疾患ノート一覧へ

Disease Atlas · 生殖・産婦人科 · 疾患

分娩後出血

Postpartum hemorrhage

臓器系
生殖・産婦人科
科目
Obstetrics
トピック
産科学 30:産後出血と子宮内反症
続発疾患
播種性血管内凝固
治療薬
オキシトシンミソプロストールスルプロストントラネキサミン酸メチルエルゴメトリンカルボプロスト
症状
出血乏尿疼痛
検査値
カルシウムフィブリノゲン血算血小板数
原因となる疾患
フォン・ヴィレブランド病肩甲難産産褥敗血症・産褥感染子宮筋腫子宮破裂常位胎盤早期剥離前置胎盤多胎妊娠難産(陣痛異常・児頭骨盤不均衡)妊娠高血圧腎症・子癇・HELLP症候群羊水過多症・羊水過少症
適応薬
カルボプロストメチルエルゴメトリン

🧠 全体像は「出血量の数値が確定してから動く」病態ではない。出血を定量しながら、蘇生・・産道診察を同時並行で開始し、原因を4T(Tone弛緩・Trauma損傷・sue遺残・Thrombin凝固異常)という枠組みで探す——この「同時並行で動く」ことと「4Tで原因を探す」ことの2つが、から外科的止血・子宮摘出に至るまでの管理全体を貫く一本の幹になる。

概要・定義

PPHは、分娩様式を問わず分娩後24時間以内の出血量1,000 mL以上、または出血量にかかわらず(低血圧、頻脈、乏尿などの徴候)を伴う出血と定義される。

  • 経腟分娩後500 mL以上の出血も異常であり、直ちに評価と対応を開始すべき値として扱う。
  • この分娩後24時間以内に生じるものを一次性PPHと呼び、24時間以降から産後12週頃までに生じる異常出血は二次性(晩期)PPHと呼ぶ。二次性PPHでは胎盤・遺残、感染(など)、胎盤付着部の復古不全などを鑑別に挙げる。
  • 頻度は報告により幅があるが、全分娩の約1〜10%に発生し、世界的に妊産婦死亡の最大の原因である。が原因の70〜80%を占める。

💡 目測による出血量評価は過小評価しやすい。採血布の重量測定、吸引量、済みドレープなどによる定量的出血量評価が、視認による見積もりより実際の出血量に近く、遅れた対応の防止につながる。頻脈・血圧低下・意識変化・・乏尿といったの徴候は出血量に対して遅れて出現しうるため、出血の速度そのものも重視する。

病因・危険因子:4T

PPHの原因は、子宮そのものの、産道の、胎盤・、凝固系のという4系統(4T)に整理すると鑑別が立てやすい。

4T 原因 診察の手掛かり
Tone(トーン) 最も頻度が高く、全PPHの70〜80%を占める 触診で軟らかく大きい子宮。子宮底が高く触れる
Trauma(トラウマ) 頸管・腟・、血腫、、子宮 子宮は良好に収縮しているのに持続する出血、疼痛、産道のでの損傷所見
sue(ティッシュ) 胎盤・遺残、(PAS。詳細はノートを参照) 胎盤の欠損、胎盤娩出の遅延、子宮の持続
Thrombin(トロンビン) などの先天性・後天性凝固異常 静脈穿刺部からの持続出血、血小板・、PT/aPTT延長

子宮弛緩(Tone)の危険因子

  • による子宮の
  • または急速分娩、オキシトシンの長時間使用
  • 多産(の増加)、
  • 弛緩作用をもつ(トコリシス)の使用
  • PPH既往

⭐ 4Tはそれぞれ独立して起こるだけでなく併存する(例:がTraumaとToneの両方の危険因子になる、sueの剥離とThrombinのDICを同時に引き起こす)。1つの原因が見つかっても、他の3系統を並行して検索する姿勢を崩さない。

