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Disease Atlas · 神経 · 疾患

高地脳浮腫

High-altitude cerebral edema

別名
HACE
臓器系
神経
科目
NeurologyIntensive Therapy and Anesthesiology
トピック
神経内科 G3-07:脳浮腫麻酔科学 B-11:生命を脅かす神経疾患の集中治療(脳卒中・ギラン・バレー症候群)
鑑別疾患
一酸化炭素中毒細菌性髄膜炎脳梗塞脳内出血(非外傷性)
関連疾患
高地肺水腫
治療薬
デキサメタゾンアセタゾラミド
症状
頭痛錯乱歩行不安定昏睡
画像所見
血管原性浮腫
元疾患
急性高山病

🧠 全体像:(HACE)は、(AMS)という同じスペクトラムのな最重症型である。中心にあるのはによるで、が最も特異的な所見——「高所で千鳥足になったらHACE」と考えて動く。無治療では半日から1日で昏睡・死亡に至りうる一方、とだけで劇的に改善することも多く、診断の速さがそのまま転帰を決める。

位置づけと疫学

HACEは典型的には2,500m以上で発症しうるが、3,500m未満では稀で、4,000m以上で最も頻度が高い1。4,000〜5,000mへの渡航者の約0.5〜1%に生じ、年齢・性別による明確な差はないが50歳未満でやや多い1。

⭐ HACEはAMSの進行型であり、大多数の患者ではAMSが先行する。 AMS症状を認識せずにを続けることが、HACEに至る主要な危険因子である1。⚠️ ただしAMSの先行を欠くHACEも報告されている——出典の逐語は Most patients initially experience AMS before progression to HACE, although isolated cases of HACE without preceding AMS have been documented, particularly in association with high-altitude pulmonary edema (HAPE). で、とくに(HAPE)に伴う例がそれにあたる。「AMSが無いからHACEではない」と読み替えないこと——HAPE患者の神経症状を見逃す方向に倒れる1。また(HAPE)患者の13〜20%がHACEを合併し、HAPEで死亡した症例の剖検では約50%にHACEに一致する所見がみられる——HACEとHAPEは別の臓器に主座を持つが、しばしば同じ患者に同時進行する1。

病態

機序の中心はであり、進行例ではも加わりうる1。急性の低酸素はまずを増加させ(低下後数時間で約24%増加)、同時に生じる代償性のがを下げて血管収縮側に働く——この2つの相反する力のせめぎ合いに、・・・などのメディエーターが関与し、最終的に毛細血管からの漏出とに至るとされる1。

flowchart TD
    A["急速な<span class='jp-term jp-term-diagram' title='high-altitude exposure'>高所曝露</span>・AMSを認識せず<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ascent'>登高</span>継続"] --> B["急性低酸素による<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cerebral blood flow, CBF'>脳血流</span>増加"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hyperventilation'>過換気</span>による<span class='jp-term jp-term-diagram' title='arterial carbon dioxide tension'>PaCO2</span>低下と血管収縮"]
    C --> D["血管内皮の透過性亢進(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='vascular endothelial growth factor'>VEGF</span>・NO・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bradykinin'>ブラジキニン</span>等が関与)"]
    D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Vasogenic Edema'>血管原性浮腫</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='raised intracranial pressure'>頭蓋内圧上昇</span>"]
    E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ataxia'>運動失調</span>・意識障害"]
    F --> G["無治療なら12〜24時間で昏睡・死亡"]

💡 は血液脳関門の破綻により細胞外へ水分が漏出するタイプの浮腫で、白質優位に生じる点が特徴である。と機序は共通するが、HACEでは低酸素という全脳性の侵襲がびまん性にを亢進させる点が異なる。

臨床像

⭐ が最も特異的な身体所見である。 の障害、またはすり足の歩行、頻繁なよろめきとして現れ、高所でを認めた患者はHACEと推定して対応する1。

段階 所見
早期 重度の頭痛、()、疲労
進行 ・・、の低下
末期 の低下、昏睡、無治療では12〜24時間で死亡しうる1

診断と鑑別

診断は主に臨床的で、確定に有用な検査やHACEに特異的なスコアリングシステムは存在しない1。頭部MRIは必須ではないが、施行すればでは正常なことが多く、とのT2/高信号が典型で、を伴う——8例の連続例では全例にを認め、うち7例が+に一致した2。この所見は数週間持続しうるが可逆性で、画像上の浮腫の重症度と臨床転帰に直接の相関はない1。⚠️ 画像は臨床経過に遅れる。 初回から10日以内に再検査した5例では、全例で臨床的に改善している最中にもかかわらず浮腫がむしろ完全消退前に増悪しており、画像の悪化だけを見てを変えない2。

