外科学

外科学 · A/06

術後管理と合併症

The postoperative treatment and complications

前提:正常
神経筋接合部と骨格筋の生理学血液凝固・線溶・生理的抗凝固機構

ポッドキャスト

🧠 は「モニタリング+++」の。 合併症は必ず「外科的(・創部・出血に起因)」か「非外科的(呼吸・循環・腎など全身臓器に起因)」かに分けて考え、重症度はClavien-Dindo分類(治療介入の強度で機械的にgrade付けする——「何が起きたか」ではなく「どう対処したか」で分類する点がポイント)で言語化する。周術期のは手技の出血リスクと患者のを併せて個別化する。

1. 術後管理の4本柱

  1. 精密なモニタリング:体温・血圧・脈拍・呼吸、排尿・排便の確認、ドレーン(の性状・量)の確認、創部・カテーテル・の確認
  2. /

血栓予防の内訳

  • 機械的方法:、四肢の自動/、、ポンプ
  • 薬物療法:

💡 だけが拮抗薬(硫酸塩)を持つ、という非対称性が臨床的に重要。 緊急で抗凝固を中和したい場面(大出血・緊急手術)ではが選ばれやすい理由がここにある。

周術期の抗血栓薬マネジメント

薬剤 低リスク手術(授業の表) 高リスク手術(授業の表) 現在の読み方
アスピリン 継続 7日前に中止し、術後48時間で再開 一律に中止するのではなく、原疾患のと手技の出血リスクから継続・を個別に判断する
または2剤併用 継続 5日前に中止し、アスピリンは循環器医の意見に従って再開 時期、、手技の出血リスクを循環器医と評価する1
(ワルファリンなど) 目標 1.5未満。少なくとも術前5日からLMWHへ置換し、術後は数日間併用して再開、目標 2〜3 低リスク手術と同じ記載 の目安(術前約5日)は同じだが、LMWHへの置換を全例に行う部分が現在は支持されない(下記⭐)。術後再開は止血確認後に判断する

⭐ 授業の表がいちばん書き換わっているのが「したら必ずLMWHへ置換する」という部分である。 ACCPの2022年ガイドラインは44の推奨のうち強い推奨は2つだけとし、その1つが「心房細動の患者にヘパリンを行わないこと」である(もう1つは、またはの植込みではを継続すること)。同ガイドラインは、それ以外の大半の問いについては最良の方法が不確かなままだともで述べている。2

💡 したがって「低リスクか高リスクか」という手術側の1軸で決めるのではなく、患者側のと手技側の出血リスクの2軸で判断する。を検討する余地が残るのはが特に高い一部の症例に限られる。

2. 術後合併症

定義: 術後の期待される正常経過からの逸脱はすべて合併症とみなす。

重症度分類 — Clavien-Dindo分類[^dindo-annsurg-clavien-2004]

Grade 定義
I 薬物治療も外科的・内視鏡的・放射線学的介入も要さない、正常な術後経過からのあらゆる逸脱。許容される治療は・・・利尿薬・電解質・。ベッドサイドで切開した創感染もここに含む
II Grade Iで許容される薬以外の薬物治療を要する。輸血とも含む
III 外科的・内視鏡的・放射線学的介入を要する
IIIa 全身麻酔下でない介入
IIIb 全身麻酔下の介入
IV 生命を脅かす合併症(中枢神経系合併症を含む)で、intermediate care またはでの管理を要する
IVa 単一臓器障害(透析を含む)
IVb 多臓器障害
V 患者の死亡
接尾辞 d 退院時点で合併症が残っている場合に当該グレードへ付す。完全な評価のための追跡が必要であることを示す

⚠️ IIIa と IIIb の境目には、資料によって2通りの書き方がある。 原著(上表)は IIIa=全身麻酔下でない介入/IIIb=全身麻酔下の介入 と定めており、この読み方ではやなどの、鎮静下の処置は IIIa 側に入る。3 一方、授業資料に載っている転載表を含め、広く流通している版は IIIa=下/IIIb=全身麻酔または下 と書いており、を IIIb 側に置く。

