病態生理学

病態生理学 · P-2-32

認知機能検査と神経変性疾患(軽度認知障害)

Cognitive tests & neurodegenerative disorders (MCI)

前提:病態
分子・細胞レベルの老化老化症候群の臓器レベルの症状
疾患
脳アミロイド血管症
スコア
MMSE

🧠 全体像: では、低下した領域だけでなく、発症速度と日常生活の自立性を評価する。では自立性が保たれる一方、認知症では低下が日常生活を妨げる。検査は総合認知、記憶、、に分けて組み合わせる。

認知機能低下の概念

原資料では、変性性または血管性の原因による後天的なを扱い、関連する状態を次のように整理している。この「」という呼称は(2013年)に由来する。はをせん妄・・重度の3症候群で整理し、に相当する状態をとして同じ枠組みの中に位置づけた。重度は認知症とほぼ同義だが、従来の認知症の定義と違って、学習・記憶の障害を診断に必須としない1。臨床では「認知症」の語も引き続き広く使われる。

状態 特徴
せん妄 急性に生じる
重度 認知症にほぼ相当する(記憶障害は必須でない)
()に相当する

⚠️ せん妄は急性の意識・であり、一般にそのものとは区別して評価する。

軽度認知障害

  • ()では、以前の状態と比べて1領域以上のが低下する。
  • 正常な加齢性変化と認知症の中間状態に位置づけられる。
  • 日付、誕生日、曜日などに関する軽度の低下を、本人または家族が認識することがある。
  • 支払い管理や服薬管理などの日常生活の自立性は損なわれないが、以前より強い集中を要することがある。
  • ⚠️ せん妄、うつ病(仮性認知症)、・ベンゾジアゼピンなどの薬剤性、甲状腺機能低下症、ビタミンB12欠乏()など、をきたしうる治療可能な原因を除外したうえで診断する。
  • 評価には以下を用いる。
    • Addenbrooke検査、MMSE・MoCAなどの検査
    • 臨床検査
    • ・
    • 機能的脳画像検査
  • 原資料では「薬物療法はなく、認知トレーニングを行う」と整理されている。

💡 NIA-AA(米国国立老化研究所・協会)2011年の中核臨床基準は、を次の4点でとらえる2。上の原資料の箇条書きと同じ骨格である。

基準 内容
① の変化への懸念 以前の水準と比べた変化への懸念。本人、よく知る家族などの、熟練した臨床医のいずれから得てもよい
② 1つ以上の認知領域の低下 年齢・から予想されるより低い成績。記憶・・注意・言語・のどの領域でもよい
③ 機能的な自立の保持 支払い・食事の用意・買い物などの複雑な作業に時間がかかり誤りが増えても、最小限の助けで日常生活の自立を保つ
④ 認知症ではない ・機能に著しい障害がない
  • の人の検査成績は、年齢・を合わせたの平均より典型的に1〜1.5低い。ただしこれは目安であってではない2。
  • のちにへ進む で最も多いのは、(新しい情報を覚えて保持する能力)の障害である2。
  • 2024年の協会ワークグループの改訂基準は、臨床の病期を0〜6の数字で表し、病期3がおおむねに相当するとしている3。

⚠️ 「に薬物療法はない」は現在では一律には言えない。 病理が確認されたによる・軽度認知症には、薬が米国・・日本で承認されている(下記「主な認知症の比較」の後の表)。一方、原因がと確認されていないや、病理を確かめていないは、これらの薬の対象にならない。治療は原因とによって変わるので、「薬物療法なし」は原資料の概括として理解する。

MMSEとMoCAの使い分け

両者とも30点満点ので、慣用のは次のとおりである(採点の詳細は各スコアノートを参照)。

MMSE MoCA
慣用の 23/24点(23点以下でを疑う) 25/26点(25点以下でを疑う)4
教育年数の補正 正式な補正規則はない。年齢・別のを参照する 教育年数12年以下では+1点(上限30点)
検出感度(原著、両者とも26点) 18% 90%4

⚠️ 上表の感度18%対90%は、両検査ともを26点に揃えた原著の条件下の数値である。を慣用の23/24点で運用した場合の感度ではないので、「の感度は18%」と一般化してはいけない。条件をそろえた比較としては、複数研究をまとめた系統的レビューの(下記)のほうが妥当である。

⚠️ MMSEは・への配点が薄く、記憶課題も3語のと易しいためが生じやすく、の検出感度が低いとされる。系統的レビューでも、健常高齢者からを判別する精度はMoCAのほうがより有意に高い(平均0.883対0.780、p<0.001)5。への切り替えが進んでいる背景には、が著作権保護(出版社が使用・複製権を保有)されており自由に使えないという実務上の事情もある。

