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Disease Atlas · 神経 · 症候群

前脊髄動脈症候群

Anterior spinal artery syndrome

別名
前脊髄症候群脊髄前2/3症候群anterior cord syndrome
臓器系
神経循環器
科目
Macroscopic Anatomy and Embryology (Macroscopic Anatomy)Neurology
トピック
解剖学 9.1:中枢神経・神経解剖:脊髄解剖学 9.7:中枢神経・神経解剖:血液供給神経内科 G1-13:脊髄損傷の症候
鑑別疾患
Brown-Séquard症候群ギラン・バレー症候群亜急性連合性脊髄変性症圧迫性脊髄症横断性脊髄炎
症状
解離性感覚障害対麻痺筋力低下背部痛膀胱膨満
画像所見
拡散強調画像高信号
元疾患
大動脈解離

🧠 全体像:は、脊髄前2/3だけが梗塞に陥る病態である1。診断の核心は「何が失われるか」ではなく「何が残るか」にある——運動(皮質脊髄路)と痛覚・温度覚(脊髄視床路)が両側性に失われる一方、触覚・振動覚・を運ぶ後索は別系統のに養われているため保たれる1。このが、やといった「脊髄全体が侵される」病態と本症を分ける。臨床の現場では、胸手術の周術期に突然のとが出る、という形で最もよく出会う。

血管解剖:1本の前と2本の後ろ

脊髄の縦走幹は3本しかない(解剖学 9.1・解剖学 9.7)。

血管 通る伝導路
(1本) 脊髄前2/3 皮質脊髄路、脊髄視床路、前角・
(2本) 脊髄後1/3 後索(・)

は両側のからで起こり、をまで下行する1。ただしこの1本だけでは全長を養えず、平均7〜8本のがから要所で補強する1。

はその最大のもので、70〜80%が左側から起こり、はT9〜T12が75%、T5〜T8が15%、L1〜L2が10%と報告されている1。

⭐ 本症が「両側性」になる理由は本数にある。 は正中に1本しかなく、脊髄前部の左右両半をこの1本が養う。そのため梗塞は原則として左右対称に生じ、片側性を主体とするとはこの点で明確に分かれる。

💡 は2つの意味で語られる。 断面としては、脊髄視床路・脊髄小脳路を含む前外側部がにあたる1。縦方向としては、による補強が乏しい(T4〜T8付近)が古典的にとして教えられ、大動脈手術でのが問題になる領域と重なる(解剖学 9.1)。

病因

分類 具体例
医原性(最多) 胸手術・修復。低血圧、の遷延、脊髄圧の上昇、の閉塞が危険因子1
大動脈病変 によるの閉塞、1
全身の低灌流 心停止、、1
血管病変 動脈硬化、血管炎、1
脊椎由来 、、1
その他 鎌状赤血球症、、使用、・1

のうちなど血管性のものは5〜8%にすぎず、発症率は10万人あたり3.1、好発年齢は50〜70歳である1。特発例133例の検討では発症時年齢の中央値は60歳で、76%に血管危険因子があった2。

臨床像

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='anterior spinal artery'>前脊髄動脈</span>または<span class='jp-term jp-term-diagram' title='radiculomedullary arteries'>根髄動脈</span>の閉塞・低灌流"] --> B["脊髄前2/3の梗塞"]
    B --> C["皮質脊髄路の障害"]
    B --> D["脊髄視床路の障害"]
    B --> E["前角・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lateral horn'>側角</span>の障害"]
    B --> F["後索は<span class='jp-term jp-term-diagram' title='posterior spinal arteries'>後脊髄動脈</span>支配のため温存"]
    C --> G["障害<span class='jp-term jp-term-diagram' title='high'>高位</span>以下の両側<span class='jp-term jp-term-diagram' title='motor paralysis'>運動麻痺</span><br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='paraplegia'>対麻痺</span>〜<span class='jp-term jp-term-diagram' title='quadriplegia'>四肢麻痺</span>)"]
    D --> H["障害<span class='jp-term jp-term-diagram' title='high'>高位</span>以下の両側の痛覚・温度覚<span class='jp-term jp-term-diagram' title='loss (of neurological function)'>脱失</span>"]
    E --> I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='neurogenic bladder'>神経因性膀胱</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='intestinal paralysis'>腸管麻痺</span>・低血圧<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lateral horn'>側角</span>T1〜L2)"]
    F --> J["振動覚・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='position sense (proprioception)'>位置覚</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='discriminative touch'>識別性触覚</span>は保たれる"]
    G --> K["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dissociated sensory loss'>解離性感覚障害</span>+<span class='jp-term jp-term-diagram' title='motor paralysis'>運動麻痺</span>という組み合わせ"]
    H --> K
    J --> K
  • 初発症状は急性ので、その部位は多くの場合、障害に一致する1。
  • 運動障害の重症度は病変の高さで決まり、からまで幅がある1。急性期はとして弛緩性・反射消失を示す。
  • (T1〜L2)が巻き込まれると、低血圧・/腸管・を生じる1。
  • 経過はで、特発例の77%が12時間以内に症状のピークに達し、23%は段階的に悪化した2。

⚠️ 「後索が保たれる」は教科書的な型であって、全例で観察されるわけではない。 特発性133例では感覚障害そのものは95%にみられたが、痛覚・温度覚が選択的に侵されていたのは39%にとどまった2。は本症を強く示唆する所見だが、その欠如は本症を否定しない。

診断

が標準的検査である。で前角の高信号が特徴的で、では複数にわたる細い筆状の高信号、ではの両側に並ぶ「」「」と呼ばれる像を示す1。

⚠️ 初回が正常でも否定できない。 特発例では24%で初回の脊椎が正常であった2。同じ検討では65%、筆状高信号は40%にみられ、/でのは検査された29例中19例(67%)で確認された2。隣接する動脈解離・閉塞(82例中16例、20%)や(9%)は診断を後押しする所見になる2。

