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Disease Atlas · 生殖・産婦人科 · 疾患

妊娠高血圧腎症・子癇・HELLP症候群

Preeclampsia, eclampsia, and HELLP syndrome

臓器系
生殖・産婦人科循環器
科目
ObstetricsPathology
トピック
産科学 04:妊娠高血圧症候群・子癇・HELLP症候群病理学 C-76:妊娠の病理
鑑別疾患
急性妊娠脂肪肝血栓性血小板減少性紫斑病脳静脈洞血栓症
続発疾患
播種性血管内凝固羊水過多症・羊水過少症子宮内胎児死亡・過期妊娠常位胎盤早期剥離分娩後出血慢性腎臓病可逆性脳血管攣縮症候群早産陣痛・早産
関連疾患
胎児発育不全妊娠糖尿病
治療薬
硫酸マグネシウムラベタロールニフェジピンメチルドパジヒドララジンマグネシウム(Mg++)
症状
悪心倦怠感心窩部痛頭痛浮腫嘔吐痙攣閃輝暗点
検査値
クレアチニン乳酸脱水素酵素ビリルビンフィブリノゲン血算血小板減少血小板数
原因となる疾患
高血圧症多胎妊娠
禁忌薬
カベルゴリンブロモクリプチンメチルエルゴメトリン

🧠 全体像:妊娠20週以降に新規発症する高血圧をみたら、「蛋白尿があるかどうか」だけでなく「どの臓器がやられているか」を探しにいく、というのがこのを理解する幹である。は本質的に胎盤由来の全身性であり、蛋白尿はその一表現型にすぎない。子癇はその痙攣発作型はその血液・肝重症型という位置づけで理解すると、分類全体が「胎盤が悪い→全身の血管内皮が悪くなる→臓器ごとに症状が出る」という単一の因果の枝分かれとして繋がる。唯一のは分娩(胎盤の娩出)であり、薬物治療はすべて「分娩まで母体を安定させる」ための時間稼ぎにすぎないという原則を常に念頭に置く。

概要

は、妊娠20週以降に新規発症した高血圧に、蛋白尿または他の母体臓器障害(血小板減少・腎障害・肝障害・肺水腫・神経症状など)のいずれかを伴う病態である。子癇はに起因する新規全身痙攣発作、は溶血・・血小板減少からなるの重症型で、いずれも胎盤形成異常を起点とする一連のスペクトラムとして理解する。

  • 好発:、35歳以上の、20歳未満、、肥満、糖尿病、、既往などでリスクが上がる。
  • 発症時期は(第3三半期)が多いが、定義上は妊娠20週以降であればいつでも起こりうる(34週未満で発症するものはとして重症度・周産期予後の観点から重要視される)。
  • ・胎盤早期剥離・医原性早産の主要な原因であり、産科救急の中核をなす。

分類と診断基準

高血圧は、原則として(SBP)140 mmHg以上または90 mmHg以上を、適切な方法で再確認して診断する。

病型 定義
妊娠前または妊娠20週未満から存在する、あるいは産後も持続する高血圧
20週以降の新規高血圧で、蛋白尿・母体臓器障害を伴わないもの
20週以降の新規高血圧に、蛋白尿・母体臓器障害・子宮胎盤機能不全のいずれかを伴うもの
に、新規蛋白尿・臓器障害・急激な血圧悪化などが加わったもの
子癇 に起因し、他の原因で説明できない新規の全身痙攣発作

⚠️ 蛋白尿は診断の必須条件ではない。蛋白尿がなくても他の臓器障害(血小板減少・・肺水腫・治療抵抗性の頭痛や視覚症状など)があればと診断できる。「蛋白尿5 g/日以上を重症の必須基準とする」「浮腫を診断の三徴に含める」といった旧来の分類は現行のACOG(米国産科婦人科学会)・ISSHP(国際学会)分類ではもはや用いない。浮腫は妊娠中はごくありふれた所見であり、有無だけでは診断・重症度のいずれの根拠にもならない。

20週未満に様の病態(高血圧・蛋白尿)をみた場合は、通常のとは考えにくく、、基礎にある腎疾患などを鑑別に挙げる。

蛋白尿の評価

有意蛋白尿は次のいずれかで判定する。

  • での尿蛋白300 mg以上
  • 0.3以上(単位系に注意)
  • 定量法が使えない状況に限り、法を補助的に用いる(確定には用いない)

