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Disease Atlas · 神経 · 先天性疾患

家族性自律神経失調症

Familial dysautonomia

別名
Riley-Day症候群ライリー・デイ症候群遺伝性感覚性自律神経ニューロパチーIII型HSAN III
臓器系
神経全身小児
科目
NeurologyMedical PhysiologyMedical Genetics and Immunology (Genetics)
トピック
神経内科 G1-36:多発ニューロパチーの症候と主な原因生理学 1.10:副交感神経および交感神経の遠心性機構遺伝学 8.2:進化遺伝学
鑑別疾患
三A症候群
合併症
慢性腎臓病
治療薬
カルビドパミドドリンクロニジンジアゼパムデクスメデトミジン
症状
涙液分泌低下嘔吐低血圧臥位高血圧味覚障害脊柱側弯症嚥下障害角膜潰瘍

🧠 全体像:()は、にほぼ限局する疾患で、ELP1(旧 IKBKAP)のが神経系でだけ強く効くために自律神経と感覚神経が育たず、生後から脱落し続ける。⚠️ 「自律神経が不安定」という一言では捉え損ねる——涙が出ない・舌のが無い・が出ない・痛覚と温度覚が鈍いという4つの所見が同時に揃うことが本症のであり、この組み合わせは他のどのでも起こらない。臨床の主戦場は、が暴走する()と、痛みを訴えないまま進む誤嚥性の・角膜潰瘍・腎障害である。

分子機序:なぜ神経系だけが壊れるのか

は ELP1(旧称 IKBKAP)ただ一つである1。の患者では、 c.2204+6T>C(旧表記 IVS20+6T>C)がの99%超を占める1。

このバリアントはイントロン20のの6番目の塩基をTからCへ変える。タンパクを直接壊すのではなく、エクソン20を読み飛ばす()割合を高める——しかもその割合が組織によって違い、神経系組織でもっとも強い2。

💡 これが「全身の遺伝子変異なのに神経だけが選択的に侵される」理由である。 肝や線維芽細胞では正常な転写産物がかなり残るのに、神経では残らない。ELP1タンパク(IKAP)は6量体のElongator複合体を組み立てるで、ELP3と結びついてヒストンH3・H4のアセチル化に関わる2。

疫学と遺伝

項目 値
遺伝形式 (きょうだいの罹患リスクは受胎時点で25%)1
での発症頻度 出生3,700人に1人(1:36に相当)1
両親とも系での 1:32(ポーランド系では1:18)1

神経病理:育たなかったのか、脱落したのか

剖検所見はその両方を示す。の神経細胞数は年齢を一致させた正常者の10〜20%まで、成人のでは神経細胞数が対照の10%まで減っている(いずれも本症の総説が引用するPearsonらの報告)2。の子宮内発達がすでに強く障害されている一方、神経細胞の脱落そのものは主に出生後に進む2。

⭐ 「先天的に少ない神経が、生涯かけてさらに減る」という二重構造が、生下時からの症状と加齢に伴う進行の両方を説明する。移動に介助を要する割合は20歳の3%から50歳の49%へ増える1。

古典的な5つの診断基準

基準 内容
1 舌のの欠如(舌が平滑で、を伴う)
2 注射後の紅斑(性フレア)の欠如
3 の低下または消失
4 情動によるの欠如()
5 の家系

⚠️ 第5基準は現在そのまま使えない。 非ユダヤ人の症例が同定されて以降、家系の条件は疑問視されている1。今日の確定診断は ELP1 のの同定による。

💡 第2基準の意味を取り違えない。 で紅斑が広がらないのは皮膚の問題ではなく、のという末梢神経の回路そのものが無いことを示している。ベッドサイドで神経の欠損を「見る」検査である。

「泣いても涙が出ない」は本症でもっとも早く気づかれる所見の一つで、への自律神経支配の欠損によるのである。角膜が乾いたまま痛覚も鈍いため、患者が痛みを訴えないまま角膜潰瘍が進む——と同じ「乾き」でも、危険度がまったく違う。

