薬理学

薬理学 · Core15

分布容積

Core15: Volume of distribution

前提:病態
Core13:薬物の分布
前提:正常
体液区画とその測定
応用トピック
強心薬(陽性変力薬)半減期飽和用量と維持用量薬物動態学的相互作用:分布レベル

🧠 全体像:(Vd)は、体の中にあるとを結びつける比例定数である。Vd = 体内薬物量 ÷ 血漿中濃度 という割り算でしか定義されておらず、解剖学的に実在する容積ではない——だからこそ体重70 kgの人に「1400 L」という体に収まらない値が平気で出る。大きな値が意味しているのは「血漿中の濃度がやけに低い」ということ、すなわち薬物の大半が血漿の外に隠れているということである。そしてどれだけ隠れるかは、と組織のどちらが強く薬物を掴んでいるかで決まる。この1つの数から、の大きさも、中毒時にが効くかどうかも読める。

定義

  • (Vd) = 測定されたを説明するために仮定される液体容積。
  • 式:
    • Vd = ÷
    • 静注直後であれば Vd = ÷ (分布が完了した時点の濃度を用いる)
  • ⚠️ 実際のではない。 薬物が「どこに分布しているように見えるか」を反映する見かけの量である1。
  • 💡 考え方は体液区画のとまったく同じである(容積=量÷濃度)。違うのは、は狙った区画にとどまるように選ぶのに対し、薬物は組織に結合して血漿から消えてしまうため、区画の実容積を超える値が出ることである(→ 体液区画とその測定)。

何がVdの大小を決めるか

定常状態のは、血漿側の結合と組織側の結合の綱引きで決まる。原著が逐語で示す関係式は次のとおりである2。

V = V_P + V_T × (fu / fu_T)

V_P  = 血漿容積
V_T  = 組織水分の容積
fu   = 血漿中で蛋白に結合していない分画(遊離型分率)
fu_T = 組織成分に結合していない分画

つまりVdを動かすのは fu ÷ fu_T という比 である。

変化 fu / fu_T Vd
が強い(fuが小さい) 小さくなる 小さい
が弱い(fuが大きい) 大きくなる 大きい
が強い(fu_Tが小さい) 大きくなる 大きい
が弱い(fu_Tが大きい) 小さくなる 小さい
flowchart TD
    A["薬物はどちらに強く掴まれているか"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='plasma proteins'>血漿蛋白</span>が強く掴む<br>(fuが小さい)"]
    A --> C["組織が強く掴む<br>(fu_Tが小さい)+高い脂溶性"]
    B --> B1["薬物が血漿内にとどまる<br>Vdは小さい(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='volume of blood/plasma'>血漿容積</span>に近づく)"]
    C --> C1["薬物が血漿から消える<br>Vdは大きい(体積を超えることもある)"]
    B1 --> B2["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='plasma concentration (plasma level)'>血漿中濃度</span>の変動が大きい<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='blood purification'>血液浄化</span>で除去できる余地がある"]
    C1 --> C2["組織の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='reservoir'>貯蔵庫</span>が緩衝するため<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='plasma concentration (plasma level)'>血漿中濃度</span>の変動は小さい"]
    C1 --> C3["血中にある量が全身の量のごく一部なので<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='blood purification'>血液浄化</span>ではほとんど減らせない"]
  • ⚠️ 「蛋白結合が強い=Vdが大きい」ではない。逆である。 ワルファリンは遊離型分率0.01と極端にが強く、Vdは約9 Lと小さい2。結合して血漿内に係留されている薬は、血漿の外へ出ていけない。
  • 💡 このモデルはよく当たるが、万能ではない。 ヒトの553薬物で検証すると、18%(102薬物)はこのØie-Tozerモデルに従わなかった——特にVd(ss)が0.6 L/kg未満で、かつ血漿中遊離型分率が0.1を超える薬物で外れた3。外れた群は強い(logP 0未満)・大きな極性表面積などの特徴を持ち、その多くには能動輸送(トランスポーター)が関与するという文献的証拠があった3。受動的な結合平衡だけでは説明がつかない、という意味である(→ Core12:)。