⚠️ をそのまま当てはめない。 いずれの検査も教育年数・年齢・言語文化の影響を受け、が短いと偽陽性、高学歴ではによる偽陰性が起こりやすい。は教育年数12年以下に+1点という補正を検査自体に組み込んでいるが、それだけでは不十分で、版を含む各言語版はそれぞれ別に標準化されており、原版のがそのまま使える保証はない。の26点という自体についても、高齢者・の短い人で偽陽性が増えるという先行研究を受けて9研究をした報告は、23/30のほうがが低く全体の診断精度も良いとして23点を推奨している6。年齢・で調整したと臨床像を合わせて判断する。

重度認知機能障害

  • 標準化された神経心理学的検査で、有意なが示される。
  • 低下が日常生活の自立性を妨げるため、他者の援助が必要になる。

主な認知症の比較

種類 主な特徴 病理・背景
最も多い。原資料では65〜74歳に言及。海馬が重要 細胞内の(過リン酸化tau)と、APP由来による
動脈硬化を背景とする虚血性・出血性脳卒中との関連が中心 多発梗塞型(皮質・皮質下)、戦略的部位梗塞型、皮質下血管性脳症に分けられる。原資料では血管壁への沈着にも言及している
皮質・皮質下病変と α-synuclein陽性と(Lewy neurite)。やを伴うことがある
記憶は比較的保たれる一方、計画・判断・が低下 前頭側頭葉のタンパク質異常。原資料では40%が家族性。行動型と言語型がある

の危険因子として、年齢、性別、糖尿病、喫煙、高血圧、不足が挙げられる。予防的として、と運動が挙げられる。

⚠️ の診断は、主体の枠組みから生物学的な指標を軸にした枠組みへ移りつつある。2024年のAlzheimer’s Associationワークグループによる改訂基準は、をとしてではなく、・などので定義される生物学的過程として捉え直し、・に加えて血液(p-tau217など)を組み込んだ診断・の枠組みを提案した3。ただし同じ改訂基準は、現時点ではの臨床使用は症候性の人の評価のためのものであり、が正常な人への診断目的の検査は研究以外では行わないよう勧めている3。この生物学的定義への転換を背景に、病理がで確認された・軽度認知症に対しては、薬(・)が病態そのものに介入するとして登場している。

米国 日本
対象の病期 または軽度認知症の段階で開始する による・軽度認知症(早期) による・軽度の認知症の進行抑制。無症候者・中等度以降には開始しない
病理の確認 投与開始前に必須 必須 必須(・など)
ApoE ε4 の扱い 適応はで限定しない。でARIAが多いため、開始前にを検査すべきとする 非保因者またはに限定(は適応外) 適応はで限定しない。開始前にAPOEの実施を考慮する
初回承認・販売開始 2023年、2024年に初回承認 2025年4月15日、2025年9月24日に承認 販売開始は2023年12月、2024年11月

表の出典:米国は7と8の添付文書、はの9とのEPAR10、日本は両剤の電子添文1112。

⚠️ ARIA(:脳浮腫・など)のリスクは ApoE ε4 で最も高い。 同じ事実に対して、は適応からを外し、米国・日本は適応に残したうえで投与前の(米国は「行うべき」、日本は「考慮する」)を求めるという、別の対処を採っている。投与前と投与中の定期的なでARIAを監視する点は3極に共通する。用量・の時期・禁忌などの詳細は・各薬剤ノートを参照。

認知機能検査

評価領域 検査 評価内容
総合認知 Addenbrooke検査() 10点、注意・認知的柔軟性8点、・意味記憶35点、言語14点、課題28点
記憶 Rey–Osterrieth複雑図形検査 図形のと再生
記憶 Corsiブロック課題 9個の正の系列を用いた
記憶 Rey聴覚性言語学習検査 聴覚性言語記憶と学習
A/B 認知的柔軟性と抑制
Hanoiの塔課題 計画能力
Wisconsinカード分類検査 セット転換と
顔写真課題 顔写真から感情反応を認識する能力

⚠️ Addenbrooke検査には複数の版があり、領域構成と配点が異なる。この表の配点は原資料の記載を保持したものであり、実施時は使用する版の正式な採点基準に従う。また、血管壁への沈着はなどでみられる所見であり、全般の定義的所見ではない。

