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Disease Atlas · 消化器 · 中毒

急性鉄中毒

Acute iron toxicity

別名
鉄中毒急性鉄剤中毒
臓器系
消化器小児
科目
Pediatrics
トピック
小児科 2-25:小児に多い中毒の徴候と除染
合併症
急性肝不全
治療薬
デフェロキサミンポリエチレングリコール
原因薬剤
硫酸鉄
症状
嘔吐下痢吐血血便腹痛低血圧意識障害昏睡
検査値
血清鉄アニオンギャップ重炭酸アミノトランスフェラーゼ(AST・ALT)

🧠 全体像:を理解する軸は⭐ 「製剤の総量ではなく量で重症度が決まる」という一点にある。錠325 mgに含まれるはわずか20%(65 mg)——ここを取り違えると、重症度を10倍近く見誤る。もう一つの軸はである。のある鉄を飲んだ小児は、①の消化器症状で始まり、②6〜24時間の「見かけ上の改善期」で油断させ、③その裏で全身への吸収が進み続けてショック・代謝性アシドーシスへ転じる。症状が消えたことを「軽快」としない——この5相の経過そのものが、という疾患の理解のほぼ全てである。

機序

鉄は体に能動的な排泄経路を持たない(の項を参照)。を上回る用量を摂取すると、まず遊離した鉄イオンが消化管粘膜を直接し、吸収された鉄はミトコンドリアのを障害しての毒性を及ぼす——標的臓器は肝臓(門脈を通じて高濃度の鉄に最初に曝露される)と心筋である。

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='elemental iron'>元素鉄</span>の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='overdose'>過量摂取</span><br>(製剤の総重量ではなく<span class='jp-term jp-term-diagram' title='elemental iron'>元素鉄</span>量で判定)"] --> B{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='elemental iron'>元素鉄</span>量は?"}
    B -->|"20 mg/kg未満"| C["通常は無毒"]
    B -->|"20〜60 mg/kg"| D["中等度の消化器症状"]
    B -->|"60 mg/kg超"| E["重篤・致死的になりうる中毒"]
    D --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='free iron'>遊離鉄</span>イオンによる消化管粘膜の直接<span class='jp-term jp-term-diagram' title='corrosion'>腐食</span>"]
    E --> F
    F --> G["吸収された鉄が細胞の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='oxidative phosphorylation'>酸化的リン酸化</span>を障害"]
    G --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hepatocellular injury'>肝細胞傷害</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='myocardial injury'>心筋傷害</span>"]
    H --> I["代謝性アシドーシス・ショック"]

重症度の目安(元素鉄量)

摂取量 重症度
20 mg/kg未満 通常は無毒
20〜60 mg/kg 中等度の消化器症状
60 mg/kg超 重篤・致死的になりうる1

⚠️ 「何錠」ではなく「何mg/kg」で考える。 同じ「1錠」でも製剤ごとに含有率が違う——錠325 mgのは20%(65 mg)にすぎない23。保護者からの聴取では、しばしば「の数」しか分からないので、その製剤の含有率を掛け合わせて摂取量を推定する。

臨床経過(5相)

⭐ を追わずに重症度を判定しない。 第2相の「無症状」は治癒ではなく、全身への吸収が進み続けている裏側の静かな時間である1。

相 時間 病態
第1相 0.5〜6時間 の消化器症状:腹痛、嘔吐、下痢、、血便
第2相 6〜24時間 ⚠️ 見かけ上の改善期。 全身への吸収は続いているのに無症状にみえる、最も危険な油断の時期
第3相 6〜72時間 消化器症状の、ショック・代謝性アシドーシスへの進行
第4相 12〜96時間 進行性の肝不全()
第5相 2〜8週 遅発性合併症:・(の)

以上は同一の出典による1。

💡 第2相を「軽快した」と判断して帰宅させることが、この中毒の最大の落とし穴である。 消化器症状が一過性に消えても、鉄はまだ体外へ排泄されておらず、の毒性は進行し続けている。摂取量・から中等度以上のリスクが疑われる患者は、第2相の見かけの改善だけで経過観察を終えない。

診断

⭐ 血清鉄濃度は摂取後4〜6時間で測定するのが理想。 ただし徐放製剤・では吸収が遅れるため、初回が低値でも6〜8時間で再検する1。

血清鉄濃度 リスク
350 µg/dL未満 軽度
350〜500 µg/dL 中等度
500 µg/dL超 重症1

は、摂取後2〜6時間であればのを描出しうる。⚠️ ただし描出されないことは重篤な摂取を除外せず、視認できるの数・外観は中毒の重症度と相関しない——の一部はを示さないためである1。X線は主に、未吸収のがまとまって残っているかどうかを見て、全腸洗浄の要否を判断する材料として使う。

