眼科学

眼科学 · ML-39

高血圧網膜症

Hypertensive retinopathy

前提:正常
感覚器:眼

🧠 全体像:高血圧は、網膜の細動脈が血圧に反応して変わる姿を、生きたまま直接見るものである。段階は「締まる(血管収縮)→ 硬くなる(硬化)→ 漏れる・詰まる(滲出)→ 乳頭が腫れる(悪性)」の順に進む。前の2つは慢性の高血圧の痕跡で血圧を下げても残り、後の2つは急性・重症の高血圧の徴候で血圧を下げれば消えうる。を伴う眼底は()の診断そのものであり、眼科より先に内科の救急対応が要る。

網膜の血行の解剖は網膜の解剖と血液循環、高血圧に合併する・動脈閉塞症は障害で扱う。高血圧そのものは高血圧症を参照。

高血圧と眼

  • 高血圧は非常に多い病気で、本態性(一次性)のことも二次性のこともある。
  • 多くは治療されており、きちんと治療されていればは軽度〜中等度にとどまる。
  • 治療が不十分な場合(慢性に未治療のまま、または急性の重症例)には、・虚血性の所見を伴う重いが起こりうる。

高血圧は40歳以上の成人によくみられ、従来の危険因子と独立して脳卒中・・心血管死を予測する1。ESC の2024年の指針は、を高血圧性臓器障害の評価の一つに位置づけ、軽度・中等度のでも心血管イベントの危険の上昇と関連するとしている2。

💡 網膜の細動脈は、体の中で唯一、切らずに直接観察できる細動脈である。腎臓や脳の細動脈で起きていることを、眼底で代わりに見ていると考えるとよい。

病期ごとの所見

flowchart TD
    A["血圧の上昇<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='perfusion pressure'>灌流圧</span>の上昇)"] --> B["軽度:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='autoregulation'>自動調節</span>で細動脈が収縮<br>びまん性・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='localized'>局所性</span>の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='attenuation'>狭細化</span>、<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tortuosity'>蛇行</span>"]
    B --> C["中等度:慢性の圧で壁が肥厚<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='copper'>銅</span>線・銀線動脈、動静脈交叉現象"]
    C --> D["重度:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='blood-retina barrier'>血液網膜関門</span>の破綻<br>出血・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hard exudates'>硬性白斑</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cotton-wool spot'>軟性白斑</span>"]
    D --> E["悪性:乳頭の虚血と漏出<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='papilledema'>乳頭浮腫</span>、Elschnig斑"]
    E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypertensive emergency'>高血圧緊急症</span>としての<br>全身の臓器障害"]

軽度:血管収縮

  • が上がると、網膜の細動脈はで収縮する。
  • 所見:またはびまん性の細動脈のと。
  • のでは、細動脈の一部だけが数珠のようにくびれて細くなる。びまん性のでは、細動脈が全体に細くなり、並走する静脈との太さの差が開く。
  • 動脈の径を静脈の径で割った動静脈径比は、従来、正常でおよそ2:3(約0.67)とされ、びまん性のではこれより小さくなる。ただし正常とされる比は、2:3〜3:4、4:5〜1:1 など記載によって幅がある。同じ眼でもや、どの分枝どうしを比べるかで比が変わるので、の目測だけで軽いを言い切るのは難しい。

💡 この目測のぶれが、後述の Keith-Wagener-Barker 分類で1群と2群の判定がごとにぶれる理由の一つである。から血管径をして比を出す方法もあり、米国の中高年約9,000人の疫学研究では、乳頭周囲の細動脈との径を合成して求めた比の中央値は0.84(範囲0.57〜1.22)で、値が低いほどびまん性のを示すとされた。法によって値が変わるので、目測の「2:3」と値をそのまま比べることはできない。

中等度:硬化性の変化

  • 硬化性の所見:動脈硬化とで細動脈の壁が厚くなる。壁の反射が強くなり、赤褐色に光る「線」、さらに進むとが見えず白い筋に見える「銀線」になる。
  • 動静脈交叉現象:壁の厚くなった細動脈が、交叉部でその下を走るを圧迫したり押しのけたりする。静脈は交叉部の手前で途切れたように細くなり、先で太くなる。

