症状ノート一覧へ

Symptoms · Published

垂直性核上性注視麻痺

Vertical supranuclear gaze palsy

別名
垂直性注視麻痺核上性垂直方向注視麻痺下方注視麻痺
臓器系
神経眼科
科目
Neurology
トピック
神経内科 G2-02:眼球運動・注視の障害神経内科 G2-06:中脳障害の症候群神経内科 G3-10:パーキンソン症候群を呈する疾患
関連疾患
進行性核上性麻痺水頭症中枢神経系腫瘍(成人・小児)中脳水道狭窄

🧠 全体像という言葉の中身はこの1点に尽きる。より上流の経路が壊れているので、な垂直方向の追従・は失われても、)やでは眼球が動く。この乖離を確認することが仕事のすべてである。は水平方向・急性発症を中心に扱う(橋・大脳半球病変)。本項はそれと役割を分け、垂直方向、とりわけに生じてなどのを示唆する臨床像に焦点を当てる。

定義と用語の整理

垂直方向のは、どの階層が壊れているかで意味が変わる。

特徴 代表例
(本項) な垂直方向の追従・が障害されるが、では眼球が動く
核性・ またはその末梢神経自体が障害され、反射性眼球運動を含めて動かない 麻痺。詳細はを参照
の障害で、患側眼の内転が障害される(垂直より水平運動で目立つ)

下方麻痺の方がより局在特異性が高い。 上方の軽度制限は健常な高齢者でも生理的に生じるため、上方だけの制限を単独で病的所見と決めつけない。下方の障害、あるいは上下両方向の障害はより病的意義が高い。

病態生理

垂直方向の共同運動中枢は中脳にある。)がサッケードを生成し、がその位置を保持する。両者、またはこれらを結ぶ線維連絡を侵す病変で垂直方向の麻痺が生じる。

💡 上方路はで交叉するため、の圧迫に選択的に弱い。 上方への線維は側方からを経て両側性に分かれるのに対し、下方路は交叉が少ない。そのためを圧迫する病変ではが先に、より強く出やすく、これに眼振の一型)・を伴えば)と呼ぶ1。一方、のようにがびまん性・緩徐に変性する病態では下方視から障害されることが多く、急性の圧迫とは障害される向きの出方が逆になる。

⚠️ 見逃してはいけないもの

危険度の高い順に並べる。

  • ⚠️ 急性発症のは時間単位の緊急である。 )・急性水頭症で数時間〜数日のうちに、ときにを伴うが出現する。の圧迫によるを疑ったら緊急画像評価に進む1
  • ⚠️ を見逃さない。 若年発症・肝脾腫・失調を伴うは、変性疾患の中で数少ない治療可能な原因である。神経症状を呈する小児例ではほぼ必発で、しばしば他の症状に先行する早期徴候として観察力のある保護者がまず気づく2
  • ⚠️ を見落とさない。 まれだが、に眼球との律動性運動()が合併すれば特異度の高い所見であり、発熱・関節痛・下痢を伴う中年男性で疑う。抗菌薬治療で回復しうる。
  • ⚠️ を除外する。 ・失調・意識変容の三徴は揃わないことが多く、垂直方向の障害を伴うこともある。疑ったら検査結果を待たずを補充する()。
  • であればを第一に考える。は現行のMDS-PSP 2017年基準で眼球運動所見のうち最も診断確実性の高い項目に位置づけられ、垂直の緩徐化のみの場合より高い確実性区分を単独で満たしうる3。易転倒性・を伴えばさらに疑いを強め、を鑑別に残す。

