疾患ノート一覧へ

Disease Atlas · 血液 · 疾患

行軍ヘモグロビン尿

March hemoglobinuria

別名
行軍血色素尿足底衝撃性溶血
臓器系
血液腎・泌尿器
科目
Translational Medicine and PathophysiologyInternal Medicine
トピック
病態生理学 P-2-30:尿色調異常の原因内科学 H-05:溶血性貧血
鑑別疾患
横紋筋融解症
合併症
急性腎障害
症状
濃色尿筋痛
検査値
ヘモグロビン尿ハプトグロビン乳酸脱水素酵素ビリルビンクレアチンキナーゼ尿沈渣

🧠 全体像:は「足の裏で赤血球が物理的に潰される」という、それだけの病態である。長時間の走行・行軍や裸足での踏み込みで、足底の毛細血管を流れる赤血球が体重による繰り返しの圧迫で壊れ、が濾過されて一過性のになる1。⭐ 主題は「良性で自然に軽快する」ことと「それは他のを除外してはじめて言える」ことの両立にある。 運動歴があるからと即断すればやを見落とし、逆に赤い尿を機械的に精査すれば無用な検査を重ねる。⚠️ そしてとの鑑別が最初の分岐である——同じ「・陽性・沈渣に赤血球が乏しい」を示すのに、対応がまったく違う。

機序と、発症を左右する条件

足底の毛細血管を流れる赤血球が、のたびに体重で圧迫されて破壊される。放出されたがまずに結合し、結合能を超えた分が糸球体で濾過されてになる2。

⭐ 「どれだけ走ったか」だけでは決まらない。 1969年のDavidsonの検討では、走法・履物の種類・走行路面がそれぞれ独立した規定因子であり、これらを変えることで発症を防ぎうることが示されている2。硬い靴底で18日間に429 kmを走った群は、軟らかい靴底の対照群よりが29%高かった3。

💡 足だけの現象ではない。 手掌で打楽器を叩き続けても同じ機序で溶血が起こる。ジェンベ演奏後に赤を繰り返した24歳男性の報告では、尿陰性で、演奏の中止により消失した。著者らはこれをと呼ぶことを提案している2。日本では剣道(裸足での踏み込み)と空手が古くから誘因として報告されている21。

検査で何が動くか

項目 動き
低下。⭐ を示す最も鋭敏な指標
・間接ビリルビン 上昇
増加
陽性
尿沈渣の赤血球 乏しい(強拡大1視野あたり数個以下)
正常〜軽度上昇にとどまる

⚠️ 「肉眼的が出る」ほうがむしろ例外である。 マラソン以上の距離を走った267名を集めたでは、が21%低下しが16%増加した一方、大半の症例で臨床的に明らかなは生じず、ヘモグロビン・・はいずれも内にとどまった3。採血だけが動いて尿は変わらない、という形が普通である。

⚠️ 横紋筋融解症との鑑別

同じ運動の後にが出るので、この2つを最初に分ける。

項目
尿中の色素
血漿の色 赤〜を帯びる(ヘモグロビンは・アルブミンに結合して血中にとどまる) 澄明のまま(は速やかに濾過される)
正常〜軽度上昇 (基準値上限の5倍以上が目安)
低下 低下しない
・ 上昇 は上昇するがビリルビンは動きにくい
と沈渣赤血球の解離 あり あり
対応 安静と補液で軽快 早期からの大量輸液

⭐ 「陽性なのに沈渣に赤血球がない」だけでは両者を分けられない。 解離所見はどちらにも出る。分けるのはとである。剣道後にを来した15歳男性の報告でも、が内であったことから溶血であってではないと判断されている1。

