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Drug Atlas · B35 Targeted cancer therapy / 分子標的薬

三酸化二ヒ素

arsenic trioxide

分類
Targeted cancer therapy / 分子標的薬
商品名(日本)
トリセノックス
商品名(EU)
Trisenox
科目
Pharmacology
トピック
B35: Drugs used in cancer treatment V (Small molecule signal transduction inhibitors. Retinoids)
承認適応
急性前骨髄球性白血病(APL)
副作用
発熱呼吸困難浮腫

🧠 全体像:日本の電子添文の一般的名称は(「注射液」。PMDAの品目情報の一般名・成分名も同じ)で、臨床では、英語名 arsenic trioxide を略してATOとも呼ばれる——いずれも同じ薬を指す1。を理解する軸は「()と同じ標的(-RARA)を、まったく違う方法で攻める薬」という一点である。がに結合してを解離させ分化を誘導するのに対し、はそのものを損傷・分解させ、濃度によって部分的な分化と直接的なアポトーシス(細胞死)の両方を引き起こす。この「濃度依存的に効き方が変わる」という性質と、化学療法を使わずと組み合わせるだけで低〜の標準治療たりうるというの結果が、を治療における「もう一つの柱」にしている。

薬効群の中での位置づけ

標的 代表薬 狙う対象
()(作動) 未分化な腫瘍細胞を強制的に成熟させる
+濃度依存的アポトーシス/分化 (-RARAの損傷・分解) 低濃度では分化、高濃度ではアポトーシスへ誘導する2
プロテアソーム阻害 蛋白質の恒常性を破綻させて細胞死へ導く

⭐ とは「同じ標的・違う攻め方」の組み合わせだからこそを生み、化学療法を要しない治療戦略を可能にした。低〜のでは、+の併用が標準的な+化学療法と比べて、むしろ優れている可能性が示されている3。

機序

flowchart TD
    A["t(15;17)転座により<span class='jp-term jp-term-diagram' title='progressive multifocal leukoencephalopathy'>PML</span>::RARA融合遺伝子が生じる"] --> B["異常な<span class='jp-term jp-term-diagram' title='progressive multifocal leukoencephalopathy'>PML</span>-RARA<span class='jp-term jp-term-diagram' title='fusion protein'>融合蛋白</span>が形成される"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='promyelocyte'>前骨髄球</span>が成熟段階で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='differentiation arrest'>分化停止</span>し異常増殖"]
    D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='arsenic trioxide (ATO)'>三酸化二ヒ素</span>を投与"] --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='progressive multifocal leukoencephalopathy'>PML</span>-RARA<span class='jp-term jp-term-diagram' title='fusion protein'>融合蛋白</span>を損傷・分解させる"]
    E -->|"低濃度(0.1〜0.5 µM)"| F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='acute promyelocytic leukemia'>APL</span>細胞の部分的な分化"]
    E -->|"高濃度(0.5〜2.0 µM)"| G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='acute promyelocytic leukemia'>APL</span>細胞のアポトーシス(細胞死)"]
    F --> H["異常増殖の抑制"]
    G --> H

💡 「なぜ低濃度と高濃度で効き方が変わるのか」のは完全には解明されていない。 実臨床の投与量(体重あたり)で得られる血中濃度では、部分的な分化とアポトーシスの両方の効果が組み合わさって腫瘍細胞を減らすと考えられており、この濃度依存的な二面性こそがの作用を理解する軸になる。との併用ではさらにが得られる2。

薬物動態

項目 値・特徴
(の寛解導入・として)
の用量 0.15 mg/kgを1日1回、骨髄寛解が得られるまで。米国添付文書は新規診断例・再発難治例とも60日を上限とし、日本の電子添文は「合計60回を超えない」と回数で書く。のSmPCは再発/難治例だけ50日までにが得られなければ中止とする415
の用量(再発・難治) 0.15 mg/kgを1日1回、最大5週間で合計25回。開始時期は米国・日本が寛解導入終了の3〜6週間後、EUが3〜4週間後415
の用量(新規診断・低リスク、併用) 0.15 mg/kgを1日1回・週5日、8週サイクルの第1〜4週に投与を計4サイクル(日本にこの適応は無い)4
希釈・投与時間 5%ブドウ糖液またはで100〜250 mLに希釈し、1〜2時間かけてする1
心毒性モニタリング 投与前に心電図でを評価し電解質異常を補正する。投与中は心電図を週1回以上(不安定な患者はより頻回に)、カリウムは4 mEq/L超、は1.8 mg/dL超に保つ4
肝機能モニタリング 寛解導入中は週2回以上、中は週1回以上の肝機能検査。でも重症度3以上の肝障害でする45

