病理学

病理学 · C/34

消化性潰瘍

Peptic ulcers

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応用トピック
呼吸器・消化器疾患による突然死消化管出血消化性潰瘍・Helicobacter pylori感染消化管出血消化性潰瘍の外科的側面胃の良性疾患・胃十二指腸の検査と外科的側面上部消化管出血
疾患
消化性潰瘍
症状
灼熱痛心窩部痛

🧠 全体像:消化性潰瘍は「酸が強すぎる穴」ではなく、酸・に曝される粘膜でとの均衡が崩れ、を越える欠損ができた状態である。病理では、表層の壊死・炎症から深部の・瘢痕へ並ぶ治癒反応と、出血・穿孔・閉塞につながる深さを読む。

定義と好発部位

病変 深さ 治癒
びらん を越えない表在性欠損 通常は瘢痕を残さず治癒する
潰瘍 を越えて以深へ達する欠損 深い炎症・・を形成し得る

胃と近位十二指腸が主要部位で、慢性消化性潰瘍は通常単発である。酸性消化液に曝される下部食道、部、を伴うMeckel憩室にも生じ得る。部位の割合は集団、時代、H. pylori感染率、使用で変わるため、固定した「98%」を定義にしない。

発生機序

flowchart TD
    A["H. pylori感染"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='chronic active gastritis'>慢性活動性胃炎</span>・上皮傷害"]
    C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='nonsteroidal anti-inflammatory drugs'>NSAIDs</span>・アスピリン"] --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cyclooxygenase'>COX</span>阻害・プロスタグランジン低下"]
    D --> E["粘液・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bicarbonate'>重炭酸</span>・血流・上皮修復の低下"]
    B --> F["酸・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pepsin'>ペプシン</span>に対する<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mucosal defense'>粘膜防御</span>の破綻"]
    E --> F
    G["喫煙・高<span class='jp-term jp-term-diagram' title='acid secretion'>酸分泌</span>・重症病態"] --> F
    F --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Muscularis mucosae'>粘膜筋板</span>を越える潰瘍"]
    H --> I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Granulation tissue'>肉芽組織</span>と<span class='jp-term jp-term-diagram' title='fibrous scar (fibrotic scar)'>線維性瘢痕</span>による修復"]

ピロリ感染

  • ウレアーゼで尿素からアンモニアを生じ、局所の酸性環境を緩衝して定着する。
  • CagAなどの、、、好中球反応が上皮を傷害する。
  • ・プロテアーゼがに富むを分解し、の第一線を弱める。
  • では上昇と十二指腸酸負荷増加がにつながる。
  • を含む胃炎・萎縮では低下がにつながり、は低下することもある。したがって、*H. pylori*潰瘍を一律に「HCl分泌増加」で説明しない。

NSAID関連傷害

は阻害を通じてプロスタグランジン依存性の粘液・分泌、粘膜血流、上皮修復を低下させる。薬剤の局所傷害も加わるが、全身性作用があるため腸溶製剤や注射薬でもリスクは残る。増加そのものを主機序とはしない。

喫煙は治癒遅延・再発に関連する。アルコールは急性を起こし得るが、慢性消化性潰瘍の二大原因はH. pyloriとである。ショック、、重症中枢神経障害などに伴うは、通常の慢性消化性潰瘍と背景が異なる。をにした二標本解析(452,264人)では、喫煙開始とは・のリスク増加と因果的に関連した一方、アルコール摂取量や1日喫煙本数ではが示されず、飲酒を喫煙と同格の独立した原因として一律に扱わない1。H. pyloriとのいずれも認めない「特発性潰瘍」も存在するが、割合は小さい——イタリアの1施設で3年間に行った成人の上部内視鏡11,148件から集めた消化性潰瘍300例(2.7%)では、H. pylori関連62.3%、・アスピリン関連22%、両者併存11.6%に対し特発性は4%にとどまった。消化管出血の危険因子は・アスピリン使用、65歳超、との併存だった2。特発性と決める前に、(、難治性・多発性の消化性潰瘍で疑う)、Crohn病、感染、悪性など他の原因を除外する。