💡 と認知症を分ける軸は、検査点数だけではなく、が日常生活の自立性を妨げているかどうかである。

まとめ

項目 要点
枠組み はせん妄・(≒)・重度(≒認知症。記憶障害は必須でない)の3つで整理する
の骨格 変化への懸念、1つ以上の認知領域の低下(典型的にの平均より1〜1.5低いが目安)、日常生活の自立は保たれる、認知症ではない。治療可能な原因を除外する
と認知症の境界 検査点数ではなく、が日常生活の自立を妨げるかどうか
と どちらも30点満点。慣用のは 23/24、 25/26(教育年数12年以下は+1点)。の判別はのほうが良いが、 26点は偽陽性が多いとして23点を推奨する報告もある
検査の組み合わせ 総合認知()、記憶(Rey–Osterrieth複雑図形・Corsi・Rey聴覚性言語学習)、(トレイルメイキング・Hanoiの塔・Wisconsinカード分類)、(表情認知)
主な認知症 アルツハイマー型(最多、tauと)、血管性、型(α-synuclein・)、前頭側頭型(記憶は比較的保たれ遂行・判断が低下)
生物学的定義と治療 2024年の改訂基準はをで定義し、病期3がおおむねに相当する。病理が確認されたによる・軽度認知症には薬があり、だけがApoE ε4を適応から外している