適応

はいずれも ()(t(15;17)転座または/RAR-alpha遺伝子発現陽性)である。承認されている範囲は3極で違う。

文書 承認されている適応
米国添付文書4 ①新規診断・低リスクAPLへの()併用(寛解導入・)、②・化学療法に抵抗性または再発した
EUのSmPC5 ①新規診断の低〜(10×10³/µL以下)への併用、②再発/難治性(前治療にと化学療法を含むこと)。米国より対象がまで広い
日本の電子添文1 「再発又は難治性の」のみ。新規診断例への適応は持たない。本剤でを得た後に再発した例への有効性・安全性は確立していないと明記されている

⭐ 「新規診断例にと併用して化学療法なしで治す」使い方が承認の範囲に入っているのは米国とで、日本の電子添文の効能又は効果はだけである。 国を書かずに「添付文書の適応は新規診断例も含む」と書くと日本では適応外の使い方を承認済みと読ませることになる。なお米国が新規診断・低リスク例への適応を追加したのは2018年1月で、その根拠が下のである3。

💡 低〜では、+(化学療法フリー)が化学療法を含む標準治療に対して〜を示している3。この試験成績と各国の承認範囲は別のことなので、混ぜずに読む。

用法・用量

寛解導入:0.15 mg/kgを1日1回、1〜2時間かけてし、骨髄寛解が得られるまで継続する。上限の書き方は文書で異なり、米国は新規診断例・再発難治例とも60日、日本は「合計60回を超えない」、は再発/難治例に限り50日までにが得られなければ中止と定める415。

は適応によってレジメンが異なる。再発・難治では0.15 mg/kgを1日1回、最大5週間で合計25回投与し、開始は寛解導入終了の3〜6週間後(は3〜4週間後)とする415。新規診断・低リスク(併用、米国・)では0.15 mg/kgを1日1回・週5日のペースで、8週サイクルの第1〜4週に投与することを4サイクル繰り返す4。

⚠️ と併用する寛解導入では、の予防として0.5 mg/kg/日を第1日から寛解導入の終了まで投与することが米国添付文書で推奨されている4。

延長時の(米国添付文書):Framingham補正のが男性450ミリ秒超・女性460ミリ秒超になったら本剤とQT延長薬をし、電解質を補正する。が正常化したら50%減量(0.075 mg/kg/日)で1週間再開し、延長が起きなければ翌週0.11 mg/kg/日、さらに問題がなければ0.15 mg/kg/日へ戻す4。のSmPCはグレード3以上の毒性でし、50%の用量で再開、7日以内に再発しなければ元の用量へ戻す、という書き方をとる5。実際の用量・レジメンは施設のプロトコルと各国の添付文書で確認する。

禁忌・注意

禁忌(文書に「禁忌」として置かれているもの。国で項目数が違う)

文書 禁忌
米国添付文書4 に対する過敏症(1項目のみ)
EUのSmPC5 または添加剤に対する過敏症(1項目のみ)
日本の電子添文1 ①に対して過敏症の既往歴のある患者、②妊婦又は妊娠している可能性のある女性(米国・は禁忌の欄ではなくのとして扱う)

(米国)は3本立て——、、を含む脳症である4。

  • ⚠️ :原因不明の発熱・呼吸困難・低酸素・・胸水/・体重増加・・低血圧・腎障害・肝障害などを呈し、の有無を問わず起こる。頻度は米国ので16〜23%、のSmPCでは再発/難治例27%・併用の新規診断例19%(うち重症5例)と文書で数え方が違う。疑ったら本剤をいったんし、10 mgを12時間ごとに静注して、症状が消失するまで、かつ最低3日間は継続する45
  • ⚠️ QT延長・・:の単剤試験では 500ミリ秒超が40%に生じた。一方、併用の新規診断・低リスク例では11%(Framingham補正で男性450ミリ秒超・女性460ミリ秒超)で、のSmPCは同じ集団の延長を15.6%と書く(閾値の定義が異なる)。または延長がある患者には投与しない。投与前にを評価して電解質異常を補正し、QT延長薬の中止を検討する45
  • ⚠️ を含む脳症:投与中にが報告されている。な救急であり、慢性のアルコール使用・吸収不良・・併用などビタミンB1欠乏のリスクがある患者では値の測定を考慮し、欠乏またはそのリスクがあれば非経口のを投与する。疑ったら直ちに本剤を中断してを開始し、症状の改善と値の正常化まで監視する45
  • ⚠️ 肝毒性:併用の新規診断・低リスク例で・・ビリルビンの上昇が起きる。寛解導入中は週2回以上、中は週1回以上、肝機能検査を行い、基準を超える上昇ではして回復後に減量再開する4
  • ⚠️ はヒトの物質であり、二次がん(二次性の)の発生を監視する45
  • 電解質異常(・)はQT延長を助長する。投与中はカリウム4 mEq/L超・1.8 mg/dL超を保つ4
  • :米国添付文書は重度の(30 mL/分未満)で毒性を監視し減量を要しうるとし、のSmPCは全区分のデータが無いため慎重投与、重度ではの要否を判断できない、では未検討としている45
  • :米国はで毒性を監視、も全区分のデータが無いため慎重投与としている45
  • 小児:のSmPCは17歳以下での安全性・有効性は確立しておらず、5〜16歳のデータはあるが用法の推奨はできない、5歳未満はデータが無いとしている5
  • ⚠️ 妊娠・授乳・避妊:で胚・催奇形性が示されている。米国・とも、妊娠可能な女性は投与中と最終投与後6か月、男性パートナーがいる男性は投与中と最終投与後3か月の確実な避妊を求める。は授乳を投与前から投与中、最終投与後2週間まで中止するよう定める。日本の電子添文はこれをではなく禁忌の欄に置いている(上の表)451