重症所見

系統
血圧 SBP 160 mmHg以上またはDBP 110 mmHg以上(短時間で再確認)
血液 血小板10万/µL未満
AST/ALTがの2倍以上、または他原因のない持続性の右上腹部・
血清Cr 1.1 mg/dL超、または腎疾患の既往なしにの2倍以上への上昇
肺水腫
神経 治療抵抗性の頭痛、視覚症状、意識障害、痙攣

は「が1つでもあれば重症」という判定であり、蛋白尿の量そのものは重症度を左右しない。子癇・は、この重症のスペクトラムに含まれる臨床像と位置づけられる。

病態

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='trophoblast'>栄養膜細胞</span>による<span class='jp-term jp-term-diagram' title='spiral artery'>螺旋動脈</span>への浸潤不全"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='spiral artery'>螺旋動脈</span>のリモデリング不全(高抵抗性のまま残存)"]
    B --> C["胎盤の低灌流・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ischemia-reperfusion injury'>虚血再灌流障害</span>"]
    C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='sFlt-1'>抗血管新生因子</span>過剰・血管拡張因子(PlGF)低下・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='inflammatory mediator'>炎症性メディエーター</span>放出"]
    D --> E["全身性の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='vascular endothelial damage'>血管内皮障害</span>"]
    E --> F["血管収縮・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='systemic hypertension'>全身性高血圧</span>"]
    E --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='increased capillary permeability'>毛細血管透過性亢進</span> → 肺水腫・浮腫"]
    E --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='glomerular endotheliosis'>糸球体内皮症</span> → 蛋白尿・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='renal impairment'>腎機能障害</span>"]
    E --> I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hepatocellular injury'>肝細胞障害</span>・血小板消費・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='microangiopathic hemolysis'>微小血管障害性溶血</span> → <span class='jp-term jp-term-diagram' title='HELLP syndrome'>HELLP症候群</span>"]
    E --> J["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cerebral vasospasm'>脳血管攣縮</span>・脳浮腫 → 頭痛・視覚症状・痙攣(子癇)"]
    C --> K["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='fetal growth restriction, FGR'>胎児発育不全</span>・胎盤早期剥離"]

💡 病態の核心は「胎盤が先、全身症状は後」という順序である。妊娠初期の浸潤がうまくいかずが狭いまま残ると、胎盤はな低灌流・状態に置かれ、sFlt-1(可溶性fms様チロシンキナーゼ1)のような因子を過剰に放出し、PlGF(胎盤などの血管拡張因子を相対的に減少させる。このsFlt-1/PlGF比の上昇が全身の血管内皮を傷害し、高血圧・蛋白尿・肝障害・血小板減少・脳症状という一見バラな臓器症状を同じ根から説明する。NICE等の現行ガイダンスでは、この比(またはPlGF単独)の測定を、20〜35週未満でが疑わしいが確定診断に至らない症例においての補助として用いることが推奨されている(診断を確定させる検査ではなく、の評価を置き換えるものではない)。

リスク因子と予防

  • 既往、糖尿病、CKD、は高リスク因子である。
  • 初産、家族歴、肥満、(35歳以上)、長い妊娠間隔などもリスクを上げる。
  • 高リスク妊婦では、禁忌がなければを妊娠12〜28週(可能であれば16週未満)に開始し、分娩まで継続することが多くの地域指針で推奨されている。
  • 食事性カルシウム摂取が少ない集団では、カルシウム補充が予防に有用とされる。

臨床像

  • 多くは無症状の高血圧・蛋白尿として健診で発見されるが、重症例では以下の症状を呈する。
  • 治療抵抗性の頭痛、などの視覚症状、右上腹部・、悪心・嘔吐。
  • 急激な体重増加や顔・手の浮腫はとなりうるが、生理的な下肢浮腫とは区別し、浮腫単独を診断根拠にしない。
  • では、高血圧・蛋白尿が目立たないまま右上腹部痛・全身感で発症することがあり、見逃しやすい。

