薬理学

薬理学 · Core36

先端治療医薬品・ワクチン

Core36: Advanced therapy medicinal products. Vaccines

前提:病態
Core34:生物学的医薬品の特性
前提:正常
免疫付与とワクチン接種 I
応用トピック
神経変性疾患治療薬(錐体外路系・脳代謝賦活薬)抗がん薬VI(高分子シグナル伝達阻害薬・免疫賦活抗がん薬)
薬剤
MMRワクチンボレチゲン ネパルボベク狂犬病ワクチン水痘生ワクチン組換え帯状疱疹ワクチン
疾患
輪部幹細胞疲弊症
症状
化学眼外傷

🧠 全体像:このトピックは2つの主題を扱う。ひとつは(ATMP)——遺伝子・細胞・組織そのものをとする医薬品で、や通常のより一段複雑なの枠に置かれる。もうひとつはワクチンである。この2つを並べる理由は、両者の境目が「何でできているか」ではなく「何のために使うか」で引かれている点にある——mRNAを投与しても、目的が感染症の予防ならそれはワクチンであってではない。⚠️ ATMPの区分の数そのものも地域で違い、は4区分、米国は2区分である。

先端治療医薬品(ATMP)とは

(advanced therapy medicinal products, ATMP)は、遺伝子治療・・を基盤とする革新的医薬品である。

や通常のとの決定的な違いは、が活性をもつ細胞そのものか、である点にある。したがって作用の出方も、古典的な受容体・酵素への作用にとどまらず、代謝的・免疫学的・遺伝学的な機序を含む。

特徴 内容
開発と製造 技術的要求が非常に高い。とくに患者ごとに製造する製品では、製造そのものが治療の一部になる
市場での成功 現時点では限られる。承認されても供給・採算の問題で撤退する例がある
欧州では(Committee for Advanced Therapies, CAT)が中心的役割を担う

EUは4区分、米国は2区分

⚠️ 「ATMPは3種類」と覚えない。 では・・に加えて複合ATMPがあり、合計4区分である。一方、米国の区分はもっと粗く、遺伝子治療との2群にまとめられている1。

区分() 何であるか 何を目的とするか 例
(GTMP) の組換え核酸を含む 遺伝子配列を調節・修復・置換・追加・削除すること。治療・予防・診断の効果がそのそのもの、またはその発現産物に直接由来する の悪性黒色腫に対する Imlygic()、CAR-T製品
(SCTMP) 実質的な加工を受けた細胞・組織、またはドナーとで本質的機能が同じでない細胞・組織 その細胞・組織の薬理学的・免疫学的・代謝的な作用によって疾患を治療・予防・診断すること 転移性前立腺癌に対する Provenge(⚠️ 下記参照)
(TEP) 同上(細胞は生存していても非生存でもよい) ヒトの組織を再生・修復・置換すること 後のに対する Holoclar
複合ATMP(cATMP) 上記のいずれかに、1つ以上の(または能動植込み型)を組み合わせたもの。細胞・組織部分が生細胞を含むか、非生細胞であっても機器より主たる作用を及ぼす 治療・予防・診断、あるいは組織の再生・修復・置換 生分解性のマトリックス()に細胞を埋め込んだ製品

(区分の定義は Iglesias-López ら2019の整理による1)

⚠️ 「複合ATMP」は「複数のATMPを組み合わせたもの」ではない。 定義上の要件はとの組合せである1。細胞を(スキャフォールド)に載せた製品が典型で、機器部分のと医薬品のが同時にかかる。

💡 とは「何であるか」では区別できない。 どちらも「実質的な加工を受けた細胞・組織」であり、定義の前半は逐語で同じである。分かれるのは目的のほう——薬理学的・免疫学的・代謝的な作用で治療するなら、組織を再生・修復・置換するならである1。⚠️ 境界上の製品は両方に当てはまりうるので、では分類そのものが審査の対象になる。