臨床像・診断

出血自体は視認できるが、重症度は出血量だけでなく速度と代償の程度で決まるの変化は妊娠によるのため代償されやすく、出現が遅れることを常に念頭に置く。

  • 経腟分娩後・帝王切開後を問わず、子宮底の高さと硬さ、持続する性器出血、頻脈・血圧低下・・意識変化・乏尿の有無を評価する。
  • 目測は過小評価しやすいため、採血布の重量測定や吸引量、済みドレープによる定量的出血量の追跡を行う。
  • 娩出胎盤の母体面・・副葉を確認し、胎盤・遺残の有無を評価する。
  • 血算、PT、aPTT、フィブリノゲン、血液型・を確認し、Thrombin系の異常を並行して評価する。

⚠️ 出血が急性期に多量でなくとも持続する場合や、、敗血症、胎児死亡などの基礎疾患があれば、DICの進行を疑ってを早期に行う。

💡 の破綻による出血はの出血であり、PPHが本質とするの出血とは病態がまったく異なる(の詳細はノートを参照)。分娩後の性器出血であっても、胎盤娩出前後の出血源が母体か胎児かを区別する視点は残しておく。

管理・治療

と原因検索、蘇生は並行して開始し、段階を律儀に待たず、患者の状態に応じて迅速にエスカレートする。

flowchart TD
  A["PPHを認識"] --> B["応援要請・出血定量・母体ABC評価・保温"]
  B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='uterine massage'>子宮マッサージ</span>・太い<span class='jp-term jp-term-diagram' title='IV access'>静脈路</span>2本確保・採血・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='crossmatch'>交差適合</span>"]
  C --> D["オキシトシン投与・早期<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tranexamic acid, TXA'>トラネキサム酸</span>・晶質液と<span class='jp-term jp-term-diagram' title='blood components'>血液製剤</span>"]
  D --> E["4Tを同時に検索"]
  E --> F{"出血が止まるか"}
  F -->|"いいえ"| G["追加の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='uterotonics'>子宮収縮薬</span>・原因別処置・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='uterine balloon tamponade'>子宮内バルーンタンポナーデ</span>"]
  G --> H["塞栓術・圧迫縫合・血管<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ligation'>結紮</span>・子宮摘出"]
  F -->|"はい"| I["継続監視・貧血と凝固異常を補正"]

初期蘇生と検査

  • 産科・麻酔科・輸血部門・手術チームを早期に招集する。
  • 太いを2本確保し、血算、PT、aPTT、フィブリノゲン、電解質、血液ガス、を採取する。
  • 加温した晶質液を開始し、持続出血ではに従って赤血球・血漿・血小板・フィブリノゲン製剤を早期に補充する。晶質液のみで対応を遅らせない。
  • 低体温、アシドーシス、を補正する。
  • で膀胱を空にし、尿量を継続監視する。

子宮収縮薬(Toneへの対応)

薬剤 位置づけ 重要な注意
オキシトシン 第一選択。静注持続または筋注を施設プロトコルに従って用いる 急速静注は低血圧を起こしうる
追加の ⚠️ 高血圧、、重症心血管疾患では禁忌
(15-methyl PGF2α) 追加の ⚠️ 喘息ではを起こしうるため禁忌。下痢・発熱に注意
(PGE1) 注射薬が使用できない場合や追加薬 発熱、悪寒、下痢

と両手子宮圧迫を並行しながら投与する。各薬剤の禁忌は患者ごとに個別に確認する。

トラネキサム酸(TXA)

⭐ WOMAN試験の結果に基づき、PPH診断後できるだけ早く、分娩から3時間以内1 gを10分かけて静注する。30分後も出血が続く場合、または24時間以内に再出血した場合は1 gを再投与できる。

  • 原因がでも産道損傷でも、標準治療に追加して投与する。既知の明確な抗禁忌があれば確認する。
  • TXAはや外科的止血の代わりにはならない

原因別処置

Trauma(産道損傷)

  • 十分な照明と鎮痛・麻酔を確保し、頸管、腟壁、会陰を系統的に診察して縫合止血する。
  • 拡大する腟・外陰血腫では切開・止血、または術を検討する。
  • では緊急開腹を行い、修復または子宮摘出を行う。

sue(胎盤・遺残)

