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Disease Atlas · 生殖・産婦人科 · 疾患

妊娠性肝内胆汁うっ滞症

Intrahepatic cholestasis of pregnancy

別名
ICP
臓器系
生殖・産婦人科肝胆膵
科目
Obstetrics
トピック
産科学 10:妊娠と消化器疾患
鑑別疾患
胆石症
続発疾患
早産陣痛・早産
関連疾患
妊娠糖尿病
治療薬
ウルソデオキシコール酸ビタミンKリファンピシン
症状
黄疸食欲不振掻痒
検査値
ビリルビン

🧠 全体像(ICP)を理解する幹は、「胆汁酸の母体血中蓄積→掻痒という母体症状」と「胆汁酸の移行→原因不明の突然」という2本の別々の因果線が同じ病態から枝分かれしている、という構図である。母体の症状(掻痒)の強さは胎児リスクの大きさと必ずしも比例しない——ここが本疾患の学習を難しくする核心であり、だからこその実測値が症状の強さ以上に管理方針(分娩時期)を決定する中心的な指標になる。かつては「ICPと診断されたら一律に妊娠34〜36週で分娩」という画一的な運用だったが、現在は値によるリスクの層別化データに基づき、軽症〜中等症はに近づけ、真に高リスクな重症例だけを早めに分娩するという考え方に転換している。

概要・定義

(intrahepatic cholestasis of pregnancy:ICP、とも呼ばれる)は、他に肝疾患の原因がない妊婦に生じる可逆性の胆汁うっ滞であり、典型的には妊娠中期以降に発症する優位で夜間に増悪する掻痒と、血清値の上昇を特徴とする。分娩後は速やかに(通常数日〜数週で)症状・とも消失する。

  • 頻度は人種・地域差が大きく、欧米では妊娠の0.3〜1.5%程度とされるが、南米(チリなど)や北欧の一部集団では数%に達する報告もある。
  • 遺伝子、代表的にはABCB4/ABCB11などの多型)、女性ホルモン(エストロゲン・プロゲステロン代謝物)の影響、季節性(冬季に多いとする報告)が関与すると考えられている。
  • による妊娠、ICPの既往・家族歴、の既往、の合併は危険因子として一貫して報告されている。

⚠️ 皮疹を伴わない掻痒であることが診断の手掛かりになる。皮疹を伴う場合は(PUPPP)など他の妊娠性皮膚疾患を考慮する。

病態・病因

機能の低下(の関与が示唆される)を背景に、に上昇するエストロゲン・プロゲステロン代謝物が胆汁をさらに障害し、母体血中に胆汁酸が蓄積すると考えられている。

系統 内容
胆汁酸・リン体(ABCB4、ABCB11など)の(PFIC)関連遺伝子と重なる場合がある
ホルモン学的 エストロゲン・プロゲステロン代謝物の胆汁うっ滞作用。で頻度が高いのはエストロゲン負荷が大きいためと考えられる
環境・季節性 冬季に多いとする報告があるが機序は未確定
既往・ ICPの既往(再発率が高い)、、C型肝炎既往、

では胆汁酸蓄積により掻痒が生じるが、掻痒の強さと胎児リスクは相関しないでは、母体血中の高濃度胆汁酸が胎盤を通過してに移行し、胎児の不整脈・急性の胎児低酸素、まれに突然の胎児死亡(原因不明の)と関連すると考えられている。

⭐ この「母体症状(掻痒)」と「胎児リスク()」が同じ胆汁酸蓄積から生じながら互いに並行しないという点が、後述の「値による層別化」が症状の重症度ではなくを軸に組み立てられている理由である。

臨床像・診断

臨床像

  • 優位で夜間に増悪する掻痒であり、皮疹を伴わない(のみを認めることが多い)。
  • 一部で軽度の黄疸(10%未満)、右上腹部の不快感、障害による)を伴う。
  • 症状はに出現することが多いが、まれに妊娠前半に発症することもある。

診断

  1. 他の肝疾患(など)を肝・腹部超音波・ウイルス血清学で除外する。
  2. 非空腹時の血清を測定する。空腹時に測定する必要はない。
  3. AST/ALTは軽度〜中等度上昇することが多いが、正常値であってもICPを否定できない。ビリルビンは軽度上昇にとどまることが多い。

⭐ 診断閾値には複数の基準が併存する。従来から用いられる値10 μmol/L以上を感度の高い基準とする一方、近年のRCOGガイドラインは妊娠特異的なとして19 μmol/L以上を用い、正常な妊娠に伴う胆汁酸の生理的上昇との過剰診断を避けている。いずれの基準を用いるかは施設・ガイドラインにより異なるため、自施設の基準を確認する。

重症度分類

ピーク値(妊娠経過中の最高値)で重症度を層別化する。

重症度 リスクの目安
軽症 19〜39 μmol/L 一般集団に近い(大きな上昇なし)
中等症 40〜99 μmol/L 軽度上昇
重症 100 μmol/L以上 明らかに上昇

100 μmol/L以上の群でのみリスクが明らかに上昇するというデータ(Ovadia論文など)が、現行の分娩時期の層別化(後述)の根拠になっている。100 μmol/L未満ではリスクの上昇は乏しいか軽微とされる。