⭐ は(GTMP)に分類される。 を導入したT細胞は、・遺伝子治療・免疫療法の性質を併せもつが、ではATMPのうちとして扱われる2。「細胞を投与するのだから」と短絡しない——を細胞に導入していることが分類を決めている。代表例がである。

EUと米国の違いはどこに効くか

観点 米国
区分の数 4(GTMP・SCTMP・TEP・複合ATMP) 2(遺伝子治療・)
区分の細かさによる問題 細かいぶん2つの区分に当てはまりうる製品が生じ、どちらに割り当てるかが自明でないことがある 粗いぶん、その製品がヒト細胞・組織製品(human cells, tissues, and cellular and tissue-based products, HCT/Ps)なのか、最小限の操作・同効の範囲を超えた生物学的製剤なのかの線引きで問題が生じる
用語 「advanced therapy」が法令・文書の用語として定着 「advanced therapy」は一般的な用語ではなく、これらは「CGT products」(cell and gene therapy products)と総称される

(比較は Iglesias-López ら2019による1)

EUの審査体制

ATMPのの申請は試験を実施する各国の当局へ個別に出すが、販売承認はすべて中央審査方式で行われ、1回の評価が全域に効く1。

flowchart TD
  A["ATMPの開発"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='clinical trial (clinical study)'>臨床試験</span>の申請<br>実施する各国の当局へ個別に提出"]
  B --> C["販売承認の申請<br>中央審査方式でEMAへ"]
  C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Committee for Advanced Therapies / CAT'>先端治療委員会</span> CAT<br>分類と、品質・安全性・有効性の評価"]
  D --> E["CATが意見案を作成"]
  E --> F["ヒト用医薬品委員会 CHMP<br>最終的な意見をまとめる"]
  F --> G["欧州委員会が販売承認を決定<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='European Union'>EU</span>全域で有効"]

(CAT)は、ATMPの分類を行い、品質・安全性・有効性を評価し、この分野の科学的進歩を追う委員会である。その中心的な役割は、EMAに提出された各ATMP申請についてを作成し、の最終判断を支えることにある1。

⚠️ 教科書に載っているATMPの例は、現況を確かめてから使う。 の代表例として挙げられることの多い Provenge(sipuleucel-T) は、EUでは 2013年9月6日に販売承認を受けたが、2015年5月6日に承認が取り下げられている3。取下げは有効性・安全性の問題によるものではなく、が商業上の理由で販売の恒久的な中止を欧州委員会へ申し出たことによる3。承認されていた適応は「化学療法がまだ臨床的に適応とならない、無症候性または軽微な症状の転移性(非内臓)の男性」だった3。⭐ この例は「承認されることと、市場に残ることは別」という、ATMPの採算性の問題そのものを示している。

ワクチン——核酸を使ってもATMPにはならない

⚠️ ここが本トピックで2つの主題がつながる場所である。 の定義は「組換え核酸を含み、遺伝子配列に働きかける」ことだが、その定義には明示的な除外項目が置かれている。除外されるのは次の2つである1。

  • 感染症に対するワクチン
  • でない製品(たとえばされた核酸)

つまり、mRNAやプラスミドを投与しても、目的が感染症の予防であればATMPではなくワクチンとしてされる。核酸を使っているかどうかではなく、何を標的にしているかで区分が決まる。

⭐ 同じmRNAが、組み合わせる抗原次第で別の区分になる。 の活性化分子をコードするmRNAの混合物 Trimix を例にとると——と組み合わせて悪性黒色腫の治療に用いれば、抗原をコードするmRNAと組み合わせればワクチンとして扱われる1。分子は同じで、変わるのは用途だけである。この例が、除外規定が「物質」ではなく「目的」に掛かっていることを最もよく示している。

💡 米国では除外の書き方が違う。 米国では感染症ワクチンが遺伝子治療のとして明示されているわけではないが、感染症の予防・治療ワクチンには独自の開発ガイダンスがあり、これらはのワクチン部門が審査する1。結果として振り分けられる先は同じだが、「規則上の除外」と「別の審査経路」は同じことではないので、どちらの制度の話かを分けて覚える。