除外してから「良性」と言う

flowchart TD
    A["運動後の一過性の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dark urine'>褐色尿</span>"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='urine dipstick'>尿試験紙</span>と尿沈渣を確認"]
    B --> C{"沈渣に赤血球が多いか"}
    C -->|"多い"| D["血尿として尿路の精査へ"]
    C -->|"乏しい"| E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='creatine kinase (CK)'>クレアチンキナーゼ</span>と<span class='jp-term jp-term-diagram' title='haptoglobin'>ハプトグロビン</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lactate dehydrogenase'>LDH</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='indirect bilirubin'>間接ビリルビン</span>を測定"]
    E --> F{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='creatine kinase (CK)'>クレアチンキナーゼ</span>が<span class='jp-term jp-term-diagram' title='markedly elevated'>著明高値</span>か"}
    F -->|"高値"| G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='rhabdomyolysis'>横紋筋融解症</span>として大量輸液を開始"]
    F -->|"正常〜軽度上昇"| H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='intravascular hemolysis'>血管内溶血</span>と判断"]
    H --> I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='paroxysmal nocturnal hemoglobinuria, PNH'>発作性夜間ヘモグロビン尿症</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='thrombotic microangiopathy, TMA'>血栓性微小血管症</span>・<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='erythrocyte membrane'>赤血球膜</span>異常・酵素異常・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='incompatible transfusion'>不適合輸血</span>を除外"]
    I --> J["運動歴と<span class='jp-term jp-term-diagram' title='time course'>時間経過</span>が合致し他の原因が無ければ<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='march hemoglobinuria'>行軍ヘモグロビン尿</span>と診断"]

⚠️ 除外すべき相手を具体的に挙げる。 陽性で尿中赤血球を認めない場合、まずとを区別し、そのうえで・・を考える1。が目立ち血小板が減っていればを疑い、別の道へ進む。報告例では(膜脆弱性)と()がいずれも陰性であった1。⚠️ は膜異常・酵素異常の検査ではなくの検査である。

経過と、まれな例外

尿のは運動終了後まもなく消え、多くは12〜24時間で正常化する2。運動誘発性の「」も一般に一過性で、強度の高い運動を中止すれば1〜3か月で回復する3。だから受診に至らないまま放置されることが多い1。

⚠️ しかしに至る例がある。 2日間の激しい剣道の後に発熱・倦怠感・悪心を呈した15歳男性は、優位の(3.8 mg/dL)と高値に加え、3.11 mg/dL・ 26 mL/min/1.73m²のを来した。腎生検ではでに多量のを認め、でリソソーム内の鉄顆粒が観察された。安静と補液のみでは27から90 mL/min/1.73m²へ回復している1。💡 腎障害がまれなのは溶血する血液量が小さいためで、6〜40 mLにとどまるとされる1。脱水を伴う激しい運動はこの均衡を崩しうる。

対応

  • 急性期: 安静と補液で足りる。上記の症例も特異的治療なしに腎機能が回復している1。
  • 再発予防: 靴の着用、ゴム製の中敷き、手掌の保護具が有効であったという報告がある。空手による運動後がスポンジゴムのクッションで消失した例もある12。走法・履物・走行路面という3つのな因子を確認する2。
  • : 脱水を避け、練習強度を段階的に上げる。上記の症例は1年の経過観察で剣道を再開しているが、脱水と過度の運動を避けることで溶血・腎障害の再発なく経過している1。

まとめ

  • は、足底の毛細血管で赤血球が繰り返し機械的に壊される良性のである。
  • 発症は距離だけでなく走法・履物・路面に左右され、硬い靴底ほど溶血が強い。
  • 足だけでなく手掌での打楽器演奏でも起こり、剣道・空手も日本での代表的な誘因である。
  • 検査では低下・との上昇・が動く一方、肉眼的が出るほうがむしろ例外である。
  • との分岐はとで、と沈渣赤血球の解離はどちらにも出るため鑑別には使えない。
  • 良性と言えるのは、・・膜異常・酵素異常を除外したあとである。
  • まれにに至る。のが確定診断の根拠になりうるが、治療は安静と補液で足りる。