鑑別の進め方

flowchart TD
    A["垂直方向の追従・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='saccade'>サッカード</span>ができない"] --> B{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='doll&#39;s eye phenomenon'>人形の目現象</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Bell&#39;s phenomenon'>Bell現象</span>で<br>眼球は動くか"}
    B -->|"動かない"| C["核性・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='infranuclear'>核下性</span>を疑う<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='oculomotor nerve (CN III)'>動眼神経</span>麻痺など)"]
    B -->|"動く"| D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Supranuclear'>核上性</span>と判断"]
    D --> E{"急性発症か(時間〜日単位)"}
    E -->|"急性"| F{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='convergence-retraction nystagmus'>輻輳後退眼振</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='light-near dissociation'>対光近見解離</span>を伴うか"}
    F -->|"あり"| G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dorsal midbrain syndrome'>中脳背側症候群</span>を疑う<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pineal region tumor'>松果体部腫瘍</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='acute hydrocephalus'>急性水頭症</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='brainstem infarction'>脳幹梗塞</span>)"]
    F -->|"なし・失調や意識変容を伴う"| H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Wernicke encephalopathy'>Wernicke脳症</span>を考え<br>検査結果を待たず<span class='jp-term jp-term-diagram' title='thiamine'>チアミン</span>投与"]
    E -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='slowly progressive'>緩徐進行性</span>"| I{"若年発症・肝脾腫・失調を伴うか"}
    I -->|"あり"| J["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Niemann-Pick disease type C'>Niemann-Pick病C型</span>を疑う"]
    I -->|"なし"| K{"易転倒性・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='retrocollis'>頸部後屈ジストニア</span>を伴うか"}
    K -->|"あり"| L["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='progressive supranuclear palsy (PSP)'>進行性核上性麻痺</span>を第一に疑う"]
    K -->|"なし・左右差や<span class='jp-term jp-term-diagram' title='apraxia'>失行</span>が目立つ"| M["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='corticobasal degeneration'>大脳皮質基底核変性症</span>・<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='multiple system atrophy (MSA)'>多系統萎縮症</span>を鑑別に残す"]

対応の考え方

そのものに直接効く治療はなく、対応は原因の同定に尽きる。

  • 急性のは、原因となる腫瘍・水頭症・そのものの緊急評価と治療に向かう。
  • を疑ったら、検査結果を待たずを補充する。
  • では、など治療が生存期間の延長や嚥下・誤嚥リスクの安定化に関連する2
  • などでは、障害自体を改善させる手段がない。実務の中心は易転倒性への環境調整(、転倒予防の)と、嚥下障害への言語聴覚療法・食形態調整を組み合わせたリハビリテーションになる。

まとめ

  • は、な垂直方向の追従・が障害されながらでは眼球が動くという乖離が診断の核心である。
  • 水平方向・急性発症を主に扱うとは役割が異なり、垂直方向、特にを示唆する臨床像に焦点を当てる。
  • 下方麻痺の方がより局在特異性が高く、上方のみの軽度制限は加齢でも生じうる。
  • 急性なら・水頭症・)を時間単位の緊急として扱い、など治療可能な原因を除外する。
  • ならを第一に、を鑑別に残す。
  • 所見自体への介入はなく、原因の同定と、では易転倒性・嚥下障害への環境調整・リハビリテーションが対応の中心になる。

出典

  1. 1.Clinical diagnosis of progressive supranuclear palsy: The Movement Disorder Society criteria(Movement Disorder Society(Movement Disorders誌)・2017)眼球運動障害領域のうち垂直性核上性注視麻痺が最も診断確実性の高いレベル1所見に位置づけられ、感度は高いが特異度が下がる垂直サッカードの緩徐化(レベル2)と区別されること、垂直性核上性注視麻痺単独でprobable・possible診断区分を満たしうることを確認した。閲覧 2026-08-03
  2. 2.Niemann-Pick Disease Type C(GeneReviews (NCBI Bookshelf)・2025)神経症状を呈する小児例では垂直性核上性注視麻痺(下方視の障害から始まることが多い)がほぼ必発で、他の症状に先行して現れる早期徴候であり、観察力のある保護者がまず気づくこともあることを確認した。閲覧 2026-08-03
  3. 3.Parinaud Syndrome(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2023)上方注視の経路が後交連で交叉するためriMLF・Cajal間質核近傍の背側中脳病変で選択的に障害されやすいこと、上方注視麻痺・輻輳後退眼振・対光近見解離の古典的三徴、原因の約65%が脳幹梗塞・出血・腫瘍などの一次中脳病変で最大30%を松果体部腫瘍が占めることを確認した。閲覧 2026-08-03