。閲覧 2026-09-23
  6. 6.Mechanism of activation of the ret proto-oncogene by multiple endocrine neoplasia 2A mutations(Molecular and Cellular Biology・1995)NIH 3T3細胞へのトランスフェクション実験で、MEN2A型RET変異体が細胞膜上でリガンド非依存性の二量体化を起こし、170kDaのRETタンパク質が恒常的にチロシンリン酸化された状態で高い形質転換能を示すことを確認した。RET変異は腫瘍抑制遺伝子に典型的な機能喪失型変異ではなく、受容体型チロシンキナーゼの機能獲得型変異であることを直接示した実験である。閲覧 2026-08-27
  7. 7.The relationship between specific RET proto-oncogene mutations and disease phenotype in multiple endocrine neoplasia type 2. International RET mutation consortium analysis(JAMA・1996)18施設・477家系のMEN2家系を対象にした国際コンソーシアム解析で、RET遺伝子の変異部位(コドン634、768、804、918など)と表現型(甲状腺髄様癌単独か、褐色細胞腫・副甲状腺機能亢進症を伴うか、MEN2Bの特徴を伴うか)の間に統計学的に有意な遺伝子型-表現型相関があることを確認した。同じRET遺伝子の生殖細胞系列変異でも、変異部位によって随伴病変・浸透率が大きく異なることを示した。閲覧 2026-08-27