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Disease Atlas · 眼科 · 疾患

後部虚血性視神経症

Posterior ischemic optic neuropathy

別名
PION
臓器系
眼科神経循環器
科目
Neurology
トピック
神経内科 G2-01:視力低下の神経学的原因と視野欠損
鑑別疾患
圧迫性視神経症前部虚血性視神経症網膜中心動脈閉塞症
治療薬
メチルプレドニゾロンプレドニゾロン
症状
視力低下中心暗点相対的瞳孔求心路障害視神経萎縮
検査値
赤沈C反応性蛋白(CRP)血算
元疾患
巨細胞性動脈炎(側頭動脈炎)

🧠 全体像:は(より後ろ)の視神経が梗塞する病気である。⭐ 急性期に眼底が正常であることが定義であり、最大の落とし穴でもある。 が腫れると正反対で、視力を失っているのに初診で「眼に異常なし」とされうる。乳頭が蒼白になるのは約6〜8週後で、そのころには視力は固定している1。病因は・・手術後の3型で、⚠️ 50歳以上の全例でを除外する1。そしてこの疾患が麻酔科と脊椎外科で名前を持つのは、の主因だからである2。

「前部」と「後部」を分けるもの

梗塞した場所がの前か後ろかというだけの違いだが、そこから見え方がまるで変わる。

梗塞部位 (より前) の視神経
発症時の眼底 乳頭が腫脹する(全例) 正常1
浮腫が引いたあとに残る 約6〜8週で乳頭が蒼白になる1
解剖学的素因 小さく詰まった乳頭(disc at risk) 素因としての乳頭形態は問題にならない
診断の性格 乳頭所見が診断を支える 1

⚠️ この2つは発症時に共存しない。 は発症時に必ずがあるので、乳頭が正常なら前部ではない。逆に言えば、はでは診断できない——診断は病歴と視と除外の積み重ねで立てる。

3つの型

型 背景 ステロイドへの反応
視力・視野の有意な改善は得られなかった1
によらないもの ごく早期の高用量全身ステロイドで有意な改善(後ろ向き・希望者のみ投与)1
手術後(周術期) ・心臓手術など 改善は得られなかった1

Hayrehの連続42例53眼の内訳は、28例(35眼)・12例(14眼)・手術後3例(4眼)だった1。

⚠️ この内訳を発症頻度と読み替えない。 眼科クリニックを受診した連続症例であり、紹介の経路がそのまま反映される。手術後型はここでは3例にすぎないが、⭐ 視力予後は最も悪く、4眼すべてが以下だった1。周術期に生じるという事実そのものが、麻酔科・脊椎外科の側からこの疾患を重要にしている。

周術期型——誰に起こるか

⭐ はのまれだが恐れられる合併症で、最も多い原因がである2。

米国麻酔科学会の勧告は高リスク患者を「でを受け、手術が長時間(4時間超)に及ぶか大量出血(800 mL超)を来すか、あるいはその両方である患者」と定義している3。

術後視力消失レジストリの80例と対照315例を比べた多施設では、次の因子が独立して関連した2。

危険因子 (95%信頼区間)
Wilsonフレームの使用 4.30(2.13〜8.75)
肥満 2.83(1.52〜5.39)
男性 2.53(1.35〜4.91)
麻酔時間(1時間あたり) 1.39(1.22〜1.58)
(1 Lあたり) 1.34(1.13〜1.61)
非血液性補充液に占めるの割合(5%あたり) 0.67(0.52〜0.82)

💡 最後の1つだけ向きが逆である。 の割合が高いほどは下がる、つまり保護的な方向に働いている。晶質液だけで大量に補充した症例に多かったことを示唆する所見だが、勧告自身は晶質液・のどちらでも、単独でも併用でもよいとしている3。

予防——周術期の管理

⚠️ 「輸血の閾値」は無い。 を防ぐ輸血の閾値となるの下限は文書化されていない3。数字で線を引けないことを、そのまま覚える。

場面 勧告
術前説明 男性・肥満・高血圧やなどの血管危険因子が危険を高めうることを説明する。長時間手術や大量出血が予想される患者には、危険が増すことを伝える3
血圧 高リスク患者では全身血圧を持続的に監視する。は、麻酔科医と外科医がその使用が不可欠だと合意した場合に限る。 高血圧患者では動脈圧をより高い水準に維持する3
貧血 大量出血を来した高リスク患者ではヘモグロビンまたはを術中に周期的に測定し、適切と判断される輸血を行う3
輸液 晶質液・を単独でも併用でも用いてよい3
体位 可能なかぎり頭部を体幹と同じ高さかそれより高く置く。頸部の著しい屈曲・伸展・・回旋を避けてに保つ3
眼球 直接圧迫を避ける(の予防)。術中に眼の位置を定期的に確認し、頭部が動いていないこと・眼球が圧迫されていないことを確かめる3
手術の組み立て 高リスク患者では症例ごとにを用いてよい3
術後 患者が覚醒した時点で視力を評価する。視力消失が疑われれば緊急のを得て、ヘモグロビン・血行動態・を最適化する3

