薬理学

薬理学 · Core50

化学構造と複雑さによる薬物分類

Core50: Classification of drugs according to chemical structure and complexity

前提:正常
タンパク質構成アミノ酸の化学構造;ペプチド結合の形成と立体構造;タンパク質の一次構造タンパク質の階層構造:三次・四次構造;タンパク質フォールディング
応用トピック
吸入麻酔薬静脈麻酔薬・周術期薬剤膵ホルモンおよび注射用抗糖尿病薬免疫薬理学III(抗体・融合タンパク質)抗がん薬VI(高分子シグナル伝達阻害薬・免疫賦活抗がん薬)

🧠 全体像:薬物は ①(・液体・気体)、②(同じ化学式でもが違うか)、③と複雑さ(低分子か高分子か) の3つの軸で分類できる。とくに②は重要で、一方のだけが有効だったり、安全性・代謝経路が左右で違ったりするため、構造の違いがそのまま力価と安全性の違いになる。③の境目(およそ1 kDa)は、・・の扱いをまとめて決めるである。

物理的形態による分類

形態 例
ほとんどの:アスピリン、スタチン、抗うつ薬
流体・液体 などの、
気体 N₂O=

化学構造による分類:立体異性

同じ化学式・同じ結合順序でも、不斉中心まわりのが鏡像関係にある2つの分子を()という。受容体・酵素・トランスポーターはそれ自体が立体特異的なタンパク質なので、左右の手が同じ手袋に入らないのと同じ理屈で、片方だけがよく結合することが起こる。

💡 とディストマー。 目的とする作用をより強くもつ側を、弱い側をディストマーと呼ぶ。(両者の等量混合物)からだけを取り出して製剤化する手法をといい、・・はいずれもその例である。⚠️ ただし「ディストマー=ただの不活性成分」とは限らない。作用の種類が左右で違うこともあれば、代謝の速さが違うこともある。

薬物 のポイント
。非選択的β遮断作用はS(−)体だけがもち、α1遮断作用はR(+)体とS(−)体が同等の力価でもつ——同じ1剤の中で2つの作用が別々のに割り振られている1
。を取り出したものがで、NMDA受容体のとして鼻腔用製剤になり、などを適応として承認されている2
。がで、5-HTと5-HT神経の発火抑制についてより100倍以上強力である3
。に結合するのは主にで、これを取り出したものが()である

⚠️ 「が活性」と一般化しない。 ・・ではが主役だが、ではが主役である。どちらが効く側かは薬ごとに決まるので、記号だけを覚えず薬ごとに押さえる。

分子サイズと複雑さによる分類

分類 おおよその分子量 例
低分子 <1000 Da / <1 kDa アスピリン(C₉H₈O₄、約180 Da)。多くの現行医薬品
高分子(生物学的製剤) >1 kDa ホルモン、タンパク質、モノクローナル抗体

高分子薬の例

1 kDaの境目が何を変えるか

分子量の差は「大きい/小さい」だけの話ではなく、・・の作り方という臨床上の3点を同時に決めてしまう。

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='molecule size'>分子サイズ</span>で2つに分かれる"] --> B["低分子(1 kDa 未満)<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='chemical synthesis'>化学合成</span>で作る"]
    A --> C["高分子・生物学的製剤(1 kDa 超)<br>生細胞で作る"]
    B --> D["消化管から吸収される<br>→ <span class='jp-term jp-term-diagram' title='oral'>経口投与</span>が可能なことが多い"]
    B --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='immunogenicity'>免疫原性</span>は低い"]
    B --> F["同一の分子を再現できる<br>→ ジェネリック医薬品"]
    B --> G["細胞内の標的にも到達できる<br>(キナーゼ阻害薬など)"]
    C --> H["消化管で分解される<br>→ 注射剤が中心"]
    C --> I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='anti-drug antibody (ADA)'>抗薬物抗体</span>を誘導しうる<br>→ 効果減弱・過敏反応"]
    C --> J["完全に同一の複製は作れない<br>→ <span class='jp-term jp-term-diagram' title='biosimilar'>バイオシミラー</span>"]
    C --> K["標的は主に細胞外<br>(サイトカイン・受容体外部ドメイン)"]
観点 生物学的製剤(高分子薬)
標的の局在 細胞内シグナル伝達にも届く 主に細胞外の標的
経口が可能なことが多い 消化管で分解されるため注射剤が中心
低い を誘導しうる
の扱い ジェネリック(同一分子) (完全に同一の複製ではない)
製造 生細胞での発現・

