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Disease Atlas · 生殖・産婦人科 · 疾患

常位胎盤早期剥離

Placental abruption

臓器系
生殖・産婦人科
科目
Obstetrics
トピック
産科学 28:常位胎盤早期剥離
鑑別疾患
子宮破裂前置胎盤難産(陣痛異常・児頭骨盤不均衡)
続発疾患
播種性血管内凝固早産陣痛・早産子宮内胎児死亡・過期妊娠分娩後出血
関連疾患
骨盤位・胎位異常胎児発育不全
治療薬
デキサメタゾン硫酸マグネシウムオキシトシン
症状
圧痛出血背部痛腹痛
検査値
フィブリノゲン血算血小板減少乳酸Kleihauer-Betke試験
原因となる疾患
前期破水多胎妊娠妊娠高血圧腎症・子癇・HELLP症候群羊水過多症・羊水過少症

🧠 全体像を理解する幹は、「が剥離面を拡大させ続ける」という一本の因果連鎖にある。の母体血管が破綻して血腫ができると、血腫自体が剥離面をさらに広げ、胎児への低下と母体の出血・が並行して進行する。この過程は外から見える出血量とはに進みうる(内出血型では性器出血がわずかでも重症になる)ため、診断は超音波ではなく臨床診断が中心となる。管理のすべては、この「見えない重症度」を・子宮所見・胎児心拍・凝固能から推定し、母体救命と胎児救命のどちらを優先すべきかを妊娠週数ごとに天秤にかけ続ける作業として構成されている。

概要・定義

(placental abruption、abruptio placentae)は、正常な位置(子宮体部)に付着した胎盤が、胎児娩出前に子宮壁から剥離する産科救急である。全分娩の約0.4〜1%に発生し、周産期死亡・母体重症合併症の主要な原因の一つである。

  • 確定診断は分娩後の胎盤病理検査(母体面の圧痕・)によってのみ可能であり、分娩前の診断はあくまで臨床診断である。
  • 出血パターンにより次の3型に分けて理解すると病態が整理しやすい。
出血様式 解剖学的特徴 臨床的な注意
外出血型/ 血液がと子宮壁の間を通って頸管から腟外へ流出する 見える出血量が比較的病態の重症度を反映しやすい
内出血型/ 血液が胎盤後方に貯留し、外に出てこない 性器出血が少なくても母体ショック・に至りうる。最も見逃しやすい型
混合型 一部が貯留し一部が外へ流出する 臨床的に最も一般的

⚠️ 外出血量と重症度は一致しない。 では出血が少量に見えても、子宮緊張・母体ショック・が進行している可能性を常に疑う。

病因・危険因子

の母体血管()の破綻であり、危険因子は「な血管障害」と「急性の物理的負荷」の2系統に分けて整理できる。

系統 代表例
慢性血管性 合併妊娠の約2〜4%に剥離を合併)、既往の(再発率は約5〜15倍に上昇)、など胎盤機能不全に関連する病態
急性・物理的 腹部外傷()、後の急激な子宮減圧、などの医原性要因
・薬物 喫煙、・覚醒薬使用(急性のを介して発症)
産科的 (特にを伴う場合)、既往帝王切開、、多産

💡 危険因子の多くは(喫煙、薬物使用、)であり、次回妊娠のでは、これらへの介入となどの検討が再発リスク低減につながる。

病態

の母体血管が破綻するとが形成され、血腫の拡大がそのまま剥離面の拡大に直結する。剥離面が広がるほど胎児へのは低下し、母体は同時に出血量の増大との進行にさらされる。

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='decidua'>脱落膜</span>の母体血管(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='spiral artery'>螺旋動脈</span>)の破綻"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='retroplacental hematoma'>胎盤後血腫</span>の形成"]
    B --> C["血腫の拡大 → 剥離面のさらなる拡大"]
    C --> D["胎盤ガス交換面積の減少"]
    D --> E["胎児低酸素・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='fetal compromise'>胎児機能不全</span>"]
    C --> F["持続的な母体出血"]
    F --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tissue factor'>組織因子</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='thromboplastin'>トロンボプラスチン</span>)の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='maternal circulation'>母体循環</span>への流入"]
    G --> H["凝固系の広範な活性化"]
    H --> I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypofibrinogenemia'>低フィブリノゲン血症</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='disseminated intravascular coagulation, DIC'>播種性血管内凝固</span>(DIC)"]
    F --> J["母体<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hemorrhagic shock'>出血性ショック</span>"]
    C --> K["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='myometrium'>子宮筋層</span>への血液浸潤(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Couvelaire uterus'>クーベレール子宮</span>)"]
  • 大量出血では、胎盤・由来の中の凝固系を活性化し、を来しうる。妊娠中はフィブリノゲンが本来高値(で約400〜500 mg/dL)であるため、内であっても急激な低下は重症出血の指標になりうる。
  • 血液が内へ浸潤した状態はと呼ばれる。子宮の色調変化を伴うが、それ自体が子宮摘出の絶対適応ではなく、子宮や制御不能な出血の有無で摘出の要否を判断する。