💡 眼球圧迫の回避はのための項目である。 はで起きるので、眼球を圧迫していなくても発症しうる。「眼を圧迫しなかったから大丈夫」とはならない。

臨床像

診断の進め方

⚠️ である。 本症は独立した臨床的実体だが、の他のすべての原因を除外したうえでのみ診断すべきとされる1。

flowchart TD
    A["突然の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='decreased visual acuity'>視力低下</span>+<span class='jp-term jp-term-diagram' title='relative afferent pupillary defect (RAPD)'>相対的瞳孔求心路障害</span><br>ただし眼底は正常"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='anterior ischemic optic neuropathy (AION)'>前部虚血性視神経症</span>は否定される<br>(発症時に<span class='jp-term jp-term-diagram' title='papilledema'>乳頭浮腫</span>を欠くため)"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='perimetry / visual field testing'>視野検査</span>で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='central visual field'>中心視野</span>の消失を確認"]
    C --> D["50歳以上なら全例で<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='erythrocyte sedimentation rate, ESR'>赤沈</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='C-reactive protein'>CRP</span>を提出し<span class='jp-term jp-term-diagram' title='giant cell arteritis, GCA'>巨細胞性動脈炎</span>を検索"]
    D -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='inflammatory marker'>炎症マーカー</span>上昇や<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='jaw claudication'>顎跛行</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='scalp tenderness'>頭皮圧痛</span>がある"| E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='arteritic'>動脈炎性</span>を疑い、結果を待たず<br>高用量全身ステロイドを開始"]
    E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='temporal artery biopsy'>側頭動脈生検</span>で確認(治療は待たない)"]
    D -->|"炎症所見なし"| G["周術期・低血圧・大量出血などの<br>誘因があるか"]
    G -->|"あり"| H["手術後型として扱い<br>ヘモグロビン・血行動態・酸素化を最適化"]
    G -->|"なし"| I["圧迫性・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='infiltrative lesion'>浸潤性病変</span>を頭部・眼窩の画像で除外"]
    I --> J["他の原因が否定されて初めて<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='non-arteritic'>非動脈炎性</span>と診断する"]

⚠️ 前部のときの「腫脹した乳頭を見たら」という入口が、ここでは使えない。 乳頭が腫れないぶん、年齢で機械的に線を引く。Hayrehは50歳以上の全例でを検索したと述べている1。

治療

型 方針
として直ちに高用量全身ステロイドを開始する(大量静注に続くの経口維持)。⚠️ 既に失われた視力の回復のためではない。 Hayrehの研究ではでステロイドによる有意な改善は得られていない1。狙いはさらなるとの発症を防ぐことにある
⭐ 発症後ごく早期の高用量全身ステロイドで、視力・視野の有意な改善が報告されている——ただし後ろ向き・希望者のみ投与の単一施設研究による1
手術後 ステロイドによる改善は得られなかった1。ヘモグロビン・血行動態・の最適化と緊急のを行う3

⚠️ でのステロイドの位置づけは、前部のそれとは違う。 前部のでは有効性の証明された治療が無いのに対し、後部のではHayrehが改善を報告している。ただしこれは後ろ向き・非の単一施設研究であり、ステロイドは希望した患者にのみ投与され、無治療の一部にも自然の視力改善が起きている1。効果の大きさをそのまま受け取らない。

鑑別

疾患・病態 見分ける手がかり
発症時に乳頭が腫脹している。 ここが唯一かつ決定的な
の網膜が白色にし、桜実紅斑が出る。眼球への直接圧迫でも起こりうる
若年、、に不釣り合いな。型では同じく眼底が正常になる
緩徐進行。眼窩・頭蓋底の画像で腫瘍・を探す
が保たれる。米国麻酔科学会の勧告もの一形態として扱っている3
高血圧・けいれん・意識変容を伴う。同じくの一形態として扱われる3

まとめ

  • はの視神経の梗塞で、⭐ 急性期の眼底が正常である。が現れるのは約6〜8週後で、そのときには視力は固定している。
  • とは発症時の乳頭所見で完全に分かれる。乳頭が腫れていれば前部、正常なら後部である。
  • 型は・・手術後の3つ。⚠️ 50歳以上の全例でを除外する。
  • 周術期型はので起こる。高リスクは4時間超または出血800 mL超。危険因子はWilsonフレーム(4.30)・肥満・男性・麻酔時間・出血量で、の割合だけが保護的な向きに働いた。
  • ⚠️ を防ぐ輸血の閾値は存在しない。 は不可欠と合意した場合に限り、頭部は体幹と同じ高さかそれより高くに保ち、覚醒時に視力を確認する。
  • 治療は型で分かれる。ではさらなるを防ぐためのステロイド、ではごく早期の高用量ステロイドで改善の報告があるがである。手術後型でステロイドの改善効果は示されていない。