⚠️ 動静脈交叉現象は、の起こる場所そのものである。交叉現象の強い眼は、の危険が高い。

の分類(Scheie 分類)

段階 所見
1 細動脈の反射の拡大
2 動静脈交叉現象
3 線動脈
4 銀線動脈

乳頭の周りを扇形に区切って正常と段階1〜4を並べて描くと、段階が進むにつれて細動脈の光反射が広がり、段階4では細動脈が白い筋のように見える。

重度:滲出性の変化

の破綻によるの所見が出る。

所見 本態 見え方
細動脈・毛細血管の破綻 の点状・しみ状出血、の炎状出血
漏れた血清の成分の沈着。水は蛋白や脂質より汲み出されやすいので、脂質と蛋白が残る 境界のはっきりした黄白色の小斑
の閉塞による局所の虚血(の) 境界のぼやけた白い綿のような斑
  • 炎状出血と黄斑の滲出物が同時にみられることが多い。
  • と、黄斑の周りに放射状に並んだ(黄斑星芒)の組み合わせは、重い高血圧の典型である。

💡 が黄斑で星形になるのは、黄斑の Henle (の軸索)がから放射状に走っていて、沈着物がその線維に沿って並ぶからである。

悪性:乳頭浮腫

  • :とその細動脈の虚血と漏出による、乳頭の腫れと境界の不鮮明化。乳頭の上と周りに出血を伴う。
  • Elschnig斑:の萎縮巣。に、色素の塊をの輪が囲む。の細動脈の閉塞の跡である。動脈に沿う線状の色素沈着(Siegrist 線条)も同じ高血圧性症の所見である3。

典型的な眼底では、乳頭が赤く腫れて境界が消え、その周囲に炎状出血が放射状に散る。

⚠️ を伴う高血圧はである。頭蓋内圧亢進によると見分けるには、まず血圧を測ることが欠かせない(著しい高血圧はの原因の一つでもある)。

分類の対比:Keith-Wagener-Barker 分類と Wong-Mitchell 分類

Keith-Wagener-Barker 分類(1939年、従来の分類)

群 所見
1 網膜細動脈の軽度のびまん性
2 明らかなの+動静脈交叉現象
3 2群の所見+炎状出血・・
4 3群の所見が重く、またはを伴う

この分類はのない時代の生命予後の分類であり、未治療の(4群)の死亡率は2か月で50%、1年で90%だった3。

Wong-Mitchell 分類(2004年、簡略化した3段階の分類)

段階 網膜の所見 全身との関連
なし 所見なし —
軽度 細動脈のびまん性・の、動静脈交叉現象、細動脈壁の(線) 3段階のうちでは関連が最も弱い
中等度 出血(しみ状・点状・炎状)、、、、またはその組み合わせ 関連がより強い
悪性 中等度の所見+ 関連が最も強い。として扱う

重い段階ほど全身の問題と強く関連する3。二つの分類を同じで採点した研究では、簡略化した分類も Keith-Wagener-Barker 分類と同等のと再現性を示し、網膜所見を心血管リスクに結びつけやすい点で臨床での採用が支持された4。ESC の2024年の指針も、眼底によるの臓器障害の評価について簡略化した分類が提案・検証されているとしている2。

比較 Keith-Wagener-Barker 分類 Wong-Mitchell 分類
段階の数 4群 3段階(+なし)
1群と2群の区別 細動脈の狭さの程度で分ける(観察者の間でぶれやすい) まとめて「軽度」
基準にした転帰 未治療時代の生命予後 現代の脳卒中・心血管イベント
所見 3群 中等度
4群 悪性

💡 Keith-Wagener-Barker の1群と2群は、細い動脈が「生理的に細い」のか「病的に細い」のかを見た目で分けるので、ごとに判定がぶれる。簡略化分類は、ぶれやすい初期の区別をやめ、が変わる所見(出血・・)で区切った。

