疾患ノート一覧へ

Disease Atlas · 神経 · 先天性疾患

非ケトン性高グリシン血症

Nonketotic hyperglycinemia

別名
グリシン脳症Glycine encephalopathyNKH
臓器系
神経内分泌・代謝小児
科目
Pediatrics
トピック
小児科 2-10:先天代謝異常を疑う状況と初期評価小児科 3-06:新生児脳障害と新生児けいれん
上位概念
先天代謝異常症
鑑別疾患
ビタミンB6依存性てんかん
合併症
知的発達症
続発疾患
大田原症候群
治療薬
デキストロメトルファンケタミン安息香酸ナトリウム
症状
発作痙攣ミオクローヌスしゃっくり筋緊張低下
画像所見
拡散強調画像高信号

🧠 全体像:(NKH)は、()の活性欠損によりグリシンが脳を含む全身へ蓄積するである。に多く、進行性の傾眠→昏睡・著明な・・様のぴくつき・という激烈な像で発症する。診断の要は血漿とを同時に採ったグリシン定量と:血漿比であり、がとともに統合された現行のEIDEE分類のうち、旧・型の電気臨床像を呈する代謝性病因の代表として、そしてと並ぶ「新生児てんかん性脳症で必ず除外すべき群」として位置づく。

位置づけと疫学

NKHは(:P蛋白=GLDC、T蛋白=AMT、H蛋白=GCSH)の活性欠損により生じるので、の1つである1。世界的なは約1:76,000と推定されるが、フィンランド(1:55,000、北部の一地域では1:12,000)やカナダ・ブリティッシュコロンビア(1:63,000)などを持つ集団では頻度が上がる1。

⭐ 最終的な発達転帰により重症型(発達進歩がなく)と(発達進歩に幅があり治療可能またはてんかんを伴わない)に分かれ、発症年齢と重症度は強く相関する1。

発症年齢 重症型の割合 の割合
85% 15%
生後2週〜3か月 50% 50%
生後3か月以降 0% 100%

病態

グリシンは中枢神経系で主に抑制性の神経伝達物質だが、NMDA受容体の(興奮性の調節因子)としても働く。の活性欠損でグリシンが脳・脊髄に蓄積すると、この興奮性の過剰刺激を介して神経細胞傷害と障害を招くとされる2。

臨床像:新生児型

⭐ 新生児型が最も多く、最も激烈である。 出生後数時間〜数日で発症し、進行性の傾眠が深い昏睡へ、そして著明なへと進む1。

flowchart TD
    A["出生後早期の進行性傾眠"] --> B["昏睡・著明な<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypotonia'>筋緊張低下</span>"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='myoclonus'>ミオクローヌス</span>様のぴくつき・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hiccups'>しゃっくり</span>"]
    C --> D["発作・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='burst suppression'>爆発抑制</span><span class='jp-term jp-term-diagram' title='electroencephalography, EEG'>脳波</span>"]
    B --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ventilatory response'>換気応答</span>の低下"]
    E --> F["80%:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='prolonged apnea'>遷延性無呼吸</span>→挿管・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='artificial ventilation'>人工換気</span>"]
    E --> G["20%:自発呼吸を維持"]
    F --> H["多くは3週以内に自発呼吸を回復<br>(予後改善を意味しない)"]

出生前からのしゃっくりの既往が高頻度にみられ、様のぴくつきやしゃっくりは発作の徴候であることが多い。初回はしばしばを示す1。80%の児でが低下しとなり挿管・を要するが、20%は自発呼吸を維持する。大多数は生後3週以内に自発呼吸を回復するが、これは予後の改善を意味しない1。

💡 は発症年齢が遅く、像も異なる。 生後2週〜3か月発症ではが先行し、その後の発達遅滞・けいれんで気づかれることが多い。生後3か月以降の発症はまれで、常にであり、発達遅滞と軽度のけいれんにとどまる1。