⚠️ 「血圧がそれほど高くない」「蛋白尿が軽度」という理由だけでを除外してはならない。特には高血圧が軽微な例が一定数あり、感をなどとするリスクがある。

診断・評価

  • 血圧、症状、SpO₂、、尿量を確認する。
  • 血算・、AST/ALT、LDH、ビリルビン、血清Cr、尿蛋白(定量)を測定する。
  • 胎児発育、、胎盤所見、胎児心拍を評価し、必要に応じてを追加する。
  • 頭痛・視覚症状・痙攣がな場合は、、てんかん、中枢神経感染症、代謝性疾患などを除外する。

治療

急性重症高血圧

持続するSBP 160 mmHg以上またはDBP 110 mmHg以上は、母体脳卒中を予防するため30〜60分以内の緊急治療の対象となる。

主な注意点
IV 喘息、徐脈、心不全に注意
IV 過度の血圧低下・に注意
経口 を待たず投与可能。は行わない

にはなどを個別に選択する。ACE阻害薬・ARB・直接レニン阻害薬・のため妊娠中は原則避ける。利尿薬はではないが、肺水腫など適応を選んで使用する。

💡 非重症域(140〜159/90〜109 mmHg)の管理方針は近年更新されつつある。従来は「重症域(160/110以上)に達するまでは無治療で経過観察」が一般的だったが、CHAP試験(2022年)を受けたACOGの方針更新以降、合併妊娠ではBP 140/90 mmHg以上から治療を開始し、140/90未満を目標にする運用が広がっている。ただしそのもの(を伴わない場合)の非重症域管理は、厳密な目標よりも母体・胎児のモニタリング頻度を優先する施設が多く、プロトコルの差が大きい領域である。

硫酸マグネシウム(子癇の予防・治療)

適応

  • 子癇の痙攣治療・再発予防
  • を伴うにおける痙攣予防
  • のない症例への予防投与は、利益と副作用(呼吸抑制など)を個別に判断する

代表的な静注レジメンは、負荷量4〜6 gを20〜30分かけて投与した後、1〜2 g/時でする。具体的な投与量・は施設プロトコルに従う。

監視項目 中毒を疑う所見
消失
呼吸 ・呼吸抑制
腎機能 (Mg排泄低下によりMg蓄積)
意識・筋力 傾眠、筋力低下

中毒が疑われれば直ちに投与を中止し、呼吸・循環を支持したうえで、としてを準備・投与する

⚠️ 性であり、自体でも起こりうる)があると容易に蓄積してに達する。例では特に慎重な監視が必要である。

子癇発作時の対応

  1. 外傷を防ぎ、とし、気道確保、必要に応じて酸素投与・換気を行う。
  2. を投与し、再発時は追加投与を検討する。
  3. 重症高血圧を治療しつつ、採血・尿量・胎児状態を評価する。
  4. 痙攣と低酸素血症を制御して母体を安定化させた後に分娩する。

⚠️ などのは、に代わるではない。痙攣がに反応しない場合は、気道管理を優先しつつ、など他の原因の評価を並行して進める。

HELLP症候群の管理

溶血、、血小板減少からなる、妊娠に関連したの一型である。溶血はLDH上昇、上昇、低下、末梢血におけるの出現で評価する。腫・肝破裂、DIC、胎盤早期剥離、腎障害を合併しうる。

共通所見
Class I 5万/µL未満 LDH 600 U/L以上、AST/ALT上昇
Class II 5万〜10万/µL 同上
Class III 10万〜15万/µL 同上。を含みうる

管理は、母体安定化、による痙攣予防、重症高血圧の治療、必要に応じたの準備、そして適切な時期での分娩からなる。自体がであるため、原則として重症に準じた分娩適応で扱う。

