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Disease Atlas · 生殖・産婦人科 · 疾患

肩甲難産

Shoulder dystocia

臓器系
生殖・産婦人科
科目
ObstetricsInternal Medicine
トピック
産科学 17:胎児構造異常・母体骨盤異常による難産産科学 18:分娩第1期・第2期と管理産科学 31:産道損傷と子宮破裂産科学 08:妊娠と糖尿病・妊娠糖尿病産科学 34:子宮内胎児死亡と過期妊娠内科学 E-10:血糖異常の原因と診断
上位概念
難産(陣痛異常・児頭骨盤不均衡)
合併症
腕神経叢損傷低酸素性虚血性脳症(周産期仮死)
続発疾患
分娩後出血子宮破裂
原因となる疾患
子宮内胎児死亡・過期妊娠妊娠糖尿病

🧠 全体像は「児頭が娩出された直後、通常の下方牽引だけでは肩が娩出できない」という、分娩第2期の最終局面で突然発生する産科救急である。⭐ 危険因子(、糖尿病、肥満、など)を組み合わせても大部分の症例は予測できず、実際にを来す児の約半数は出生体重4,000 g未満である。だからこそ臨床の骨格は「予測して避ける」ことではなく、全分娩で起こりうる前提で手順を体に叩き込み、発生したら子宮底圧迫という禁忌を犯さずに手技を系統的に進めることにある。という低侵襲な手技から始め、無効ならまたは手技へ、それでも解除しなければ極めてまれにしか用いない最終手段へと進む。

定義

は、の3P分類でいう胎児(passenger)因子が、分娩第2期の最終局面で顕在化した病型と位置づけられる。児頭が娩出した後にの後方へ(まれにへ)嵌頓し、通常の穏やかな下方牽引だけでは肩が娩出せず、追加の産科的手技を要する状態と定義される。頭部から体幹までの娩出時間が60秒を超えることを基準とする提案もあるが、実地ではされておらず、診断は主に臨床的(穏やかな牽引で娩出しないこと)に下される。

  • 頻度は報告により0.2〜3%程度と幅があり、施設・集団・の違いを反映する。
  • 児頭娩出後、児頭が会陰へ引き戻されるや、(復位)の欠如、肩の下降不全はを示唆する所見だが、いずれも確定的ではない。

危険因子と予測の限界

分娩前
の既往 分娩第1期遷延
(4.5 kg超) 分娩停止(二次性)
分娩第2期遷延
母体BMI 30 kg/m²超 オキシトシンによる
(吸引・

は予測も予防も困難な産科救急である。 危険因子を単独・組み合わせで用いてもは低く、ある解析では従来の危険因子はに伴う新生児障害のわずか16%しか予測できなかった。4,500 g以上の児の約半数はを来さない一方、の約半数は出生体重4,000 g未満の児に生じる。超音波による胎児には約10%の誤差があり、に対する感度もおよそ60%にとどまるため、低リスク集団へのな胎児評価はルーチンには推奨されない。

💡 では、同じ出生体重でも非糖尿病児よりのリスクが2〜4倍高い。これは、糖尿病児は頭部より肩・体幹の成長が優位な非対称性の(インスリンの成長促進作用が脂肪組織・体幹に強く働くため)になりやすく、児頭が娩出できても肩甲部が相対的に大きいまま骨盤を通過しようとするためである。

病態

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='macrosomia'>巨大児</span>・非対称性成長(特に糖尿病児)<br>または下降時の truncal rotation 不全"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='anterior shoulder'>前在肩</span>が<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pubic symphysis'>恥骨結合</span>後方に嵌頓<br>(まれに<span class='jp-term jp-term-diagram' title='posterior shoulder'>後在肩</span>が<span class='jp-term jp-term-diagram' title='sacral promontory'>仙骨岬角</span>に嵌頓)"]
    B --> C["通常の下方牽引では肩が娩出しない"]
    C --> D["過度な下方・側方牽引、急速な牽引"]
    D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='brachial plexus'>腕神経叢</span>の伸展・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='rupture (tear)'>断裂</span>"]
    C --> F["誤った子宮底圧迫"]
    F --> G["嵌頓の悪化・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='uterine rupture'>子宮破裂</span>リスク上昇"]
    C --> H["頭部-体幹娩出時間の延長"]
    H --> I["臍帯圧迫・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='gas exchange impairment'>ガス交換障害</span>の持続"]
    I --> J["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypoxic-ischemic encephalopathy (HIE)'>低酸素性虚血性脳症</span>のリスク上昇"]
    B --> K["解除のための子宮内操作・複数手技"]
    K --> L["産道裂傷・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='uterine relaxation'>子宮弛緩</span>による<span class='jp-term jp-term-diagram' title='postpartum hemorrhage'>分娩後出血</span>"]

⚠️ 子宮底圧迫は、嵌頓した肩をさらに骨盤へ押し込むだけで解除にはならず、のリスクを増すため、いかなる段階でも用いてはならない。同様に、児頭への下方牽引・側方牽引・急激な牽引はを助長するため、牽引は常に胎児の脊柱と一直線をなす軸方向かつ通常分娩と同程度の力にとどめる。

診断

は事前に確定診断できず、分娩の場で下される臨床診断である。児頭娩出後に次のいずれかを認めたら疑う。

  • 顔・の娩出に抵抗を感じる
  • (復位)が起こらない
  • 児頭が会陰に強く押し付けられたまま、あるいは会陰へ引き戻される(
  • 通常の軸方向牽引で肩が下降しない