💡 差が出るのはで行った介入の格付けだけだが、そこがずれると同じ合併症が施設間で一段違うグレードで報告される。論文やカンファレンスでグレードを読むときは、どちらの定義を使っているかを確かめる。原著に従うならは IIIa である。

💡 中枢神経系合併症の範囲も定義されている——・・は Grade IV に含めるが、は除く。3

💡 Clavien-Dindo分類は「何が起きたか」ではなく「どう治療したか」で重症度を定義する。 これにより施設・間で合併症の重症度をに比較できる——外科文献で合併症を報告する際の事実上の標準。原著では、単施設の6336例でグレードがとも手術のとも有意に相関することが示されている(いずれもP<0.0001)。3

頻度の高い外科的合併症

flowchart TD
  A["術後合併症(外科的)"]
  A --> B["出血"]
  A --> C["発熱<br>早期(術後72時間以内)は多くが<span class='jp-term jp-term-diagram' title='non-infectious'>非感染性</span><br>まずベッドサイドで<br>手術部位・気道・カテーテル類を診る"]
  A --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='anastomotic leak'>吻合部縫合不全</span><br>→ 低血圧・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypovolemia'>循環血液量減少</span>・低酸素・微小循環不全"]
  A --> E["せん妄<br>高齢・急性期・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='oversedation'>過鎮静</span>・オピオイド"]
  A --> F["イレウス(麻痺性・機械性・血管性)"]
  A --> G["敗血症(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='intra-abdominal abscess'>腹腔内膿瘍</span>)"]
  A --> H["瘻孔<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='anastomotic leak'>縫合不全</span>の遅発性帰結:腸管・胆道・膵)"]
  A --> I["創傷治癒障害"]
  I --> I1["易感染性因子(糖尿病・免疫不全・悪性腫瘍)"]
  I --> I2["ヘルニア形成(感染創後)"]
  I --> I3["化膿(血腫・壊死・異物・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='seroma'>漿液腫</span>・脂肪組織由来の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bacterial growth'>細菌増殖</span>)"]
  I --> I4["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='wound disruption'>創離開</span>"]

の原因: 縫合が保持しない/組織を切り込む、が不十分、(・腹水・咳嗽・嘔吐)、血腫・組織の脆弱性、代謝性疾患(糖尿病、Cushing症候群、、悪性腫瘍、)。

術後発熱の読み方

⚠️ 術後早期の発熱は、多くが感染ではない。 教育病院で13か月間に入院下の一般外科手術を受けた成人を追った前向き研究では、術後72時間以内に38.0℃超の発熱をきたしたのは1032手術のうち245例(23.7%)だった。そのうち記録の残る発熱精査を受けた100例で感染源が同定されたのは18例(18%)にとどまり、さらにその18例のうち9例はと臨床像だけで追加検査なしに診断がついている。患者の血液培養(35例提出)に陽性は無く、尿培養は46例中4例(8.9%)、胸部X線は50例中3例(6.0%)しか診断に結びついていない。原著のは、早期術後発熱はありふれた事象で感染が原因であることはまれであり、短時間のベッドサイド評価が原因特定に最も寄与し、培養と胸部画像による広範な精査はの入院患者にはほとんど益がない、というものである。4

💡 したがって順序は「発熱したから一式出す」ではなく、まず診察して当たりを付け、所見に応じて手術部位・気道・・カテーテルを系統的に確認する。授業資料が挙げる「術後24時間以内・38.5℃超の発熱では手術部位・気道・・カテーテルを確認する」という手順は、ベッドサイドの確認手順としてはそのまま有効である。合わないのはその先の「だから市中感染か院内感染を疑う」という読み方のほうで、早期発熱の大半は感染以外の術後炎症反応による。発熱の閾値そのものも資料により38.0℃超・38.5℃超と幅がある。

💡 「wind・water・wound・walk」の語呂は、発症時期の順序としては正確ではない。 ACS-NSQIPの11,137例では診断日の中央値が肺炎5日・尿路感染8日・9日・11日で、原著は語呂を wind, water, walk, wound の順に教えるべきだとしている。退院後に診断された群(肺炎10日・尿路感染14日・14日・14日)では、時期も順序も語呂に合わなかった。5