臨床像

系統 所見
自律神経 血圧の不安定(起立性の低血圧との併存)、、1
感覚 痛覚・温度覚の閾値が著明に上昇。触覚・振動覚・は比較的保たれる
呼吸器 。NYUの登録では83%・85%・94%1
消化器 嚥下障害、、周期性の嘔吐発作1
眼 、角膜潰瘍、(の主因。の進行は30代で頭打ちになる)1
運動器 、広い基底面の
腎 40代に達したほぼ全例でが著明に低下する()1
発達 約21%に発達遅滞または知的障害1

自律神経クリーゼ

約40%の患者に生じる1。

flowchart TD
    A["誘因:情動・感染症・腹部不快・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bladder distension'>膀胱充満</span>"] --> B["交感神経流出の増大"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='catecholamine'>カテコラミン</span>の制御されない放出"]
    C --> D["高血圧"]
    C --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='retching'>空嘔吐</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='recurrent vomiting'>反復性嘔吐</span>"]
    C --> F["頻脈・発汗・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cutaneous flushing'>皮膚紅潮</span>"]
    E --> G["脱水がさらに循環を不安定にする"]
    G --> C

⚠️ 「」という名前どおり、と嘔吐が同時に来る。 嘔吐を消化器症状として扱ってだけで対応すると、交感神経の暴走そのものは止まらず脱水で悪循環に入る。誘因の除去(膀胱の減圧・疼痛以外の不快の除去)と交感神経活動の抑制を同時に行う。

治療

根治療法は無く、症状ごとの対応になる。

対象 治療
血圧変動 が血圧のを減らす1
ベンゾジアゼピン(など)が・嘔吐を減らす。()は交感神経活動を下げうる。連日のは発作の頻度と重症度を下げうる。⚠️ 静注は環境に限る。経鼻が急性期治療として実行可能かつ安全でありうる1
を短時間、運動前の頓用として用いる1
角膜潰瘍 配合のを1日3〜6回。全身の水分を保つ1
嚥下障害・誤嚥 低い閾値でとNissenを行い、栄養を保ち誤嚥リスクを下げる1

⚠️ 静注ベンゾジアゼピンはを起こしうるため、環境で用いる1。 ⚠️ に対する高用量は腎障害を悪化させる1。本症では腎障害そのものが予後を規定するため、循環を優先して腎を犠牲にする選択が成り立たない。⚠️ さらに、睡眠中の突然死の危険因子として投与・4 mEq/L未満・未治療の睡眠時無呼吸が挙げられている1。

予後

支持療法の普及で生存は延びたが、なお短命である。平均年齢は約15歳、40歳まで生存する確率は50%と報告されている(本症の総説が引用するAxelrodらの報告)2。死因は肺性が26%、原因不明が38%、敗血症が11%を占め、原因不明死は拮抗されないによるものと推測されている1。

三A症候群との違い

先天性のという入口を共有するが、その先が違う。

遺伝子 ELP1() AAAS()
集団 にほぼ限局 特定集団への限局は無い
舌の 欠如する 保たれる
痛覚・温度覚 低下する 通常は保たれる
副腎 侵されない 不応性の副腎不全を来す
食道 運動障害はあるがのではない
発症時期 生下時から は乳児期、他は年余をかけて出そろう

まとめ

  • ELP1 の(c.2204+6T>C)が神経系で強くエクソン20のを起こすため、全身の変異でありながら自律神経・感覚神経が選択的に侵される。
  • にほぼ限局し、同集団での発症頻度は出生3,700人に1人(1:36相当)。
  • 診断のは舌のの欠如・ヒスタミン皮内注射後の紅斑の欠如・の消失・情動による涙の欠如。家系の基準は非ユダヤ人例の同定後に疑問視されており、確定は ELP1 のによる。
  • 神経細胞は先天的に少なく、生後さらに脱落する。移動の介助を要する割合は20歳3%から50歳49%へ増える。
  • ⚠️ 痛覚が鈍いため、角膜潰瘍も誤嚥も骨折も訴えとして現れない。所見を待たず定期的に確認する。
  • はの暴走で、誘因除去と・ベンゾジアゼピン・連日で対応する。高用量は腎障害を悪化させ、睡眠中突然死の危険因子でもあるため避ける。

出典

  1. 1.Familial Dysautonomia(GeneReviews (University of Washington, Seattle)・2021)本症の唯一の原因遺伝子がELP1(旧IKBKAP)であり創始者バリアント c.2204+6T>C(旧 IVS20+6T>C)がアシュケナージ系ユダヤ人の病的バリアントの99%超を占めること、同集団での発症頻度が出生3,700人に1人で保因率1:36に相当し、両親ともアシュケナージ系の集団では保因率1:32、ポーランド系アシュケナージでは1:18と報告されていること、古典的な5つの診断基準が舌の茸状乳頭の欠如・皮内ヒスタミン注射後の紅斑反応の欠如・深部腱反射の低下または消失・情動による溢流涙の欠如・アシュケナージ系ユダヤ人の家系であること(ただし非ユダヤ人例の同定後はこの家系基準が疑問視されていること)、消化管機能障害・自律神経クリーゼ(高血圧を伴う嘔吐発作)・反復性肺炎・痛覚と温度覚の変化・血圧の不安定が中核症状であること、自律神経クリーゼが約40%に生じ情動・疾病・腹部不快・膀胱充満が誘因となりカテコラミンの制御されない放出によること、歩行が広い基底面の失調性歩行となり移動に介助を要する割合が20歳で3%から50歳で49%へ増えること、視力低下の主因が視神経症で網膜障害の進行が30代までで頭打ちになること、NYU登録で上気道閉塞83%・下気道疾患85%・拘束性換気障害94%であること、40代に達したほぼ全例で推算糸球体濾過量が著明に低下すること、約21%に発達遅滞または知的障害がみられること、治療としてカルビドパが血圧変動を減らしドパ脱炭酸酵素阻害薬として連日投与で高血圧性嘔吐発作の頻度と重症度を下げうること、ベンゾジアゼピンが空嘔吐と嘔吐を減らすが静注では遷延性無呼吸のため集中治療環境を要すること、クロニジンが中枢性α2作動薬として交感神経活動を下げうること、経鼻デクスメデトミジンがアドレナリン性クリーゼの急性期治療として実行可能かつ安全でありうること、起立性低血圧に対するミドドリンが短時間なら有効で運動前の頓用として用いられること、フルドロコルチゾンの高用量投与は腎障害を悪化させること、角膜潰瘍に対してメチルセルロース配合の人工涙液を1日3〜6回用い全身の水分を保つこと、神経原性嚥下障害には低い閾値で胃瘻とNissen噴門形成術を行うこと、常染色体潜性遺伝できょうだいの罹患リスクが受胎時点で25%であること、死因が肺性26%・原因不明38%であることを確認した閲覧 2026-09-02
  2. 2.Familial Dysautonomia: Mechanisms and Models(Genetics and Molecular Biology・2016)本症の変異がイントロン20のドナースプライス部位6番目のTからCへの転移であり、組織特異的にエクソン20のスキッピングを起こすこと、神経系組織でエクソン20の取り込み低下がもっとも強いこと、IKAP(ELP1)がElongator複合体の組み立てに必須の足場タンパクでありヒストンH3・H4をアセチル化する触媒サブユニットELP3と相互作用すること、本総説が引用するPearsonらの剖検研究で後根神経節の神経細胞数が年齢を一致させた正常者の10〜20%まで、成人の上頸神経節では容積が正常域の34%・神経細胞密度が正常の37%・神経細胞数が対照の10%まで減少していたこと、交感神経節の子宮内発達がすでに強く障害される一方で神経細胞の脱落は主として出生後に進むこと、本総説が引用するAxelrodらの報告で支持療法により平均年齢が約15歳・40歳まで生存する確率が50%とされることを確認した。全文を閲覧した閲覧 2026-09-02