疾患ノート一覧へ

Disease Atlas · 感染症 · 疾患

肝蛭症

Fascioliasis

別名
Liver fluke disease(肝蛭による)
臓器系
感染症肝胆膵
科目
Medical Microbiology
トピック
微生物学 4/28:Fasciola hepatica微生物学 5/17:経腸的に獲得される寄生虫感染(一覧)とその診断
鑑別疾患
トキソカラ症肝吸虫症住血吸虫症腸管線虫症
合併症
急性胆管炎肝硬変胆道癌(胆管癌・胆嚢癌)
治療薬
トリクラベンダゾール
原因微生物
Fasciola hepatica
症状
発熱腹痛肝腫大黄疸悪心
検査値
好酸球増加

🧠 全体像:は、Fasciola hepaticaという一種の症ではなく、「同じ虫が2つの臓器を渡り歩く病気」として理解すると経過全体が一枚の絵になる。⭐ 虫は最初から胆管にいるのではない。 十二指腸でしたは腸壁・腹膜を突き破り、を数か月かけて遊走してから胆管にたどり着く。だから病像は「を暴れ回る時期(急性肝期)」と「胆管に住み着いた時期(慢性胆道期)」でまったく別の顔を見せる。⚠️ もう一つの急所は、他の吸虫症の標準治療薬であるがこの虫にはほぼ無効なことである。 が唯一の実用的なになるのはこのためで、のノートで扱った「吸虫症=」の例外がここに現れる。

病原体と感染経路

はFasciola hepatica(温帯に分布)とFasciola gigantica(熱帯に分布、より大型)という2種の吸虫(トレマトーダ)による感染症である1。

生活環は水生巻貝を中間宿主とし、水中で放出されたが(特にクレソン)の表面でしとなる。ヒトはこのが付着したを生で摂取することで感染する——のような経皮的な水中曝露や、のような魚の生食とは感染経路が異なる点が急所になる1。

十二指腸でしたは腸壁を貫いてへ出てを貫通し、を遊走しながら3〜4か月かけて胆管内で成虫化する。成虫は1日20,000個を超える卵を産み、未治療であればヒト体内で最長13年生存しうる1。

病態と臨床経過——「肝実質」から「胆管」への2相

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='metacercaria'>メタセルカリア</span>付着の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='aquatic plant'>水生植物</span><br>(クレソン等)を生食"]
    A --> B["十二指腸で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='excystation'>脱嚢</span><br>腸壁・腹膜・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hepatic capsule'>肝被膜</span>を貫通"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hepatic parenchyma'>肝実質</span>を遊走(感染後6〜12週)<br>急性肝期"]
    C --> D["高熱・右上腹部痛・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hepatomegaly'>肝腫大</span><br>著明な末梢<span class='jp-term jp-term-diagram' title='eosinophilia'>好酸球増加</span>"]
    C --> E["3〜4か月かけて胆管内で成虫化"]
    E --> F["胆管に定着(感染後6か月以降)<br>慢性胆道期"]
    F --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='eosinophilia'>好酸球増加</span>は消退<br>多くは無症状"]
    F --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='biliary stricture'>胆管狭窄</span>・胆石・膵炎・<br>上行胆管炎"]
    H --> I["慢性化:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='biliary cirrhosis'>胆汁性肝硬変</span>・<br>硬化性胆管炎・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='intrahepatic cholangiocarcinoma, ICC'>肝内胆管癌</span>"]

急性肝期(感染後6〜12週)

⭐ 遊走するがを直接破壊しながら進むため、炎症・免疫反応が全身に及ぶ。 極度の高熱、右上腹部痛、、時に黄疸を呈し、筋痛・蕁麻疹・悪心・・下痢を伴うことがある1。

検査では著明な末梢が特徴的で、(通常は数百程度にとどまり、など数千単位に達する病態とは程度で区別できる)、貧血、、を伴う1。⚠️ 高虫体負荷ではまれに腹水・血性胆汁症・被膜腫・壊死といった重い合併症を来すが、多くは6週以内にが軽快し慢性期へ移行する1。

慢性胆道期(感染後6か月以降)

成虫が胆管内に定着すると、末梢は消退し多くは無症状になる1。症状が出る場合は慢性の上腹部痛・・下痢・・黄疸、小児では発育不全がみられる。⚠️ 虫体そのものが胆管を機械的に閉塞・炎症させることで、による再発性黄疸、、膵炎、そして緊急対応を要する上行胆管炎に至りうる1。長期・高虫体負荷の感染は慢性の胆汁性炎症を経て・硬化性胆管炎・という不可逆な転帰につながる1。

異所性肝蛭症とHalzoun症候群

💡 虫体は必ずしも肝胆道系にとどまらない。 がへすると、局所的な単核球・によるを起こす——好発部位は腹壁皮下組織(紅斑丘疹)、腹膜、腸壁、肺、心、脳、筋肉、眼である1。

もう一つの特殊な病型がHalzoun症候群(咽頭蛭症)で、中東などで生の肝臓を食べた際にや若いが咽頭・に付着して咽頭炎・食道炎を起こし、が重度なら窒息に至りうる1。

診断

⚠️ 便中虫卵検査だけに頼ると急性期を見逃す。 成虫が産卵を始めるのは感染後5〜7週で、それ以前の急性期には便中に卵が出ない。慢性期でも産卵は間欠的なため、複数検体を調べても単一の陰性結果で除外はできない1。

⭐ 血清学的が現在の標準的な検査法である。 曝露後2〜4週という早い段階からが上昇し、より迅速・高感度で、は感染程度と相関し治療後の効果判定にも使える(治療1か月後に約65%で検出不能となる)1。