出典

  1. 1.Classifying neurocognitive disorders: the DSM-5 approach(Nature Reviews Neurology・2014)抄録と出版社ページの Key Points で確認(本文は購読制で未取得)。DSM-5が神経認知障害の診断枠組みを、せん妄・軽度神経認知障害・重度神経認知障害の3症候群で構成したこと、重度神経認知障害は認知症とほぼ同義だが、学習と記憶の障害を診断に必須としないよう基準が変更されたことを確認した。閲覧 2026-09-24
  2. 2.The diagnosis of mild cognitive impairment due to Alzheimer's disease: Recommendations from the National Institute on Aging-Alzheimer's Association workgroups on diagnostic guidelines for Alzheimer's disease(Alzheimer's & Dementia(NIA-AA)・2011)PMC3312027 の全文(NCBI PMC のHTML)で確認。MCIの臨床・認知症候群の基準として、①以前の水準と比べた認知機能の変化への懸念(本人・よく知る情報提供者・熟練した臨床医のいずれから得てもよい)、②年齢と教育歴から予想されるより低い成績を1つ以上の認知領域(記憶・遂行機能・注意・言語・視空間)で示すこと、③機能的な自立の保持(請求書の支払い・食事の用意・買い物などの複雑な作業に以前より時間がかかり誤りが増えても、最小限の助けで日常生活の自立を保つ)、④認知症ではない(社会的・職業的機能の著しい障害がない)、を挙げること。MCIの人の認知検査の成績は年齢・教育歴を合わせた基準値の平均より典型的に1〜1.5標準偏差低いが、これは目安であってカットオフではないと強調していること。のちにアルツハイマー型認知症へ進行するMCIで最も多いのはエピソード記憶の障害であること。閲覧 2026-09-24
  3. 3.Revised criteria for diagnosis and staging of Alzheimer's disease: Alzheimer's Association Workgroup(Alzheimer's Association・2024)2024年6月公表の改訂基準がアルツハイマー病を臨床症候群でなく生物学的過程として定義し、血液バイオマーカー(とくにp-tau217)を含む改訂版バイオマーカー分類・病期分類の枠組みを提案したことを確認した。PMC11350039 の全文で、バイオマーカーの臨床使用は現時点では症候性の人の評価のためのもので、認知機能が正常な人への診断目的の検査は観察研究・治療研究以外では行わないよう勧めていること、数字による臨床病期の3がおおむねMCIに相当するとしていることも確認した。閲覧 2026-08-14
  4. 4.The Montreal Cognitive Assessment, MoCA: a brief screening tool for mild cognitive impairment(Journal of the American Geriatrics Society・2005)MoCAの原著validation研究。カットオフを26点としたとき、MCIの検出感度はMMSEが18%だったのに対しMoCAは90%であり、軽度アルツハイマー病ではMMSE 78%に対しMoCA 100%だった(特異度はMMSE 100%、MoCA 87%)。閲覧 2026-08-14
  5. 5.Is the Montreal Cognitive Assessment (MoCA) screening superior to the Mini-Mental State Examination (MMSE) in the detection of mild cognitive impairment (MCI) and Alzheimer's Disease (AD) in the elderly?(International Psychogeriatrics・2019)34件の研究を対象にした系統的レビューで、MCIと健常高齢者を判別する精度がMoCA(AUC平均0.883、95%CI 0.855–0.912)でMMSE(AUC平均0.780、95%CI 0.740–0.820)より有意に高かった(p<0.001)ことを確認した。閲覧 2026-08-14
  6. 6.A re-examination of Montreal Cognitive Assessment (MoCA) cutoff scores(International Journal of Geriatric Psychiatry・2018)抄録で確認。原著が提案した26/30のカットオフは、とくに高齢者・教育歴の短い人で偽陽性を増やすとする研究があることを背景に、健常な認知的加齢とMCIの可能性を判別するMoCAの診断精度を系統的レビュー・メタ解析(同定304研究のうち9研究)で検討し、カットオフ23/30が複数の指標で最良の診断精度を示し、26より偽陽性率を下げるとして23の使用を推奨した。閲覧 2026-09-24
  7. 7.LEQEMBI (lecanemab-irmb) injection, for intravenous use — Prescribing Information(U.S. Food and Drug Administration / Eisai Inc.(DailyMed、Updated 2026-07-21)・2026)DailyMed の Highlights(Revised: 7/2026、Initial U.S. Approval: 2023)で、適応が「アルツハイマー病の治療。治療は臨床試験で治療を開始した集団である軽度認知障害または軽度認知症の段階の患者で開始する」であること、投与開始前にアミロイドβ病理の存在を確認すること、枠組み警告がARIAを扱い、ApoE ε4ホモ接合体ではヘテロ接合体・非保因者よりARIA(症候性・重篤なものを含む)が多いので投与開始前にApoE ε4の状態を検査すべき(should be performed)としていること、遺伝型による適応の限定はないことを確認した。閲覧 2026-09-24
  8. 8.KISUNLA (donanemab-azbt) injection, for intravenous use — Prescribing Information(U.S. Food and Drug Administration (DailyMed)・2025)DailyMed の Highlights(Revised: 7/2025、Initial U.S. Approval: 2024)で、適応が「アルツハイマー病の治療。治療は臨床試験で治療を開始した集団である軽度認知障害または軽度認知症の段階の患者で開始する」であること、投与開始前にアミロイドβ病理の存在を確認すること、枠組み警告がApoE ε4ホモ接合体でARIAが多いことから投与開始前にApoE ε4の状態を検査すべき(should be performed)としていること、遺伝型による適応の限定はないことを確認した。閲覧 2026-09-24
  9. 9.Leqembi — Annex I Summary of Product Characteristics (EPAR product information)(European Medicines Agency・2026)4.1の適応が「アミロイド病理が確認されたApoE ε4非保因者またはヘテロ接合体の成人で、アルツハイマー病による軽度認知障害および軽度認知症(早期アルツハイマー病)の臨床診断を受けた患者の治療」に限定されていること、9項の初回承認日が2025年4月15日であることを確認した(EPARページの製品情報の最終更新は2026年8月5日、Revision 5)。閲覧 2026-09-24
  10. 10.Kisunla (donanemab) — European public assessment report (EPAR) overview(European Medicines Agency・2025)EPARページで Marketing authorisation issued が2025年9月24日(Revision 3、最終更新2026年2月26日)であること、同ページから取得した製品情報(SmPC)4.1の適応が「アミロイド病理が確認されたApoE ε4ヘテロ接合体または非保因者の成人で、アルツハイマー病による軽度認知障害および軽度認知症(早期症候性アルツハイマー病)の臨床診断を受けた患者の治療」に限定されていることを確認した。閲覧 2026-09-24
  11. 11.レケンビ点滴静注200mg/500mg 添付文書(エーザイ株式会社(医薬品医療機器総合機構 電子添文)・2026)2026年9月改訂(第6版)で、効能又は効果が「アルツハイマー病による軽度認知障害及び軽度の認知症の進行抑制」、5.2がアミロイドPET・脳脊髄液検査などでアミロイドβ病理を示唆する所見が確認されアルツハイマー病と診断された患者のみに使用すること、5.3が無症候でアミロイドβ病理の所見のみの者と中等度以降の認知症患者に投与を開始しないこと、1.2と8.1.4がApoE ε4ホモ接合型キャリアでARIAの発現割合が高いため投与開始前にAPOE遺伝子検査の実施を考慮することとし、遺伝型で投与対象を限定していないこと、販売開始が2023年12月であることを確認した。閲覧 2026-09-24
  12. 12.ケサンラ点滴静注液350mg 電子添文(日本イーライリリー株式会社(医薬品医療機器総合機構 電子添文)・2026)2026年8月改訂(第6版)で、効能又は効果が「アルツハイマー病による軽度認知障害及び軽度の認知症の進行抑制」、5.2がアミロイドβ病理を示唆する所見が確認されアルツハイマー病と診断された患者のみに使用すること、5.3が無症候でアミロイドβ病理の所見のみの者と中等度以降の認知症患者に投与を開始しないこと、1.2と8.2.4がAPOE ε4ホモ接合型キャリアでARIAの発現割合が高いため投与開始前にAPOE遺伝子検査の実施を考慮することとし、遺伝型で投与対象を限定していないこと、販売開始が2024年11月であることを確認した。閲覧 2026-09-24