鑑別診断

鑑別疾患 ICPとの鑑別点
(PUPPP) 皮疹(紅斑性丘疹・蕁麻疹様局面)を伴う。は正常
AST/ALTがより高値になりやすく、ウイルス血清学が陽性
疝痛様の右上腹部痛が主体。超音波で結石・胆管拡張を確認
高血圧・蛋白尿・溶血・血小板減少を伴う。掻痒は主症状ではない
低血糖・・意識変容を伴う重症像
性皮膚疾患の増悪 妊娠前からの皮膚疾患歴があり、皮疹を伴う

治療・管理

flowchart TD
    A["妊娠中期以降の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='palms and soles'>掌蹠</span>優位・夜間増悪の掻痒(皮疹なし)を疑う"] --> B["肝<span class='jp-term jp-term-diagram' title='functional test'>機能検査</span>・非空腹時<span class='jp-term jp-term-diagram' title='total bile acid'>総胆汁酸</span>を測定し他の肝疾患を除外"]
    B --> C{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='total bile acid'>総胆汁酸</span>が妊娠特異的基準を超えるか"}
    C -->|"いいえ"| D["ICP否定的:他の掻痒・肝疾患の原因を検索し必要なら再検査"]
    C -->|"はい:ICP確定"| E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ursodeoxycholic acid'>ウルソデオキシコール酸</span>を第1選択で開始(10〜15 mg/kg/日、<span class='jp-term jp-term-diagram' title='divided dosing'>分割投与</span>)"]
    E --> F["ピーク<span class='jp-term jp-term-diagram' title='total bile acid'>総胆汁酸</span>値で重症度を層別化"]
    F --> G{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='total bile acid'>総胆汁酸</span>のピーク値は"}
    G -->|"軽症 19〜39 μmol/L"| H["妊娠36週0日〜39週0日を目安に分娩"]
    G -->|"中等症 40〜99 μmol/L"| I["妊娠36週0日〜39週0日、その中でも早めの時期を目安に分娩"]
    G -->|"重症 100 μmol/L以上"| J["妊娠36週0日を目安に分娩"]
    J --> K{"難治性掻痒・既往<span class='jp-term jp-term-diagram' title='stillbirth'>死産</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='multiple gestation'>多胎</span>・肝疾患合併など追加リスクがあるか"}
    K -->|"あり"| L["妊娠34週0日〜35週6日への前倒しを個別に検討"]
    E --> M{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='coagulopathy'>凝固障害</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='steatorrhea'>脂肪便</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='fat-soluble vitamin absorption'>脂溶性ビタミン吸収</span>障害)を認めるか"}
    M -->|"あり"| N["ビタミンK補充を行う"]

薬物療法

  • (UDCA)を第1選択薬とする。標準投与量は10〜15 mg/kg/日を1日1〜3回に分割し、母体の掻痒・肝値を改善する。母体症状の改善効果は確立している一方、・早産など周産期転帰そのものを改善するかは研究間で結果が一致せず、議論が続いている。
  • 掻痒がUDCA単独で制御不十分な難治例では、リファンピシンの追加やなどの併用が検討されることがあるが、いずれも第1選択ではなくUDCA不応例に限定した二次的選択肢である。
  • (PT延長)やを認める場合は、によるビタミンK欠乏を疑い補充する。

胎児サーベイランスと分娩時期

⚠️ ICPによる胎児死亡は突然発症することがあり、や超音波での通常のでは確実に予測・予防できない。 を行っていてもは起こりうることを念頭に置き、の実施だけで安心せず、値に基づく分娩時期の決定を優先する。

  • 分娩時期はピーク値による重症度層別化に基づいて個別化する。
    • 軽症(19〜39 μmol/L)・中等症(40〜99 μmol/L):妊娠36週0日〜39週0日を目安とし、中等症では早めの時期を選ぶ。
    • 重症(100 μmol/L以上):妊娠36週0日を目安とする。難治性掻痒、ICPによるの既往、、肝疾患の合併などの追加リスクがあれば、妊娠34週0日〜35週6日への前倒しを個別に検討する。
  • ⭐ この層別化は、100 μmol/L以上でのみリスクが明らかに上昇するというデータに基づいており、「ICPは一律34〜36週で分娩」という旧来の画一的な運用ではない。100 μmol/L未満の軽症・中等症を不必要に早期分娩へ導かないことが、現行の考え方の要点である。

まとめ

  • ICPは他に原因のない妊婦に生じる胆汁うっ滞であり、皮疹を伴わない優位・夜間増悪の掻痒と値上昇で診断する。皮疹があればPUPPPなど他の妊娠性皮膚疾患を考える。
  • 診断閾値は基準により異なる(従来の10 μmol/L以上、RCOGの妊娠特異的19 μmol/L以上)。重症度はピーク値で軽症(19〜39)・中等症(40〜99)・重症(100以上)に層別化する。
  • 母体の掻痒の強さと胎児リスクは相関せず、リスクは100 μmol/L以上で明らかに上昇するというデータが現行管理の根拠になっている。
  • 第1選択薬は(10〜15 mg/kg/日)であり、母体症状は改善するが周産期転帰への効果は議論が続く。があればビタミンKを補充する。
  • はICPの突然を確実には予測できないため、値による分娩時期の層別化(軽症・中等症は36〜39週、重症は36週、追加リスクがあれば34〜36週へ前倒し)を管理の中心に据える。
  • は併存しやすく、ICPは次回妊娠での再発率が高いため既往歴として重要である。