副作用

頻度 内容
高頻度(米国添付文書で30%超) 悪心、咳嗽、疲労、発熱、頭痛、腹痛、嘔吐、頻脈、下痢、呼吸困難、、、高血糖、、不眠、皮膚炎、浮腫、延長、、、関節痛、、掻痒4
注意 (・)・、電解質異常4
重篤・まれ (発熱・呼吸困難・体重増加・浮腫・胸水/・低血圧)、致死的な()・、を含む脳症、二次がん45

まとめ

  • は-RARAを損傷・分解させ、濃度依存的に細胞の部分的分化(低濃度)またはアポトーシス(高濃度)を誘導する。
  • 承認されている適応は3極で違う。 米国は新規診断・低リスク(併用)と再発・難治、は新規診断の低〜中間リスク(10×10³/µL以下、併用)と再発/難治、日本は再発又は難治性だけである。国を書かずに「適応は新規診断例も含む」と書かない。
  • ・(QT延長)・を含む脳症が米国のの3本柱。は10 mgを12時間ごとに静注し症状消失まで(最低3日間)、は投与前評価と+週1回以上の心電図、脳症はので対応する。
  • 禁忌は国で項目数が違う。 米国・は過敏症の1項目のみ、日本はそれに加えて妊婦又は妊娠している可能性のある女性を禁忌に置く。
  • 標準用量は0.15 mg/kgを骨髄寛解まで(米国60日・日本60回・の再発難治例は50日)。はで0.15 mg/kg・最大5週間・25回(寛解導入終了の3〜6週間後、は3〜4週間後に開始)、新規診断・低リスク例(併用)で0.15 mg/kg・週5日を8週サイクルの第1〜4週に計4サイクル、とレジメンが異なる。
  • 同じ-RARA標的を攻める()との併用でが得られ、化学療法を要しない治療戦略を可能にした点が治療における位置づけの核心。