出典

  1. 1.March hemoglobinuria progressed to acute kidney injury after kendo practice: a case report(BMC Nephrology・2022)剣道が日本における行軍ヘモグロビン尿の誘因の一つであり、裸足での踏み込み動作により足底の毛細血管で物理的・機械的な血管内溶血が生じること、肉眼的な尿の変色は運動終了後まもなく消えるため受診に至らず放置されやすいこと、随伴症状として悪心・腹痛・筋痛・足の痛みが挙げられること、症例は15歳男性で2日間の激しい剣道の後に発熱・倦怠感・悪心を呈し、間接ビリルビン優位の高ビリルビン血症(総ビリルビン3.8 mg/dL)・LDH高値・血清クレアチニン3.11 mg/dLとeGFR 26 mL/min/1.73m²の急性腎障害を認め、血清クレアチンキナーゼは基準範囲内であったため溶血であり横紋筋融解症ではないと判断されたこと、尿潜血陽性であるのに尿沈渣に赤血球を認めなかったこと、腎生検でBerlin blue鉄染色により近位尿細管に多量のヘモジデリン沈着を認め電子顕微鏡でリソソーム内に鉄顆粒が観察されたこと、安静と補液のみでeGFRが27から90 mL/min/1.73m²へ回復したこと、尿潜血陽性で尿中赤血球を認めない場合にヘモグロビン尿とミオグロビン尿を区別したうえで発作性夜間ヘモグロビン尿症・横紋筋融解症・行軍ヘモグロビン尿を考えるべきこと、行軍ヘモグロビン尿による急性腎障害の症例報告がまれである理由として溶血する血液量が6〜40 mLにとどまるというGilliganらの報告が引用されていること、靴の着用や空手でのスポンジゴムのクッションで再発を予防しえた報告があることを確認した。全文を閲覧した。なお本論文は行軍ヘモグロビン尿の初出をFleisher(1881年)としている閲覧 2026-09-03
  2. 2.Percussion hemoglobinuria - a novel term for hand trauma-induced mechanical hemolysis: a case report(Journal of Medical Case Reports・2011)機械的外傷による血管外因性溶血が歩行・走行・行軍のほか日本の剣道と空手、アフリカの太鼓演奏でも報告されていること、著者らが手掌での打楽器演奏による同機序の溶血を打楽器ヘモグロビン尿(percussion hemoglobinuria)と呼ぶことを提案していること、症例は24歳男性でジャンベ演奏の後に赤褐色尿を呈し尿試験紙潜血陽性・強拡大1視野あたり赤血球0〜2個・尿ミオグロビン陰性で、演奏の中止により症状が消失したこと、尿の色調の濃さが演奏の時間と強度に相関し12〜24時間で正常化したこと、機械的外傷による溶血が典型的には赤褐色尿・血清間接ビリルビンとLDHの上昇・血清ハプトグロビンの低下を伴い、尿中ミオグロビンが陰性であることでヘモグロビン尿と確定すること、Davidsonが1969年に走法・履物の種類・走行路面が独立した規定因子でありこれらの修正で発症を防ぎうると示したこと、靴のゴム製中敷きや手の保護具で溶血発作が減ることが報告されていること、行軍ヘモグロビン尿では赤血球膜蛋白の異常が報告された例があることを確認した。全文を閲覧した閲覧 2026-09-03
  3. 3.Foot-strike Hemolysis: A Scoping Review of Long-Distance Runners(Kansas Journal of Medicine・2024)足底衝撃性溶血が行軍ヘモグロビン尿の別名であること、マラソン以上の距離を走った267名(9研究)を対象とした範囲レビューで網赤血球数が16%増加しハプトグロビンが21%低下した一方、ヘモグロビン・ヘマトクリット・赤血球数はいずれも基準範囲内にとどまったこと、ハプトグロビン低下が血管内溶血を示唆するにもかかわらず大半の症例で臨床的に明らかなヘモグロビン尿は生じなかったこと、運動誘発性血管内溶血が血清遊離ヘモグロビン上昇・ハプトグロビン低下・網赤血球増加に加えLDH・AST・間接ビリルビンの上昇で診断されるのが通例であること、スポーツ貧血は一般に一過性で強度の高い運動を中止すると1〜3か月で回復すること、レビューが引用するTelfordらの研究では18日間で429 kmを硬い靴底の靴で走った群の網赤血球が軟らかい靴底の対照群より29%高かったこと、現代の靴材の進歩が足底衝撃性溶血の程度を弱めた可能性が指摘されていることを確認した。全文を閲覧した。なおこのレビューは行軍ヘモグロビン尿の初出をKast(1884年)としている閲覧 2026-09-03