⚠️ を認めたら、時刻(児頭娩出時刻・体幹娩出時刻)を記録しながら、直ちに産科上級医・チーム・麻酔科への応援要請と「です」という明確な状況共有を行う。母体にはを中止するよう伝える。

合併症

母体 胎児・新生児
(約11%) 、報告により2.3〜16%)
第3〜4度(約3.8%) 骨折
(特に子宮底圧迫時) 、まれに死亡
に伴う

の多くは一過性で、永続的なを残すのは10%未満とする報告が多い。 ただし長期追跡が不十分な研究も多く、真の永続障害率は確定していない。損傷は牽引だけでなく母体自身の力によっても生じうるとされ、帝王切開後やと気づかれなかった分娩でも一定割合でが報告される。

💡 頭部-体幹娩出時間だけでは新生児の転帰を正確に予測できない。ある研究では、に伴う新生児死亡の47%が児頭娩出後5分未満で生じており、児の状態悪化(pH異常・胎便)はすでに娩出前から始まっていたことが示唆される。一方で重篤なの多くは5回を超える手技を要した症例に集中しており、手技の回数を必要最小限に抑える系統的な対応が重要である。

管理

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='shoulder dystocia'>肩甲難産</span>を宣言し時刻を記録"] --> B["応援要請:上級医・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='newborn life support'>新生児蘇生</span>チーム・麻酔科<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='bearing down'>努責</span>を中止させる"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='McRoberts maneuver'>McRoberts法</span>+<span class='jp-term jp-term-diagram' title='suprapubic pressure'>恥骨上圧迫</span>を同時に実施<br>牽引は軸方向・通常の強さのみ"]
    C --> D{"肩が娩出したか"}
    D -->|"いいえ"| E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='posterior arm delivery'>後在腕娩出</span>、または<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='Rubin maneuver'>Rubin法</span>/Woods corkscrew法による<span class='jp-term jp-term-diagram' title='medial rotation'>内旋</span>"]
    E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='all-fours (Gaskin) position'>四つ這い位</span>を状況に応じ選択"]
    F --> G{"娩出したか"}
    G -->|"いいえ"| H["第三選択(まれ):<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cleidotomy'>鎖骨切断術</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='symphysiotomy'>恥骨結合切開術</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Zavanelli maneuver'>Zavanelli法</span>"]
    D -->|"はい"| I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='newborn life support'>新生児蘇生</span>の準備・母体損傷の評価"]
    G -->|"はい"| I
    H --> I
    I --> J["娩出時刻・実施手技・所要時間を構造化して記録"]
  • 子宮底圧迫は行わない。 各手技の効果は軸方向の牽引で確認し、それ以外の牽引は加えない。
  • (股関節の強い屈曲・外転でを平坦化)は簡便で合併症が少なく成功率が高いため最初に試みる。を内転・回旋させ、と同時に行うことで有効性を高める。
  • 手技(・Woods corkscrew法)とは、いずれも次の選択肢であり、優劣を決める比較試験はない。母体の体格、麻酔の有無、の熟練度に応じて選ぶ。は麻酔なし・小柄な患者・単独の助産師のみという状況で特に有用である。
  • は骨性の嵌頓そのものを解除しないが、手技やのために腟内へ十分アクセスできない場合に選択的に行う。
  • (児頭を腟内へ戻して緊急帝王切開へ移行する)は、通常手技がしない極めてまれな例に限る最終手段で、母体合併症のリスクが高い。
  • 対応後は、児頭娩出時刻・体幹娩出時刻・実施した手技とその順序を構造化された書式で正確に記録する。記録の質は将来の分娩計画と医学的評価の両方に影響する。

⭐ 施設でのシミュレーション訓練とチームプロトコルの導入は、を下げると報告されている。手技そのものだけでなく、応援要請・役割分担・記録を含めた「系統的な対応」を反復訓練することが実際の転帰改善につながる。

予防・再発時の方針

  • 非糖尿病例で5,000 g以上、糖尿病例で4,500 g以上ではを検討する。ただし推定誤差が大きいため、この閾値未満であることだけで安全性は保証されない。
  • 疑いに対するは、非糖尿病例ではを減らさない。一方、を合併する例での早期のを下げる。
  • の既往は再発の危険因子で、再発率はおおむね10%前後(報告では1〜16.7%)とされる。既往があるからといって一律に選択的帝王切開を勧める根拠はなく、、妊娠週数、母体の、前回の児損傷の程度を踏まえて本人と個別に相談する。

まとめ

  • は、児頭娩出後に後方へ嵌頓し、通常の牽引では娩出しない産科救急であり、危険因子の組み合わせでも大部分は予測できない。
  • 診断は臨床的で、の欠如・・肩の下降不全を手掛かりに、その場で下す。
  • 病態の核心は嵌頓そのものより、それに対する誤った対応(子宮底圧迫、過度な牽引)が神経損傷・を悪化させる点にある。
  • 対応はを最初に、無効ならまたは手技、それでも解除しなければ稀な最終手段へと系統的に進め、子宮底圧迫は常に禁忌とする。
  • は多くが一過性だが永続例もあり、を合併しうる。
  • 5,000 g(非糖尿病)・4,500 g(糖尿病)を目安にを個別検討し、既往例では再発率約10%を踏まえて分娩様式を相談する。