は感染性・炎症性疾患の除外に用いる。特発例で髄液に軽度の炎症所見がみられたのは89例中7例(8%)にすぎず、強い炎症所見があるなら別の診断を考える2。

鑑別

疾患 決め手
特発性がしばしばされる先である2。数時間〜数日かけて進行し、後索を含む全断面が侵されるため解離性にならない。髄液の炎症所見・造影所見が目立つ
での(腫瘍・膿瘍・血腫)が見える。断面全体が侵され、後索症状(振動覚・低下)を伴う
障害される部位がちょうど裏返し——後索とが侵され、振動覚・が落ちては保たれる。経過も亜急性〜慢性で、ビタミンB12欠乏の背景がある
上行性ので、明確なと膀胱直腸障害を欠くことが多い。髄液の
片側性。同側の運動・と対側の障害というのパターン

💡 との対比が、後索の位置づけを一番よく教えてくれる。 本症は前2/3が落ちて後索が残り、は後索とが落ちる。同じ「脊髄の病気」でも、振動覚・が保たれているか否かで、前からの病変か後ろからの病変かがほぼ決まる。

治療と予後

本症そのものを止めたり戻したりする治療は確立していない。原因への対処と支持療法が中心になる1。

  • 血圧の維持:低血圧例では輸液と(、ノルアドレナリン、ドパミン)でを保つ1。
  • 大動脈手術での予防:を上げてへの血流を増やし、で髄液を排除してを確保するプロトコルが確立している1。
  • 支持療法:病変での、尿閉に対する、予防、・、リハビリテーション1。

⚠️ 高用量ステロイドは無効である1。動脈硬化・塞栓による症例に発症4.5時間以内のがした報告はあるが、標準治療とはされていない1。

予後は概して不良で、の死亡率は9〜23%、24%は改善せず、著明に改善するのは20%、完全回復は1〜5%にとどまる1。初診時の症状が重いこと、発症後24時間で改善がみられないこと、女性、高齢、・破裂や病変が予後不良因子である1。

まとめ

  • (正中に1本)が脊髄前2/3を、(2本)が後索を養う。この本数と配置がそのまま臨床像になる。
  • 両側性の+、振動覚・は保たれるというが診断の核心。ただし選択的な障害を示すのは特発例の39%にとどまる。
  • は70〜80%が左側、T9〜T12が75%。は補強が乏しく、大動脈手術で虚血が問題になる。
  • で前角の(・筆状)を見るが、初回は24%で正常。が診断を後押しする。
  • 特異的治療はなく、血圧維持・・支持療法が中心。高用量ステロイドは無効。死亡率9〜23%、完全回復は1〜5%。

出典

  1. 1.Anterior Spinal Artery Syndrome(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2024)前脊髄動脈が両側椎骨動脈から大後頭孔で起こり脊髄前2/3を脊髄円錐まで灌流すること、後索(薄束・楔状束)は2本の後脊髄動脈が別に灌流すること、根髄動脈が平均7〜8本ありその最大のものがAdamkiewicz動脈で70〜80%が左側・T9〜T12が75%・T5〜T8が15%・L1〜L2が10%であること、脊髄前外側部(脊髄視床路・脊髄小脳路を含む)が分水嶺領域であること、大動脈手術に伴う医原性障害が最多の原因で低血圧・大動脈遮断の遷延・根髄動脈の閉塞が危険因子となること、大動脈解離が根髄動脈をしばしば閉塞させること、最初の症状が障害高位に一致する急性の背部痛であること、両側の運動麻痺と痛覚・温度覚脱失を来す一方で固有感覚・振動覚・識別性触覚は後索を通るため通常保たれること、側角(T1〜L2)が侵されると低血圧・神経因性膀胱・性機能障害を生じること、MRIが標準的検査でT2強調画像の前角高信号(矢状断の鉛筆状・軸位断のフクロウの目/ヘビの目)が特徴的であること、高用量ステロイドは無効であること、動脈硬化性・塞栓性の症例では発症4.5時間以内の静注血栓溶解で著明な改善が得られたとの報告があるものの標準治療とはされていないこと、大動脈手術では平均動脈圧の上昇と腰椎ドレーンによる髄液排除で前脊髄動脈血流を保つ予防プロトコルが確立していること、急性脊髄症の5〜8%が脊髄梗塞など血管性であり発症率は10万人あたり3.1で好発年齢が50〜70歳であること、脊髄梗塞の死亡率が9〜23%で24%が改善せず著明に改善するのは20%、完全回復は1〜5%にとどまることを確認した。閲覧 2026-09-02
  2. 2.Characteristics of Spontaneous Spinal Cord Infarction and Proposed Diagnostic Criteria(JAMA Neurology・2019)特発性脊髄梗塞133例の検討で発症時年齢中央値が60歳、76%に血管危険因子があったこと、77%が12時間以内に症状のピークに達し23%は段階的に進行したこと、感覚障害は95%にみられたが痛覚・温度覚が選択的に侵されたのは39%にとどまったこと、初回脊椎MRIが24%で正常であったこと、T2高信号のパターンとしてフクロウの目が65%・鉛筆状高信号が40%にみられたこと、拡散強調画像/見かけの拡散係数での拡散制限が検査された29例中19例(67%)で確認されたこと、隣接する動脈解離・閉塞が82例中16例(20%)、椎体梗塞が9%にみられたこと、髄液の軽度炎症所見は89例中7例(8%)にとどまったこと、特発性脊髄梗塞が横断性脊髄炎と誤診されやすいことを確認した。抄録のみを閲覧しており全文は未取得。閲覧 2026-09-02