頻度の高い非外科的合併症

: 手術(特に胸腹部手術)は呼吸筋の機能を障害するため、換気・拡散が特に影響を受ける。

病態 要点
全身麻酔後の肺実質虚脱。治療:、、の、気管支鏡吸引、吸入薬
誤嚥 細菌性→肺炎、化学性→
術後肺炎 ・誤嚥・の抑制が重なって起こる。ACS-NSQIPの解析では診断日の中央値が術後5日(退院前に診断された例では4日)5
胸水 上腹部手術後に生じやすい。量と性状(感染の有無)で対応が分かれる
肺塞栓症 診断日の中央値は術後9日で、退院後に診断された例では14日と遅い——退院時に終わる合併症ではない5
肺水腫 心不全、肺胞膜障害、輸液過剰のいずれかに起因
ARDS() 敗血症性合併症が原因となる

: 不整脈・心不全、術後(MI)・、血栓症・塞栓症。

: は、保存的治療に反応しない高K血症、代謝性アシドーシス、・肺水腫、持続する乏尿・、症状などを総合して判断し、Cr値単独の固定閾値では決めない。6

💡 授業では透析適応を 6.5 mmol/L超・・ 900 µmol/L超・代謝性アシドーシス という4つの数値で教える。このうち・・アシドーシスは今も臨床的な絶対適応として扱われるが、⚠️ クレアチニンの固定閾値は開始判断の主要因子ではない——腎機能の数値だけで開始を決めると、適応のある患者を待たせる方向にも、不要な導入をする方向にも倒れる。数値は目安として覚え、判断は臨床像で行う。6

悪性高熱症

は、RYR1異常などのを背景に、やが引き金となって発症しうる症候群——明らかな基礎筋疾患がなくても起こり、・熱産生・アシドーシスを呈する。7

⚠️ は(SR)からのCa²⁺過剰放出が本態の麻酔科的緊急事態。 持続的な筋の震え → 熱産生 → という連鎖が起こる。治療は投与によるSRからのCa²⁺放出抑制。

まとめ

  • は「モニタリング・・・」ので構成される。
  • のみ硫酸塩という拮抗薬を持つ——緊急中和が必要な場面で選択優位。
  • 周術期は手技の出血リスクと患者ので個別化し、LMWHを一律には行わない。
  • 合併症の重症度はClavien-Dindo分類(Grade I〜V)で、治療介入の強度に基づきに分類する。原著の IIIa/IIIb の境目は全身麻酔の要否(・鎮静下の介入は IIIa)だが、授業資料を含む転載版はを IIIb 側に置くので、どちらの定義かを確かめる。退院時に合併症が残れば接尾辞 d を付す。3
  • 術後早期(72時間以内)の発熱は多くがで、培養や胸部画像の一律提出は診断に結びつきにくい。まずベッドサイド評価で当たりを付ける。4
  • 外科的合併症(出血・発熱・・イレウス・敗血症・瘻孔・創傷治癒障害)と非外科的合併症(呼吸器・循環器・腎・)を区別して鑑別を進める。
  • はRyR異常を背景としたSRからのCa²⁺過剰放出が本態で、が特異的治療。