この対比は、疾患のにおいて生物学的製剤と低分子阻害薬を比較した総説が、標的の局在・・・費用の点で両者が明確に異なると整理しているものである5。

モノクローナル抗体の命名規則は2021年に大きく変わった

⭐ 接尾辞「-mab」は新規では使われなくなった。 国際一般名(INN)は語幹で薬効群が分かるように設計されており、モノクローナル抗体には長く -mab が使われてきた。

  • 由来を示す中間語幹(source infix)の廃止(2017年):かつては接尾辞 -mab の前に、抗体の由来を示す音節——-xi-()・-zu-()・-u-(ヒト型抗体)・-o-(マウス抗体)——を挟んでいた。⚠️ これらは接頭語ではなく接尾辞の直前に置かれる中間語幹である。抗体の作り方が多様化して「由来を1音節で表す」ことが成り立たなくなり、2017年6月にが新規抗体INNでの使用中止を即時発効で発表した6。
  • 接尾辞 -mab 自体の廃止(2021年):2021年10月の第73回INN協議会で、-mab の新規使用そのものを中止し、-tug・-bart・-mig・-ment という4つの新しい語幹へ置き換えることが決定された。理由は過密化で、この時点で -mab を語幹にもつINNは879件に達しており、十分に区別できる新しい名前が作れず取り違えの危険が増していた7。

💡 既存の名前は変わらない。 ・リツキシマブ・のように既に -mab をもつ薬剤名はそのまま使われ続ける。旧規則は「2021年以前にされた抗体薬に適用されていた、由来を示す枠組み」として理解しておけばよく、語尾から由来を読み取る覚え方は新しい薬には通用しない。

まとめ

  • 薬物は(・液体・気体)で分類できる。
  • が力価と安全性を変える——同じ化学式でも、一方のがもう一方よりよく効く/安全なことがある。
  • ではβ遮断作用はS(−)体だけ、α1遮断作用は両が同等である1。(の)は5-HTについてより100倍以上強力3、はので、どちらが効く側かは薬ごとに違う。
  • 低分子は1 kDa未満、生物学的製剤(高分子)は1 kDa超。アスピリンは約180 Da、インスリンは約5.8 kDa、は約148 kDaである4。
  • この境目が、(経口か注射か)・・の扱い(ジェネリックかか)を同時に決める5。
  • モノクローナル抗体のINNは、由来を示す中間語幹が2017年に6、接尾辞 -mab 自体が2021年に廃止された(-tug・-bart・-mig・-ment へ)7。既存の薬剤名はそのまま使われる。