⚠️ は広く、致死的なを除外する意識を持つ1。

除外すべき群 代表 手がかり
、 を伴えばを疑う(ただし孤立性ののみがHACEで生じた報告もある)
・膿瘍 より緩徐な発症経過
、脳炎 発熱、、Kernig/
中毒 (密閉空間でのコンロ使用等)、アルコール・ 曝露歴・環境
代謝性 低Na血症、低血糖、、、高Ca血症、、肝性脳症 検査室での確認を要する
その他 後の 先行するAMS症状の有無、既知のてんかん歴

⚠️ 迷ったらHACEとして動く。 上記のいずれもと評価のための搬送を要する点は共通しており、HACEが疑われる患者は診断確定を待たずに直ちに・搬送する1。

治療

⭐ が必須。 標高300〜1,000mの下降でしばしば著明な臨床改善が得られる1。

flowchart TD
    A["高所での<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ataxia'>運動失調</span>・意識障害"] --> B["HACEと推定し直ちに<span class='jp-term jp-term-diagram' title='descent'>下山</span>を開始"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='supplemental oxygen'>補助酸素</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='peripheral oxygen saturation'>SpO2</span> 90%超目標)"]
    C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dexamethasone'>デキサメタゾン</span>8mg負荷後4mgを6時間ごと"]
    D --> E{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='descent'>下山</span>が困難か"}
    E -->|"はい"| F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='portable hyperbaric therapy'>携帯高圧酸素療法</span>を併用"]
    E -->|"いいえ"| G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='descent'>下山</span>を継続・症状消失まで治療継続"]
    F --> G

がで、8mgの負荷投与後4mgを6時間ごと投与し、と症状消失が得られるまで継続する(小児は0.15mg/kg/回を6時間ごと、1回最大4mg)13。Wilderness Medical Societyの2024年改訂ガイドラインも同じ用量を採用しており、と投与を最優先とし、を重症例またはが不可能な場合に用いるとしている(強い推奨・中品質エビデンス)4。

💡 この「8mg単回+4mg 6時間ごと」はHACEの用量であってAMSの用量ではない。 WMSのTable 1は治療の行をAMS(4mgを6時間ごと)とHACE(8mg単回後4mgを6時間ごと)に分けている3。

⚠️ の位置づけは資料によって割れている。 はAMS・HACEいずれの予防にも使われる(125mgを12時間ごと)が、発症してしまったHACEの急性治療における扱いが一致していない。

資料 HACEの急性治療での
StatPearls 役割を持たない1
WMS 2024年版のTable 1の注 逐語で「この用量(250mgを12時間ごと)をHACEの治療での補助として用いてもよい。ただし主たる治療はのままである」3

⭐ どちらの資料でも、HACEの薬物治療の主軸はであってではない。 を「HACEを治す薬」として先に出す運用は、どちらの資料からも支持されない。予防と急性期治療で役割が違う薬という点は、AMSの予防・治療体系と対で理解する。

予防

予防戦略はAMSと共通する。3,000m以上ではの上昇を1日500m以内にとどめ、3,000m到達時点で数日間の期間を置き、その後は3〜4日ごとまたは1,000m上昇ごとに休息日を設ける。薬物予防にはまたはを用いる1。

予後

適切な・支持療法が得られれば、多くの患者は完全な回復に至る。しかし認識の遅れやの遅延は死亡率を著しく高め、無治療での死亡率は50%に達しうる1。重症HACEの生存例でも、記憶・注意・に関わる持続的ながまれに残ることがある1。

