産科学

産科学 · 10

妊娠と消化器疾患

Pregnancy and gastrointestinal disorders

前提:病態
黄疸の病態生理・ビリルビン代謝異常
前提:正常
消化管の運動機能とその調節胆汁酸の生合成と代謝
疾患
急性妊娠脂肪肝妊娠悪阻妊娠性肝内胆汁うっ滞症妊娠性痒疹性蕁麻疹様丘疹・プラーク
スコア
PUQEスコア

🧠 全体像:妊娠中の消化器症状は、プロゲステロンによる運動低下と増大子宮による圧迫で多い。一方、経口摂取不能を伴う、消化管出血、持続する腹痛、黄疸、肝不全は生理的変化ではなく、脱水・・妊娠特有肝疾患を迅速に評価する。

妊娠悪心・嘔吐と妊娠悪阻

(nausea and vomiting of pregnancy:)は通常16週以前に始まり、多くは20週までに改善する。は、飲食不能、脱水、電解質異常、体重減少、日常生活の著しい障害を伴う重症型である。

⚠️ ケトン尿や妊娠前体重5%以上の減少だけを必須定義にしない。ケトン尿は重症度・脱水の信頼できる単独指標ではない。

評価

  • 体重、、、尿量、電解質、腎・肝機能、血糖を評価する。
  • 腹痛・圧痛、発熱、下痢、神経症状は別疾患を示唆する。
  • ・は負荷が大きくリスクとなる。
  • 胃腸炎、尿路感染、肝胆道疾患、膵炎、、、薬剤性を除外する。

段階的治療

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='nausea and vomiting of pregnancy'>NVP</span>:飲水・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='small frequent meals'>少量頻回食</span>・誘因回避"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pyridoxine (vitamin B6)'>ピリドキシン</span>±<span class='jp-term jp-term-diagram' title='doxylamine'>ドキシラミン</span>"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='H1 antihistamine'>H1抗ヒスタミン薬</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dopamine antagonist'>ドパミン拮抗薬</span>などを追加/変更"]
    C --> D{"脱水・経口不能・電解質異常あり?"}
    D -->|"なし"| E["外来/日帰りで再評価"]
    D -->|"あり"| F["IV補液・K補正・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='thiamine'>チアミン</span>"]
    F --> G["難治なら<span class='jp-term jp-term-diagram' title='enteral nutrition, EN'>経腸栄養</span>を優先"]
    G --> H["経腸不能時のみ<span class='jp-term jp-term-diagram' title='parenteral nutrition, PN'>静脈栄養</span>を検討"]
  • 第1選択に単独または併用を用いる。プラセボ対照試験でこの合剤はより(悪心・嘔吐の重症度指標)を有意に改善している1。
  • など、など、必要時を利益・リスクで選ぶ。

⚠️ の安全性は議論が続く。 米国Medicaidのコホートでは第1三半期曝露との増加に関連はなかった(調整0.99)が、とは小さな関連(調整1.24)を認めており、研究間でが完全には一致しない2。

  • IV補液はを基礎にKを補正する。
  • 長期嘔吐では、ブドウ糖投与前にを投与し、を防ぐ。
  • 入院・脱水・不動ではリスクを評価し、禁忌がなければ予防を考慮する。

胃食道逆流症

プロゲステロンによる低下と、増大子宮によるでが増える。

管理

  1. 、就寝前の食事回避、食後すぐ横にならない、を行う。
  2. 必要時にCa含有またはを用いる。・の過量は避ける。
  3. 不十分なら、、を段階的に使う。

嚥下障害、体重減少、消化管出血、貧血、持続嘔吐は内視鏡を含む精査の適応である。必要な内視鏡を妊娠だけで遅らせない。

胃内容誤嚥とMendelson症候群

妊娠・はと緊急全身麻酔の機会により、のリスクがある。化学性肺障害から低酸素・を起こしうる。

古典的には胃内容のpH 2.5未満・量25 mL超で重症肺障害リスクが高いと教えられたが、これはMendelson症候群の病態を理解する目安であり、臨床で誤嚥の有無や重症度を除外する固定境界ではない。

予防

  • では固形物を通常6〜8時間、透明液を2時間前までとする麻酔指針を用いる。
  • 正常の低リスク例へ透明液を一律禁止せず、誤嚥リスクや緊急手術可能性で個別化する。
  • 高リスクまたは全身麻酔時は、、非粒子性を施設プロトコルで用いる。
  • 緊急全身麻酔では、適切な気道確保を行う。

発症時

気道確保、酸素化、必要時換気を優先する。だけで抗菌薬をルーチン投与せず、が疑われる場合に使用する。

炎症性腸疾患

急性妊娠脂肪肝

は〜産後早期に発症するまれな肝不全である。

症状・検査

  • 悪心、嘔吐、倦怠感、上腹部痛、黄疸、・多尿、意識変容。
  • ビリルビン・アンモニア・尿酸上昇、低血糖、、延長、腎障害。
  • /は中等度上昇が多いが、値だけでは除外できない。
  • 高血圧・蛋白尿を伴い、と重なることがある。