治療

⚠️ の中心はではなく全腸洗浄である。 のがまとまって残っている場合、による全腸洗浄(成人でから1.5〜2 L/時間)を行う1。

⚠️ については「鉄を吸着しないから無効」と言い切らない。 米国の中毒センター向けエビデンスに基づくコンセンサス指針は、鉄摂取の院外管理において吐根シロップ・・下剤・経口溶液を用いるべきでないとする(推奨5、Grade C)4。in vitro の吸着実験では、胃内に相当する pH 1.5 で吸着容量が −0.01±0.26 mg/g とほぼゼロである一方、pH 4.5・7.5 では約 100 mg/g まで上がる5。単独で軽快した症例報告も1例あるが、著者自身がそれを現行のエビデンスから外れる新奇な結果と位置づけている2。詳細はの項。

⭐ の適応は、血清鉄濃度・代謝性アシドーシス・ショック・臓器障害の徴候のいずれかで決める。 次のいずれかを満たせば静注によるを開始する13。

  • 血清鉄濃度が500 µg/dL超
  • 代謝性アシドーシス
  • ショック(低血圧など)
  • 臓器障害の徴候(意識障害・昏睡・など)

投与は持続静注15 mg/kg/時間(最大35 mg/kg/時間)で行う1。そのものの薬理・禁忌・眼/などの副作用はの項に委ねる。

flowchart TD
    A["急性鉄摂取が疑われる"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='elemental iron'>元素鉄</span>量を推定(製剤の総重量ではない)"]
    B --> C{"20 mg/kg未満か"}
    C -->|"はい"| D["無症状なら経過観察"]
    C -->|"いいえ"| E["血清鉄濃度を測定(摂取後4〜6時間、<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='sustained-release (extended-release)'>徐放</span>/腸溶製剤は6〜8時間で再検)"]
    E --> F["腹部X線で残存<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tablet'>錠剤</span>を評価"]
    F --> G{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tablet'>錠剤</span>がまとまって残存"}
    G -->|"あり"| H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='polyethylene glycol (PEG)'>ポリエチレングリコール</span>で全腸洗浄"]
    E --> I{"500 µg/dL超、代謝性アシドーシス、<br>ショック、臓器障害のいずれか"}
    I -->|"あり"| J["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='deferoxamine'>デフェロキサミン</span>持続静注<br>15 mg/kg/時間(最大35 mg/kg/時間)"]
    I -->|"なし"| K["第2相の見かけ上の改善に油断せず経過観察"]

まとめ

  • 重症度は量(mg/kg)で決まる。錠325 mgのは20%(65 mg)にすぎない。20 mg/kg未満は通常無毒、20〜60 mg/kgで中等度、60 mg/kg超で重篤・致死的になりうる。
  • 臨床経過は5相:①0.5〜6時間の消化器症状→②6〜24時間の見かけ上の改善期(最も危険な油断の時期)→③6〜72時間のショック・代謝性アシドーシス→④12〜96時間の肝不全→⑤2〜8週の幽門・。
  • 血清鉄濃度は摂取後4〜6時間で測定(/腸溶製剤は6〜8時間で再検)。500 µg/dL超は重症。
  • 腹部X線は摂取後2〜6時間でを描出しうるが、描出されないことは重篤な摂取を除外しない。主に全腸洗浄の要否判断に使う。
  • の中心はによる全腸洗浄。⚠️ は指針が院外管理での使用を推奨していない(Grade C)——「鉄をまったく吸着しない」という言い切りまでは根拠が無い。
  • は血清鉄500 µg/dL超・代謝性アシドーシス・ショック・臓器障害のいずれかで開始し、持続静注15 mg/kg/時間(最大35 mg/kg/時間)で行う。