教育の場では、病態に沿った「軽度(血管収縮)・中等度(硬化)・重度(滲出)・悪性()」の4段階もよく使われる。滲出とを分けた点で、Wong-Mitchell 分類の中等度と悪性に対応する。

高血圧緊急症の眼底

ESC の2024年の指針は、を急性の高血圧性臓器障害を伴う180/110 mmHg 以上の血圧と定義し、症状として頭痛・などを挙げ、180/110 mmHg 以上の血圧をみたらかどうかを評価するよう勧める。は、極端なと、腎・網膜・脳の小動脈のによる急性ので、臨床的には(炎状出血・・)で特徴づけられる2。は、・の診断の検査であり、糖尿病のある高血圧患者でも勧められる2。

flowchart TD
    A["血圧 180/110 mmHg 以上"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='fundus examination (fundoscopy)'>眼底検査</span>・神経症状・<br>心電図・腎機能・尿で臓器障害を探す"]
    B --> C{"急性の臓器障害があるか"}
    C -->|"ある(炎状出血・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cotton-wool spot'>軟性白斑</span>・<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='papilledema'>乳頭浮腫</span>などを含む)"| D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypertensive emergency'>高血圧緊急症</span><br>入院・静注薬で監視下に<span class='jp-term jp-term-diagram' title='antihypertensive (blood-pressure lowering)'>降圧</span>"]
    C -->|"ない"| E["速やかに(できれば1週間以内に)<br>血圧を確認して治療を始める"]
    D --> F["急速で過度な<span class='jp-term jp-term-diagram' title='antihypertensive (blood-pressure lowering)'>降圧</span>を避ける"]

⚠️ ESC の2024年の指針は、で急速で制御されない過度のを勧めていない2。慢性の高血圧では血流のの範囲が高い側にずれているため、急に下げすぎると乳頭・脳・腎の血流が落ち、などを起こしうる。は監視下で段階的に行う。の薬物療法は輸液療法・ショック・の薬物療法で扱う。

合併症

眼の合併症

合併症 関連する本文
網膜中心・分枝症、網膜中心・分枝動脈閉塞症 、
の・() 出血・滲出の源になる
の悪化 糖尿病の
虚血による
の虚血でのポンプが傷む
の麻痺 神経を養う血管の虚血

高血圧は・動脈閉塞症との主要な危険因子であり、の発症と進行の危険も上げる。適切なは、によるを減らすことがで示されている1。

全身の合併症:重症例では冠動脈疾患、、脳卒中の危険が高まる。

治療

  • 治療の中心は血圧を下げることである。
  • 眼の合併症には介入が要ることがある(網膜中心・分枝症、、、など)。治療の詳細は障害にある。
  • 高血圧クライシスの患者はへ送り、血圧の急性期管理を行う3。

予後

変化 血圧を管理したとき
の所見(出血・・・) 多くは消えうる
硬化性の変化(線・銀線、動静脈交叉現象)と、それに伴うなどの危険の上昇 残る
黄斑との障害 残る

💡 の所見は「今の血圧」を、硬化性の所見は「これまでの血圧の歴史」を映す。前者は血圧が下がれば時間をかけて消えうるが、後者は壁そのものの変化なので戻らない。

まとめ

  • 高血圧はありふれた病気で、きちんと治療されていればは軽度〜中等度にとどまる。慢性に未治療か急性の重症例で、・虚血性の重いが起こる。
  • 軽度は細動脈の収縮(・びまん性の、)、中等度は硬化(線・銀線、動静脈交叉現象)、重度はの破綻(点状・しみ状・炎状出血、、、黄斑星芒)、悪性はと Elschnig斑。
  • の Scheie 分類は、反射の拡大・交叉現象・線・銀線の4段階。
  • Keith-Wagener-Barker 分類(1939)は未治療時代の生命予後に基づく4群の従来分類。Wong-Mitchell 分類は軽度・中等度・悪性の3段階で、現代の心血管リスクと結びつき、は同等。
  • ESC 2024:は高血圧性臓器障害の評価と、・の診断に使う。はを伴う180/110 mmHg 以上。のは炎状出血・・。
  • 眼の合併症は・動脈閉塞症、、、、の悪化、、、、。全身では冠動脈疾患・・脳卒中。
  • 治療はが中心で、眼の合併症には個別に介入する。所見はで消えうるが、と黄斑・乳頭の障害は残る。