まとめ

  • HACEはAMSのな最重症型で、4,000m以上でとくに頻度が高い(渡航者の約0.5〜1%)。大多数の患者ではAMSが先行するが、AMSを欠くHACEもHAPEに伴って報告されている。HAPEとも高率に合併する(HAPE患者の13〜20%)。
  • 機序はによる。が最も特異的な所見であり、高所でのはHACEと推定して対応する。
  • 診断は臨床的で、特異的なスコアや検査は存在しない。は・・中毒・など広範に及ぶが、いずれもと搬送を要する点は共通する。
  • 治療の柱は、、(8mg負荷後4mgを6時間ごと。これはHACEの用量で、AMSの治療は4mgを6時間ごと)。の急性治療での扱いは資料により割れており、StatPearlsは役割なしとする一方、WMSはの補助として使ってよいとする——いずれにせよ主軸はである。
  • 無治療の死亡率は最大50%に達しうるが、早期の・治療で多くは完全回復する。認識と対応の速さが転帰を決める。

出典

  1. 1.High Altitude Cerebral Edema(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2025)NCBI Bookshelfで全文を読んだ(2025年12月1日最終更新)。HACEが典型的には2,500m以上、3,500m未満では稀で4,000m以上で最も多く生じる神経学的緊急疾患であり、AMSの進行型であって大多数の患者ではAMSが先行する一方、AMSの先行を欠くHACEの孤発例もとくにHAPEに伴って報告されていること(逐語 Most patients initially experience AMS before progression to HACE, although isolated cases of HACE without preceding AMS have been documented, particularly in association with high-altitude pulmonary edema (HAPE).)、頻度が4,000〜5,000mへの渡航者の約0.5〜1%であり年齢・性別による明確な差は無いが50歳未満でやや多いこと、HAPE患者の13〜20%がHACEを合併し、HAPE死亡例の剖検所見の約50%でHACEに一致する所見がみられること、機序が血管原性浮腫主体(進行例では細胞傷害性浮腫も加わりうる)であり、低酸素による急性の脳血流増加(PaO2低下後数時間で約24%増加)と持続する過換気によるPaCO2低下・血管収縮のせめぎ合い、血管内皮増殖因子・一酸化窒素・ブラジキニン・活性酸素などが関与するとされること、運動失調が最も特異的な身体所見であり踵爪先歩行障害・広基性またはすり足歩行・頻繁なよろめきとして現れ、運動失調のある患者はHACEと推定して対応すべきとされること、随伴症状として重度頭痛・混乱・疲労・進行する意識障害があり無治療では12〜24時間で昏睡・死亡に至りうること、診断は主に臨床的で確定に有用な検査は無くHACEに特異的なスコアリングシステムは存在しないこと、頭部MRIは必須ではないがCTでは正常なことが多く可逆性浮腫に一致する白質信号変化を認め数週間持続しうること、画像上の浮腫の重症度と臨床転帰に直接の相関はないこと、鑑別診断が広範であり脳出血・脳卒中(巣症状を伴えば血管性病変を疑うが単独の脳神経麻痺のみHACEで生じた報告もある)、頭蓋内占拠性病変(典型的にはより緩徐な発症)、低Na血症などの電解質異常(要検査室確認)、低血糖・糖尿病ケトアシドーシス・高浸透圧高血糖状態、高Ca血症、腎不全・尿毒症、肝性脳症、髄膜炎・脳炎などの中枢神経感染症(発熱・項部硬直・Kernig/Brudzinski徴候が手がかり)、てんかん発作後の錯乱、密閉空間でのコンロ使用等による一酸化炭素曝露、アルコール・薬物中毒、精神科的除外診断を含むこと、治療は下山が必須で標高300〜1,000mの下降でしばしば著明な臨床改善が得られること、補助酸素をSpO2 90%超を目標に投与し携帯高圧酸素療法も下山中・下山待機中に使用しうること、デキサメタゾンが第一選択薬で8mgの負荷投与後4mgを6時間ごと投与し下山・症状消失まで継続すること(小児は0.15mg/kgを6時間ごと)、アセタゾラミドはHACEの急性治療には治療的役割を持たないこと、予防として3,000m以上では1日500m以内の睡眠高度上昇と3,000mでの数日間の順化・その後3〜4日ごとまたは1,000m上昇ごとの休息日、アセタゾラミドまたはデキサメタゾンによる予防投薬が挙げられること、適切な下山・支持療法で多くの患者が完全な神経学的回復を得る一方、認識の遅れや下山の遅延は死亡率を著しく高め無治療での死亡率は50%に達しうること、重症HACE生存例でも記憶・注意・実行機能の持続的な神経認知障害がまれに生じうることを確認した。閲覧 2026-09-02