ワクチンの分類——薬理学の視点から

ワクチンは、何を抗原として投与するかで分かれる。

分類 投与するもの 免疫のと持続
した生きた病原体 強く、長い。1〜2回で足りることが多い
死滅させた病原体 弱く、短い。複数回接種と追加接種を要する
無毒化した毒素 毒素に対するを誘導する
・多糖体・結合型 抗原の一部だけ 安全性が高い。多糖体はなので、結合型にして乳児でも効くようにする
目的抗原の遺伝子を別のウイルスに運ばせる 細胞性免疫も誘導しやすい
核酸(mRNA・) 抗原をコードする核酸そのもの。接種者の細胞に抗原を作らせる 配列が分かれば設計できるため、開発が速い

各分類の機序・具体例・接種スケジュールは → 免疫付与とワクチン接種 I と 免疫付与とワクチン接種 IIで詳しく扱う。ここでは上の位置づけ(核酸を使ってもATMPではない)を押さえれば足りる。

⚠️ 生ワクチンはされていても増殖する。 したがって 重度の免疫不全(先天性、進行した感染症、後、高用量ステロイドや生物学的製剤による免疫抑制下)では原則禁忌であり、妊娠中も原則禁忌である(胎児への感染の理論的リスクによる)。・・ワクチンは増殖しないのでこの制限を受けない——ただし免疫抑制下では効きが落ちるため、接種の時期を調整する。⭐ 「免疫不全だから一律に禁忌」ではなく、どの指標がどの値を割ったら禁忌かという閾値で判断する。具体的な閾値(の、ステロイドの換算量と投与期間)は → 免疫付与とワクチン接種 Iに出典つきで整理されている。

まとめ

  • (ATMP)は遺伝子・細胞・組織をとする医薬品で、が活性をもつ細胞かである点が・通常のとの違いである。
  • ⚠️ 区分の数は地域で違う。 は4区分(・・・複合ATMP)、米国は2区分(遺伝子治療・)1。
  • ⚠️ 複合ATMPは「との組合せ」であって、複数のATMPを組み合わせたものではない1。
  • とは、材料ではなく目的で分かれる——薬理学的・免疫学的・代謝的な作用で治療するか、組織を再生・修復・置換するか1。
  • ⭐ はGTMPである。細胞を投与するが、分類を決めているのはの導入のほう2。
  • ではの申請は各国当局へ、販売承認は中央審査方式で行われ、(CAT)が意見案を作り、CHMPが最終意見をまとめる1。
  • ⚠️ 教科書的な例の現況に注意する。Provenge はで2013年に承認されたが、承認取得者の申し出により2015年5月6日に承認が取り下げられた3。
  • ⭐ 感染症に対するワクチンは、核酸を使っていてもの定義から明示的に除外される1。区分を決めるのは物質ではなく目的で、同じmRNAでもと組めばGTMP、抗原と組めばワクチンになる。
  • ⚠️ 生ワクチンはと妊娠で原則禁忌。 判断は「免疫不全かどうか」ではなく閾値で行う(閾値は → 免疫付与とワクチン接種 I)。
  • と早期承認の枠組み全体は → Core1:の段階(概要)、一般の特性は → Core34:の特性で扱う。