出典

  1. 1.トリセノックス点滴静注12mg 電子添文(日本新薬株式会社(医薬品医療機器総合機構 電子添文)・2023)2023年11月改訂(第2版)の電子添文で、一般的名称が「三酸化二ヒ素注射液」(PMDAの品目情報の一般名/成分名も「三酸化二ヒ素」)であること、効能又は効果が「再発又は難治性の急性前骨髄球性白血病」の1つだけで新規診断例への適応を持たないこと、効能に関連する注意が染色体検査〔t(15;17)転座〕又はPML-RARA遺伝子検査で診断された患者に使うこと・本剤で完全寛解を得た後に再発した例への有効性安全性は確立していないことを定めること、禁忌が2.1ヒ素に対して過敏症の既往歴のある患者と2.2妊婦又は妊娠している可能性のある女性の2項目であること、用法及び用量が三酸化二ヒ素として0.15 mg/kgを5%ブドウ糖液または生理食塩液で100〜250 mLに希釈し1〜2時間かけて点滴静注するもので、寛解導入療法は骨髄寛解が得られるまで1日1回・合計60回を超えないこと、寛解後療法は寛解導入終了後3〜6週間後に開始し5週間の間に1日1回・計25回投与することを確認した。閲覧 2026-09-17
  2. 2.Mechanistic effects of arsenic trioxide on acute promyelocytic leukemia and other types of leukemias(Cell Biology International・2021)三酸化二ヒ素の作用が濃度依存的であり、高濃度(0.5〜2.0 µM)ではAPL細胞にアポトーシスを誘導し、低濃度(0.1〜0.5 µM)では部分的な分化を誘導すること、ATRAと三酸化二ヒ素の併用が相乗効果を示すことを確認した。閲覧 2026-09-05
  3. 3.Retinoic acid and arsenic trioxide for acute promyelocytic leukemia(The New England Journal of Medicine・2013)低〜中間リスク(白血球数10×10⁹/L以下)の急性前骨髄球性白血病において、ATRA+三酸化二ヒ素による寛解導入・地固め療法(化学療法なし)が、ATRA+アントラサイクリン系化学療法による標準治療と比較して非劣性であり、むしろ優れている可能性があることを確認した。閲覧 2026-09-05
  4. 4.TRISENOX (arsenic trioxide) injection — Prescribing Information(FDA(Cephalon, LLC/Teva Pharmaceuticals)・2022)本文に印刷された改訂表示が Revised 6/2022、labeler が Cephalon, LLC(Teva)であること、三酸化二ヒ素がPML-RARA融合蛋白の損傷・分解を引き起こしNB4ヒト前骨髄球性白血病細胞にアポトーシスに特徴的な形態変化とDNA断片化を生じさせること、米国の承認適応が1.1新規診断・低リスクAPL(t(15;17)転座またはPML/RAR-alpha遺伝子発現陽性)へのトレチノイン併用と1.2レチノイド・アントラサイクリン系化学療法に抵抗性または再発したAPLの2つであること、禁忌が「ヒ素に対する過敏症」の1項目だけであること、枠組み警告が分化症候群・心伝導異常・Wernicke脳症を含む脳症の3本立てであること、新規診断例の寛解導入が0.15 mg/kg/日を骨髄寛解まで(60日を超えない)、地固めが0.15 mg/kg/日・週5日を8週サイクルの第1〜4週に計4サイクル、再発・難治例の寛解導入が同用量で最長60日、地固めが最大5週間で25回・寛解導入終了の3〜6週間後に開始であること、トレチノイン併用時はプレドニゾン0.5 mg/kg/日を第1日から寛解導入終了まで分化症候群の予防投与として推奨すること、分化症候群が臨床試験で16〜23%に生じ、疑ったらデキサメタゾン10 mgを12時間ごとに静注し症状消失まで(最低3日間)続けること、再発・難治例の単剤試験ではQTc 500ミリ秒超が40%に生じ、トレチノイン併用の新規診断・低リスク例では男性450ミリ秒超・女性460ミリ秒超(Framingham)の延長が11%であったこと、QTcがその閾値を超えたら休薬し正常化後に50%減量(0.075 mg/kg/日)で再開すること、投与中はカリウムを4 mEq/L超・マグネシウムを1.8 mg/dL超に保ち心電図を週1回以上監視すること、肝障害では寛解導入中は週2回以上・地固め中は週1回以上の肝機能検査を求めること、ヒ素がヒト発がん性物質であり二次がんの監視を要することを確認した。閲覧 2026-09-17
  5. 5.Trisenox: EPAR — Product Information (Annex I: Summary of Product Characteristics)(European Medicines Agency・2026)4.1の適応が「新規診断の低〜中間リスクAPL(白血球数10×10³/µL以下)へのATRA併用」と「再発/難治性APL(前治療にレチノイドと化学療法を含むこと)」の2つで、米国が低リスクに限るのに対しEUは中間リスクまで含むこと、4.3の禁忌が有効成分または添加剤に対する過敏症だけであること、再発/難治例の寛解導入は完全寛解まで投与し50日までに完全寛解が得られなければ中止すること(新規診断例は60日)、地固めは寛解導入終了の3〜4週間後に開始し0.15 mg/kg/日を週5日・計25回投与すること、分化症候群が再発/難治例の27%・ATRA併用の新規診断例の19%(うち重症5例)に生じ、デキサメタゾン10 mgを1日2回静注し最低3日間続けること、QTc 500ミリ秒超が再発/難治例の40%に生じ、ATRA併用の新規診断例では15.6%にQTc延長がみられたこと、Wernicke脳症を含む脳症の報告がありビタミンB1欠乏のリスクがある患者は監視してチアミンを投与すること、ヒ素がヒトの発がん性物質であり二次がんの監視を要することを確認した。⚠️ この製品情報PDFの §10 DATE OF REVISION OF THE TEXT は空欄で、yearはEPARランディングページの Product information 欄の Last updated(30/01/2026)から採った。閲覧 2026-09-17