出典

  1. 1.Posterior ischaemic optic neuropathy: clinical features, pathogenesis, and management(Eye (London, England)・2004)抄録のみを閲覧しており全文は未取得。1973年以降に単一施設で著者自身が評価・治療・追跡した連続42例53眼の後ろ向き研究で、後部虚血性視神経症が病因的に巨細胞性動脈炎による動脈炎性・巨細胞性動脈炎によらない非動脈炎性・外科手術後の手術型の3型に分けられること、内訳が非動脈炎性28例(35眼)・動脈炎性12例(14眼)・手術型3例(4眼)であったこと、50歳以上の全例で巨細胞性動脈炎の検索を行ったこと、視力が20/20から光覚無しまで幅がありながら指数弁以下であったのが非動脈炎性35眼中19眼・動脈炎性14眼中4眼・手術型は4眼すべてであったこと、最も多い視野欠損が中心視野の消失(単独または他の型の視野欠損との併存)であったこと、視神経乳頭と眼底が当初は異常を示さず乳頭は通常6〜8週で蒼白になったこと、非動脈炎性のごく早期に高用量の全身ステロイドを積極的に投与した場合には視力と視野の有意な改善が得られたが動脈炎性と手術型では得られなかったこと、ただし無治療の非動脈炎性の一部にも自然の視力改善が起きたこと、ステロイドは非動脈炎性では希望した患者にのみ投与され動脈炎性では全例に投与されたこと、本症が独立した臨床的実体ではあるが視力低下の他のすべての原因を除外したうえでのみ診断すべきであり50歳を超える全例で巨細胞性動脈炎を除外しなければならないと結論されたことを確認した閲覧 2026-09-02
  2. 2.Risk factors associated with ischemic optic neuropathy after spinal fusion surgery(Anesthesiology(The Postoperative Visual Loss Study Group)・2012)抄録のみを閲覧しており全文は未取得。米国麻酔科学会の術後視力消失レジストリから得た虚血性視神経症の成人80例と、17施設から手術年で対応させて無作為抽出した脊椎固定術後の対照315例を比較した多施設症例対照研究で、多変量解析後に脊椎固定術後の虚血性視神経症の危険因子として男性(オッズ比2.53、95%信頼区間1.35-4.91)・肥満(オッズ比2.83、95%信頼区間1.52-5.39)・Wilsonフレームの使用(オッズ比4.30、95%信頼区間2.13-8.75)・麻酔時間(1時間あたりオッズ比1.39、95%信頼区間1.22-1.58)・推定出血量(1 Lあたりオッズ比1.34、95%信頼区間1.13-1.61)・非血液性補充液に占める膠質液の割合(5%あたりオッズ比0.67、95%信頼区間0.52-0.82)が同定されたこと、周術期視力消失が脊椎固定術のまれだが恐れられる合併症であり最も多い原因が虚血性視神経症であることを抄録で確認した閲覧 2026-09-02
  3. 3.Practice Advisory for Perioperative Visual Loss Associated with Spine Surgery 2019: An Updated Report by the American Society of Anesthesiologists Task Force on Perioperative Visual Loss, the North American Neuro-Ophthalmology Society, and the Society for Neuroscience in Anesthesiology and Critical Care(Anesthesiology(American Society of Anesthesiologists)・2019)PMC(PMC9556164)の全文を閲覧した。本勧告が後部虚血性視神経症・前部虚血性視神経症・網膜中心動脈閉塞症および分枝網膜動脈閉塞症・大脳性視力消失・可逆性後頭葉白質脳症(posterior reversible encephalopathy syndrome)を対象としていること、高リスク患者を「腹臥位で脊椎手術を受け、手術が長時間に及ぶか大量出血を来すか、あるいはその両方である患者」と定義し長時間を4時間超・大量出血を800 mL超としていること、術前に男性・肥満・高血圧や末梢血管疾患といった血管危険因子が周術期視力消失の危険を高めうることを説明し長時間手術や大量出血が予想される患者にはその増加した危険を伝えるべきとしていること、高リスク患者では全身血圧を持続的に監視すべきこと、調節性低血圧の使用は症例ごとに評価し麻酔科医と外科医がその使用が不可欠であると合意した場合に限るべきこと、術前の高血圧の管理状況を確認し高血圧患者では終末臓器への危険を避けるため動脈圧をより高い水準に維持すべきこと、大量出血を来した高リスク患者ではヘモグロビンまたはヘマトクリットを術中に周期的に測定し適切と判断される輸血を行うべきこと、周術期視力消失を防ぐ輸血の閾値となるヘモグロビン濃度の下限は文書化されていないこと、晶質液と膠質液は単独でも併用でも適切な補充または血管内容量の維持に用いてよいこと、可能なかぎり高リスク患者の頭部を体幹と同じ高さかそれより高く置くべきこと、可能なかぎり頭部を中間位に保ち著しい頸部の屈曲・伸展・側屈・回旋を避けるべきこと、網膜動脈閉塞を防ぐため眼球への直接圧迫を避け術中に眼の位置を定期的に確認して頭部が動いていないことと眼球が圧迫されていないことを確かめるべきこと、高リスク患者では症例ごとに脊椎手術の分割実施を用いてよいこと、高リスク患者が覚醒した時点で視力を評価し視力消失が疑われれば原因を特定するため緊急の眼科コンサルトを得てヘモグロビンまたはヘマトクリット・血行動態・動脈血酸素化を最適化すべきことを確認した閲覧 2026-09-02