診断

⭐ 血漿とを同時に採取したグリシン定量分析と、:比が診断の柱である。 ただし:血漿比は二次的な指標にすぎず、グリシン値の上昇そのもののほうが重要とされる1。

区分 グリシン :血漿比
正常対照 20 µmol/L未満 125〜450 µmol/L 0.02以下
平均99(41〜230)µmol/L 平均822(342〜1590)µmol/L 0.13(0.04〜0.22)
重症型 平均228(40〜510)µmol/L 平均1133(342〜2363)µmol/L 0.22(0.09〜0.45)

1

⚠️ 1歳以上では正常値が下がる。 1歳以上の正常値はグリシン12 µmol/L未満・350 µmol/L未満であり、の数値をそのまま当てはめない1。

確定診断には、上記の生化学所見に加えて脳画像所見と、関連遺伝子(AMT・GLDC、まれにGCSH)の、または補因子欠損を伴わない酵素活性欠損の証明を要する1。頭部MRIでは生後3か月未満で優位のびまん性、それ以降では白質のより全般的なを認める2。

鑑別——「グリシンが上がる」を1つに決めつけない

⚠️ グリシンや:血漿比が上がる原因はNKH以外にも複数ある。同じでも機序が違えば治療が変わる。

群 代表 見分け方
周産期・に続発 活性は正常、AMT・GLDC・GCSHになし。経過とともに軽快しうる1
補因子欠損 (補因子)欠損、[[diseases/vitamin-b6-dependent-epilepsy (ALDH7A1)]]・PNPO欠損症
(「」) 、、など 血漿・グリシンは上昇するが:血漿比は正常。異常とケトン体を伴う1

💡 がとともに統合された現行のEIDEE分類の電気臨床像——の・と——を呈する例のうち、旧来「」として記載されてきた表現型ではNKHが最も多い基礎疾患である。EIDEEとしての病因検索では、が明らかでなければ代謝検査を強く考慮する段階でNKHを含めて検索する。

治療

⚠️ 重症型では、治療によって発達遅滞・・というそのものは変わらない。 それでもによるグリシン低下はの改善とてんかん管理の補助になる1。

では、による低下とNMDA受容体の過剰刺激を遮断する薬剤(、、)を併用する1。

薬剤 用量の目安
() 200〜550 mg/kg/日
(重症型) 550〜750 mg/kg/日(成人は最大16.5 g/m²/日)
新生児10 mg/kg/日・小児5 mg/kg/日・青年〜成人3 mg/kg/日から開始(範囲3〜15 mg/kg/日、が大きい)

1

は予測される重症度に応じた低いほうの用量で開始し、目標に達しなければ50 mg/kg/日ずつ増量して、24〜48時間後にを測り直す1。⭐ 目標はを域(120〜300 µmol/L)に入れることで、この値は投与1〜2時間後に採った検体のものである——採血のタイミングがずれると目標値の意味が変わる1。1日3回以上に分割し、乳児期はより頻回にする(新生児では通常1日6回)1。

⚠️ の副作用と。 高用量(500〜750 mg/kg/日)ではしばしば胃炎を来し、・・を要することがある。低月齢児ではの過剰喪失を伴いうるため、低値ならを補充する1。⚠️ を始めるとグリシンプールが減るので、の用量を必ず下げる——下げないと安息香酸中毒に傾く1。

💡 発作そのものへの薬。 やのような高度に乱れたを伴う発作の制御は発達の進歩のために不可欠で、重症型では困難なことが多い一方、では通常は達成でき良好な転帰に必須である1。新生児・乳児のに対する第一選択はで、現在はが選ばれる(古い文献では・)1。フェニトインは発作抑制効果が限定的で、はの効果は一定しないが、乳児期後半にてんかんの性質が変わってからは有用なことが多い1。

⚠️ バルプロ酸は禁忌である。 血中・グリシン濃度を上昇させ発作頻度を増やしうるため避ける。も、でを呈する患者では急速な機能喪失を来した報告があり注意を要する1。

予後

重症型では発達の進歩がほとんど得られず、笑う・寝返りといった段階にとどまることが多い。はDQ()で3群に分かれ、DQが高いほど座位・歩行・意思疎通・てんかんの制御しやすさが向上する1。発症年齢が遅いほど、また同定・治療開始が早いほど転帰が良いという傾向は、が統合された現行のEIDEE分類で病因の早期同定が予後を左右するという原則と一致する。