  2. 2.Acute and Evolving MRI of High-Altitude Cerebral Edema: Microbleeds, Edema, and Pathophysiology(American Journal of Neuroradiology(Hackett PH, Yarnell PR, Weiland DA, Reynard KB)・2019)高地脳浮腫(HACE)患者8例・26回のMRI検査を対象にした研究で、8例**全例**が拡散制限(細胞傷害性浮腫を示す所見)を認め、うち7例は脳梁膨大部+皮質下白質に一致したこと(別の集計であるFLAIR/T2高信号の分布は5例が脳梁膨大部+皮質下白質・2例が皮質下白質のみ・1例が脳室周囲白質)、血管原性浮腫と細胞傷害性浮腫のいずれの所見も可逆的で臨床的な完全回復と一致したこと、初回から10日以内に再検査した5例では全例で臨床的に改善している最中にもかかわらず白質浮腫がむしろ完全消退前に増悪したこと(画像所見は臨床経過に遅れるだけでなく誤解を招きうる)、全例で微小出血がみられ3T磁化率強調画像で検出され1.5Tグラジエントエコーでは検出されなかったことを確認した。閲覧 2026-09-02
  3. 3.2024 Altitude Summary(Wilderness Medical Society・2024)発行団体自身が公開している2024年改訂・急性高所疾患ガイドラインの要約。誌上版(DOI 10.1016/j.wem.2023.05.013)は出版社が403、Unpaywallもリポジトリ版を持たず取得できなかったため本頁を参照した。Table 1の逐語で、デキサメタゾンのHACE治療が8 mg単回後4 mgを6時間ごと(小児は0.15 mg/kg/回を6時間ごと、1回最大4 mg)であること、アセタゾラミドのAMS治療が250 mgを12時間ごとであり、同表の注が "Acetazolamide can also be used at this dose as an adjunct to dexamethasone in HACE treatment, but dexamethasone remains the primary treatment for HACE."=この用量をHACEの治療でデキサメタゾンの補助として用いてもよいが主たる治療はデキサメタゾンのままである、としていることを確認した。本文では、HACEの診断が運動失調(最も早く現れる所見であることが多い)と意識変容を手がかりとすること、無関心・易刺激性・倦怠・セルフケア不能はいずれも軽微でありうること、巣症状は非典型的で他疾患を考えるべきこと、踵爪先歩行で運動失調を評価し乳頭浮腫は脳浮腫を確認しうること、HACEが疑われれば下山を開始し不可能なら補助酸素または携帯高圧チャンバーを用いること、酸素はSpO2が90%を超えれば通常十分であることを確認した。閲覧 2026-09-16
  4. 4.What Is New in Altitude- and Cold-Related Illnesses of Travel: Appraisal and Summary of the Updated Guidelines from the Wilderness Medical Society(International Journal of Environmental Research and Public Health・2025)DOIをCrossrefで解決し、題名・誌名・22巻2号284・2025年2月14日が一致することを確認したうえで、Europe PMCの全文(PMC11855094)を読んだ。Wilderness Medical Society 2024年改訂ガイドラインが、HACEの主要徴候を体幹失調と意識混濁とし、無治療では24時間程度で致死的となりうるとしていること、下山と補助酸素投与を優先すること、携帯高圧酸素療法を重症例または下山不能例に用いること(強い推奨・中品質エビデンス)を確認した。本総説は「AMSとHACEの症状を緩和する治療」としてデキサメタゾン8mg投与後4mgを6時間ごととアセタゾラミド250mgを12時間ごとを一括りに挙げており、**アセタゾラミドをHACEの治療から除外していない**。⚠️ ただし用量の割り当ては発行団体自身の要約のTable 1(wms-altitude-guidelines-2024-summary)と食い違い、そちらはAMSの治療を4mgを6時間ごと、HACEの治療を8mg単回後4mgを6時間ごとと別の行に分けている。本ノートの用量は後者に従う。閲覧 2026-09-16