分娩時期

唯一のは分娩(胎盤の娩出)である。妊娠週数との有無で時期を判断する。

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='preeclampsia'>子癇前症</span>または<span class='jp-term jp-term-diagram' title='gestational hypertension'>妊娠高血圧</span>"] --> B{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='severe features'>重症所見</span>・子癇・HELLP・母児の急激な悪化はあるか"}
    B -->|"なし"| C{"妊娠37週以上か"}
    C -->|"はい"| D["分娩"]
    C -->|"いいえ"| E["厳重な母児モニタリングのもと<span class='jp-term jp-term-diagram' title='elective'>待機</span>管理"]
    B -->|"あり"| F["母体安定化(重症高血圧治療・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='magnesium sulfate, MgSO4'>硫酸マグネシウム</span>)"]
    F --> G{"妊娠34週以上、または<span class='jp-term jp-term-diagram' title='elective'>待機</span>不能な状態か"}
    G -->|"はい"| H["安定化後に分娩"]
    G -->|"いいえ"| I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='higher order'>高次</span>施設で選択的<span class='jp-term jp-term-diagram' title='elective'>待機</span>管理を検討(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='fetal lung maturation'>胎児肺成熟</span>のためのステロイド投与)"]
  • がなければ妊娠37週0日での分娩を勧める。
  • があり34週0日以降であれば、母体安定化後に分娩する。のためのステロイド投与を理由に、分娩が必要な状況で分娩を遅らせてはならない。
  • 34週未満であっても、制御不能な高血圧、子癇、肺水腫、DIC、胎盤早期剥離、進行性の肝腎障害、胎児状態の悪化などがあれば分娩する。
  • 帝王切開が自動的に必要になるわけではなく、産科的条件に応じて分娩様式を決定する。

産後管理

  • 子癇・重症高血圧・肺水腫は産後にも発症しうる。特に分娩後48時間以内は厳重に観察し、その後も自宅で注意すべき症状(頭痛、視覚症状、上腹部痛など)を説明する。
  • 産後も血圧を再評価し、への移行の有無を確認する。
  • の既往は、将来の高血圧、、心不全、脳卒中、のリスクを高めるため、長期的な心血管フォローの対象とする。

HELLP症候群とTTP・DICの鑑別

は、血小板減少とを呈する点で(TTP)や(DIC)と類似し、妊娠中の血小板減少・溶血の鑑別で混同されやすい。

項目 TTP DIC
基盤病態 の重症型(胎盤由来の ADAMTS13の高度欠乏(自己抗体または先天性) 基礎疾患(胎盤早期剥離、敗血症、など)による凝固系の広範な活性化
好発時期 早期 妊娠中いつでも、非妊娠時にも起こる 妊娠に限らず、原因となる急性病態に伴って発症
神経症状 目立たないことが多い が前景に立ちやすい 基礎疾患の症状に依存
(PT/APTT・フィブリノゲン) 通常はほぼ正常(DIC合併時は異常) 通常は正常 PT/APTT延長、、D-dimer著増
正常〜軽度低下 高度低下(多くは10%未満) 正常
顕著(に含まれる) 目立たないことが多い 基礎疾患に依存
分娩による改善 分娩後に自然軽快することが多い 分娩だけでは改善しない(が必要) 原因の除去(胎盤娩出・など)に依存
中心的治療 母体安定化+分娩 基礎疾患の治療+支持療法・補充

の血小板減少+溶血=反射的にHELLP」と決めつけないことが鑑別の要点である。神経症状が前景に立つ、あるいは分娩後も血小板減少・溶血が改善しない場合はTTPを、(PT/APTT延長・)が目立つ場合はDICを積極的に疑い、測定やの適応を検討する。

まとめ

  • は妊娠20週以降の新規高血圧に、蛋白尿または他の臓器障害(血小板減少・肝腎障害・肺水腫・神経症状)のいずれかを伴えば診断でき、蛋白尿は必須ではない。浮腫も現行のには含まれない。
  • 病態の核心は胎盤のリモデリング不全に始まる全身性であり、sFlt-1/PlGF比の上昇がこれを媒介する。子癇(痙攣型)・(血液・肝重症型)はいずれもこの延長線上にある。
  • SBP 160 mmHg以上またはDBP 110 mmHg以上は30〜60分以内の緊急の対象であり、(舌下不可)が第一選択となる。
  • 子癇・重症の痙攣予防・治療にはを用い、・呼吸・尿量を監視し、中毒時はで拮抗する。は第一選択ではない。
  • 分娩(胎盤娩出)が唯一のであり、なしなら37週、ありなら母体安定化後(多くは34週以降は速やかに)分娩する。
  • は高血圧・蛋白尿が目立たないこともあり、右上腹部痛・感で発症する例を見逃さない。TTP・DICとの鑑別では、神経症状・・分娩後の経過が手がかりになる。
  • の既往はだけでなく生涯にわたる心血管・腎リスクの指標であり、長期フォローにつなげる。