薬理学

薬理学 · Core13

薬物の分布

Core13: Distribution of drugs

前提:病態
Core12:膜輸送機構
前提:正常
体液区画とその測定
応用トピック
吸入麻酔薬分布容積薬物動態学的相互作用:分布レベル特殊集団-薬物相互作用:妊娠特殊集団-薬物相互作用:小児特殊集団-薬物相互作用:加齢抗菌薬選択の考慮事項:特定部位の感染症抗菌薬選択の考慮事項:併存疾患

🧠 全体像:分布とは、血液に入った薬物が体のどこへ、どれくらいの速さで散っていくかという話である。散り方を決めるのは4つ——(結合している間は動けない)、(血流の多い臓器ほど速く届く)、バリア(血液脳関門・胎盤は通す相手を選ぶ)、pHと(膜を通れるのはだけ)。この4つはいずれも「遊離型の薬物だけが作用し、代謝・排泄され、組織へ移る」という一点に収束する。そしてその散り方を1つの数にまとめたのがであり、そこから治療域・・の可否までがつながっていく。

分布を決める4つの因子

因子 何が起きているか 臨床的な意味
遊離型 ⇄ 型の平衡 作用し、代謝・排泄され、組織へ移れるのは遊離型だけ
血流の多い臓器ほど速く薬物が届く 灌流の多い臓器では効果発現が速く、その後に灌流の乏しい組織へする
バリア 血液脳関門・胎盤が移行を制限・修飾する 脂溶性と排出トランスポーターが通過量を決める
pHと 膜を通れるのは原則として 膜の両側でpHが違えば、しやすい側に薬物が溜まる()

pHとの機序そのものは Core12: が正典として扱う。

血漿タンパク結合

遊離型だけが働く

仮説——の場に届いて作用できるのは、意図した標的であれ望まない標的であれ、非結合型(遊離型)の薬物だけである1。型は血漿内の不活性なとして働く。

flowchart TD
    A["血漿中の総<span class='jp-term jp-term-diagram' title='drug concentration (drug level)'>薬物濃度</span>"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='protein binding'>タンパク結合</span>型<br>血漿内の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='reservoir'>貯蔵庫</span><br>作用せず・排泄されず・組織へも移れない"]
    A --> C["遊離型(非結合型)"]
    B <--> C
    C --> D["標的での<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pharmacological action'>薬理作用</span><br>(および望まない部位での毒性)"]
    C --> E["肝での代謝・腎からの排泄"]
    C --> F["組織への移行<br>灌流の多い臓器が先、脂肪などへ後から<span class='jp-term jp-term-diagram' title='redistribution'>再分布</span>"]
    F --> G["組織内の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='reservoir'>貯蔵庫</span><br>脂肪・筋・骨など"]
    G --> C

アルブミンとα1酸性糖蛋白の役割分担

薬物を血漿内に留めている主要な蛋白はアルブミン・リポ蛋白・(AAG。別名オロソムコイド) の3つである1。

アルブミン (AAG)
結合の性質 ・ ・
主に結合する薬物 酸性薬が中心 塩基性薬が中心(、、)。中性の脂溶性分子()や酸性薬()にも結合しうる
の約60%を占める 健常成人で0.5〜1.0 mg/mL
炎症時の動き 負の——低下する 正の——傷害(感染・炎症・熱傷・癌)から12〜24時間で肝細胞から産生が増え、3.0 mg/mLまで(3〜6倍)上がりうる
半減期 14〜21日 約2〜5日
  • ⚠️ 「酸性薬=アルブミン、塩基性薬=AAG」は目安であって排他規則ではない。 原文も「大半の薬物は両方の蛋白に、程度の差はあれ結合する」と明記している1。
  • 💡 この2つは炎症で逆方向に動く。 ・熱傷・術後・悪性腫瘍ではアルブミンが下がりAAGが上がるので、酸性薬の遊離型は増える方向、塩基性薬の遊離型は減る方向に同時に動きうる。片方だけを見て「重症だから遊離型が増えている」とは言えない。