形態

肉眼

  • 良性は円形〜楕円形で、境界明瞭な打ち抜き状の欠損となる。
  • 基部は平滑で清浄化し、周囲の粘膜ひだが潰瘍へ向かって放射状に集まる。
  • 典型的には直径1〜2.5 cmだが幅があり、直径だけで良悪性を判定しない。
  • 深い病変では、を越え、漿膜や隣接臓器へ達する。

顕微鏡

活動性の底では、内腔側から深部へ次の層が連続する。

  1. 壊死性・線維素:壊死した組織片、線維素、好中球を含む。
  2. :好酸性で構造を失った壊死帯。
  3. :、線維芽細胞、マクロファージなどからなる修復層。そのものをの定義にしない。
  4. :深部のが壁を置換し、血管の肥厚・狭窄を伴い得る。

潰瘍辺縁には再生上皮、腺窩過形成、慢性活動性炎症を認める。再生異型は癌と紛らわしいことがあり、構造、極性、成熟、臨床・内視鏡所見を合わせて判断する。

臨床像と合併症

焼けるような、悪心・嘔吐、膨満、、体重減少を来すが、症状だけでとを区別できない。高齢者や使用者では無痛性出血が初発となることがある。

合併症 病理と代表的な部位
出血 の動脈を侵食する。後壁は(およびその枝の)、胃側潰瘍はを侵し得る。を安定させたうえで24時間以内に内視鏡を行い(12時間以内の緊急内視鏡は転帰を改善しない)、活動性出血にはエピネフリンにまたは機械的止血を併用する3
穿孔 壁全層を貫き、腹膜炎・を来す。が典型。迅速な認識・蘇生・抗菌薬と、時機を得たが要る4
穿通 隣接臓器へ進展し、後壁では膵へ達し得る
幽門・十二指腸周囲の浮腫、攣縮、線維化・瘢痕収縮で狭窄する

胃癌との関係

良性消化性潰瘍そのものを「前腫瘍性病変」「する病変」としない。重要なのは、が潰瘍として現れ、内視鏡形態だけでは良性潰瘍と完全に区別できないことである。このためは適切に生検し、悪性を疑う、原因不明、治癒しない場合は再評価する。

一方、H. pyloriによる、萎縮、はの背景リスクであり、とも関連する。これは「潰瘍の」とは別の経路である。典型的なは悪性が極めてまれである。

診断と治療の原則

  • は内視鏡・生検で胃癌を除外し、すべての消化性潰瘍でH. pyloriと/アスピリン曝露を評価する。
  • H. pylori陽性なら、耐性、既治療、地域指針に沿って除菌する。欧州のMaastricht VI/Florence合意(2022)は、が使えず率が高い(15%超)か不明の地域では一次治療を(原則14日)とする。治療後はまたはなどで除菌成功を確認し、除菌後4〜6週の判定では抗菌薬・を使わず、は検査の14日前に中止する5。
  • 関連潰瘍は可能なら原因薬を中止し、で治療する。継続が必要なら併用などの予防を個別化する。
  • とH₂受容体拮抗薬を機械的に常用併用しない。出血・穿孔・閉塞は、内視鏡、、を含む緊急病態として扱う。

まとめ

  • びらんはを越えず、潰瘍は以深へ達する。
  • 二大原因はH. pyloriとであり、増加だけでは病態を説明できない。
  • 底は壊死性滲出物、、血管・線維芽細胞に富む、へ連なる。
  • 後壁の大量出血では、病変の穿孔では腹膜炎を意識する。
  • は胃癌のを除外するために生検し、良性潰瘍そのもののとは区別する。