画像では、で下に約25mm径の結節状・病変が多発する所見(遊走虫体の痕跡)が特徴的で、超音波・では胆管内の可動性の葉状虫体、胆嚢内結石、壁の不規則な肥厚が確認できることがある1。

鑑別診断

鑑別対象 分けかた
・自己免疫肝炎・ が数千単位に達する。は通常数百にとどまる1
同じ胆道寄生虫だが感染経路がの生食で、の生食歴とは区別できる
・・・ を伴う点で臨床像が酷似するため、血清学的検査での除外が必要1

⭐ 米国では非常にまれな疾患だが、腹痛(特に右上腹部)・・著明な末梢という3つが揃ったら鑑別に挙げる。 (ヨーロッパ・アジア・太平洋)への渡航歴とクレソン等のの摂取歴があればさらに疑いを強める1。

治療

⭐ が急性期・慢性期いずれにも有効な第一選択であり、治癒率は90%を超える。 の推奨用法は1回10mg/kgを12〜24時間あけて1〜2回投与するというものである2。

⚠️ 他の主なはほとんど効かない。 F. hepaticaは・・アルテスナート・・に反応しない1。は虫体のβ-tubulin重合バランスに干渉してを破壊しタンパク質合成を阻害するとされる2。

診断時には、同居する家族にもを行い、症状の有無にかかわらず陽性者は将来の合併症を防ぐ目的で治療対象とする1。

合併症と予後

⭐ 予後自体は良好である。 が全病期に有効なため、診断さえつけば治癒率は90%を超える1。予後を左右するのは診断の遅れであり、遅れの主因は疾患のまれさと急性期症状の非特異性にある1。

一方、上行胆管炎は緊急対応(、多くは手術やによる虫体除去)を要し、長期・高虫体負荷の未治療例はや硬化性胆管炎、という不可逆な転帰に至りうる1。治療後もや胆管肥厚は残存しうるため、治療後3か月を目安に血清学・のを行う1。

まとめ

  • はFasciola hepatica(温帯)・F. gigantica(熱帯)による感染で、クレソンなどの生食が主な感染経路。魚の生食によるとは経路が異なる。
  • はを数か月遊走してから胆管で成虫化する。臨床像は「急性肝期」(高熱・右上腹部痛・著明な、感染後6〜12週)と「慢性胆道期」(は消退、多くは無症状、感染後6か月以降)の2相に分かれる。
  • 虫体がへする異所性や、生肝臓摂食後の咽頭浮腫を来すHalzoun症候群という特殊病型もある。
  • 便中虫卵検査は急性期に偽陰性となるため、曝露後2〜4週から陽性化する血清学的が現在の標準的診断法。
  • ⭐ をはじめ大半のが無効で、が全病期の第一選択(治癒率90%超)。
  • 未治療・高虫体負荷の慢性例は・上行胆管炎から・硬化性胆管炎・に進みうるが、治療自体の予後は良好で、遅れの主因は疾患のまれさによる診断の遅延である。

出典

  1. 1.Fascioliasis(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2023)肝蛭症がFasciola hepatica(温帯)・Fasciola gigantica(熱帯)の2種による感染で、メタセルカリアに汚染されたクレソンなど水生植物の生食が最も一般的な感染経路であること、脱嚢した幼若虫が十二指腸壁・腹膜・肝被膜を貫いて肝実質を遊走し3〜4か月かけて胆管内で成虫化すること(未治療なら最長13年生存)、臨床経過が感染後6〜12週に発症する急性肝期(高熱・右上腹部痛・肝腫大・著明な末梢好酸球増加・トランスアミナーゼ上昇が数百程度にとどまる)と、成虫が胆管に定着し好酸球増加が消退する感染後6か月以降の慢性胆道期(多くは無症状だが胆管狭窄・胆石・膵炎・上行胆管炎を来しうる)の2相に分かれること、長期・高虫体負荷では慢性胆汁性肝硬変・硬化性胆管炎・肝内胆管癌に至りうること、虫体が胆道外へ迷入する異所性肝蛭症(腹壁皮下結節・肺・脳・眼など)とHalzoun症候群(生の家畜肝臓摂食後の咽頭浮腫)があること、診断では便中虫卵検査が初感染後5〜7週まで偽陰性となる限界があり血清学的ELISAが曝露後2〜4週から陽性化し治療効果判定にも使えるため便検査に置き換わりつつあること、CTで肝被膜下に約25mm径の結節状・分枝状病変が多発すること、鑑別として数千単位のトランスアミナーゼ上昇を来す急性肝炎・自己免疫肝炎とは程度で区別でき好酸球増加を伴う他の寄生虫症(トキソカラ症・急性住血吸虫症・回虫症・糞線虫症)とは血清学で鑑別すること、F. hepaticaがイベルメクチン・プラジカンテル・アルテスナート・メベンダゾール・アルベンダゾールに反応せずトリクラベンダゾールが全病期に有効で治癒率90%超であること、同居者にも血清学的スクリーニングを行うべきであることを確認した。閲覧 2026-09-07
  2. 2.Human Fascioliasis: Current Epidemiological Status and Strategies for Diagnosis, Treatment, and Control(PMC・2020)WHOがトリクラベンダゾールの用法を1回10mg/kgを12〜24時間あけて1〜2回投与としていること、トリクラベンダゾールが虫体のβ-tubulin重合バランスに干渉して外皮を破壊しタンパク質合成を阻害する機序を持つこと、プラジカンテルをはじめとする他の吸虫治療薬がFasciola属には無効であることを確認した。閲覧 2026-09-07