疾患ノート一覧へ

Disease Atlas · 神経 · 疾患

亜急性連合性脊髄変性症

Subacute combined degeneration of the spinal cord

別名
SCD亜急性連合性変性症ビタミンB12欠乏性脊髄症subacute combined degeneration
臓器系
神経血液
科目
Internal MedicineBiochemistryPharmacology
トピック
内科学 H-03:大球性貧血生化学 7/5:ビタミンB12欠乏とメチルマロン酸血症薬理学 B3:貧血治療薬
鑑別疾患
銅欠乏梅毒頸髄症
治療薬
ビタミンB12
原因薬剤
亜酸化窒素
原因微生物
Diphyllobothrium latum
症状
感覚性運動失調しびれ痙性麻痺
検査値
メチルマロン酸ホモシステイン
原因となる疾患
胃炎

🧠 全体像は、ビタミンB12欠乏が脊髄の後索とを同時に侵す病態である——後索障害による障害)と、(皮質脊髄路)障害による(痙性・)が同じ患者に混在し、は「後索障害による低下」と「錐体路障害による亢進」がせめぎ合って一定しないという、一見矛盾した所見になる。診療で絶対に外してはならない一点は、葉酸だけを補充してはいけないことである——葉酸は貧血だけを一時的に改善させながら、この神経障害を進行させ、しばしば不可逆にする。

病態:なぜ後索と側索が同時に侵されるか

ビタミンB12はとして脂肪酸・の代謝終末段階を担う。B12が欠乏するとが蓄積し、通常とは異なる奇数鎖・)の合成に取り込まれ、異常な髄鞘が形成される。この異常が脊髄の中でも代謝要求が高く血流の乏しい後索とに選択的に生じるため、この2つの伝導路が「して」変性する。

flowchart TD
    A["ビタミンB12欠乏"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='methylmalonyl-CoA mutase'>メチルマロニルCoAムターゼ</span>活性低下"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='methylmalonyl-CoA'>メチルマロニルCoA</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='propionyl-CoA'>プロピオニルCoA</span>の蓄積"]
    C --> D["異常な奇数鎖・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='branched-chain fatty acid (BCFA)'>分枝鎖脂肪酸</span>が<span class='jp-term jp-term-diagram' title='myelin lipids'>神経鞘脂質</span>合成に取り込まれる"]
    D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='posterior column'>脊髄後索</span>の脱髄・変性"]
    D --> F["脊髄<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lateral funiculus'>側索</span>(皮質脊髄路)の脱髄・変性"]
    E --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='deep sensation (proprioception)'>深部感覚</span>障害・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='sensory ataxia'>感覚性運動失調</span>"]
    F --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='spastic paralysis'>痙性麻痺</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hyperreflexia'>腱反射亢進</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Babinski sign'>Babinski徴候</span>"]
    G --> I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='deep tendon reflex'>深部腱反射</span>は低下と亢進がせめぎ合い一定しない"]
    H --> I

💡 末梢神経も同時に侵されうる。 B12欠乏は中枢(後索・)だけでなく末梢神経障害も併発しうるため、末梢性のと中枢性のが混在して、局在診断をさらに複雑にする。

原因

原因はすべてビタミンB12欠乏に集約される。

分類 代表例
)、、回腸切除・
摂取不足 厳格な菜食
な消費 Diphyllobothrium latum裂頭条虫)感染
薬剤性 )の反復・大量曝露

⚠️ )の乱用は血清B12が正常でも本症を来しうる。 はコバルトを酸化してB12を不活化するため、体内のB12貯蔵量が正常範囲でも機能的な欠乏状態を作り出す。娯楽目的の使用歴を能動的に聴取しない限り見逃される。

臨床像

  • :後索障害による・振動覚の低下で、暗所・で歩行が不安定になる(陽性)。
  • :四肢遠位から始まる
  • (皮質脊髄路)障害による
  • 腱反射の混在所見:後索障害による低下と錐体路障害による亢進が同時に起こり、一定した所見にならない。
  • 貧血症状、蒼白などを伴うことがあるが、神経症状が血液所見に先行することが珍しくない
  • 精神症状・、抑うつ、記憶障害を伴うことがある。