出典

  1. 1.COREG (carvedilol) tablets, for oral use — Prescribing Information(Waylis Therapeutics LLC / DailyMed(U.S. FDA)・2023)現行SPL(本文に印字された改訂表示は「Revised 10/2023」、labelerはWaylis Therapeutics LLC)を開いて確認した。12.1 Mechanism of Action の逐語は「COREG is a racemic mixture in which nonselective β-adrenoreceptor blocking activity is present in the S(-) enantiomer and α1-adrenergic blocking activity is present in both R(+) and S(-) enantiomers at equal potency」であり、β遮断作用を担うのはS(−)体、α1遮断作用は両エナンチオマーが同等の力価でもつ。⚠️ 光学回転の符号はSが(−)、Rが(+)である。閲覧 2026-09-22
  2. 2.SPRAVATO (esketamine) nasal spray, for intranasal use — Prescribing Information(U.S. Food and Drug Administration / DailyMed(Janssen Pharmaceuticals)・2026)11 DESCRIPTION の逐語が「Esketamine is the S-enantiomer of racemic ketamine」、12.1 Mechanism of Action の逐語が「Esketamine, the S-enantiomer of racemic ketamine, is a non-selective, non-competitive antagonist of the N-methyl-D-aspartate (NMDA) receptor, an ionotropic glutamate receptor」であり、ラセミ体ケタミンのS体が治療抵抗性うつ病等を適応として単独の製剤になっていることを確認した。⚠️ 本文書はS体とR体の力価比を述べていない。閲覧 2026-09-22
  3. 3.LEXAPRO (escitalopram oxalate) tablets, for oral use — Prescribing Information(Allergan, Inc. / DailyMed(U.S. FDA)・2023)現行SPL(Highlights末尾に印字された改訂表示は「Revised 10/2023」、labelerはAllergan, Inc.)を開いて確認した。11 DESCRIPTION の逐語は「Escitalopram is the pure S-enantiomer (single isomer) of the racemic bicyclic phthalane derivative citalopram」、12.2 Pharmacodynamics の逐語は「Escitalopram is at least 100-fold more potent than the R-enantiomer with respect to inhibition of 5-HT reuptake and inhibition of 5-HT neuronal firing rate」である。⚠️ 本文書はエスシタロプラムがシタロプラムより副作用が少ないとは述べていない(その比較はこの文書の守備範囲外)。なお同ページ下部の「Revised 4/2024」は患者向けMedication Guideの改訂表示であって処方情報本体のものではない。閲覧 2026-09-22
  4. 4.HUMIRA (adalimumab) injection, for subcutaneous use — Prescribing Information(U.S. Food and Drug Administration / DailyMed・2025)11 DESCRIPTION の逐語が「It consists of 1330 amino acids and has a molecular weight of approximately 148 kilodaltons」であり、アダリムマブの分子量はおよそ148 kDa、アミノ酸残基数は1,330であることを確認した。閲覧 2026-09-22
  5. 5.What is the future of targeted therapy in rheumatology: biologics or small molecules?(BMC Medicine・2014)リウマチ性疾患における標的治療薬としての生物学的製剤(TNF阻害薬などの抗体医薬)と低分子阻害薬(チロシンキナーゼ阻害薬など)を比較した総説で、両者は標的の細胞内外での局在・投与経路・製造工程・費用の点で明確に異なること(生物学的製剤は細胞外標的への注射剤が中心、低分子薬は細胞内シグナル伝達を標的とし経口投与が可能なことが多い)。閲覧 2026-08-27
  6. 6.Changes to International Nonproprietary Names for antibody therapeutics 2017 and beyond: of mice, men and more(mAbs・2017)全文(PMC5590622)で確認した。逐語で「Currently, INNs for monoclonal antibody-based drugs are recognized by the suffix, -mab, preceded by a source infix such as -xi- (chimeric), -zu- (humanized) or -u- (human) designating the species from which the antibody was derived」であり、-xi-・-zu-・-u-・-o- は接尾辞 -mab の前に置かれる「中間語幹(infix)」であって接頭語ではない。廃止については逐語で「In June 2017, the WHO announced that use of the source infix will be discontinued for new antibody INNs effective immediately」。閲覧 2026-08-27
  7. 7.International nonproprietary names for monoclonal antibodies: an evolving nomenclature system(mAbs・2022)全文(PMC9122354)で確認した。逐語で「The revised system was approved and adopted by the WHO at the 73rd INN Consultation held in October 2021, and the radical decision was made to discontinue the use of the well-known stem -mab in naming new antibody-based drugs and going forward, to replace it with four new stems -tug, -bart, -mig, and -ment」。また逐語で「To date, there are 879 INN with the stem -mab」とあり、命名の過密化が改訂の理由として挙げられている。⚠️ 本論文は由来を示す中間語幹(source infix)の廃止を2016年としており、同じ主題を扱うParren 2017が「2017年6月にWHOが発表」とするのと年の表現が異なる。本ノートは各論文の逐語に沿って書き分けている。閲覧 2026-08-27