「見える出血」ではなく「血腫が広がり続けているかどうか」を病態の中心に据えると、内出血型で出血が少量でも重症化する理由、DICを合併しうる理由、超音波が正常でも除外できない理由のすべてが同じ幹から説明できる。

臨床像・診断(重症度分類)

臨床像

典型像は突然発症する持続性の腹痛・、性器出血、、頻回の子宮収縮である。では頻脈、反復する遅発・、徐脈、胎児死亡が起こりうる。

重症度分類(Page分類/Sher分類)

分娩前のに基づくとして、Page分類とその修正版であるSher分類が現在も広く用いられている。いずれも出血量・子宮所見・胎児/母体状態・凝固能の組み合わせで層別化する点は共通している。

Grade
0(無症候性) 分娩後の胎盤病理でに診断。なし
1(軽症、Sher I相当) 性器出血少量、子宮軽度圧痛、母体バイタル安定、胎児心拍正常
2(中等症、Sher II相当) 性器出血あり〜中等度、子宮緊張・圧痛あり、はあるが胎児は生存
3(重症、Sher III相当) の子宮緊張、母体ショック、胎児死亡。凝固異常を伴わないもの(3A)と、DICを伴うもの(3B)に細分される

⚠️ 各Gradeの発生頻度は報告(施設・母集団)によりばらつきが大きく、国際的に統一された頻度データはないため、ここでは具体的な割合を示さない。

Grade(Sher分類)が上がるほど、母体ショック・DIC・胎児死亡のリスクが上がるという対応関係を軸に、初期評価の重症度と後述の管理方針を結びつけて理解する。

診断

  • 診断は臨床診断が中心である。、意識、皮膚灌流、尿量、子宮の緊張・圧痛・収縮パターン、胎児心拍数モニタリングを評価する。
  • で出血源を確認できるが、を除外するまでは指による腟を避ける。
  • 超音波はなど他病態の除外、胎児生存・・胎盤所見の評価に有用だが、急性期の血腫は胎盤実質と同じを呈することがあり、感度は低い(報告により25〜60%程度)。⚠️ 陰性超音波所見だけで剥離を否定してはならない。
鑑別項目
疼痛 あり(持続性、を伴うことが多い) 通常なし(無痛性性器出血)
子宮緊張 亢進(になりうる) 正常なことが多い
出血の性状 暗赤色が多く、内出血型では外出血に乏しい 色が多い
胎盤位置 正常位置 を覆う、または近接する
超音波 感度が低く、陰性でも除外できない で高感度に診断可能
除外後に施行可 大出血を誘発しうるため原則禁忌

検査

検査 目的
血算 貧血・血小板減少の評価。ただし直後はHbが正常なこともある
PT、aPTT、フィブリノゲン DICと重症度の評価。妊娠生理的にフィブリノゲンは高値であるため、に近い値でも警戒する
血液型・ 大量輸血への備え
腎・肝機能、電解質、乳酸 ショック・臓器障害の評価
Kleihauer-Betke()試験 RhD陰性妊婦における量の推定と、必要な追加投与量の算出。剥離の確定診断や除外には用いない(感度が低く、剥離の診断目的では推奨されない)

合併症(DIC等)

  • 母体:、輸血関併症、、子宮摘出、まれに死亡。
  • 胎児・新生児:障害、早産との合併、、胎児死亡。
  • 次回妊娠:再発リスクが上昇するため、妊娠前から高血圧・喫煙・薬物使用などな因子への介入を行う。