は症状、低血糖、尿酸、白血球、腹水または超音波での、アンモニア、Cr、などを組み合わせ、診断を支持する。14項目中6項目以上の充足で診断とする運用が実際に行われているが、基準を満たさない症例も他に説明のつかない肝不全としてAFLPと臨床診断されており、基準だけで確定・除外しない3。

管理

  1. 母体を集中管理し、低血糖・・腎障害・脳症を治療する。
  2. 診断後は母体安定化と並行して速やかに分娩する。
  3. 分娩後も肝不全・出血・感染を監視し、難治例は施設へ相談する。
  4. 母児でを含むを検討し、次回妊娠をする。

妊娠性肝内胆汁うっ滞症

(intrahepatic cholestasis of pregnancy:ICP)は、他に肝疾患の原因がない妊婦に生じる胆汁酸代謝異常であり、通常妊娠中期以降に優位で夜間に増悪する掻痒を来す。皮疹を伴わない点が特徴である。

診断・重症度

  • 非空腹時の値が妊娠特異的な(多くは19 μmol/L以上)を超えることで診断する。/は軽度〜中等度上昇することが多いが、正常値でもICPを否定できない。
  • 値で重症度を層別化する:軽症(19〜39 μmol/L)、中等症(40〜99 μmol/L)、重症(100 μmol/L以上)。

⭐ リスクは100 μmol/L以上で明らかに上昇する一方、100 μmol/L未満では一般集団に近いリスクにとどまるという層別化データが示されている。妊娠のでは頻度が40 μmol/L未満0.13%、40〜99 μmol/Lで0.28%(有意差なし)、100 μmol/L以上で3.44%(30.50、p<0.0001)であった4。この知見により、かつての「ICPは一律に妊娠34〜36週で分娩」という画一的な方針から、値で層別化した分娩時期の決定へと変わっている。

管理

  • を第1選択薬として用いる。母体の掻痒・肝機能を改善するが、そのものを改善するかは議論が続く。
  • 重症度に応じてを行うが、ICPによるは胎児心拍モニタリングでは予測できないことがある点に注意する。
  • やを伴う場合はを疑い補充する。
  • 分娩時期は値で個別化し、100 μmol/L以上ではおおむね妊娠36週頃、それ未満では妊娠36週0日〜39週0日を目安とする。

まとめ

  • はよくあるが、経口不能・脱水・電解質異常を伴うHGは積極的治療が必要である。
  • 長期嘔吐ではブドウ糖より先にを投与し、をより優先する。
  • GERDは生活調整から薬物へ段階的に治療する。
  • 胃内容誤嚥ではを優先し、への抗菌薬を一律投与しない。
  • の黄疸・低血糖・ではAFLPを疑い、支持療法と速やかな分娩を行う。
  • ICPは優位の掻痒で疑い、値で重症度と分娩時期(100 μmol/L以上でおおむね36週、未満なら36週0日〜39週0日)を層別化する。第1選択薬はである。

出典

  1. 1.Effectiveness of delayed-release doxylamine and pyridoxine for nausea and vomiting of pregnancy: a randomized placebo controlled trial(American Journal of Obstetrics and Gynecology・2010)二重盲検プラセボ対照試験(妊娠悪心・嘔吐の妊婦256例)で、ドキシラミン10 mg・ピリドキシン10 mgの徐放性合剤がプラセボよりPUQEスコア・QOLを有意に改善したことを確認した。閲覧 2026-08-26
  2. 2.Association of Maternal First-Trimester Ondansetron Use With Cardiac Malformations and Oral Clefts in Offspring(JAMA・2018)米国Medicaidデータ181万例超のコホート研究で、第1三半期のオンダンセトロン曝露は心奇形の増加とは関連しなかった(調整相対危険度0.99)が、口唇口蓋裂とは小さな関連を認めた(調整相対危険度1.24、10,000出生あたりの絶対リスク差2.7)ことを確認した。閲覧 2026-08-26
  3. 3.Swansea criteria score in acute fatty liver of pregnancy(Chinese Medical Journal・2022)Swansea基準は14項目中6項目以上の充足でAFLPと診断する運用が実際に行われていること、基準を満たさなかった症例も他に説明がつかない肝不全としてAFLPと臨床診断されており、基準だけで確定・除外せず臨床判断を優先する運用があることを確認した。閲覧 2026-08-26
  4. 4.Association of adverse perinatal outcomes of intrahepatic cholestasis of pregnancy with biochemical markers: results of aggregate and individual patient data meta-analyses(The Lancet・2019)単胎妊娠のICPで死産の頻度が総胆汁酸40 μmol/L未満0.13%、40〜99 μmol/L 0.28%(ハザード比2.35、有意差なし)、100 μmol/L以上3.44%(ハザード比30.50、p<0.0001)であり、100 μmol/L以上でのみ死産リスクが明らかに上昇することを確認した。閲覧 2026-08-26