低Vdと高Vd

意味 典型的なふるまい
低Vd 薬物が主に血漿内にとどまる の変動が大きい。同じ量を入れても濃度が大きく動く
高Vd 薬物が血漿を離れ、組織・脂肪に蓄積する 組織がとして緩衝するため、の変動は小さい

理論的な分布 — 数字を体液区画に翻訳する

Vd 70 kg換算 主な解釈 考えられる理由
20 L/kg 1400 L 強い 高い脂溶性、組織蛋白への結合
0.6 L/kg 42 L に相当する分布 血漿を離れ、細胞内にも入る
0.2 L/kg 14 L に相当する分布 細胞内へは入らない
0.04〜0.06 L/kg 約3〜4 L 主に血漿にとどまる 強い、または分子が大きくへ出られない

⭐ この表は暗記するものではなく、体液区画から導くものである。 Core13:薬物の分布 で見たとおり、70 kg成人では血漿が約3 L、血液+(=)が約14 L、そこにを足したが約42 Lである。Vdがこのどれに近いかで「薬がどこまで届いているように見えるか」がそのまま読める。

⚠️ ただし「Vd = 42 Lだから全身の水に均等に溶けている」とは限らない。 Vdは見かけの容積なので、一部の組織に強く蓄積しながら別の場所には行っていない分布でも同じ値になりうる。Vdが言えるのは「血漿の外にどれだけ隠れているか」までである。

実例

Vdが効いてくる2つの場面

負荷投与量

目標とするに一気に到達させるためのは Vd に比例する(負荷投与量 = Vd × 目標濃度 ÷ F)。Vdが大きい薬ほど、最初に入れなければならない量は大きくなる。詳細と腎不全での注意点は Core21:と を参照。

中毒時に血液浄化が効くか

⭐ Vdが大きい薬物は、・では除去できない。 血中にある薬物は全身ののごく一部なので、の性能をいくら上げても取れる総量が増えないからである。

についてEXTRIP作業部会が示した計算がその極端な例である4。

値
想定 体重60 kgの患者が2400 mgを摂取(Vd 20 L/kg)
完全に吸収・分布したときの 2000 ng/mL
最良の想定(血流350 mL/分、抽出率100%)での吸着4時間 除去量は合計96 mg
全身のの減少 5%未満

作業部会は「除去を妨げている律速因子は、や吸着カラムの抽出能力ではなくの巨大なである」と述べ、は透析で除去できない(エビデンスB)とし、中毒時にを行わないよう推奨している(強い推奨、非常に低いエビデンスの質)4。

💡 裏返せば、が意味を持つのは「Vdが小さく、蛋白結合が弱く、分子量が小さい」薬物である。 同作業部会の等級づけでは、除去率3%未満が「透析で除去できない」に当たる4。コーパス内でが実際に適応となる中毒の例は ・・ を参照(いずれもVdが小さい薬物である)。逆にジゴキシンはが大きく、透析では除去されにくい。

まとめ

  • Vd = ÷ 。 見かけの比例定数であって、解剖学的に実在する容積ではない1。
  • Vdを決めるのは fu ÷ fu_T(血漿中遊離型分率 ÷ 組織非結合分率)という比である:V = V_P + V_T × (fu / fu_T)2。
  • ⚠️ が強い(fuが小さい)とVdは小さくなり、と脂溶性が高い(fu_Tが小さい)とVdは大きくなる。 ワルファリンは遊離型分率0.01でVd約9 L2。
  • このモデルは553薬物の18%では成り立たなかった(特にVd(ss) 0.6 L/kg未満かつ遊離型分率0.1超の)。その多くには能動輸送の関与が示唆されている3。
  • 高Vd=組織に隠れている(の変動は小さい)。低Vd=血液中にとどまる(変動は大きい)。
  • Vdの値は体液区画に翻訳して読む——約3 Lなら血漿、約14 Lなら、約42 Lなら(→ Core13:薬物の分布)。
  • はVdに比例する(→ Core21:と)。
  • ⚠️ Vdが大きい薬物はで除去できない。 中毒では最良の条件でも全身量の5%未満しか取れず、作業部会はを行わないよう推奨している4。

