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Disease Atlas · 全身 · 中毒

シアン化物中毒

Cyanide poisoning

別名
青酸中毒シアン中毒
臓器系
全身
科目
Forensic MedicinePhysiologyBiochemistry
トピック
法医学 31:一酸化炭素・ヒ素・シアン化物・鉛・メタノール中毒生理学 3.3:酸素・二酸化炭素運搬とヘモグロビン、低酸素症の種類生化学 3/5:電子伝達系の発エルゴン反応とATP産生の機序
関連疾患
一酸化炭素中毒
治療薬
ヒドロキソコバラミンチオ硫酸ナトリウム
原因薬剤
ニトロプルシドナトリウム
症状
頭痛呼吸困難意識障害昏睡痙攣チアノーゼ
検査値
乳酸乳酸アシドーシスアニオンギャップ

🧠 全体像は、細胞呼吸の最終段階である複合体IV(チトクロムcオキシダーゼ)にイオンが結合し、酸素があっても細胞がそれを使えなくなるという一点で全ての所見が説明できる中毒である。動脈血には酸素が正常に運ばれているのに組織が使えないため、動脈血は正常で静脈血が異常に高い(動静脈酸素較差の消失)という他のとは逆の血液ガス所見を示し、も当てにならない。治療の核心はを第一選択とし、現場など同時曝露が疑われる状況ではをさらに落とすを避けるという使い分けにある。

病態

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cyanide'>シアン化物</span>イオン(CN⁻)"] --> B["複合体IV(チトクロムcオキシダーゼ)の<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='copper'>銅</span>・鉄部位に結合"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='electron transport chain'>電子伝達系</span>が完全に停止"]
    C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='oxidative phosphorylation'>酸化的リン酸化</span>が止まりATP産生が枯渇"]
    D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='anaerobic metabolism'>嫌気性代謝</span>へ切り替わり<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='hyperlactatemia'>高乳酸血症</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='high anion gap metabolic acidosis'>アニオンギャップ開大性代謝性アシドーシス</span>"]
    B --> F["組織は酸素があっても利用できない<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='histotoxic hypoxia'>組織中毒性</span><span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypoxia'>低酸素症</span>)"]
    F --> G["静脈血<span class='jp-term jp-term-diagram' title='O₂ saturation'>酸素飽和度</span>が異常に高い<br>(動静脈酸素較差の消失)"]
    G --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pulse oximeter'>パルスオキシメータ</span>が偽って正常値を示す"]
    D --> I["中枢神経・心臓が最も影響を受ける<br>意識障害・痙攣・不整脈・心停止"]

の複合体IVを構成するチトクロムcオキシダーゼに強く結合し、そのものを止める12・うっ滞性のはいずれも「組織へ届く酸素量」が減る病態だが、酸素は正常に届いているのに組織がそれを使えない「である点で構造的に異なる。この違いは血液ガスに直接反映され、他の3型では静脈血が低下するのに対し、だけは組織が酸素を消費できないために静脈血がむしろ上昇する

⚠️ は当てにならない。 はヘモグロビンのを測るだけで、組織がその酸素を実際に使えているかは反映しない。ではヘモグロビン自体のは保たれるため、は重症例でも偽って正常値〜高値を示しうる。皮膚が色()に見えるという古典的所見も同じ機序(末梢で酸素が消費されずが残る)によるが、実際にこの所見がみられるのは全体の1割程度にとどまる1

臨床像

高濃度に曝露すると数分以内に心停止を来しうる。それ未満の曝露では頭痛呼吸困難意識障害痙攣昏睡が急速に進行する。アーモンド様の呼気臭が知られるが、これを感知できる人は遺伝的に限られ、当てにできる所見ではない。チアノーゼは末梢での酸素消費が保たれていないために目立ちにくく、皮膚色から重症度を判断してはならない。

曝露源 状況
の煙 家具・材・合成樹脂・ウール・絹などので発生し、最も頻度の高い曝露源。しばしばと同時に起こる
電気メッキ、燻蒸、金属精錬・洗浄など
医原性 の大量・長期投与(代謝過程でを遊離する)
食物由来 ビワ・アンズなどの種に含まれるアミグダリン(腸内で加水分解されを放出)

の煙が最多の曝露源であり、と同時曝露することが多い。 この組み合わせが後述する治療薬選択のになる。

診断

血中濃度の測定は結果が出るまでに時間がかかり、急性期の決定には使えない。診断は病歴・身体所見・血液ガスに基づく臨床診断が基本となる。

  • 密閉空間での曝露歴、説明のつかない意識障害・血圧低下は中毒を疑う手がかりである。
  • は最も再現性の高いである。StatPearlsは8 mmol/L以上を鋭敏かつ特異的な指標とし1、Lawson-Smithらは10 mmol/L以上を鋭敏かつ特異的な指標としている2——出典により閾値が異なる点に注意する。乳酸の蓄積はとして現れる。
  • が90%を超える所見は、組織が酸素を利用できていないことを示唆しを支持する1