  • 胎盤遺残と持続出血があれば、適切な鎮痛・麻酔下で用手除去を行う。
  • 超音波吸引・などは、残存組織と穿孔リスクを踏まえて選択し、盲目的なを一律の第一選択にしない。
  • を疑う場合は無理に胎盤を剥離せず、専門チームと大量輸血を整える(詳細はノートを参照)。

Thrombin(凝固異常)

原因疾患を治療しながら、血小板、血漿、フィブリノゲン製剤/と出血の程度に応じて補充する。、重症敗血症、胎児死亡などがDICの背景となりうる。まれになど既存のが初めてPPHで顕在化することもある。

機械的・外科的止血

と原因別処置で止血できなければ、段階を機械的に待たず患者の状態に合わせて迅速にエスカレートする。

  1. B-Lynchなどの子宮圧迫縫合
  2. (血行動態が安定しており設備と時間がある場合)
  3. ・子宮
  4. :制御不能な出血では遅らせない

⭐ 子宮摘出は「最後の手段」として温存するのではなく、制御不能な出血に対しては躊躇せず選択するべき治療である。段階を律儀に上から順に試すことに固執し、決断を遅らせることが最大のリスクになる。

子宮内反症(合併症として)

子宮底が子宮腔内へ陥入し、腟内または腟外へ反転する産科救急である。過度な臍帯牽引、弛緩した子宮、子宮底付着胎盤、が関与する。

臨床像

  • 急激なPPHと強い疼痛
  • 出血量に不釣合いな
  • 腹部で子宮底を触れず、が陥凹する
  • 腟内に暗赤色の腫瘤を認める

治療

flowchart TD
  A["子宮<span class='jp-term jp-term-diagram' title='inversion'>内反</span>を認識"] --> B["応援要請・蘇生・出血治療を開始"]
  B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='uterotonics'>子宮収縮薬</span>と臍帯牽引を中止"]
  C --> D["付着胎盤は原則剥がさず直ちに<span class='jp-term jp-term-diagram' title='manual reduction'>用手整復</span>"]
  D --> E{"整復できたか"}
  E -->|"はい"| F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='uterotonics'>子宮収縮薬</span>を開始し、再<span class='jp-term jp-term-diagram' title='inversion'>内反</span>と出血を監視"]
  E -->|"いいえ"| G["麻酔・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tocolytics'>子宮弛緩薬</span>(トコリシス)・水圧法を検討"]
  G --> H["腹式または腟式の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='surgical'>手術的</span>整復"]

⚠️ 胎盤がまだ付着していれば、通常は整復前に剥がさない。 整復前の胎盤剥離は出血・ショックを増悪させうる。手掌で反転した子宮底を臍方向へ持続的に押し上げて整復し、必要に応じて麻酔やなどのを用いる。は整復が完了するまで中止し、整復後に速やかにオキシトシンを開始して再を防ぐ。が不能ならまたは外科的整復を行う。

まとめ

  • PPHは分娩様式を問わず分娩後24時間以内の出血量1,000 mL以上、または徴候を伴う出血と定義され、経腟分娩後500 mL以上でも直ちに評価する。24時間以降〜産後12週の異常出血は二次性PPHとして胎盤遺残・感染を鑑別する。
  • 原因は4T(Tone弛緩・Trauma損傷・sue遺残・Thrombin凝固異常)で整理する。が全体の70〜80%を占める最多の原因だが、複数のTが併存しうる。
  • 蘇生、出血の定量、、オキシトシン、分娩後3時間以内の投与、4T検索を同時並行で開始する。
  • で止血できなければ、、圧迫縫合、塞栓術・血管、子宮摘出へ段階を律儀に待たず迅速にエスカレートする。
  • 子宮では、付着胎盤を先に剥がさず、を中止して直ちにし、整復後にを再開する。
  • DIC重症はPPHと相互に関連する病態であり、原因検索・管理を並行して行う。