管理・分娩

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='placental abruption'>常位胎盤早期剥離</span>を疑う"] --> B["応援要請・母体ABCの評価・左側傾斜"]
    B --> C["太い<span class='jp-term jp-term-diagram' title='IV access'>静脈路</span>2本確保・採血(血算/凝固/<span class='jp-term jp-term-diagram' title='crossmatch'>交差適合</span>)・保温"]
    C --> D["胎児心拍連続モニタリング・超音波評価"]
    D --> E{"母体不安定または<span class='jp-term jp-term-diagram' title='fetal compromise'>胎児機能不全</span>か"}
    E -->|"はい"| F["母体蘇生(輸液・輸血)と緊急分娩を並行"]
    E -->|"いいえ"| G{"妊娠週数は34週未満か"}
    G -->|"はい・母児とも安定"| H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='higher order'>高次</span>施設で厳重な<span class='jp-term jp-term-diagram' title='elective'>待機</span>管理を個別検討<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='antenatal corticosteroid'>出生前ステロイド</span>投与を考慮"]
    G -->|"いいえ、または分娩進行中"| I["分娩の完了に向けて管理"]

初期対応

  • 酸素は母体低酸素血症がある場合に投与する。
  • 晶質液投与だけで対応を遅らせず、持続出血では赤血球・血漿・血小板・フィブリノゲン(など)の補充をに沿って行う。フィブリノゲンが100 mg/dL未満に低下している場合は積極的な補充を検討する。
  • RhD陰性で未感作の場合はを投与する。標準投与量(300 µg)は約30 mLの胎児全血(15 mLの)に相当するをカバーするが、でこれを超える出血が示唆される場合は追加投与量を計算する。

分娩方針(妊娠週数・重症度別)

状況 方針
母体不安定、制御不能な出血、DIC進行 妊娠週数にかかわらず迅速な分娩。蘇生を同時進行する
生存胎児の持続的な機能不全、経腟分娩が直ちに見込めない 緊急帝王切開
胎児死亡、母体が安定し経腟分娩が可能 多くは経腟分娩を優先し、帝王切開に伴う出血リスクを避ける。時はオキシトシンによる・増強を検討する
・早産・母児とも安定 施設で厳重な管理を個別に検討。反復出血、胎児発育、胎児心拍モニタリングを継続評価する
、または分娩が既に進行中 分娩を完了させる方向で管理する

⚠️ 安静のみで病態が治るわけではない管理を選択できるのは、母児が安定し、出血・凝固能・胎児状態を直ちに再評価でき、必要時に緊急分娩へ切り替えられるがある場合に限られる。

出生前ステロイドと硫酸マグネシウム

  • 分娩が妊娠33週6日以前に見込まれ、母児の状態がを許す場合は、予防のため副腎皮質ステロイドまたは)を投与する。
  • 妊娠32週未満での分娩が見込まれる場合は、胎児・新生児のを目的としての投与を検討する。この適応は、・子癇における痙攣予防目的の投与とは別の適応であり、混同しないよう注意する。
  • ⚠️ 母体の活動性出血やがあるにもかかわらず、ステロイド投与やその他の理由で必要な分娩を遅らせてはならない。

トコリシス(子宮収縮抑制薬)について

⚠️ における(トコリシス)投与は原則として行わない。出血性の子宮収縮を的に抑制すると、出血や剥離の進行を覆い隠し、母体・胎児のを発見できなくなる危険がある。ごく限られた状況(血行動態が安定し、の徴候がなく、投与完了までの短時間の猶予を得たい早産例)でのみ、母体・胎児の厳重な監視のもとで個別に検討されることがあるが、これは一般的な推奨ではなくとして扱う。

まとめ

  • は、が剥離面を拡大させ続ける病態であり、外出血型・内出血型()・混合型に分けられる。外から見える出血量と重症度は一致しない
  • 分娩前診断はあくまで臨床診断であり、超音波の感度は低く、陰性所見だけで除外できない。
  • 重症度はPage分類・Sher分類(Grade 0〜3、重症例はDICの有無で3A/3Bに細分)で層別化され、Grade上昇とともに母体ショック・DIC・胎児死亡のリスクが上がる。
  • は剥離の診断ではなく、RhD陰性妊婦におけるの必要投与量を推定するために用いる。
  • 母体不安定またはがあれば、妊娠週数にかかわらず蘇生・輸血準備と緊急分娩を並行する。安定していれば妊娠週数と重症度に応じて管理も選択肢となる。
  • トコリシスは原則として避け、(33週6日以前)・による(32週未満)は、母体・胎児の状態がを許す範囲で検討し、分娩を遅らせる理由にしてはならない。
  • は主要な危険因子であり、DICは主要な合併症である。は抗凝固前の腟回避を含め、最も重要な鑑別疾患として常に念頭に置く。