出典

  1. 1.Clinical Significance of Volume of Distribution in Pharmacotherapy(StatPearls [Internet], StatPearls Publishing・2026)分布容積(Vd)は体内薬物量を血漿中濃度で除した理論上・見かけの容積であり、実際の解剖学的・生理学的な容積を表さないこと。ワルファリンは低Vd(0.14 L/kg)、クロロキンは高Vd(235 L/kg)という具体例。⚠️ 2026-09-21の実行では本文を取得できなかった(素のcurlもブラウザUA付きも`?report=printable`もHTTP 200を返すが、実体は約20 KBのreCAPTCHAページで陽性対照が0件)。以上は過去の実行が記録した内容であり、今回は検算していない閲覧 2026-08-27
  2. 2.Plasma protein binding displacement interactions--why are they still regarded as clinically important?(British Journal of Clinical Pharmacology・1994)全文(PMC1364588の走査頁画像4枚、125-128頁)を読んで確認した。126頁に分布容積と結合の関係が逐語で示されており「V = VP + VT・fu/fuT [12], where VP = plasma volume, VT = volume of tissue water, fu = fraction of unbound drug in plasma, fuT = fraction of drug not bound to tissue components」。したがってVは血漿中の非結合型分画fuが大きいほど、また組織に結合していない分画fuTが小さい(=組織結合が強い)ほど大きくなる。原著は置換相互作用について「Viewed from total plasma concentrations of A, B will cause the volume of distribution to increase, as less drug will be in the plasma compared with tissues」とも述べ、血漿蛋白結合が外れる方向の変化が総濃度で見たVを増やすことを示している。血漿蛋白結合が非常に強い薬の例として、ワルファリンをfu 0.01・V 9 L、フェニトインをfu 0.04・V 35 L、トルブタミドをfu 0.04・V 10 Lと挙げる閲覧 2026-09-21
  3. 3.Use of the Øie-Tozer model in understanding mechanisms and determinants of drug distribution(Drug Metabolism and Disposition・2010)抄録(PubMed、PMID 20375179)で確認した。全文は取得できていない(出版社サイトは403、Unpaywallはoa_status closedかつリポジトリ版なし)。抄録は逐語で「The Øie-Tozer equation uses terms for plasma protein binding (f(up)), tissue binding (f(ut)), and the extravascular/intravascular ratio of albumin as well as constants for the volumes of plasma, extracellular fluid, and tissue」とし、定常状態分布容積VD(ss)の生理学的な理解がØieとTozerにより1979年に与えられたと述べる。ヒトでVD(ss)と血漿蛋白結合が得られる553薬物のデータセットで検討し、逐語で「Eighteen percent of cases (102 compounds) did not obey the Øie-Tozer model, with the rearranged equation giving an aberrant f(ut) value (f(ut) < 0 or f(ut) > 1), in particular for compounds with VD(ss) < 0.6 l/kg and f(up) > 0.1」。この外れ群はlogPが0未満の強い親水性、極性表面積150オングストローム二乗超、logPとlogDの差が2.5超という物理化学的特徴に富み、抗感染症薬・神経筋遮断薬・造影剤が多く、大半は能動輸送の関与を示す文献的証拠があった閲覧 2026-09-21
  4. 4.Extracorporeal treatment for tricyclic antidepressant poisoning: recommendations from the EXTRIP Workgroup(Seminars in Dialysis(Extracorporeal Treatments in Poisoning [EXTRIP] workgroup)・2014)全文(PMC4282541)で確認した。三環系抗うつ薬の除去が進まない理由を逐語で「the limiting factor appears to be the massive volume of distribution of TCAs and not extraction by the filter or adsorbent column」とし、数値例を示す——体重60 kgの患者がアミトリプチリン2400 mgを摂取した場合(分布容積20 L/kg)、完全に吸収・分布したとすると血漿中濃度は2000 ng/mLで、血流350 mL/分・抽出率100%という最良の想定で活性炭吸着を4時間行っても除去されるのは合計96 mgにとどまり、逐語で「HP will decrease the total body drug burden of the drug by less than 5%」。作業部会の結論は逐語で「TCAs are not dialyzable (Evidence = B)」、勧告は「We recommend NOT to perform ECTR in patients with TCA poisoning」で、抄録では強い勧告・非常に低いエビデンスの質(1D)と表示されている。透析可能性の等級は表2に定義があり、除去率3%未満が「not dialyzable」である閲覧 2026-09-21