タンパク結合が減ったとき何が起きるか

肝障害・・などでが減ると、同じ総濃度なら遊離型の割合は増える。ただし、そこから先は直感どおりには進まない。

  • 遊離型が増えればクリアランスも比例して増える(CL = fu × CLu_int)。クリアランスの増え方は見かけのの増え方より大きいので、半減期はむしろ短くなる2。
  • その結果、定常状態の平均遊離型濃度は変わらない。変わるのは、総濃度の測定値と、1回の内での遊離型濃度の振れ幅である2。
  • ⚠️ の落とし穴。 が下がると総濃度は下がる。これを「効いていない」と読んで増量すると、遊離型は過量になる。原著も「総濃度の低下を誤って解釈して不適切に増量しないこと」を明示的にしている2。

置換相互作用は思われているほど起きない

⭐ 蛋白結合の置換だけで持続的に作用が強まることは稀である。 原著は逐語で「置換の全体としての結果は、遊離型濃度と効果を一過性にわずかに上げることはあっても、平均の定常状態遊離型濃度は変わらない」と述べ、置換で説明されてきた古典例(ワルファリン-、-など)の大半には代謝阻害という別の機序があることを表で示している2。

臨床的に問題になりうるのは、原文が挙げる次の2通りだけである2。

条件 該当例
低クリアランス・治療域が狭い・が小さい薬物 ワルファリン(fu 0.01、V 9 L)、フェニトイン(fu 0.04、V 35 L)、(fu 0.04、V 10 L)
高クリアランス(血流律速)薬を静注する場合——遊離型の増加をクリアランスの増加で埋め合わせられない (される数少ない例として原著が名指し)

分布レベルの薬物相互作用そのもの(+ワルファリン、+ジゴキシンの組織置換、血液脳関門の)は Core28::分布レベル を参照。

体液区画と分布

薬物が「どこまで届いているか」は、体液区画の容積を物差しにして読む。

区画 70 kg成人でのおよその容積
血液 約5 L(うち血漿は約3 L)
約9 L
約28 L
脂肪 約5 L(の重要な)
  • ⭐ この数字がそのままの読み方になる。 血液+間質=約14 L(0.2 L/kg)が、そこにを足した約42 L(0.6 L/kg)が、血漿だけなら約3 L(0.04 L/kg)である。ある薬のVdがどの値に近いかで「どの区画まで届いているように見えるか」が分かる(→ Core15:)。
  • 区画をで測る原理(容積=量÷濃度)は 体液区画とその測定 が正典である。はこの考え方を薬物に当てはめたものにほかならない。

体脂肪量が変わると何が変わるか

  • 体重増加(脂肪量の増加)→ のが大きくなる → 作用はより長く、より弱くなる。
  • 体重減少(脂肪量の減少)→ が小さくなる → 作用はより速く、より強く出る。

灌流と特殊な組織

  • 肺は実質的に循環血液量の100% を受ける。
  • 腎臓は約20% を受ける。
  • 脂肪は約10% を受け、として働く。
  • 骨は一部の薬物を蓄積する。例:テトラサイクリン系。
  • 💡 分布の速さはとという2つの物理過程で決まる。 薬物の極性・・蛋白結合、患者のやがこれに影響する3。
  • ⭐ 「速く届く」と「たくさん溜まる」は別である。 灌流の多い臓器へは最初に届くが、その後、容積の大きい低灌流組織(脂肪・筋)へしてが下がる。の単回投与後に覚醒するのは、薬が体から消えたからではなくこのによる(→ 麻酔科学 B-16:)。

バリア

血液脳関門

  • に孔(窓)が無く、細胞間隙もで塞がれている。
  • 脂溶性が高いほど通過しやすい。
  • MDR1/などのが、いったん入った薬物を血液側へ汲み戻すため、中枢神経系への移行はさらに減る(→ Core12:)。