出典

  1. 1.Iron Overload and Toxicity(StatPearls Publishing (NCBI Bookshelf)・2025)元素鉄摂取量が20 mg/kg未満は通常無毒、20〜60 mg/kgで中等度の症状、60 mg/kg超で重篤かつ致死的になりうる中毒を来すこと、臨床経過が第1相(0.5〜6時間、腹痛・嘔吐・下痢・吐血・血便などの消化器症状)、第2相(6〜24時間、全身への吸収は続いているにもかかわらず無症状にみえる一過性の期間)、第3相(6〜72時間、消化器症状の再燃とショック・代謝性アシドーシスへの進行)、第4相(12〜96時間、進行性の肝不全)、第5相(2〜8週、幽門狭窄・腸管狭窄などの遅発性合併症)の5相からなること、血清鉄濃度は摂取後4〜6時間で測定するのが理想だが徐放製剤・腸溶性製剤では吸収が遅れるため6〜8時間での再検を要すること、血清鉄濃度350 µg/dL未満は軽度リスク・350〜500 µg/dLは中等度・500 µg/dL超は重症に対応すること、デフェロキサミンによるキレート療法は血清鉄濃度500 µg/dL超、代謝性アシドーシス、ショック、臓器障害の徴候のいずれかがある患者に適応となり持続静注15 mg/kg/時間(最大35 mg/kg/時間)で行うこと、腹部単純X線が摂取後2〜6時間は放射線不透過性の鉄剤を描出しうるが描出されないことは重篤な摂取を除外せず視認できる錠剤の数・外観は中毒の重症度と相関しないこと、ポリエチレングリコールによる全腸洗浄(成人で経鼻胃管から1.5〜2 L/時間)が未吸収の錠剤の除去を助けることを、NCBIが到達不能だったためEurope PMCのbookXMLエンドポイントで確認した(2025年7月7日更新)。閲覧 2026-09-07
  2. 2.Management of Acute Ferrous Sulfate Poisoning Using Activated Charcoal Monotherapy: A Case Report(Cureus・2023)PMCのHTML全文(PMC10766004)で確認した。⚠️ 本論文は活性炭単独療法で軽快した13歳女児1例の症例報告である。序論が他文献を引いて述べる背景として、硫酸鉄錠325 mgに元素鉄が20%(65 mg)含まれること、元素鉄20 mg/kgで有意な消化器症状、60 mg/kg以上で重篤な中毒に至りうること、消化管症状(腹痛・嘔吐・下痢・吐血・血便)が服用後0.5〜6時間で出現する第1相の経過があること(これらは本論文自身の結果ではない)。⚠️ 活性炭については、序論が「活性炭は鉄塩をあまり吸着しないというこれまでの通念にもかかわらず、以前のin vitro研究は鉄の吸着を示している」と述べ、考察は活性炭単独での解毒を「novel な結果」と呼び、「経口活性炭の不十分さ/有効性の欠如に関する現行のエビデンスからは外れる(it detracts from current evidence)」と自ら明記している。すなわち本論文は活性炭の有効性を否定する根拠にも、確立した根拠にもならない閲覧 2026-09-07
  3. 3.Acute iron poisoning(Pediatric Annals・1996)小児の急性鉄中毒では、単一の中毒量は確立していないものの、元素鉄として体重あたり20 mg/kg以上の摂取で有意な消化器症状が、60 mg/kg以上の摂取で全身毒性が生じうること、摂取後8時間以内の血清鉄濃度が500 µg/dLを超える場合や重症徴候がある場合に静注デフェロキサミンを投与するという管理方針を確認した。閲覧 2026-08-27
  4. 4.Iron ingestion: an evidence-based consensus guideline for out-of-hospital management(American Association of Poison Control Centers(Clinical Toxicology)・2005)PubMedの抄録全文(PMID 16255338)で確認した。⚠️ 抄録のみを閲覧しており本文は未取得(Clinical Toxicologyは購読誌)。抄録に逐語で載る推奨は6項目で、推奨5は「吐根シロップ・活性炭・下剤・重炭酸やリン酸溶液などの経口キレート剤は、鉄摂取の院外管理に用いるべきではない(Grade C)」である。⚠️ この指針の適用範囲は中毒センター職員による院外のトリアージと初期対応であり、院内の管理を述べたものではない。ほかに、意図的摂取や悪意による投与が疑われる場合は摂取量にかかわらず直ちに医療機関へ紹介する(Grade D)、成人用鉄塩製剤で元素鉄40 mg/kg以上を摂取した場合または重症・遷延する症状がある場合は医療機関へ紹介し、40 mg/kg未満で軽症なら在宅観察でよい(Grade C。妊婦では妊娠前体重で計算する)、無症状の患者は中毒センターへの連絡が摂取後6時間を超えていれば症状が出る可能性は低い(Grade C)ことを確認した閲覧 2026-09-07
  5. 5.Ferrous sulfate adsorption by activated charcoal(Veterinary and Human Toxicology・2001)PubMedの抄録全文(PMID 11205069。Crossrefに本論文のDOIは無く、Europe PMCも inEPMC が N で全文は収載されていない)で確認した。⚠️ 抄録のみを閲覧しており本文は未取得。模擬消化管液3種でのin vitro Langmuir吸着等温線の実験で、活性炭の硫酸鉄に対する吸着容量(元素鉄 mg/活性炭 g、平均±標準偏差)はpH 4.5で102.96±4.49、pH 7.5で100.94±19.02であり、pH 1.5の−0.01±0.26より有意に高かった(P<0.01)。すなわち胃内に相当するpH 1.5では鉄は活性炭にほとんど吸着されない。著者らは、鉄が消化管から通常吸収されるpH環境では活性炭が硫酸鉄をより多く吸着すること、この結果は活性炭が急性鉄中毒の治療として有効でありうることを示唆し、さらなる検討に値すると結論している閲覧 2026-09-08