出典

  1. 1.The eye in hypertension(Lancet(Wong TY, Mitchell P)・2007)抄録(Europe PMC、PMID 17276782)で、高血圧網膜症は血圧上昇に反応して生じる網膜の細小血管所見で、40歳以上の成人によくみられ、従来の危険因子と独立して脳卒中・うっ血性心不全・心血管死を予測すること、高血圧が網膜静脈・動脈閉塞症と虚血性視神経症の主要な危険因子で、糖尿病網膜症の発症と進行の危険を上げ、適切な血圧管理が糖尿病網膜症による視力低下を減らすことがランダム化比較試験で示されていることを確認した閲覧 2026-09-29
  2. 2.2024 ESC Guidelines for the management of elevated blood pressure and hypertension(European Society of Cardiology (ESC)・2024)出版社ページのWayback Machine保存版(20241029003534)の本文で、眼底検査を高血圧性臓器障害(高血圧網膜症)の評価と、高血圧緊急症・悪性高血圧の診断(出血・白斑、乳頭浮腫)に用いる検査として挙げること、細小血管の臓器障害は眼底検査で評価でき簡略化した分類が提案・検証されていること、軽度・中等度の高血圧網膜症の存在が心血管イベントの危険の上昇と関連すること、糖尿病のある高血圧患者と悪性高血圧・高血圧緊急症の精査で眼底検査を勧めること、高血圧緊急症を急性の高血圧性臓器障害を伴う180/110 mmHg以上の血圧と定義し、症状に頭痛・視覚障害などがあること、悪性高血圧を極端な血圧上昇と急性の細小血管障害と定義し、腎・網膜・脳の小動脈のフィブリノイド壊死が特徴で、臨床的には網膜症(炎状出血・軟性白斑・乳頭浮腫)で特徴づけられること、180/110 mmHg以上では高血圧緊急症の評価を勧め、緊急症でなければ治療開始前に速やかな(できれば1週間以内の)確認を考慮してよいとすること、高血圧緊急症では急速で制御されない過度の降圧を勧めないことを確認した(2026-09-29 に同じ保存版で再確認)閲覧 2026-09-29
  3. 3.Hypertensive Retinopathy(American Academy of Ophthalmology (EyeWiki)・2026)2026年7月21日更新版で、Keith-Wagener-Barker分類(1939)の4群(1群:網膜細動脈の軽度のびまん性狭細化、2群:明らかな局所狭細化と動静脈交叉現象、3群:2群に炎状出血・軟性白斑・硬性白斑、4群:3群の所見が重く乳頭浮腫または網膜浮腫)と、未治療の悪性高血圧の死亡率が2か月で50%・1年で90%だったこと、Scheie分類の動脈硬化の4段階(反射の拡大、交叉現象、銅線動脈、銀線動脈)、Wong-Mitchell分類(2004)では重い段階ほど全身の問題と強く関連すること、Elschnig斑を周囲に脱色素の輪をもつ脈絡膜の色素沈着斑、Siegrist線条を脈絡膜動脈に沿う線状の色素沈着と説明していること、高血圧クライシスの患者は救急部門へ紹介することを確認した閲覧 2026-09-29
  4. 4.Hypertensive retinopathy: comparing the Keith-Wagener-Barker to a simplified classification(Journal of Hypertension(Downie LE ほか、Wong TY)・2013)抄録(Europe PMC、PMID 23449021)で、正常眼底と高血圧眼底の画像各50枚をKeith-Wagener-Barker分類とMitchell-Wongの簡略化3段階分類で採点し、どちらの分類も基準の採点者との一致度が良好で差がなく、簡略化分類はKeith-Wagener-Barker分類と同等に信頼性と再現性があったこと、網膜の細小血管所見を心血管リスクと結びつける点で簡略化分類に利点があり臨床での採用を支持することを確認した閲覧 2026-09-29