出典

  1. 1.Smoking, alcohol consumption, diabetes, body mass index, and peptic ulcer risk: A two-sample Mendelian randomization study(Frontiers in Genetics・2022)抄録で、Gene ATLAS(英国の大規模コホート)の452,264人を用いた二標本メンデルランダム化解析で、喫煙開始(SmkInit)とBMIは胃潰瘍・十二指腸潰瘍のリスク増加と因果的に関連した(胃潰瘍 beta 0.0035, 95%CI 0.0021-0.0049)が、アルコール摂取量・2型糖尿病・1日喫煙本数・禁煙・喫煙開始年齢では因果関係が示されなかったことを確認した。閲覧 2026-08-27
  2. 2.Low prevalence of idiopathic peptic ulcer disease: an Italian endoscopic survey(Digestive and Liver Disease・2010)抄録で、イタリアの1施設で3年間に成人へ行った上部内視鏡11,148件から、前庭部・体部の組織を得て拾い上げた消化性潰瘍300例(有病率2.7%)の内訳は、H. pylori関連62.3%、NSAIDs・アスピリン関連22%、両者併存11.6%、特発性(H. pylori陰性かつNSAIDs曝露なし)4%だった。消化管出血の危険因子はNSAIDs・アスピリン使用、65歳超、胃潰瘍と十二指腸潰瘍の併存であることを確認した。閲覧 2026-08-27
  3. 3.Endoscopic diagnosis and management of nonvariceal upper gastrointestinal hemorrhage (NVUGIH): European Society of Gastrointestinal Endoscopy (ESGE) Guideline - Update 2021(European Society of Gastrointestinal Endoscopy・2021)抄録(推奨の要約)で、推奨3が循環動態の安定化後24時間以内の早期上部消化管内視鏡を推奨し(強い推奨、エビデンスの質は高い)、推奨4が12時間以内の緊急内視鏡は早期内視鏡と比べ転帰を改善しないため推奨しないとし(強い推奨、高い)、推奨5が活動性出血潰瘍(Forrest Ia/Ib)にエピネフリン局注と第2の止血法(接触熱凝固または機械的止血)の併用を推奨していること(強い推奨、高い)、推奨9が内視鏡止血後などに高用量PPI(例:80 mg静注後8 mg/時を72時間)を推奨していることを確認した。閲覧 2026-08-27
  4. 4.Perforated and bleeding peptic ulcer: WSES guidelines(World Society of Emergency Surgery・2020)抄録で、成人の合併症を伴う消化性潰瘍(出血・穿孔)を対象にGRADE法で作られた国際合意であり、管理には迅速な認識・必要時の蘇生・適切な抗菌薬・時機を得た外科的/放射線学的治療が要るとしていること、消化性潰瘍の生涯有病率5〜10%・年間発生率0.1〜0.3%で、合併症が10〜20%に生じるとしていることを確認した。閲覧 2026-08-27
  5. 5.Management of Helicobacter pylori infection: the Maastricht VI/Florence consensus report(Gut(European Helicobacter and Microbiota Study Group ほか、29か国41名の専門家)・2022)リポジトリ版(repositorio.uam.es、Gut 2022;0:1-39 と表記される online-first 版)の全文で、治療ワーキンググループの Statement 2(合意率92%、Grade B1)が、感受性検査が利用できない場合、クラリスロマイシン耐性率が高い(15%超)か不明の地域の一次治療をビスマス四剤療法とし、利用できなければビスマス非含有の併用(concomitant)四剤療法を考慮しうるとしていること、Statement 3(Grade D2)がビスマス四剤療法の期間を、10日で有効な療法がない限り14日としていること、診断ワーキンググループの Statement 10(合意率96%、Grade A1)が除菌後4〜6週の短期フォローアップ検査では正確な判定のため抗菌薬・ビスマスを用いず、PPIは検査の14日前に中止すべきとしていること、Statement 4(Grade A1)が尿素呼気試験を除菌前後の診断の重要な手段としていること、WG1 Statement 8 がアスピリン・NSAIDの使用はH. pylori感染者で消化性潰瘍とその合併症のリスクを高めるとしていることを確認した。Gradeの英字はエビデンスの質、数字は推奨の強さ(1強い/2弱い)を表す。閲覧 2026-09-24