A/05: 術前管理で最適化された患者に対して手術が行われ、本トピックの・合併症対応へと続く。

出典

  1. 1.Perioperative Management of Antiplatelet Therapy: A Systematic Review and Meta-analysis(Mayo Clinic Proceedings: Innovations, Quality & Outcomes・2022)抗血小板薬の周術期継続・休薬を血栓リスクと出血リスクで個別化すること閲覧 2026-08-09
  2. 2.Perioperative Management of Antithrombotic Therapy: An American College of Chest Physicians Clinical Practice Guideline(American College of Chest Physicians・2022)周術期ブリッジングを一律に行わず血栓・出血リスクで個別化する推奨閲覧 2026-08-09
  3. 3.Classification of surgical complications: a new proposal with evaluation in a cohort of 6336 patients and results of a survey(Annals of Surgery・2004)PMC1360123の全文とTable 1の画像で確認した。Grade I は「薬物治療も外科的・内視鏡的・放射線学的介入も要さない、正常な術後経過からのあらゆる逸脱」で、許容される治療は制吐薬・解熱薬・鎮痛薬・利尿薬・電解質・理学療法であり、ベッドサイドで切開した創感染もここに含む。Grade II は Grade I で許容される薬以外の薬物治療を要するもので、輸血と完全静脈栄養も含む。Grade III は外科的・内視鏡的・放射線学的介入を要するもので、IIIa は「全身麻酔下**でない**介入」、IIIb は「全身麻酔下の介入」。本文も、旧分類の Grade IIb を Grade III として独立させ全身麻酔の要否で IIIa と IIIb に細分したと述べている。Grade IV は中枢神経系合併症を含む生命を脅かす合併症で intermediate care または集中治療室での管理を要するもの、IVa は単一臓器障害(透析を含む)、IVb は多臓器障害。Grade V は患者の死亡。退院時点で合併症が残る場合は接尾辞 d を付し、完全な評価のための追跡が必要であることを示す。Table 1 の註は中枢神経系合併症を脳出血・虚血性脳卒中・くも膜下出血とし、一過性脳虚血発作は除くと定めている。検証は1988〜1997年に単施設で待機手術を受けた6336例で、合併症のグレードは在院日数とも手術の複雑性とも有意に相関した(いずれもP<0.0001)。閲覧 2026-09-21
  4. 4.Early postoperative fever and the "routine" fever work-up: results of a prospective study(The Journal of Surgical Research・2011)抄録で確認した。教育病院で13か月間に入院下の一般外科手術を受けた成人全例を対象とした前向き観察研究。術後72時間以内に100.4°F(38.0℃)超の発熱をきたしたのは1032手術のうち245例23.7%で、記録の残る発熱精査を受けたのは100例9.7%。血液培養は35例に提出され待機手術患者からの陽性はなく、尿培養46例のうち感染と診断されたのは4例8.9%、胸部X線50例のうち肺炎と診断されたのは3例6.0%。最終的に感染源が同定されたのは精査を受けた100例中18例18%で、うち9例は身体診察と臨床像だけで追加検査なしに診断がついた。結論は逐語で "Early postoperative fever is a common event and rarely caused by an infection. A brief bedside evaluation has the highest yield for determining the fever etiology, and extensive evaluations with cultures and chest imaging have little to no benefit in patients admitted for elective surgery."閲覧 2026-09-21
  5. 5.Wind, water, wound, walk--do the data deliver the dictum?(Journal of Surgical Education・2015)抄録で確認した。米国ACS-NSQIPの2011年データから、18歳超で一般外科手術を受け、術後肺炎(wind)・尿路感染(water)・手術部位感染(wound)・静脈血栓塞栓症(walk)のいずれかを発症した11137例を解析した後ろ向きコホート研究。診断日の中央値は肺炎5日、尿路感染8日、静脈血栓塞栓症9日、手術部位感染11日で、発生種別により有意に異なった。退院前に診断された群では肺炎4日・尿路感染5日・静脈血栓塞栓症5日・手術部位感染7日、退院後に診断された群では肺炎10日・尿路感染14日・手術部位感染14日・静脈血栓塞栓症14日。結論は語呂を「wind, water, walk, wound」の順に教えるべきであり、退院後に診断された群では語呂が発症時期も順序も反映しなかったというもの。⚠️ 本研究は術後24時間以内の発熱や発熱時の精査については扱っていない。閲覧 2026-09-21
  6. 6.Timing of dialysis in acute kidney injury using routinely collected data and dynamic treatment regimes(Critical Care・2022)AKIの腎代替療法開始は固定クレアチニン値ではなく臨床的絶対適応で判断すること閲覧 2026-08-09
  7. 7.Current clinical application of dantrolene sodium(Anesthesia and Pain Medicine・2023)悪性高熱症の遺伝的素因・誘因薬とダントロレン治療閲覧 2026-08-09