治療

  1. 曝露源から安全に離脱させ、100%酸素投与、気道・呼吸・循環の安定化、痙攣のコントロールを直ちに行う。血中濃度の結果を待って投与を遅らせない
  2. ⚠️ が第一選択のである。 コバルトがイオンと結合してシアノ(ビタミンB12の一種)を形成し、腎から排泄される。通常5gを15分かけてし、必要に応じてさらに5gを追加投与できる1。作用発現が速く、のような血圧低下や低下を来さず副作用プロファイルが良好なため、特に密閉空間・CO同時曝露・妊娠・小児・心肺低下例で優先される13。投与後は尿・皮膚が赤色にするが、これはシアノの色によるもので無害な副作用である。
  3. ⚠️ 現場での同時曝露例では原則として避ける()。 はヘモグロビンをメトヘモグロビンへ変え、メトヘモグロビンがを引き寄せることで血中濃度を下げるが、メトヘモグロビン自体は酸素を運べない。によってすでにが低下している患者にこれを追加すると、低酸素をさらに悪化させるおそれがあるため、煙曝露例ではとされる12
  4. はロダナーゼ酵素の基質を補いへ変換してを促すが、単独では作用発現が遅く、と組み合わせて用いられる2
flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cyanide poisoning'>シアン化物中毒</span>を疑う"] --> B["100%酸素・気道循環管理を直ちに開始"]
    B --> C{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='fire'>火災</span>煙・CO同時曝露の可能性は"}
    C -->|"あり、または妊娠・小児・重症例"| D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hydroxocobalamin'>ヒドロキソコバラミン</span>を第一選択で投与"]
    C -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='sporadic'>孤発性</span>で明確に否定できる"| E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='sodium nitrite'>亜硝酸ナトリウム</span>+<span class='jp-term jp-term-diagram' title='sodium thiosulfate'>チオ硫酸ナトリウム</span>も選択肢"]
    D --> F["必要に応じ<span class='jp-term jp-term-diagram' title='sodium thiosulfate'>チオ硫酸ナトリウム</span>を併用"]

まとめ

  • は複合体IV(チトクロムcオキシダーゼ)の阻害によるで、動脈血は正常なのに静脈血が異常に高い(動静脈酸素較差の消失)ことが他のと決定的に異なる。
  • は当てにならず、皮膚の色()も実際にみられるのは1割程度にとどまる。が最も再現性の高い
  • 最多の曝露源はの煙で、しばしばと同時に起こる。ほかにの大量投与、、アミグダリンを含むがある。
  • 治療はが第一選択で、現場・CO同時曝露例ではをさらに落とすを避ける。は補助的に併用する。

出典

  1. 1.Cyanide Toxicity(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2025)シアン化物が電子伝達系の複合体IVでチトクロムcオキシダーゼの銅・鉄部位に結合して阻害すること(Pathophysiology節)、中心静脈血酸素飽和度90%超がシアン化物中毒を示唆すること・血清乳酸8 mmol/L以上が鋭敏かつ特異的な指標であること(Evaluation節)、桜桃色(cherry red)皮膚は全体の11%にとどまること(History and Physical節)、主な曝露源が火災煙(合成樹脂の燃焼)・電気メッキなど工業曝露・ニトロプルシドナトリウムの大量投与・アミグダリンを含む種子類であること(Etiology節)、ヒドロキソコバラミンが副作用の少なさから亜硝酸ナトリウム・チオ硫酸ナトリウムより優先されること(Treatment/Management節)を確認した。閲覧 2026-08-11
  2. 2.Cyanide intoxication as part of smoke inhalation – a review on diagnosis and treatment from the emergency perspective(Scandinavian Journal of Trauma, Resuscitation and Emergency Medicine・2011)シアン化物が複合体IVに結合しミトコンドリア呼吸鎖を阻害する機序(Mechanism of toxicity of CN節)、乳酸10 mmol/L以上がシアン化物中毒の鋭敏かつ特異的な指標であること(Diagnosis節、原文:"A lactate of 10 mmol/l is a sensitive and specific indicator")、パルスオキシメトリーは信頼性に欠けること(Diagnosis節)、火災煙曝露では亜硝酸薬が相対的禁忌でありメトヘモグロビン形成によりヘモグロビンの酸素運搬能を損なうこと、チオ硫酸ナトリウム単独は作用発現が遅いこと、ヒドロキソコバラミンは作用発現が速く副作用が少ないこと(Treatment節)を確認した。閲覧 2026-08-11
  3. 3.Evidence for Hydroxocobalamin in Cyanide Toxicity Caused by Smoke Inhalation: An Updated Systematic Review(Emergency Medicine International・2025)ヒドロキソコバラミンが確定シアン化物中毒に対するFDA承認済みの第一選択解毒薬であること、亜硝酸塩に比べ作用発現が速くCO同時曝露が疑われる患者で安全性に優れる一方、火災煙による経験的投与は欧州ガイドラインが推奨するもののランダム化比較試験による検証が不足していること(Discussion 4.1節)を確認した。閲覧 2026-08-11