⚠️ が無いことをもってB12欠乏を除外してはならない。 神経症状が貧血に先行して単独で発症する例があるため、の有無だけで本症を除外する判断は危険である。

鑑別:梅毒(脊髄癆)との違い

梅毒によるも後索を選択的に侵し、陽性という点で本症と類似する。両者を分けるのはの関与の有無である。は後索のみが侵されを伴わないのに対し、本症は後索として侵されるためを伴う。とビタミンB12・を並行して評価すれば、この2つを取り違えない。

診断

血清B12が明確に低ければ診断は容易だが、200〜300 pg/mLの境界域ではの追加測定が必要になる——両者とも上昇していればB12欠乏を、のみ上昇しが正常であれば葉酸欠乏を支持する1

脊髄MRIでは、の後索に両側対称性のT2高信号を認め、軸位断で後索が「逆さのV字」に見えるinverted V徴候が特徴的である一方、病変は臨床的には明らかでもMRI上は目立たないことが多い2

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='deep sensation (proprioception)'>深部感覚</span>障害+<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pyramidal signs'>錐体路徴候</span>の組み合わせ"] --> B["血清ビタミンB12を測定"]
    B --> C{"B12は明確に低値か"}
    C -->|"はい"| D["B12欠乏として治療開始"]
    C -->|"境界域(200-300 pg/mL)"| E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='methylmalonic acid (MMA)'>メチルマロン酸</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='homocysteine'>ホモシステイン</span>を測定"]
    E --> F{"両者とも上昇か"}
    F -->|"はい"| D
    F -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='homocysteine'>ホモシステイン</span>のみ上昇"| G["葉酸欠乏を支持<br>ただしB12欠乏の併存を除外する"]
    A --> H["脊髄MRI:後索のinverted V徴候を確認"]

回復は治療開始までの期間で決まる。 早期に同定し速やかにB12を補充した例ほど予後がよく、脊髄MRIの後索T2高信号も数日〜数週間で劇的に改善しうる2。確定検査の結果を待つ間に治療開始を不必要に遅らせない判断がありうる。

治療

⚠️⚠️ 葉酸だけを補充してはならない。これが本症の治療における最重要の禁忌である。 ビタミンB12欠乏を合併する葉酸欠乏では、葉酸単独の補充はを一時的に改善させながら基礎にあるB12欠乏そのものは治さず、をむしろ悪化させうる3。葉酸を投与する前に必ずB12欠乏を除外するか、B12を同時に補充する。

  • ビタミンB12の非経口補充が治療の中心。 原因が、回腸切除後など)であれば生涯にわたる補充を要する。
  • 原因治療を並行する。 の背景評価、曝露があれば使用中止、Diphyllobothrium latum感染があればを行う。
  • リハビリテーション。 に対しては視覚・前庭を用いた代償訓練と転倒予防が対症的支援の中心になる。

まとめ

  • はビタミンB12欠乏により脊髄の後索とが同時に侵される病態で、障害()と(痙性・)が混在し、腱反射は一定しない所見を示す。
  • 機序は活性低下による異常脂肪酸のへの取り込みである。
  • 原因は胃・回腸の、菜食、裂頭条虫感染、の乱用などビタミンB12欠乏に集約される。
  • 神経症状は貧血に先行しうるため、の欠如は除外根拠にならない。血清B12が境界域ならを追加測定する。
  • 治療はビタミンB12の補充が中心で、葉酸単独投与は禁忌——貧血を隠しながら神経症状を進行させる。回復は治療開始までの期間で決まる。

出典

  1. 1.Spinal Cord Subacute Combined Degeneration(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2024)頸髄・胸髄の後索に両側対称性T2高信号を認める「inverted V徴候」が特徴的で、側索病変は臨床的に存在しても画像所見には乏しく、ビタミンB12の迅速な補充で数日〜数週間のうちにMRI所見・症状とも劇的に改善しうることを確認した。閲覧 2026-08-03
  2. 2.Vitamin B12 Deficiency(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2024)血清B12が200〜300 pg/mLの境界域ではメチルマロン酸・ホモシステインの追加測定を要し、両者とも上昇すればB12欠乏を、ホモシステインのみ上昇しメチルマロン酸が正常なら葉酸欠乏を支持することを確認した。閲覧 2026-08-03
  3. 3.Folic Acid Deficiency(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2025)ビタミンB12欠乏を合併する葉酸欠乏症では、葉酸単独の補充は貧血を是正しても基礎にあるB12欠乏を治さず、神経合併症をむしろ悪化させうるため、葉酸補充の前または同時にB12補充を開始すべきであることを確認した。閲覧 2026-08-11