まとめ

  • NKHは(GLDC・AMT・GCSH)の活性欠損によるので、世界的なは約1:76,000。
  • 新生児型(85%が重症型)は進行性傾眠→昏睡・著明な・・様のぴくつき・で激烈に発症する。発症が遅いほどになりやすい。
  • 診断は血漿・の同時グリシン定量と:血漿比が柱。・補因子欠損(・PNPO欠損症)・(:血漿比は正常)との鑑別が要る。
  • 重症型でもは変えられないがで・発作管理を補助でき、は+(等)を併用する。バルプロ酸は禁忌。
  • が統合された現行のEIDEE分類の電気臨床像を呈する代謝性病因の代表であり、新生児てんかん性脳症の病因検索で必ず候補に挙がる。

出典

  1. 1.Nonketotic Hyperglycinemia(GeneReviews (University of Washington, Seattle)・2019)NCBI Bookshelfで全文を読んだ(2019年5月23日最終更新)。非ケトン性高グリシン血症(NKH)がグリシン開裂酵素系(GCS:P蛋白/GLDC・T蛋白/AMT・H蛋白/GCSH)の活性欠損によりグリシンが全身組織・脳に大量蓄積する先天性グリシン代謝異常であり常染色体劣性遺伝であること、最終転帰により重症型(発達進歩なし・難治性てんかん)と軽症型(発達進歩に幅があり治療可能またはてんかんを伴わない)に分類され軽症型はさらにDQ<20の「poor」・DQ20〜50の「intermediate」・DQ>50の「good」に細分されること、新生児期発症例の85%が重症型・15%が軽症型、生後2週〜3か月発症の乳児型では出生数日以内の傾眠・昏睡は伴わないが早期からの筋緊張低下の既往が多く発達遅滞・乳児期発症のけいれん(軽症〜難治性まで幅がある)で気づかれ重症型・軽症型が50%ずつであること、生後3か月以降の発症はまれで常に軽症型であり発達遅滞と軽度のけいれんにとどまること、新生児型の典型像が進行性の傾眠から昏睡・著明な筋緊張低下へ至ることで80%で換気応答が低下し挿管・人工換気を要する遷延性無呼吸となる一方20%は自発呼吸を保つこと、大多数が生後3週以内に自発呼吸を回復するがこれは予後改善を意味しないこと、ミオクローヌス様のぴくつきとしゃっくりがてんかんの徴候としてしばしば見られ出生前からのしゃっくりの既往が高頻度に認められること、初回脳波でしばしば爆発抑制パターンを認めること、診断は血漿とCSFを同時に採取したグリシン定量分析での孤立性グリシン上昇と異常なCSF:血漿グリシン比の組み合わせに脳画像所見・GCS遺伝子(AMT・GLDC・可能性としてGCSH)の両アレル病的バリアントまたは補因子欠損を伴わないGCS活性欠損の確認を要すること、CSF:血漿比はCSFグリシンの上昇そのものよりも二次的な指標にすぎず、CSFグリシン値の上昇のほうが重要であること、対照群(正常)でCSFグリシン20µmol/L未満・血漿グリシン125〜450µmol/L・比0.02以下、軽症型でCSFグリシン平均99(41〜230)µmol/L・血漿グリシン平均822(342〜1590)µmol/L・比0.13(0.04〜0.22)、重症型でCSFグリシン平均228(40〜510)µmol/L・血漿グリシン平均1133(342〜2363)µmol/L・比0.22(0.09〜0.45)であること(1歳以上ではCSF・血漿グリシンとも年齢により正常値が下がりCSF12µmol/L未満・血漿350µmol/L未満)、鑑別として一過性グリシン脳症(GCS活性正常でAMT・GLDC・GCSHに病的バリアントを持たず周産期低酸素性虚血性障害や脳出血に続発しうる)、リポ酸欠損症・ピリドキシン依存性てんかん(ALDH7A1)・PNPO欠損症などGCS補因子欠損によるグリシン上昇(PNPO欠損症はCSFグリシン上昇に加えCSF中ピリドキサールリン酸低値でピリドキサール5′-リン酸投与に反応する)、有機酸血症(メチルマロン酸血症・プロピオン酸血症・イソ吉草酸血症等、血漿・CSFグリシンは上昇するがCSF:血漿比は正常でケトン体を伴う「ケトン性高グリシン血症」で尿有機酸異常を認める点で区別)を含むこと、世界的な出生有病率が約1:76,000(フィンランドで1:55,000、北フィンランドの一地域で1:12,000、カナダ・ブリティッシュコロンビアで1:63,000)であること、治療は重症型でも発達遅滞・痙縮・難治性てんかんという自然経過そのものを変える治療は無いが安息香酸ナトリウムによるグリシン低下が覚醒度改善とてんかん管理の補助になること、軽症型では安息香酸ナトリウムとNMDA受容体過剰刺激の遮断(デキストロメトルファン・ケタミン・フェルバメート等)を併用すること、安息香酸ナトリウムの用量が軽症型200〜550mg/kg/日・重症型550〜750mg/kg/日(成人最大16.5g/m²/日)で目標血漿グリシン濃度に達しなければ50mg/kg/日ずつ増量し24〜48時間後に再測定すること、その治療目標が投与1〜2時間後に採取した検体での血漿グリシン120〜300µmol/L(正常下限域)であること、1日3回以上に分割し新生児では通常1日6回とすること、高用量(500〜750mg/kg/日)でしばしば胃炎を来し制酸薬・H2受容体拮抗薬・プロトンポンプ阻害薬を要しうること、低月齢児でカルニチンの過剰喪失を伴いうるため低値なら補充すること、ケトン食はグリシンプールを大きく減らすため開始時に安息香酸ナトリウムを減量しないと中毒に傾くこと、爆発抑制やヒプスアリスミアのような高度に乱れた背景活動を伴う発作の制御が発達の進歩に不可欠で重症型では困難なことが多く軽症型では通常達成でき良好な転帰に必須であること、新生児・乳児のミオクロニー発作の第一選択がベンゾジアゼピン系で現在はクロバザムが選ばれる(古い文献ではクロナゼパム・ジアゼパム)こと、フェニトインの発作抑制効果が限定的でフェノバルビタールは新生児期の効果が一定しないが乳児期後半には有用なことが多いこと、デキストロメトルファンの用量が新生児で10mg/kg/日・小児で5mg/kg/日・青年〜成人で3mg/kg/日から開始し3〜15mg/kg/日の範囲で個人差が大きいこと、バルプロ酸が血中・CSFグリシン濃度を上昇させ発作頻度を増やしうるため禁忌であること、ビガバトリンが軽症型のWest症候群患者で急速な機能喪失を来しうるため注意を要することを確認した。閲覧 2026-09-02
  2. 2.Nonketotic Hyperglycinemia(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2026)NCBI Bookshelfで全文を読んだ(2026年3月25日最終更新)。グリシンが中枢神経系では主に抑制性神経伝達物質として働く一方NMDA受容体のコアゴニスト(興奮性の調節因子)としても働くこと、GCS活性欠損によるグリシン分解障害が脳・脊髄への蓄積とこの興奮性過剰を介した神経細胞傷害・神経新生障害を招くとされること、常染色体劣性遺伝でGLDC・AMTの変異が主体でありフィンランド人集団や近年報告されたケンタッキー州アパラチア地域での集積のような局所的な遺伝子濃縮が知られること、新生児型が出生後数日以内に傾眠・筋緊張低下・難治性発作・無呼吸・脳症で発症し胎児期からのしゃっくりが示唆的所見であること、軽症型が生後3か月以降により軽度で多様な神経障害とより治療しやすい発作で発症すること、頭部MRIで生後3か月未満はテント下優位のびまん性拡散制限、それ以降はテント上白質のより全般的な拡散制限を認めることを確認した。閲覧 2026-09-02