出典

  1. 1.Regulatory Framework for Advanced Therapy Medicinal Products in Europe and United States(Frontiers in Pharmacology・2019)PMC6728416の全文で確認した。区分の数は逐語「in the EU, an ATMP can be sub-classified into four major groups, i.e., GTMP, SCTMP, TEP, or cATMP, in the US the sub-classification groups are broader, covering two groups of products, i.e., gene therapy and cellular therapy products」。EUの各区分の定義を整理した表で、遺伝子治療医薬品は組換え核酸を含み逐語「regulating, repairing, replacing, adding, or deleting a genetic sequence」を目的とするもの、体細胞治療医薬品と組織工学製品はいずれも逐語「Cells or tissues that have been subject to substantial manipulation or not intended to be used for the same essential function(s) in the recipient and the donor」だが、前者が細胞・組織の薬理学的・免疫学的・代謝的な作用で治療するもの、後者が逐語「Regenerating, repairing, or replacing a human tissue」を目的とするものと書き分けられること。複合ATMPは逐語「one or more medical devices」を組み合わせ、その細胞・組織部分が生細胞を含むか、非生細胞であっても機器より主たる作用を及ぼすものであること。⭐ 同表は遺伝子治療医薬品の**除外**項目として逐語「Vaccines against infectious diseases」と逐語「Non-biological products (e.g., chemical synthetized nucleic acids)」を挙げること。mRNA製剤の例として、抗原提示細胞の活性化分子をコードするmRNAの混合物 Trimix について逐語「If this mixture of mRNAs is combined with tumor-associated antigens for the treatment of melanoma, the therapy is classified as a GTMP, but if these mRNA are combined with mRNA encoding for HIV antigens, the therapy will be considered a vaccine」と述べること(同論文がEMAの分類勧告を引いて示す例である)。米国については逐語「it is not specifically mentioned as an exclusion criterion, but prophylaxis or therapeutic vaccines for infectious diseases have their own guidances for development」。審査体制は逐語「There are two committees responsible for the validation and scientific evaluation for product approval: the Committee for Advanced Therapies (CAT) and the Committee for Medicinal Products for Human Use (CHMP)」で、CATの役割は逐語「to prepare a draft opinion on each ATMP application submitted to the EMA in order to support the final decision by the CHMP」であること。⚠️ 本論文は2019年8月30日公開で、COVID-19ワクチンには一切言及していない。閲覧 2026-09-22
  2. 2.Clinical development of CAR T cells-challenges and opportunities in translating innovative treatment concepts(EMBO Molecular Medicine・2017)PMC5582407の全文で確認した。逐語「CAR T cells combine features of cell therapy, gene therapy, and immunotherapy. In the EU, they are classified as an advanced therapy medicinal product (ATMP) and within this category, as a gene therapy medicinal product (GTMP)」=CAR-T細胞が細胞治療・遺伝子治療・免疫療法の性質を併せもち、EUではATMPのうち遺伝子治療医薬品に分類されること。⚠️ 本論文は2017年時点の記述で、当時EUで承認されていたATMPは8件・うち遺伝子治療医薬品は3件(Strimvelis、Zalmoxis、Imlygic)にとどまり、CAR-T製品はまだ承認されていなかった(進行中のCAR-T臨床試験は米国89件・欧州14件)。閲覧 2026-09-22
  3. 3.Provenge (sipuleucel-T): European Public Assessment Report(欧州医薬品庁(European Medicines Agency, EMA)・2015)EMAの当該EPARページを取得して確認した。品目の状態表示は逐語「Withdrawn」「This medicine’s authorisation has been withdrawn」。手続の日付は逐語「Marketing authorisation issued 06/09/2013」「Withdrawal of marketing authorisation 06/05/2015」。概要は逐語「On 6 May 2015, the European Commission withdrew the marketing authorisation for Provenge (autologous peripheral blood mononuclear cells activated with PAP-GM-CSF (sipuleucel-T)) in the European Union (EU).」、理由は逐語「The withdrawal was at the request of the marketing authorisation holder, Dendreon UK Ltd, which notified the European Commission of its decision to permanently discontinue the marketing of the product for commercial reasons.」=承認取得者自身が商業上の理由で販売の恒久的な中止を申し出たことによるものであること。承認されていた適応は逐語「asymptomatic or minimally symptomatic metastatic (non-visceral) castrate-resistant prostate cancer in whom chemotherapy is not yet clinically indicated」。閲覧 2026-09-22