胎盤

  • の約10% を受ける。
  • 脂溶性が高いほど通過しやすい。
  • 小分子ほど通過しやすい:600 Da未満は通りやすく、1000 Da超は通りにくい。

まとめ

  • 分布を決めるのは・・バリア・pHとの4つで、いずれも「遊離型だけが働く」という一点に帰着する。
  • 仮説:作用するのも、代謝・排泄されるのも、組織へ移れるのも遊離型だけ。結合型は血漿内のである1。
  • アルブミンは・で酸性薬が中心、AAGは・で塩基性薬が中心。 ただし大半の薬は両方に結合し、炎症ではアルブミンが下がりAAGが上がるという逆方向の動きをする1。
  • が下がると総濃度は下がるが、定常状態の平均遊離型濃度は変わらない。 半減期はむしろ短くなる。総濃度の低下を理由に増量しないこと2。
  • 置換相互作用で持続的に作用が強まるのは稀。 例外は「低クリアランス・治療域が狭い・Vdが小さい薬物(ワルファリン・フェニトイン・)」と「高クリアランス薬の静注()」だけである2。
  • =効果発現が速い。 ただしその後のでは下がる。
  • 脂溶性が高いほど血液脳関門と胎盤を通りやすく、小さい分子ほど胎盤を通りやすい(600 Da未満は通過しやすい)。
  • 体液区画の容積(血漿3 L・14 L・42 L)を覚えておくと、の値をそのまま「どこまで届いているか」に翻訳できる。

出典

  1. 1.Pharmacokinetic and Pharmacodynamic Considerations for Drugs Binding to Alpha-1-Acid Glycoprotein(Pharmaceutical Research・2018)全文(PMC7089466)で確認した。逐語で「According to the free drug hypothesis only the unbound drug is available to act at physiological sites of action」と述べ、主要な結合蛋白をアルブミン・リポ蛋白・α1酸性糖蛋白(AAG)とする。AAGは逐語で「a high affinity/low capacity plasma protein, whereas albumin is considered low affinity/high capacity」、等電点2.8〜3.8の強い酸性蛋白で「This property enables AAG to bind mainly basic drugs (i.e. lidocaine, propranolol, verapamil) but it may also bind to neutral lipophilic molecules (i.e. steroid hormones) and to acidic drugs (i.e. phenobarbital), whereas albumin is mostly implicated in binding to the latter charge type」とし、直後に「Most drugs bind to both plasma proteins with varying degrees of affinity」と排他でないことを明記している。AAGは急性期蛋白で「mainly generated in liver parenchymal cells at elevated levels within 12-24 h of injury (i.e. infection, inflammation, burns, cancer)」、健常成人で0.5〜1.0 mg/mL、炎症・感染・癌では3.0 mg/mLまで(3〜6倍)上昇する。アルブミンは逆に負の急性期蛋白に分類される。半減期はAAGが約2〜5日、アルブミンが14〜21日閲覧 2026-09-21
  2. 2.Plasma protein binding displacement interactions--why are they still regarded as clinically important?(British Journal of Clinical Pharmacology・1994)全文(PMC1364588の走査頁画像4枚、125-128頁)を読んで確認した。逐語で「the overall result of displacement is that it may cause a minor transient increase in free drug concentration and effect, but the mean steady-state free drug concentration will be unaltered」とあり、機序は血漿クリアランスが遊離型分画に比例する(CL = fu・CLuint)ためVより大きく増えて半減期が短くなることだと説明している。臨床的に問題になりうる条件は逐語で「For low clearance drugs with a low therapeutic index and a small V」であり、該当薬としてワルファリン(fu 0.01、V 9 L)・フェニトイン(fu 0.04、V 35 L)・トルブタミド(fu 0.04、V 10 L)を挙げる。高クリアランス(血流律速)薬を静注する場合は上記の論法が成り立たず、反復投与される例としてリドカイン(原文はlignocaine)を挙げる。治療薬物モニタリングでは総濃度の低下を誤読して増量しないよう注意を促している。表1は、置換で説明されてきた相互作用の大半に代謝阻害など別機序があることを示す閲覧 2026-09-21
  3. 3.Pharmacokinetics(StatPearls [Internet], StatPearls Publishing・2023)薬物分布は主に拡散(diffusion)と対流(convection)という2つの物理過程で規定され、薬物の極性・分子サイズ・蛋白結合能、患者の体液量(水分状態)や体組成(body habitus)の影響を受けること。⚠️ 2026-09-21の実行では本文を取得できなかった(素のcurlもブラウザUA付きも`?report=printable`もHTTP 200を返すが、実体は約20 KBのreCAPTCHAページで陽性対照が0件)。以上は過去の実行が記録した内容であり、今回は検算していない閲覧 2026-08-27